2011年1月9日

「小説・フランス革命Ⅳ」を読みながら姉の家の猫を撮りに行く日。

 

 

 

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 Amazonから注文していない本が届いた。

 1冊は身に覚えのある本だった。確かにこれは頼んだものだ。
 しかしもう1冊は記憶がない。「Amazonのやつ、間違えやがった・・」


 本を買うときは中古品を買うようにしている。新品を買うと、Amzonは宅配便で送ってくるので、平日も休日もほとんど家にいない私は受け取ることができない。不在通知を何度も見た。着指定や再配送の手配を何度もした。嫌気がさしたころ、郵便で送ってくれる中古品にたどり着いたというわけだった。
 それならポストに入れておいてくれるから、いつでも受け取れる。
 たとえ新刊の本でも、新品の方が安い本でも、マーケットプレイスの出品者から買うようにしているのだった。

 出品者は全国津々浦々様々である。
 思わずこんな遠くから!と驚かされる場合も多々ある。古本専門店もあれば、個人名義の方もいる。私は本が届いたら必ず、封筒の差出人(大抵はショップの印)の部分を切り取って、それを古本の一番後ろの、カバーの下に隠すようにして糊で貼りつける。
 誰から来たからなんだというわけでもない。二度とその差出人を目にすることもない。(気味悪がられてると困るから言うわけだが、相手にこだわっているわけではないのだ)
 ただ、私の以前に誰かが読んだ本。それが巡り巡って私の手に届いた。私が見知らぬ土地から遥々とやって来た。そんなえにしに思いを込めて、これから私に新しい世界や価値観を与えてくれるであろう本に思いを込めて、私はその儀式を大切に行うのだ。「お前のへその緒」をつけておくからね。なんて時には語りかけながら。

 今回のAmazonが間違えた本は、差出人が個人名だった。本の裏表紙につけるには大きすぎるレターパックの文字。厚紙だし、印鑑でもない。
 おまけに中は本しか入っていなかった。Amazonの注文番号が書かれた納品書もない。
 私は去年頼んで未だ届いていない本が1冊あったことを思い出している。たぶん間違えたのはあそこだ。出品者は覚えていないが個人名義で送ってきたのだ。そう結論付けながらも、めずらしく差出人の名前にこだわっている。

 それは以前の恋人と同じ名前だったのだ。

 漢字は違うが、4文字の名のうち、3文字が同一の音だった。
 何度も本を見直すうちに、私は彼に「へその緒」をつけることを諦めた。
 あの去年注文した本がどうなるか、誤配送されたと連絡が来るか、それとも少し遅れているだけでそのうちちゃんと届くのか、それを確認しなくてはと思っている。
 もしも、それが届くのならば、この本は私の住所を知っている「別の誰か」が私に贈ってくれた本なのだ。そして、私はその可能性が99%であろうと確信していた。なぜか?

 

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 2011年、1月7日。
 報道ステーションの特集でこんなものを見る。

『日本の山林を買い漁る中国、その狙いは…』

戦後の植林事業から50年。日本の山は、伐採期を迎えている一方で、相続の時期も迎えた。衰退する林業、そして高額な相続税。多くの山の所有者が、山を手放そうとしている。去年、日本で初めてとなる山林売買のサイトが開設され、全国の山の所有者から問い合わせが殺到している。こうしたなか、いま、日本各地の山で、目的がはっきりとしない外資による買収の話が持ち上がっている。去年末、北海道全体で、合わせて820ヘクタールもの山林が外国企業に買収されていたことがわかった。そのうち約4割が砂川市の山林だ。買収された山林のほとんどは、水土保全林に指定され、重要な水資源となっている。買収の目的は何だったのか。取材を進めていくと、香港に行き着いた。http://www.tv-asahi.co.jp/dap/bangumi/hst/news/detail.php?news_id=10647

 

 中国、特に大河のない北京では、深刻な水不足が続いているという。
 しかし、だからと言って中国資本が日本の水源林を求めて山林を買い漁っているというのは、ただの都市伝説だという意見も聞かれる。
 日本の山を買い漁っている投資家が中国人だという証拠はない。ましてやたとえ中国資本の企業だとしても、中国が必要としている水は農業用水と工業用水であって、飲用水程度の量ではとても足りない。そんな大量の水を海外から船を使って輸入しようとしても、採算が合わない。(だから中国ではないのではないか?という意見・・)
 中国でなかったらどこの国(外資)が日本の水源林に目をつけるのだろうか。と思うものだが、それこそが思考停止であり、ただ「何をするかわからない国」と中国を色眼鏡で見ては断罪する、非常に危ないものなのだと。 (「中国人が日本の森を買い漁る」という都市伝説より)

 都市伝説か真実かは置いておいて、私が報道ステーションを見て一番驚いたのは、水源地として登場する様々な山林の美しさであった。
 特に三重の大台町、澄んだ清流が薄く広がり、まるで手の届く底から水が湧き出ている。そこにパイプを通して水を取るというのである。山はいらないから、水源地だけを売ってくれと山林所有者に連絡があったと。
 山々と水源林の景色が見事であっただけに、パイプを引いて水を取る、そのための設備のために景観が奪われる、もしくは消滅するという想像がとてもグロテスクに思えたものだ。
 犯人が中国人かどうかは都市伝説だとしても、日本の水を狙っている、たとえ日本の景観がなき者になろうとも水を欲しているものは確かに存在している。
 そうして、上記サイトから「日本の水源林の危機」という東京財団政策研究部の提案書を読んで、もしも水事業のすべてが民営化されたら。その事態を想像させられてぞっとしたものだ。

