2006年7月30日

嗚呼、花の漫画道~あるいは『ロケットに乗って』-ゲド戦記はパロディか?-

 
大昔、まだ私たち-みどりちゃん、メグ、オバタ、私-が花の女子校生だったころ、誰が言い出したのか、なんの気まぐれだったのか、同人誌を作ることになった。
印刷などしない。お小遣いで作るのだ。紺のブレザーとスカートをなびかせて、放課後チャリンコを走らせた。町外れにあるコピー専門店、工場のような殺風景なその店内で、A4のサイズの原稿二枚をA3一枚にコピーした。
コピーは一枚10円だ。三十枚で一冊子、三十部で九百枚、折ってホチキスでとめて製本する。実費は一冊300円、それを同価で販売した。
「本」に書かれているのは、小説ではない。
「少女漫画」の同人誌だった。
 
当時の人気は白泉社だ。花とゆめ、Lala(ララ)、そんな少女漫画誌が全盛だった。
別冊マーガレットで思春期の少女の多感な恋愛路線を打ち出していた王者集英社は、数字では勝っていたが、迫力で負けていた。
白泉社の「病気」ジャンルが当時の漫画好き少女たちをノックアウトしていたのだった。
みどりちゃん、メグ、オバタも、例に漏れず「病気」にはまっていた。
それは今で言う乙女ロードで売っているような美少年のBL系JUNE系のテイストを基本とし、あるものは花が舞い、星は飛びかい、倒錯と架空のロマンにあふれた夢の世界、またあるものはどこか無機質でインテリジェンス、リアルで死への憧憬をかかげた絶望の世界、そんな純愛と宝塚と文学をごっちゃまぜにしたような「ただならぬ少女漫画」をこよなく愛する病であった。
ヘルメットのようなヘアスタイルと太い眉毛がトレードマークの真面目なメグは、もともと病気ではなかった。唯一漫画研究会のメンバーでもなかった。
みどりちゃん、オバタ、私の会話について来れないので、いつしか自ら病気の感染を望んだのだった。
不思議系みどりちゃんは漫画研究会のトップスターだった。
幼いころから絵が巧く、いつも美術の優等生、毎年恒例文化祭での作品人気投票はダントツ一位、のちに(創立間もない我が校ではじめて現役で芸大に合格し、卒業後はプロの漫画家となった)1学年上のN部長と付き合いはじめた。
漫画とUKロックが大好きな明るいオバタは髪を常に茶か金に染め、アクセサリーをジャラジャラつけて登校し、そのくせどこかアンニュイで、アーティストのようなたたずまい。
そんな彼女の描くイラストと漫画は、たいていいつもどこかで見たような構図、どこかで読んだようなストーリーなのだった。
私は一度オバタに彼女がパクった漫画のオリジナルを見せてあげたことがある。
記念すべき同人誌第一号の作品で、あからさまにそれをやったので、頭に来たのである。
「なんでだろう~似てるね、なんでだろう~」
オバタは腕をジャラジャラ鳴らしながら何度も髪をかきあげては首を振り、なんでだろうを繰り返していたが、当たり前である。なんでも糞もない。似ているどころじゃなくて、まったく同じなのだ。ギャグにもならなかった。
そんな偉そうな私の描いた漫画はと言うと、クラスメイトの某美少年をモデルにし、架空の恋愛をでっち上げ、スキャンダラス、はちゃめちゃなオチ、みどりちゃんからさんざん怒られる結果となった。
