2014年1月4日

今こそ役割を捨てて人間足りうるものになるということ。その理解を求めるということ。



 BLOGSの1月3日の記事で、国際政治学者の六辻氏の考察がありました。
 例の安倍首相の靖国神社参拝問題です。
 海外メディアの反応がどれほど冷たいかということを、各国の新聞社、通信社の報道をチョイスしながら示し、その国際世論を覆すのは無理だということ、負け戦はするべきではないこと、まさに空気を読めない子供の主張であるということを諭してくれています。

 確かに先の大戦の教訓を思えば、負け戦はするべきではありませんが、幸運なことに、現代の戦争は肉弾戦ではなくて情報戦です。

 このBLOGSに掲載された情報を私たちに与え、大人しく負けることを諭す時点で、敵は本能寺にあり、的な思いを抱くのは私だけでしょうか。

 まぁ、敵は本能寺にあり、はちょっと誤用かもしれませんが。

 特に私が疑問を抱いたのは、政治学者氏が言う、

 「無駄あがきせずに、大人しく日本の役割を果たしとけよ」 

 というくだりです。(ちょっと言葉は違いますが、記事は下記です↓)





一部の日本人が、「親日的」と期待をかけるインドやトルコでも、上で確認したように、同様の傾向がみられます。例えば、さきに示したメルケル首相のスポークスマンの談話は、AFPを通じてインドでも配信されています。これもやはり、良くも悪くも、国際世論を形成する一要因です。

これらのメディアワークで決定的に後れをとっている日本が-仮に安倍首相の「理解を得られるように努める」という意思が本物だとしても-これをひっくり返すことは、きわめて困難です。少なくとも、ごく簡単なレビューからでも、「理解を得られるように努力する」という安倍首相の主張は、オッズが低いと言わざるを得ません。それとも、国際的な支持を得られる、なにがしかの勝算があるというのでしょうか。あるいは、各国にある日本大使館は現地メディアの報道をサーベイしているはずですが、ぜひ外務省にはそれをみせてもらいたいとも思います。

別に、全てを外部の基準に合わせろというのではありません。また、中国や韓国に対して憤懣をもつひとが、この数年で急速に日本に多くなったことは理解しています。しかし、「そんなつもりはない」とか「詳しいことを知らないのに勝手なことを言うな」という反応をして、「首相が参拝するのは当たり前だ」という内輪だけで分かる意見を言い合うのは、極端な言い方をすれば、第三者の視線を無視して電車で座り込む若者グループと同じです。少なくとも、成熟した大人のすることではありません(もっとも、最近では50歳代以上でも他人の視線を気にしない、全く尊敬できない年長者も多くなりましたが)。意見をもつ自由は、他者が意見をもつ自由を尊重して、初めて認められるべきものです。言いっぱなしの主張は、決して国際的に受け入れられるものではありません。

「個人」「人格」を表す英語パーソン(person)は、「仮面」を表すギリシャ語のペルソナ(persona)からきています。古代ギリシャの悲劇、喜劇で役者がつけた仮面は、それをつけることで、観客からみてその役者が誰かになりきることを意味しました。つまり、人間は社会のなかで、なにがしかの役割や立場にあり、いわばその「役割」を演じることで初めて「人間」足り得るという思想がそこにはあります。「攻撃的で、他者からの評価を気にしない」という「仮面」をつけることが、国際社会という社会における日本という「人格」にとって、決して好ましくないことは確かといえるでしょう。

六辻彰二/MUTSUJI Shoji2014年01月03日 17:06




 国際社会の中で、「人間」でいるためには、

 つまり日本が人権(国権)を得るためには、

 戦後秩序に屈服して戦勝国のいいなりになって、

 彼らにとって都合のいい存在になるという良い子の仮面をつけて、

 負けは負けなんだから、敗者の分相応に正しい言い分なんぞは主張せず、

 もちろん金銭的にも彼らのカモになり続け、

 今まで通り、その国際的な「役割」を嬉々として演じ続けなければいけない

 ということでしょうか。

 でも、それって、敗戦国に国権はないって意味ですよね?

 
 私は思いますが、そうやっていい子の「役割」を演じた末が、

 今の弱体化したアジアでも世界の中でもダメダメになった日本です。

 貧乏になった私たちの生活です。

 その本来の「役割」は本当に正しかったのでしょうか?

