2015年8月11日

戦争法案と芸能人。~安全保障関連法案の評判を調べてみた~



 こんにちは、スギヤマです。

 あなたは平和ボケですか? 命や資産はこれから無事でいられますか?

 前回戦争法案について書きましたが、今日は、「戦争法案と芸能人」。一般人の意見をまとめる前に、まず広告塔の芸能人がどのように戦争法案を受け止め、語っているのか調べてみました。

 あなたの生活の何かの参考になれば幸いです。

 (戦争法案について考えることは、私たちの生活にとって有益だと思います)


 あ、その前に、戦争法案ってなんだろう? って方のために簡単に説明。

 戦争法案とは、2015年に閣議決定された安全保障関連法案のことです。7月に衆議院で採決され、自民公明の賛成多数で可決されました。詳細はこちらのまとめに書いてありますが、要するに、自衛隊が、自国の自衛以外のために、武力行使ができるようになる、というものです。ちまたで騒がれている「集団的自衛権の行使容認」ですね。たとえ(日本が)攻撃を受けていなくても、(アメリカなどの)親密な関係の国への(敵国からの)武力行使を、実力で阻止することができる、という関連法案です。

 これが、戦後日本が守ってきた憲法9条に反する、と批判されているのです。9条では、戦争を放棄しています。戦力は持たず、交戦権はありません。日本には自衛権はあってもそれを行使する軍隊がない、との解釈です。その後、幾度かの裁判を経て、その都度、解釈は検討されてきました。個別的自衛権の行使は認めても、集団的自衛権の行使は容認できない、という政府解釈が定着していました。戦争法案は、その歴史が積み重ねてきた、英知の結晶である政府解釈を、根底から覆す閣議決定だったのです。


 えーちょっと、前置きが難しくなりましたが、ここから芸能人の意見です。

 まず、賛成派ですね。

 つるの剛士さん。


(´3`)oO(「反対反対」ばかりで「賛成」の意見や声も聞きたいなぁって報道やニュース観ていていつも思う。 賛成派だって反対派だって平和への想い、戦争反対の想いは同じ。 大切なコトたからこそ若い子達だって感情的、短絡的な意見にならないために色んなこと公平に一緒に考えたいよね。☆)



 中立を装いつつ、戦争法案推しと大批判が高まりました。
 詳細はこちらへ。




 次に松本人志さん。



「このままでいいと思っているのであれば、完全に平和ボケですよね」




「戦争反対とか、平和がいいということは、安倍さんもそう思っていると思う。地球上全員が思っていると思う」

とし、安保関連法案の必要性を自動車事故に例えて次のように語った。

「例えば車に乗っていて、シートベルトもしていて、酒も飲んでいない、脇見運転もしていない、法定速度を守っている。それでも横から、後ろからぶつかってこられることってあるわけですよね」

「そういう時に『交通事故やめて』といわれても『あれっ?』っていう話じゃないですか。今の日本ってそういう状況かなって。このままだと、当て逃げされますよ。このままでいいわけは絶対ないから『ぶつけたら厄介やぞ』くらい思わせないと」




 「当て逃げ」って表現が、わかりやすいですね。現在の日本は、既に完全に中国に当て逃げをされている状態だと思います。まったく、ぶつけたら厄介だぞ、とは思われていません。自衛権の放棄を交通事故に例えるあたり、やはりただものではないな、と思わされました。
 天才と言われているうちに裸の王様になってしまった、と批判される松本さんですが、私はこう言うキレのある発言を見る限り、やはり裸の王様というのはあまりにも心無い、お馬鹿な批判だと思ってしまいます。

 ・詳細はこちらこちら




 次は反対派です。


 まずは、松本人志に反論した中居正広さん。




「でもね、やっぱり松本さん、この70年間やっぱり、日本人って戦地で死んでいないんですよ。これやっぱり、すごいことだと思うんですよ」



 記者も同調して中居をヨイショ。詳細はこちらへ。




 笑福亭鶴瓶さん。




「戦争放棄というのは(憲法の)うたい文句。憲法9条はいごいたら(動かしたら)あかんと思うんです」

「だいぶアメリカに乗せられて、後方支援、後方支援と言っているけれど、せんでええねん。なんもせんでええ。したらあかん。したら、したという事実が残りますよ。絶対ダメなんです」



 戦争が嫌なのは皆同じ思いですが、どうして動かしたらダメなのか、もう少し詳しく掘り下げて欲しかったですが・・ 

 