「こんなん、××君のグループに売れないじゃんよ!」
普段は物腰の優しいみどりちゃんが怒ると迫力があった。おまけの彼女は身長が高かったので、私を見下ろしてコンコンと諭すのである。
「いいじゃんよ、売り上げなんていいじゃんよ、要はアレだよ、表現だよ、自己表現!」
恐かったので、謝る代わりに、屁理屈を述べておいた。
メグは自分の裡にひきこもり、さんさん周囲を心配させた挙句に、さくらももこのような癒し系エッセイ漫画を2枚仕上ることに成功し、4人でガッツポーズ、歓喜と祝福の雨あられを頂戴した。
なんだかんだでドタバタだったが、同人誌は順調に売れた。
同じクラスの友人から、ハンドボールの仲間達、漫研のメンバーと、心優しき方たちがものめずらしさから買ってくれたのだ。
雑誌は春の号、夏の号、秋の号と続き、冬の号を描いて無事卒業に至った。
なぜか、最後の号にはN先輩が特別参加した。
提供してくれたのはこんな物語だ。
不治の病にかかってしまったクラスメイトをみんなでお見舞いに行くが、誰も励ますことができない。(自然にそれができたのは先生だけだ)
なにも知らない病気の少女はまたみんなと教室で過ごせる日を楽しみにしている。
彼女のことを想うのに、巧く対応できない、そんな自分たちの当たり前の姿と現実に、少年は傷つくのだった。
少年は幻想を見る。行き場のない思いを抱えたまま、ロケットに乗って旅立つのだ。少女と一緒に。
その世界は夢想であると同時に、現実社会の象徴だ。誰もが大人への道を進んでいかなければならなかった。人生に旅立っていかなければならなかった。
(しかしそこには彼女はいないだろう) 
(しかしそこにしか彼女はいないだろう)
「ははぁ~これはもう少女漫画じゃないね、漫画という手法を使った芸術だね、ふん」
私が感嘆のため息を漏らすと、みどりちゃんは肯く。
「センパイ上手く作るよね~」
「てか、へこむよ」
「でもね~彼、×××(私)のこと言ってたよ」
「なんて?!」
N先輩は私の中で神格化されてきていた。思わず机に身を乗り出した。
「初めて×××の漫画を読んだときに、これはすごい人だと思ったって」
「・・・・初めての漫画って?」
みどりちゃんを怒らせた某美少年のアレだろうか?
「漫研の課題じゃない?」
「ふ~む」
意味がわからなかった。
課題は指定された登場人物と台詞をもちいて1ページの漫画を描くというもので、 通常は課題をこなすためだけに製作される。それだけのものなのだった。
誉められて嬉しい反面、ふとN先輩がつまらない男に思えた。
首を傾げる私をよそに、みどりちゃんは笑っている。
ついこのあいだまで不思議系優等生だったみどりちゃん。私のすぐ隣にいたみどりちゃん。
そんな彼女は今悠然と微笑んでいるのだった。
『ロケットに乗って』
それからしばらくして、私達は卒業した。
20年以上の月日が経つが、私は今でもその漫画を忘れない。
作者のN先輩は、みどりちゃんは、メグは、オバタは、私は、果たしてたどり着けたのだろうか。
それともロケットに乗り続けているのだろうか。
 
