2012年1月18日

東大、秋入学以降へ  桜と門出の因果は国際化の前に無力なのか。





東大、秋入学移行へ 懇談会が積極検討を提言 (47NEWS)

東大、秋入学に全面移行 懇談会が早期実現提言 (日経)


 入学時期の在り方を検討している東大(浜田純一学長)の懇談会が、学部の春入学の廃止と秋入学への全面移行を積極的に検討すべきだとの中間報告をまとめたことが18日、分かった。

入試日程は現行の時期を維持するのが妥当としている。

欧米で一般的な秋入学に合わせ、国際化推進を目指すのが狙い。

実現すれば経済界や他大学にも大きな影響がありそうだ。








岩本ナオの『雨無村役場産業課兼観光係』という漫画がある。

東京の大学を卒業した青年が故郷に戻り、役場に就職する。


「願わくば、生まれ故郷の人々のために働ければ・・」


しかし、そんな大志の灯はともすれば揺らぎ、消えてしまいそうなほど危うい。

若者はたったの3人、あとは老人ばかりの何もない田舎の村だ。


「間違ってないはず」「仕方がない」

「けれど、別れた恋人と東京で過ごす未来があったのではないか」



そんな青年の迷いを吹き飛ばすのが、一本の桜の木だ。












山の上に立つ桜の木は青年の心を洗ってくれた。

その時からだ。青年と過疎に苦しむ村との新たなスタートが、

再生の物語が始まるのであった。






この物語が成立するのは、私は日本人の心の中に、

桜の記憶という共通認識があるからだと思う。

桜は新しいスタートの象徴だ。

そして、苦しい時、私たちの心をいつも清め、励ましてくれる力強い存在なのだ。



その証拠に、グーグルで、検索してみてはどうか。

例えば、「復興 桜 プロジェクト」

東日本大震災からの復興のシンボルとして桜を植えようという有志のプロジェクトが数多く表示される。







桜の記憶は大学以前まであれば、十分だろうか。

青年が村に戻る季節は秋でもかまわないと。

それともそれはただの漫画の物語だと言うだろうか。本当にそうだろうか。


私は残念でならない。


もしも東大の入学時期の変更は、今後日本のすべて入学・入社時期の

スタンダードとなりうる影響力を持っている。

なのに、彼らはこの国の若者の方を全く向いていない。


経済界の意向を考慮して、そして、

より優秀な外国学生を獲得を踏まえているのだ。




企業が外需拡大に貢献できる優秀な人材を広く採用しようとすれば、日本の学生より積極的と捉えられている諸外国の学生は外せない。

まずは入学を9月にし、その後、将来的に秋入社がスタンダードになれば、企業は外国人学生を採用しやすくなりますからね。
(東大が秋入学を真剣に検討へ。受験、就職はどう変わる?より)






奇しくも、今日の官邸かわら版では総理の語録でこんな言葉が掲載された。



「スタートの年」

去年は本当にいろんなことがありました。

(2012年は)≪経済再生の元年≫でなくてはいけないし、≪雇用が回復する元年≫でなくてはいけない。

「元年」と言っているのは、これからも続けなければいけない、そのスタートの年だということです。

「今日より明日は良くなるんだ」という≪希望の持てる国をつくっていく元年≫、「日本に生まれて良かった」と思える≪誇りを持てる国をつくる元年≫、そういう位置づけで一つひとつの課題を乗り越えていきたいと思います。




今年はスタートの年だ。去年はいろんなことがあった。

だからこそ今年は新たな心持で、元気になって。

経済を再生させて、雇用を回復する、そんな素晴らしい年になればいいと願う。



けれど、実際は、国際化や経済再生を重視して、

若者の雇用回復をないがしろにしているのではないだろうか。



同時に、私たちの郷土(くに)や風土に受け継がれてきた桜の記憶を、

なおざりにしているのではないだろうか。




今日は明日よりもよくなる、と確信し、

この国に生まれて良かった、と誇りを持つようになるためには、

桜と共にスタートを切るという未来の記憶がどうしても必要だ、と私は思う。



邪魔しているのは誰なんだろう。

誰が少子化を阻んでいるんだろう。

国際化や経済を重視した現在の在り方こそが、

私たちの希望と再生に弊害をもたらしていると、そう実感している。









岩本ナオ『雨無村役場産業課兼観光係』 (立ち読み版あり)
東大が秋入学を真剣に検討へ。受験、就職はどう変わる?
大が入学を秋に移行? その理由とメリット・デメリット





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