2013年1月9日

中国人のために、失っていい命なんて一つもない。





 安倍晋三首相は今月5日、米村敏朗内閣危機管理監らに尖閣周辺での領域警備で対抗措置の強化を検討するよう指示。具体的な措置としては、領空侵犯機が無線での警告に従わない場合、曳光(えいこう)弾を使った警告射撃を行うことや、海軍艦艇が領海付近に進出してくれば海上自衛隊の艦艇を一定の範囲内に展開させることが柱となる。

 曳光弾発射は、昭和62年に沖縄上空で領空侵犯した旧ソ連の偵察機に空自戦闘機が実施した例がある。

msn産経ニュース2013.1.9 06:55




幕府のために賊軍となった会津藩の鶴ケ岡城


 
 
 新年明けましておめでとうございます。今年初めての投稿です。
 こちらの時事ニュースブログをずいぶん長いあいだ放ったらかしにしていました。
 申し訳ない。正月呆けも抜けましたので、そろそろ(もう少しマメに)アップしていきたいと思います。またぜひ立ち寄ってあげてくださいませ。
 今年もよろしくお願いいたします。

 さて、私の句ではないのですが、冒頭のニュースを受けて、こんな「今日の一句」がありました。
  
 
「南海の 小島の磯の白浜で われ弾受けて 蟹に喰われる」(蒲公英詠む)


 著者が言うには、『中国政府は尖閣問題では「断固日本と戦う」と宣言しており、 安倍が新たに命令した威嚇射撃を中国が自国への攻撃と捉えれば、 早くも日中尖閣戦争に突入する可能性がある』(※注)とのこと。

 ※注 早くも尖閣戦争に突入か 「南海の 小島の磯の白浜で われ弾受けて 蟹に喰われる」
 



 日中戦争になれば、日本人の死骸が尖閣諸島の上海蟹のエサになるだろう、というお話です。
 冗談じゃありません。

 日中戦争なんて、真っ平御免です。

 上海蟹のエサは言い過ぎかもしれませんが、戦争になれば多くの日本人の命が失われます。それだけは避けないといけません。

 ではなぜ、日本人の命が奪われるのが嫌なのでしょう。
 私たちの祖先は、そうして命を懸けて、土地を守って来ました。自分の命と引き換えに、私たち子孫のために戦いました。
 たとえ自分の肉体が失われても、国と、この地に残されるものとを、守る矜持と勇気がありました。
 今の私たちには矜持も勇気もないのでしょうか?

 しかし、新聞記事を読んで、強く、強く、想ったのは、繰り返しますが、

 「真っ平御免(まっぴらごめん)」
 
 という単語でした。

 中国の方には、大変申し訳ありませんが、「中国人と喧嘩して、命を落とすなんて、馬鹿げている」。「中国人のために、失っていい命なんて、ない」と思いました。

 戦争になれば、1人の中国人につき1人の日本人が死ぬのでしょうか。それとも10人の中国人につき1人の日本人が? それとも逆に、1人の中国人につき10人の日本人の命が?

 命の尊さは、数の問題ではないでしょうが、それでも、もしも1人につき1人なら、絶対に換えられません。なにせ相手は13億人もいるのですから、尖閣を発端の戦争で多少の兵隊が死んでも、痛くも痒くもありません。いえ、痛くも痒くもない、は酷いですが、日本よりはダメージが少ないのは確実でしょう。

 昨年の10月31日、国連人口基金は世界の人口が70億人を突破することを発表しました。12年間で10億人が増加したことになるそうです。
 国別に見ると、人口の1位は中国です。その数は、およそ13億4800万人です。2位はインドの12億4200万人、日本はと言えば、10位の1億2700万人です。また日本は、50年の時点で1億900万人に減り、16位に落ち込むと見られています。
 

 つまり、戦争が行われるとして、日本人の兵隊になるであろう歳の健康な成年男子は貴重な存在だということです。
 特にここ10年、長引く不況も手伝って、日本の成人男性はかなりの苦痛を強いられています。戦争どころじゃありません。敵と戦うどころか、10年連続で3万人も自殺しています。(3万人のうち2万~2万5千人が成年男子です)
 このままでは日本の未来は女と老人ばかりです。
 