 
 
『ゲド戦記』、ル=グウィン著作の「ゲド戦記」第三巻の「さいはての島へ」を原作とした、宮崎吾郎第一回監督作品である。
-物語の舞台は多島海世界アースーシー。
世界の森羅万象の均衡は崩れ、人々の頭が変になってきている。災いの原因を突き止めるため旅に出た大賢人ハイタカ(ゲド)は、心に闇を抱えたエンラッドの王子アレンと出会う。少年は国王の父を刺し、国を捨てたのだった-
見たくないが見に行ってしまった。(「父さえいなければ生きられると思った」という堂々としたちらしのコピーが嫌だ)
特に宮崎アニメが好きだというわけでもないが、はじめから批判的な先入観を持っていたのである。
それを打ち砕いてくれるかと、多少の期待があったが、甘かった。
私にとってアニメーションは漫画と同じ、夢の世界だ。
ファンタジーを際限なく最大に描き、唯一創りだすことができる最高の表現方法だと思っている。
しかし、だからこそ芸術としての認識も評価も低いのだろう。
漫画やアニメという媒体は、(芸術には欠かせない)思想を訴えるものとしてではなく、娯楽としての価値を追求されることのほうが圧倒的に多いように思う。
芸術のようにその価値を知る選ばれし人たちの嗜好としてではなく、万人に愛される普遍的な俗的な娯楽として、古くから人々に認知されていたように思う。
それを逆手に取ったのが宮崎駿だ。
娯楽だと油断させ、またはファンタジーだと見せかけて、
彼は漫画(アニメ)という媒体を使って自分の思想を訴えた。世界観を突きつけた。漫画を見下していた社会全体に。漫画を愛する大人から子供たち、すべての多数の人々に。
そうして、いつしか彼のアニメは愛されるだけでなく、芸術として評価されるようになった。革命だった。
しかし、彼の息子である宮崎吾郎にはその才能はないようだ。
ゲド戦記には夢の世界は一切なかった。独特の世界観も、娯楽さえも、なかった。
楽しくない。ワクワクしない。切なく苦しく胸が痛むこともない。
ベタだ。あったのは夢ではなく、現実のパロディーだ。
それから御伽噺のパロディーだ。
原作をただ忠実に作品として表現しようとしただけかもしれないが、見事に失敗している。パロディーとしても成功していない。(当たり前だ、ただのリアルな御伽噺を創っているつもりだろう)ましてや、アニメーションにする必要は一切ない。
これは芸術を滑稽に作り変えた「漫画」である。
「漫画」を用いた芸術とはスケールが違いすぎる。
言っては悪いが、宮崎駿監督のゲド戦記が見たかった。
正直残念である。
ただ、もしこの映画のベタが仕組まれたものだとしたら?
作品で何度も繰り返された、手垢まみれな立派な主題、
(死を恐れるな!命を粗末にするな!
死を受け入れることは生を受け入れることだ。
たとえ個が死んでもすべては受け継がれていくだろう、うんぬんという・・・)
もしこれが、ベタな主題と見せかけての、宮崎駿への、彼の多くのファンたちへの、メッセージだったとしたらどうだろう? スタジオジブリと、宮崎吾郎監督からの。
創り手の確固とした主題であり、大真面目な、切なる訴えだとしたら?
もしそうならば、「アニメーションでなくてはならなかった」わけだろう。
1作で切り捨てず、長い目で見てあげよう、などと思わないでもないのだ。
スタジオジブリと宮崎吾郎監督の次回作に、ぜひとも期待したい。
 
 
 
みどりちゃんはN先輩と別れてしまった。
美大を卒業し、デザイン事務所に就職したころ、こう告げた。
「Nさんとは友達でいたい」
N先輩は喫茶店のトイレに1時間ほどこもってしまったそうだ。出てきたときは赤い目をして晴れやかに微笑んだ。
その後みどりちゃんは誰とも恋をしなかった。30代半ばなって、良縁を得て結婚するまで、仕事だけをパートナーとした。
オバタは美容師になり、-なぜなら髪を染めたままで仕事できるからだ-音楽にはまり、派手に遊んでいたようだが、今はどうしていることだろう。卒業したあと、一度居酒屋で出くわしたきりである。
メグは横浜のデパートに就職した。男性に縁がなく、勤続ん年のお局様となっていたようだが、こちらも現在は不明。
元気だろうか? 漫画はまだ読んでいるだろうか?(子供と一緒に?)
連絡をとって、聞きたいことは山ほどある。
しかし、夢想だけでいい。
時々思い出し、思いをめぐらせているほうが、夢が広がるのであった。
ロケットに乗った私たちを、きっといつかたどり着くであろう旅の私たちを。
 
 
 
 

2006年7月22日

M谷さんのウィンドーショッピング-無益な一流、パイレーツ・オブ・カリビア ン デッドマンズ・チェスト-

 
M谷さんと言えば、ウィンドーショッピングだ。
よく彼女と街へ出かけて、デパートやショッピングモールを見てまわった。
M谷さんは卒業以来、ずっとアパレルの世界で働いている。シーズンごとに、自社製品の新作を身に付けなければならないので、洋服はあらためて他店で買う必要などない。(保管できぬほど持っていた)
ふたりで町へ繰り出すのは、だから、何も、意味のない行動だった。
ただ、街の華やかさを楽しみ、きれいな商品をたくさん見て、買い物気分を味わいたい。
それが、誰かと一緒なら、言うことはない。ウィンドーショッピングの合間に、美味しいランチを食べて、紅茶を飲んで、ケーキを食べて、おしゃべりを楽しむ。
私とM谷さんはそんな関係だった。
自分が心地よくいられるならば、相手は誰でもいい。
深い話など求めない。(実際M谷さんとは深い話を一切したことがなかった)
意味もなく休日を潰すための、意味のない友人、そんなありがちな友情だったのだ。
 