 そろそろ抜け出してもいいのではないでしょうか。

 
 日本が動けば、そりゃ先の大戦のことがありますから、

 いろいろ言われます。あの時のように孤立化するんじゃないか、とフラッシュバックに襲われて、また「のび太」に戻りたくなる気持ちもわかります。

 ここが踏ん張りどころです。

 安倍首相は今までの首相と違って、諦めていませんよ。

 粘り強く、日本はもう侵略的な戦争をする気などないこと、米国との同盟や、アジアとの関係を逆によくするためにも、日本が自立の道を歩く必要があることを訴えて、理解を求めていく覚悟があると思います。


 靖国参拝は踏み絵のようなものだと思っています。あれは、日本弱体化の象徴です。別に戦犯とされている英霊たちの汚名返上にそこまでこだわっているわけではありませんが、日本はこのカードを散々利用されて米中韓のカモにされてきたのです。
 まずはそこから、もうそれは通じないんだ、ということを分かってもらう必要があると思います。

 日本には110兆円の米国債があります。私たちの預貯金と税金で買ったこれら外国債は全ては紙くず同然で、利息さえもらったことはないと聞きました。(おまけに今にもデフォルトしそうです)
 日本は中国に3兆5千億円ほどのODA実績があります。(これは外務省HPから拾った2005年の数字です 対中ODA実績
 韓国も同様です。賠償金と経済協力を行ってきましたが、それでも現在、戦時中の韓国人徴用に対して日本企業を訴え、別の形での賠償金を求めています。慰安婦の賠償金の要求も重なっています。
 直接的なお金の話だけではありません。領土やTPPという形での強奪もあります。
 

 どうですか。いい子でいてもいいのですか。
 頑張りましょうよ? 99パーセント無理だと分かっていても、諦めたら破滅の道しか残っていません。

 これは、戦争なのです。相手は戦後秩序の正当性を装って、

 「攻撃的なペルソナ」を身につけ、

 ここぞとばかりに弱った日本を叩きに来るでしょう。

 日本だけが、今までどおり「いい子」でいても、もう関係は良くならないところまで、ギリギリまで来ています。

 日本を変えたいなら、ここで踏ん張りましょうよ。

 私たちの生活を良くするために。


 諦めたらそこで終わりです。本当に戦う必要はないのです。

 零戦で母艦に突っ込むこともありません。ただ、今、海外メディアに理解を求める記事を書けばいいだけの話です。

 国際政治学者氏の、今こそ出番ではないですか?
 (その記事をかけない理由でもあるのですか?)

 私はそう思いますが、みなさまどう思いますか。



 
 ちなみに、八紘一宇(はっこういちう)を連想する方もいると思うので、これを言うのは恥ずかしいのですが。
 日本の自立は日本だけのためではありません。
 アジアの関係を逆に良くするために、と先ほど書きました。
 見てください、今中国はこんな状態です。↓


1月3日TBSニュース クリックすると元記事へ



http://jp.wsj.com/article/SB10001424127887324050504578242940347183364.html#slide/1
ウォール・ストリート・ジャーナル クリックすると元記事へ





 私は上の木の写真を見て泣けてきました。あまりにも可哀想だと思いました。これだけ空を痛めつけ、自然をないがしろにする事態になっているというのに、日本は何も出来ていません。練炭の技術提供の申し出も実っていません。公害が及ばないように恐るばかりです。また、中国の大気汚染は日本の高度成長期時代を超えた、観測史上最悪の数値を記録しています。

 今この情報戦に負けたら、日本も同じ空になります。日本の豊かな自然は失われてしまいます。
 日本は中国みたいに安価な石炭も石油も使ってないからならないよ、と笑われた方もいるかと思います。しかし、日本と違い自然信仰も持たず、法規制もままならぬ未成熟な国家に主導権を奪われたら、未来はどうなることかわかりません。たとえ情報戦に負けなくても、中国の大気汚染が日本を席巻し尽くす日はそう遠くないかもしれないのです。

 だから、勝ちましょう。勝たずともせめて、負け戦はするな、というのはもうやめにしませんか? 
 そして、北京の空が青く澄み渡る日を夢見て。
 ここが踏ん張りどころです。粘り強く理解を求めていきましょう。