2012年2月3日

沖縄局長更迭見送り 防衛省と政権は僕らが護ります?!




沖縄局長更迭、当面見送り=方針転換、真相解明へ調査継続―防衛相

田中直紀防衛相は3日夜、真部朗沖縄防衛局長が沖縄県宜野湾市長選(12日投開票)への投票を呼び掛ける講話をした問題の対応について政務三役らと協議した。その結果、調査を続ける必要があるとして、真部氏を当面更迭せず、処分問題の結論を先送りすることを決めた。防衛相はこれまで5日告示の宜野湾市長選前に真部氏を更迭する意向を示していたが、方針を転換した。  防衛相は、調査が不十分な状態で真部氏更迭に踏み切れば真相解明が果たせず、事態の混乱を招くと判断したものとみられる。ただ、野党は「局長講話は選挙の中立性をゆがめる」と批判しており、真部氏や防衛相の責任追及を一段と強めるのは必至だ。  防衛相は3日夜、政務三役らとの協議後、記者団に「引き続き調査する。(真部氏に)説明責任を果たさせることにした。私が判断した」と言明。「(市長)選挙も直前なので、今の状況で進んでいくということになる」と述べ、処分よりも調査による実態解明を優先させる考えを示した。真部氏が局長を当面続けるのかとの質問にも、「そうなると思う」と語った。  [時事通信社]

(ウォールストリートジャーナル日本版 2012年 2月 3日 22:06 )











沖縄防衛局長の真部氏の講和問題が防衛省(組織)の政治関与の問題から

政局へと変化を遂げています。

どちらにせよ、沖縄県民のことは始終考えられていません。



防衛省は、防衛相が政務三役らと協議する直前まで

真部氏を更迭に向けて調整すると発表していました。

米軍普天間飛行場の存在する宜野湾市の市長選を前に

政治的中立性を明確にしなければならないとしていました。



しかし、そもそも、真部氏は特定の候補者に肩入れしたものではない、

と講和の趣旨を説明しています。

3日午後の予算委員会の集中審議でも、繰り返し訴えました。

「その当時は問題とは思わなかった」

当時は、問題ではなかったのです。

「だが私のしたことが問題であったならば、これから判断を受けるでしょう」


真部局長は5年間同じように講和していた(選挙に行くことを進めていた)

と言います。

(下は問題となっているメールです)





自衛隊法違反、公職選挙法違反、個人情報保護法違反など、

様々な違法性を訴えられていますが、

沖縄県住民にとって深刻である、普天間飛行場移設問題を

解決に導くためにその手段を促すことは当然で、

私には、むしろ、この唐突に浮上した騒動の方が異様に感じられました。



 前沖縄防衛局長の女性蔑視の暴言、環境影響評価書の県への提出をめぐるドタバタ、新旧防衛相の沖縄への配慮を欠く不適切な発言……。そこに加えて、この局長講話である。

 普天間の辺野古移設は、もう実現する見通しはない。政府は今度こそ立ち止まり、他の打開策を探るべきだ。


2日の朝日新聞の社説です。

辺野古移設はおかげで絶望的だ、と訴えています。

けれど、日本側の不手際以前に、米軍には普天間飛行場を移設する

(もしくは移設にお金をかける)ための、情熱など、もはやありません。



昨年末、オバマ大統領は普天間移設とセットになっているグアム移設費を

2012年会計予算から全額削除する国防権限法案に署名、

同法は成立しています。


また、米国の軍事戦略も大きく変わりました。

中国の接近拒否能力に対抗するというアジア回帰の軍事戦略には、

沖縄からの分散という要因が本質としてあります。

接近戦の拠点としての沖縄は、以前ほどの意義を持ってはいません。




むしろ、好都合でした。

講和問題の一件で日本のマスコミがこぞって叩くことによって、

防衛省は信用を失墜させて、普天間飛行場移設は、


普天間の辺野古移設は、もう実現する見通しはない (朝日新聞)


ということが決定的になりました。



昨年秋、大阪市長選で、公務員である市職労は

組織ぐるみで特定候補を応援していた。

長年、庁舎内に事務所を置いていた。

マスコミはこういう組織活動を見逃していた。



大阪に限らず、今までずっと見逃していました。



1998年、名護市長選挙。

普天間の県内移設反対を訴え立候補し、

落選をした玉城義和・県議会副議長は、こう抗議しています。

「基地問題に絡む選挙への介入は真部氏の属人的な問題ではなく、

組織の伝統だと思う」



マスコミは知っていた。

選挙に関与することは、半ば慣例化していた。

なのに、なぜ、今回だけこう騒がれたのでしょうか。




民主党は候補者を立てていません。しかし、田中防衛相は国会で責められて、

またしても、「適性のなさ」が浮き彫りになりました。


このままでは政権に影響するという判断から、

続報では、真部局長の更迭が持ち越されました。


野田首相は、当初、「真部氏を続投させれば、沖縄との関係は一層こじれる」

と懸念していました。だから、

「国民や沖縄県民からすれば、批判せざるを得ない部分もあった」と述べ、

真部氏の行動には問題があるとの認識を示していました。


ところが防衛相が政務三役らと協議する直後に一変。


真部氏への処分について、

「事実関係が明らかになる中で防衛相が判断する」

と防衛相に判断を一任しました。



「(講話は)私が発案して実施した。本省をはじめ、外部から指示や示唆はない」

と述べ、防衛省の関与を否定した真部局長。

政務三役らとの協議後、「引き続き調査する。

(真部氏に)説明責任を果たさせることにした。私が判断した」

と自らの責任であることを強調する田中防衛相。


組織の背徳を糾弾しながら、

個人を組織の犠牲にすることを厭わず見せつけた今回の講和騒動。


せめてそれが沖縄の未来のためであることを祈るばかりです。





沖縄防衛局長の更迭持ち越し…防衛相ら協議
米国の戦略変化の中で「普天間問題」を考える
沖縄局長講話―組織ぐるみの「背信」だ
更迭騒ぎには違和感がある
「選挙介入、沖縄防衛局の伝統」非難轟々
クローズアップ2012:沖縄防衛局長更迭へ 選挙に関与、半ば慣例化