 人口減少も深刻な問題です。
 2011年に国内で生まれた日本人の赤ちゃんは10年より1万4千人少ない105万7千人です。死亡数は6万4千人多い126万1千人(※注)でした。
 出生数は戦後に統計を取り始めた1947年以降で最少で、死亡数は最多でした。出生数から死亡数を引いた「自然増減数」はマイナス20万4千人で、2007年以降5年連続の人口減でした。これは、2010年(確定数)の約12万5千人減から1・5倍以上で過去最大の減少でした。
 
 ※注 2011年12月厚生労働省の「人口動態統計の年間推計」より


  人口の問題を思うとき、いつも思い出すのが、日本神話イザナミとイザナギの別離の時の言葉です。あの1000人殺すならば、1500人産みましょうという・・

 (日本神話イザナミとイザナギの物語にピンと来ない方は、「ねずさんのひとりごと」(※注)に詳しく、わかりやすく、書かれていますので、ぜひ一度ご覧になってください)

 ※注 桃太郎とイザナギ、イザナミ 



 イザナミ 「愛する私の夫のイザナギよ、あなたがこんな仕打ちをするなら、私はあなたの国の人間を、一日に千人殺してやりましょう」 

 イザナギ 「愛する私の妻のイザナミよ、おまえがそうするなら、私は一日に千五百の産屋(赤ちゃんの部屋)を建ててやろう」

 黄泉の国に堕ちたイザナミは、私たちの国の人間を必ず毎日1000人殺すと言いました。
 それを聞いた夫のイザナギは、それならば1500人の産屋を建てようと答えます。

 どれだけマイナスがあろうとも、それを補うプラスを必ず起こすことを誓うのです。
 この1000人と1500の差の500人こそが、この国の希望です。どんなに辛いことがあっても、酷い目に合おうが、必ずマイナスのままにはしておきません。500人多く補うために、懸命に、明日のために産屋を建てようとするのです。
 
 ところが、現代では、その差の500人が希望が失われつつあります。神話の抽象的な物語を人口だけの問題に当てはめれば、実際は失われて久しいのです。
 愛する者との別離と、地獄の門が開き、人の国と通じた瞬間の禍々しい中に唯一残された希望の500人が・・
 今の日本はもうその希望の前提がありません。

 私はこれはとても大切な問題だと思っています。日本はまだまだ人口が多すぎるとか、あと数十年経てば、老人も減って、たとえ現在少子化であろうとも年齢層は均されるだろうとか、政治家はいろいろなことを言います。けれど、そういう合理的なお話だけではありません。 

 この貴重な私たちの命を、血をどうして、中国人(なんか)と引き換えにできるというのでしょう。
 土地のために、矜持をかけて命をかけられる時代は終りました。イザナミとイザナギの予言が時効となったように、今は成長物語よりも、大切なことがあると思います。

 私たちの今の矜持は、この尊い命と血を絶やさずに大切に守りぬくことです。
 しつこいけれど、中国人なんかと引き換えしてはたまりません。あの小さな島とだって引き換えにしてはたまりません。
 もしも、中国が本気で尖閣を奪う気だとして、私が安倍さんにして欲しいのは、威嚇射撃などではなくて、相手ときっちりと話をつけてほしいということです。もうパワーゲームで思うままにできるとは思えません。(日本にはその力がありません)
 沖縄もよこせ、とさえ言い出さなければ、尖閣諸島を手放してもいいのではないでしょうか。沖縄と、漁業権と、それさえ確実に失わないことが前提にできるならば、領有権はなくてもいいと思います。尖閣諸島をめぐる話がこれ以上きな臭くなる前に、その話をつけていただきたい(和解していただきたい)と心底願います。

 またもしも、東シナ海は重要なシーレーンだから、手放すわけには行かない、という話でしたら、日中戦争ではなくて、米中戦争にしていただきたいと思います。
 もちろん日本は同盟国なので共にアメリカと戦うことになるのでしょうが、アメリカは自分が主役ならば戦争は回避すると言い出すかもしれませんので、尊い命も守られる率は高くなるというものです。経済の相互利益だけで繋がるのではなくて、もっと中国と対話と和解をしていただきたいと願うのですが・・・ ここまで書いてふと素朴な疑問ですが・・ 

 ん? 中国って、対話できる相手でしたか?

 話のわかる相手じゃない、となると話が振り出しに戻ってしまいますが、

 さて、困りました。やはり日本人が命を引き換えにする相手ではありません。



☆出典☆
世界の人口が70億人突破 1位は中国
日本の人口
早くも尖閣戦争に突入か 「南海の 小島の磯の白浜で われ弾受けて 蟹に喰われる」







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