M谷さんには(自称)なんの取り柄もなかった。学校の成績はイマイチだった。今どき、ワードエクセルはおろか、パソコンのキーも叩けない。英会話教室は三ヶ月でやめてしまった。
唯一の自慢は、ファッションセンスとルックスだが(M谷さんは骨格が細くて、すらりとしていて、美しかった)、しかし、もうすぐ三十路を超えてしまう。若くはない。
友達はみな結婚した。そちら側に行きたいと、心は焦るのに、出会いはなかった。
だんだんと自信がなくなった。
そんな彼女は駆け込み寺へ行くように、華やかな、街並みを求めた。同じような相手を求め、同じような行動を求めた。
私はそんな彼女といるのが楽しかった。私自身も彼女と同じだったからだ。
「よく似ていらっしゃいますね、姉妹ですか?」
とショップの店員さんに声をかけられた事がある。M谷さんは返事もせず、店員さんのそばを離れてしまった(彼女のほうがずっと若かった)が、私はあながちお世辞ではないと思った。
確かに私達は似ていた。
結婚した友人たちは、たとえば、別の世界のもの、色で言えば「赤い色」になってしまったようなものなのだ。同年代のほとんどが赤い色となっていくその中で、私はひとり「黄色い色」をしていたのだ。
だから、同じ黄色いM谷さんといると、自分が黄色であることを、ただ楽しむことができたのだった。
「元気ですか~最近どうですか?また美味しいものでも食べに行きましょう」
1ヶ月か2ヶ月に一度、定期的に、M谷さんからそんなメールが届いた。
会うのはたいてい横浜だ。(彼女は横浜市に住んでいた)
ルミネ1階のユナイテッドアローズの前に、彼女は立っている。
自分を探すかのように、私を待っている。
私が駆けて来るのを見つけると、いつも彼女は弾むように手を上げて、大きく笑う。
そうして「美味しいもの」は、たいていパスタなのであった。
「仕事はどう?」と話をふると、
「そうそう、それがね~新しく入った子がいるんだけどね」と機関銃のように話しはじめる。
ネタは尽きなかった。同僚の愚痴、上司の愚痴、仕事への不満、そのころM谷さんにやっとできた彼氏への不満。
不毛だった。意味もなく、お互い何も成長し合うことのない関係。
黄色同士の私達は、それを割り切っていた。
お互い「いい人」でいる必要も、「立派な人」でいる必要もなかった。
「なにそれ、使えないね、きいてよ、私も最近ちょっとあったのよ」と私も愚痴や不満を語り始める。
「なにそれ、おかしくなぁい?」
「でしょう?」機関銃トークは続く。
ウィンドーショッピング→ランチ(パスタセット)→ウィンドーショッピング→ケーキとお茶→ウィンドーショッピング→ドトール、この一連のコースが終わるころには、私達は会う前とはまったく別人のような、すっきりした、晴れ晴れとした、自分らしい顔つきに戻っているのだった。
ロマンスカーに乗って、ふたりで、箱根の温泉に行ったことがある。
それから、横浜の高級ホテルに泊まって、レディースプランを満喫したことも。
楽しかった。心の底から。
M谷さんの楽しそうな笑顔を見るのが、好きだった。
黄色い色も悪くはない、そう思った。
どこかではわかっている。
これは間違っている。真実の友情ではない。
そうして、きっと、これは、M谷さんが赤い色になるまでの、関係なのだ、と。
それでも私は、何度人生をやり直すことになったとしても、必ず、M谷さんと過ごした時間を求めるだろう。
彼女がルミネの前で私を待っていてくれたように、彼女の生まれ変わりを探すに違いない。
高めあわなくとも、意味がなくても、いいじゃないか?
友情だろう? 所詮。
 
