2011年10月9日

平和を愛する世界人に配布させていただきます。




  先日会社帰りのことだ。
  駅構内の階段下に何やら冊子を配布する女性が立っていた。

  ここは、いつもの、と言っても過言ではなく、大抵一人か二人、居酒屋や美容院、政治家の信条を記したチラシを配布する女性が佇んでいる定番スポットなのである。


  で、またかと思った私はおとなしく手を差し出した。
  もらえるものは何でももらうタチである。


  いつもと違ったのは、チラシではなく、それが文庫本だったということだ!


  本好きの私がそれをどれだけ嬉しく思ったことか。
  たとえいつか派遣先で配られたような企業の歴史を記した自費出版的な退屈な本だろうが、「本」という形のものをタダでもらえるのが嬉しいのである。

  「200万部突破の記念に無料で配布しています」

  と女の人は笑顔で言った。感じのいい微笑に、私の胸はいっそう高鳴った。
  もらった文庫本を大切に胸に抱え、(夜道であったので)明るいコンビニの前まで急いで歩いて、中をぱらぱらとめくったほどである。

  タイトルは、「平和を愛する世界人として」

  一ページ目のカラーページにこうある。
  「私は生涯一つのことだけを考えて生きてきました。戦争と争いがなく世界中の人たちが愛を分かち合う世界、一言で言えば、平和な世界をつくることが、私の幼い頃からの夢でした」

  無料配布にふさわしい、宗教本か、と私は苦笑いした。

  中味を確認せずに、タイトルとカラーページの言葉だけで判断して、そのまま鞄にしまわれた。

  後日、思い出して取り出したのは、役所に行った際の待ち時間に退屈した時であった。

  そう言えば、そんな本あったなぁ、ともらった本を読み始めた。

  そこで初めて、ぎょっとしたのである。


  私は(社長の策略による)会社の従業員同士の憎しみ合いに疲れていただけなのである。
  そんな私を慰めてくれる言葉を求めていただけなのである。
  が、なんと言うことか。
  本には、こんな言葉が続いている。

「私が生まれた1920年は、日本がわが国を強制的に占領していた時代でした」

「家も土地も日本人に奪われて、生きる手立てを求めて満州に向かった避難民が、わが家の前を通り過ぎて行きました」

「日本の警察の迫害が激しくて(略)警察の拷問を受けた大叔父の体には、竹槍で刺されて、ぼこぼこにへこんだ大きな傷跡がありました。(略)『今目の前に見えるのは暗黒であるが、必ず光明の朝が来る』とも話していました。拷問の後遺症から体はいつも不自由でしたが、声だけは朗々としていました」




  ・・・平和どころか、著者は朝鮮半島出身の思想家で、反日的な文章があちこちに見受けられるのであった。



  平和をこよなく愛す著者が事実として、大日本帝国時代の日本の悪行を記す、という形式がまた恐ろしい。



  続く思想は、個人主義はいかん、世界は一つの大きな家族である、と言うようなものな壮大なものなのだが、それもそれこそが国家や共同体を否定する個人主義的なものと思えて気色が悪い。



※まさに平和を騙ったこんな思想です→【正論】拓殖大学学長・渡辺利夫 鳩山政権を蝕む「反国家」の思想(拡散します)


  出合った時、愛しく胸に抱いて、温めていた本であっただけに、私の失望は計り知れないものがあった。 


  が、読み進めるとこれがそうでもない部分も多々あるのであった。
  つまり失望だけがすべてではない、という部分。
  先の大戦前、大戦後の当時の朝鮮人、韓国人の生活や心情がとても鮮明に記されていて、興味深い一面があるのである。

  思いもかけぬ失業期間を与えられ、時間が余っている私である。
  秋の夜長に、読んでみようか、などと考えている。
  (反日と愛による国家溶解思想が出てきたら、ごめんなさいです、ダッシュで飛ばさせていただきます)
 




よろしかったら、あなたもお一つどうぞ。