 次は芸能人というより文化人ですが、漫画家の小林よしのりさん。




「立憲主義と中国の脅威、この二つを天秤にかけたときに、今現在、この憲法の解釈を変えて立憲主義を崩壊させなければいけないほど、中国の脅威は迫っているのでしょうか?」とし、正面から憲法を改正し自衛隊を軍隊として位置づけ、対米従属から自主独立へ移行することの必要性を訴えた。




安倍首相、自民党、これらはアメリカがまた次の戦争を始めたとき"ついていかなければいけない"と言うでしょう。日本人が独自の判断ができるのならば、"この戦争は防衛戦争としてとやらなけばならない、だがこの戦争は侵略戦争だからこれはダメだ"と、はっきり言えなければいけません。




 小林さんがいうには、日本はアメリカにはっきり意見を言えない、だから必ずアメリカの言いなりになって、侵略戦争にも手を染めてしまう。だからアメリカから自立するまでは、憲法の解釈を変えるべきではない。まずは憲法改正です。という感じですかね。ごもっともです。日本がのびたならば、アメリカはジャイアン。今のまま戦争法案を受け入れたら、都合よく集団的自衛権を使われまくりそうです。


 ・詳細はこちらへ。



 皆さんはどう思いますか? すでに「当て逃げ」をされている日本です。立憲主義と中国の脅威を天秤にかけて、どのように国が進んでいけば、生活の安全が保たれると思いますか?

 (反対派が多いようで、デモが盛んですが・・)



 最後に私の意見で恐縮ですが、こちらも参考のため、記しておきます。

 私はどちらかというと、1959年の砂川事件の最高裁判決に同調しています。(ラストに判決全文を記しています)

 憲法改正というのは、案外戦後の自虐史観に通じるのではないですかね。アメリカは、あの日本国憲法を日本に与えてしまったことに、戦後何度歯ぎしりをしたことか! 私はそう思うんですよね。戦後のこの国の形と憲法の理念は満更でもない、いえ、それどころか、中居さんの言うようにすごいことだ、と思っています。だから、私たちは誇りを持って、あの平和憲法を貫いたらいいのではないでしょうか。貫くからには責任が伴いますが。日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。前文にはこう書いてあります。デモをしている方、読んでいるかしら??




日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。




 「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」。日本国憲法の理念から言えば、集団的自衛権を行使することは理にかなっています。時代は変わりました。アメリカ一国では、世界の平和は守れないのです。平和憲法、とりわけ9条をこよなく愛する国民が、いごかずに(動かさずに=改憲せずに)に平和を貫く道は、憲法解釈の変更しかないと私は思います。それが自立の道に繋がると私は思います。憲法の誇りを持って、アメリカと協力して、平和を希求するのです。そうすれば、そのうちはっきり意見を言えるようになると思いますよ? 「当て逃げ」ももちろんされなくなると思います。逆に、血が流れることはなくなるだろう、と思うのです。小林よしのりさん、改憲は逆に誇りを手放してしまうのでは・・


 安倍さん、でもちょっと、強引だったようですね。
 これからは、もっと丁寧に、国民が納得するように、説明していっていただければ、と思います。







1959年3月30日、在日米軍の駐留は、憲法違反でないという見解を示した砂川事件の最高裁判決

「憲法9条は、主権国として持つ固有の自衛権は、何ら否定されたものでなく、わが憲法の平和主義は、決して無防備、無抵抗を定めたものではない。我が国が、自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛のための措置を取りうることは、国家固有の権能の行使として当然である。・・・一国が侵略に対して自国を守ることは、同時に他国を守ることになり、他国の防衛に協力することは自国を守る所以でもある。換言すれば、今日は、もはや厳格な意味での自衛の観念は存在せず、自衛はすなわち他衛、他衛はすなわち自衛という関係があるのみで、自国の防衛にしろ、他国の防衛への協力にしろ、各国はこれについて義務を負担しているものと認められる。国家の保有する自衛に必要な力は、その形式的な法的ステータスは格別として、実質的には、自国の防衛とともに、諸国家を包容する国際協同体内の平和と安全の維持の手段たる性格を獲得するにいたる。我々は「国際平和を誠実に希求」するが、その平和は「正義と秩序を基調」とするものでなければならぬこと憲法9条が冒頭に宣明するごとくである。平和は正義と秩序の実現すなわち「法の支配」と不可分である。真の自衛のための努力は正義の要請であるとともに、国際平和に対する義務として各国民に課せられているのである。」