 
『パイレーツ・オブ・カリビアン デッドマンズ・チェスト』、シリーズ三部作の二作目、あの「自由を愛する孤高の海賊」(ちらしより)ジャック・スパロウが戻ってきた。 
北米で公開初日から3日間の興行収入が過去最高の150億、総興行収入はすでに約300億に達しているらしい。数字だけを見ても、とんでもない、化け物映画である。
-孤高の海賊、キャプテン・ジャック・スパロウ(ジョニー・デップ)は、部下達も首を傾げるほど、最近精彩に欠けていた。北を指さない羅針盤は思うように方角を示さず、呑んでも酔えない。
今から13年前、ブラック・パール号の船長となるために、自らの魂と引き換えに「深海の悪霊」ディヴィ・ジョーンズと血の契約を交わした、その契約期間が終わろうとしていたのである。
ジャックの魂を取り立てるため、悪霊船フライング・ダッチマンとディヴィ・ジョーンズ、そして巨大イカの化け物クラーケンが、今まさに闇の底から襲い掛かろうとしていた。逃れるには「死者の宝箱(デッドマンズチェスト)」を探し出さなければならないが・・・?-
特に書くことはない。単純に面白かった、それだけである。
強いて何か言うなら、ジャックの性格の破綻している、そこが見所だろう。
1作目で、爽快とさえ感じた、彼の漁夫の利を得るかのような狡賢さや策略は、すべて行き過ぎで、悪臭を放っている。
相変わらずコメディーのセンスはあるが、(ストーリー進行と関係なく、笑わせるシーンばかりが続くお陰で)こちらも行き過ぎ、「オースティンパワーズ」のようなお馬鹿ぶりで、ただの間抜けに見えてしまっている。
また、今度の敵が深海の悪霊と言うせいもあるだろう、ジャックをはじめとして、全体を包むイメージが暗く淀んでいる。なんとなく不吉で、薄気味が悪い。
映画の冒頭からそんな雰囲気に飲み込まれた。おまけにあのジャックの性格の破綻ぶり。
これは何があったのだろう? 何が起こってしまうのだろう?
おのずと映画に引き込まれる。
(1作目を見てキャラクターに愛着を感じていればなおさらだろう)
観客は不安を煽られ、前作のラストでカリブ海に飛び出していったキャプテン・ジャック・スパロウと共に、深海の現実を目の当たりにし、その恐怖を味わっていくことだろう。
(どちらかと言うと、前作はただの楽しいジェットコースタームービーと言う印象だったが、今作はリアルである。リアルでないのは深海の化け物たちの外見くらいか?笑)
面白いのは、それだけ性格が壊れていて、前回と比べてまったく精彩の欠けるジャックが、それでも、始終清廉潔白な行動に徹するウィル(オーランド・プルーム)や、高潔で勇敢なエリザベス(キーラ・ナイトレイ)よりも、やはり魅力的に描かれている、と言う点である。
唯一ジャックの裏を欠いた(ラスト間際の)ノリントン提督を除いて、登場人物はすべてジャックに操られる、狂言回しの猿(人形)のような存在でしかない。
しかし、イヤミはない。
悪臭を放っていようが、お馬鹿だろうが、キャプテン・ジャック・スパロウはやはり憎めない。
それがなぜなのか、この映画を見て、ぜひとも、自分の目で、確かめていただきたい。
冒頭で「単純に面白かった、それだけだ」と書いたが、2時間半、本当に楽しめる作品であった。
物語が本作の中で完結しておらず、三作目に続く、と言う、次回に丸投げ的な結末なのだが、それでも、この作品だけで、充分に、楽しい時間を過ごすことができるだろう。
それ以上でも、それ以下でもなく、他には、何も、意味はない。
しかし、芸術ならどこにでもぶら下がっている現代だ。
それだけあれば充分だろう?
 