 「官業払い下げ」は、我が国は20年にわたってその改革努力がつづけられている。その結果、我が国では公共水道技術者が毎年1,500人ずつ減っている。コスト削減、市場原理の導入、権限は国から地方公共団体へ。官から民へ。大筋では間違っていない」(「日本の水源林の危機」14Pより)

 水道事業が民間になったら中国資本が乗り出すのではないかとか。何せ市場原理の導入だから、お金があればだれでも買えるのだしとか。破たんしそうな地方自治体ならば外資だろうが喜んで売ってしまうのではないかとか。永住外国人の地方参政権付与法案もやはり危険だ。あれは国政には関係なく地方の個別の政策レベルの決定だから良し、という意見だって、権限が地方に移ったらなんでもありになるだろうとか。
 思考停止になればまだましだというものを、私は飛躍した想像をしては、憂いている。
 そして、「何をするかわからない国、中国」という選択肢も、それは断罪だと思考停止をせずに、それなりに考えなくてはならなかった。

 判断したいことは山ほどあるというのに、この国のニュースはほとんど何も教えてくれない。
 毎日、私はブログのネタを探して、ニュースと新聞に目を通すのだが、先日ふと限界を感じた。
 ニュースを追っていても意味がないのではないか。

 

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 2011年、1月8日。
 最近猫を飼い始めた姉の家に行く。
 猫の写真を撮りに行ったのだ。電車を乗り継いで、バス停までの道を歩けば、安い、安い、商店街。中国ともこれならば戦えると勘違いするほどの低価格の商品が立ち並ぶ。
 商店街を抜けたらそこは駅名と同じ名前の寺だ。参道は長い階段。香の煙が立ち上がる。まるで山の上に寺の本堂が現れて、私は見上げて聴き入る、ライブのような経の音が。スピーカーから、日本語ではない発音で響いては、腹に衝撃を与えるのだ。
 猫は私を見るとシャーと鳴いた。爪をほんの少し立てて、引っ掻く真似をした。
 時々懐いて、指をなめたり、ころり転がって腹を見せたり。
 最後の最後は、やっぱり眉毛を爪で掻いた。不思議なことに、二人でいると猫は懐いて見せる。姉の子供たちが混じると、強気に出るようだ。私は掻かれた眉毛に痛みを感じながら、猫と別れて帰宅したものだ。
 帰るとすぐに写真を見て、何とかピントの合っているものを、姉と子供たちに送って見せる。
 まるでブランド猫に見えるねと、子供たちが褒めたと姉から聞いた。

「私も写真を撮りたい」

 上の子供がそうつぶやいたと聞いて、それが何より嬉しく思えた。
 ミュージカル、素敵なダンスを見ると、自分も踊りたくなるものですよね。以前聞いた言葉を思い出して、頬を緩める。あの経の音をまた聴きたいものだ。できれば録音したいライブだった。

 

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 2011年、1月9日。(8日深夜)

 革命について考える。
 今まで平成維新と言っていたか。革命という言葉を使ったことはなかったか。
 新聞ではなく、それらwebニュースではなく、誰かが作った掲示板で、「平成日本のジャコバンクラブ」という言葉を、今、見ている。
 
 『平成日本のロベスピエールとも呼べる英雄である』

 ロベスピエールが英雄だったのか、私はまだよくわかっていない。ルソーを目指したジャコバン派のリーダー。晩年の一年間は事実上の独裁者としてフランスを支配し、粛清による恐怖政治で多くの反対派を断頭台に送ったため「ルソーの血塗られた手」と呼ばれた。(ウィキペデイアより)
 間違えてAmzonから送られてきた本。表紙にはルソーによく似た青年が映っている。
 フランスの上流階級の者たちは皆こういう格好をするものか。ウィキペデアの絵とはまるで違う顔に見えたものだった。
 革命とは、積極的な問題解決方法だと以前考えたことがある。否定でもなく、肯定でもない、第三の選択肢が革命なのだと。
 誰もが寝静まった夜に、私は私に送られてきた本を贈られてきた本だと信じている。
 革命について考えている。


 ロベスピエールが英雄だったのか、いかれた独裁者だったのか。
 なぜ本は私のところへ届いたのか。たとえその裏表紙にへその緒を貼ることが出来なくても、たとえこの国のものが何も教えてくれなくても、それなりに考えなくてはならなかった。
 判断しなければならないことは山ほどある。

 思考停止に陥らず、ダンスを踊り続けなければ。そうだ、とびっきりのを踊れるようにならなくては。あの経のような音がいい。たとえ猫の爪に掻かれても。
 すべての思いがすべて一つに繋がっていると思える夜に、まるで屁理屈を言うように、まるで下手なダンスを踊っている。
 それでも、Amazonの本は返さないつもりだ。

 

〇〇様
いつもお世話になっております。
今回発送させていただきました商品に間違いがございました。
大変お手数ですが、着払いで弊社まで発送いただけないでしょうか。
また今回発送が遅れました事も重ねてお詫び申し上げます。
大変申し訳ございませんでした。


 
 

 

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