 
 
M谷さんは去年結婚することが決まった。
出会ってから7年目のことだ。
彼の祖母が所有するアパートの一室で、彼女は彼と共に新しい人生を歩むこととなった。
1ヶ月か、2ヶ月に一度来ていたメールは、自然と数が減っていった。メールアドレスを変えたとき、やり取りをしたのが最後である。
「私はなんとなくやってます。××さんは元気ですか?!」
「元気だよ! また今度遊ぼうね!」
そのあと、M谷さんからの返事は来なかった。
たとえ、来ても、会うことはなかっただろう。
私は、M谷さんのだんなさん以外の彼氏を、つらい過去の出来事を、いい人間ではない一面を、彼女が黄色い色だった時代の、すべてを、知っているのだ。
はじめから、友情はなかったのだった。
リセットするべきだろう。
今頃、M谷さんは赤い色の旧友と、新しい友人と、ウィンドーショッピングをしていることだろう。
「子育て」と言う名の、または「家事」と言う名の。
共に経験し、一緒に笑っていることだろう。
真実の友情を得るよりも、それは、魅力的な現実なのだ。
 
 
 
 
 
 

2006年7月17日

パイレーツ・オブ・カリビアン復習編-呪われた海賊たちとは?-

 
『パイレーツ・オブ・カリビアン 呪われた海賊たち』、「パイレーツ・オブ・カリビアン三部作」の一作目である。
興行収入750億というメガヒットをたたき出し、演技派でカルト的な人気俳優であった主演のジョニー・デップをマイナー⇒メジャーとうい押しも押されぬ不動の地位に押し上げた、化け物的娯楽映画の序章作品である。
 
 
【あらすじ】
 
カリブ海の港町ポート・ロワイヤル、ある日、町はバルボッサ(ジェフリー・ラッシュ)率いる冷酷な海賊たちに襲われる。狙いは美しい総督の娘エリザベス(キーラ・ナイトレイ)の持つ黄金のメダル。
海賊たちはある勘違いを犯し、メダルと共に彼女をさらい、ブラックパール号で逃走する。
エリザベスに思いを寄せるウィル(オーランド・ブルーム)は、彼女を救うため一匹狼の海賊ジャック・スパロウ(ジョニー・デップ)と手を組み救出に向かう。
一方、さらわれたエリザベスが月夜の船上で見たものは、呪われた海賊たちの恐ろしい姿であった。そしてその呪いを解く鍵はエリザベスの黄金のメダルが握っていた・・・。
 
 
【金貨をめぐる冒険】(ネタバレ)
 
この物語は、金貨をめぐる冒険物語である。
なかなか複雑なストーリーになっていて、一回見ただけは意味のわからない方も多いのではないだろうか。金貨の意味と、登場人物の出会いをおさらいしてみよう。
昔、スペインの征服者コルテスは残虐の限りを尽くしており、それをやめてくれるように懇願したアステカの民が彼に882枚の金貨を送った。金貨は石櫃に入っていた。
コルテスは考えを改めなかった、残虐な行為を続けた、怒ったアステカの神々は金貨に呪いをかけた。石櫃から金貨を一枚でも奪い取ったものは、永久永劫、天国にも地獄にもいけず、この世をさまよい続ける亡霊として生き続けていくというものであった。
その金貨を奪ったのが、海賊であるバルボッサである。
かつて彼は海賊船ブラックパール号のスパロウ船長の部下であったが、(ただの一等航海士だった)反乱を起こして、スパロウを裏切り、自ら船長となったのである。
彼は神話のような呪いを信じず、金貨をすべて使いまくった。そうしてバルボッサたち一味は、さまよえる亡霊と化してしまったのだった。
風を感じることもなく、のどの渇きも潤せず、女も抱けない。生の喜びも悲しみも味わえなくなった彼らは、しかし、死ぬこともできない。
呪いを解くには882枚の金貨を石櫃にもどし、呪われた血を贖わなければならない。
その血こそが海賊の血、必死で金貨を集めていたバルボッサを裏切って金貨の一枚を息子へ送った、靴ひものビル(ウィルの父)、またはウィルの血であった。
そう、エリザベスが持っていた(呪いを解くという)黄金のメダルの最後の一枚は、そもそもウィルのものであったのだ。
ウィルが幼いころ、貿易商の父は船が遭難し行方不明となった。そして、母をも病でなくし、父を探しにポートロワイヤルに訪れようとしていた彼は、海賊に客船を襲われて、海を漂流していたのだった。
そこで総督の父と共に軍の船に乗っていたエリザベスと出会う。
(オープニングシーン)
エリザベスはウィルが身に付けていた黄金の金貨を隠す。その金貨には海賊の証であるどくろの印が描かれており、ウィルの身を案じたためであった。(ウィルが持っていたことを父や船上員に見つかれば、大変なことになると・・)
10年ほど経ったのち、金貨を大切に持っていたエリザベスは、海賊にさらわれてしまう。
今は鍛冶職人となり(自分が海賊の息子であることなど知らない)、エリザベスを強く想うウィルは、彼女の救出へと向かう。
一方、北を指さないコンパスを自在に操る一匹狼のジャック・スパロウは、かつての自分の海賊船、ブラック・パール号の噂話に心を傷めていた。いまやブラック・パール号は神出鬼没に現れては、あらゆる船と港町から略奪の限りを尽くし、人々から恐れられ、しかも不死身、その正体は不明、という不気味な怪物的存在となリ下がっていたのだ
ウィルに協力したのは、エリザベスを救うためだけではなかった。
ウィルの父親が自分のかつての部下「靴ひものビル」であり、それがどういう意味を持つのか、ということがわかったからである。
ウィルと共に行けば、不死身の亡霊であるバルボッサたち、過去の裏切り者の部下たちを倒すこともできるかもしれない、自分の船であるブラック・パール号を取り戻せるかもしれない、そうして無敵な存在となったバルボッサたちが溜め込んできた金銀財宝を横取りできるかもしれない。
(その辺の意図は始終隠されていて、ジャックは何を考えているのかわからない、つかみ所のない存在として描かれている、そこが面白い)
何も知らないエリザベスとウィルと、すべてを知っているジャック。
金貨をめぐる冒険は、圧倒的に、ジャックの有利に話が進んでいくのだった。
そんなジャックの「漁夫の利」を得ようとする、あらゆる悪賢い立ち回りは、アッパレといえるほど、爽快で、面白い。(キャラクターの勝利か?)
そうして、ついに、アステカの金貨がすべて揃う。
バルボッサは人間に戻ったら、まず「りんごを食べてのどの渇きを潤したい」と願っていた、その瞬間が来たのだ。
呪いは解けた。ジャック・スパロウが宿敵バルボッサを撃った瞬間に、ウィルは金貨を石櫃に戻し、自らの血をかける。
すべてが一瞬の出来事だった。バルボッサは人間に戻り、死んでしまう。
彼の手から、ついに食べられることのなかった、りんごが滑り落ちていった。
ポートロワイヤルにもどったエリザベスとウィルとジャック、しかし、ジャックはあらゆる罪を犯した海賊として捕らえられる。
処刑の日、ウィルとエリザベスがそれを救い、エリザベスの(元)婚約者ノリントン提督の恩赦によって、ジャックはまた海へと戻っていくのだった。
ブラックパール号と共に、愛しいカリブ海へ、飛び出していった。
(エンドロール)
一方、バルボッサの愛猿は(せっかく全部集まって呪いの解けた)金貨を一枚かじって石櫃から出してしまう。また不死身の猿に戻ってしまうのだった。
 
 
【趣味的所感】
 
思いっきり、ジョニー・デップの一人舞台です。
オーランド・ブルーム、もったいないな、もう少しどうにか生かせなかったかな?
バルボッサ役のジェフリー・ラッシュ、彼は唯一ジョニー・デップに負けていませんでした。
いい役者さんです。「シャイン」みてくださぁい☆
 
 
 

2006年7月16日

えっちゃんの神業的特技-日本沈没の見方心得-

 
えっちゃんはまるでスキップするように歩く。
軽く巻かれた髪がふわりと舞い、制服のスカートが揺れていた。体が小さくて、折れそうに細い。そんな彼女が弾むように歩く姿は、なんとも言えず「キュート」だった。
えっちゃんの歩いている姿を見ると、こっちまでウキウキと心が弾んだものだ。彼女と話していると、無邪気な子供の心を思い出したものだ。
実際のえっちゃんは二児の母で、46歳だった(当時)。とあるブティックの店長で、浅岡ルリ子似の顔立ちのはっきりした美人で、論理的かつクール、しっかりモノで、有能で、彼女が店長になってから、つぶれそうだった支店の売り上げが3倍に増えた。
なのに、歩いているとき、そして喋っているとき、ふとした瞬間に、まるで少女のように見えるのだった。
えっちゃんにはある才能があった。
心理的美学の根本原理と呼ばれている、「感情移入」の天才だったのだ。
 
えっちゃんは休憩室で煙草を吸いながら、同僚の話を聞いては、怒った。まるで自分のことのように、同情しては涙ぐんだ。はじめは素っ気なさそうに聞いて、冷静な受け答えをしている。しかし、突然過剰に反応し始めるのである。彼女の中で、ある一定ラインを超えると、客観→主観と、思考のスイッチがすばやく切り替わるかのようだった。
そうして、えっちゃんは私の書く小説を読んでは、主人公と共に一喜一憂した。
休憩室まで彼女を呼びに行ったことがある。えっちゃんの顧客さんが急に来たのだが、彼女は読書に夢中だった。声をかけても気がつかない。
二度目に、はっとしたように顔を上げて、
「今いいところだったのよ~」と口を尖らせた。
私はそのころ趣味で小説を書いていた。読みたいという人がいれば、誰にでも見せて、意見を求めていた。
若い子から年配の方、多くの方に読んでいただいたが、たいていの人たちは興味本位であった。1、2作ほど読むと、お腹一杯になってしまうのだ。
当たり前だ。所詮、素人作家の書くものである。同人誌以下の以下の以下の、作者の独りよがりのマスターベーションのような小説である。
しかし、えっちゃんは違った。そんな素人の少女小説を、長編ばかり10作以上は読んだと思う。
あまりに主人公に入れ込むので、そのうち、えっちゃんに喜んで欲しくて、半ばシリーズモノとなってしまった作品もあった。
ある日、私が煙草を吸いながらアンニュイな様子をしていると、-ただの趣味の執筆活動による寝不足であったのだが- えっちゃんは身を乗り出した。
真剣な顔をして、「どうしたの?誰かに何か言われたの?」
えっちゃんは真剣な顔をすると、本当に美しかった。
若いころは相当モテて、遊んだらしいが、今の甲斐性ナシのだんな(40過ぎてもバンド活動ばかりして、最近になってやっと音楽スクールの講師となって、同志社大学卒業の学歴を初めて生かすことができたという・・)に、射止められてしまったのだった。
「あんなにいい人がたくさんいたのに、なぜか彼にしちゃったのよねぇ」とえっちゃんは照れくさそうに笑った。
しかし、ボーイフレンドたちは、「××さんなら諦めがつく」と言って、潔く身を引いてくれたそうだ。
「えっ?何か言われたって?」私はおどろいて訊いた。
「あんたは気にしなくていいのよ、もしあんたの小説をとやかく言うやつがいたら、私が文句つけてやるわよ。あんたは何も気にせず、ただ書いていればいいの。書いて書いて、そうして賞に送りまくるのよ」
「はぁ・・賞ですか?」
「そうよ、そのうちきっと芽が出るわよ。うちの××だって音楽講師になってもまだミュージシャンへの道は諦めてないんだからねっ。だいじょうぶよ!気にしないのっ」
スイッチが切り替わっている。私はえっちゃんの剣幕に気圧されて、ただうなずくことしかできなかった。
本当はプロになる気などなかった。ただ、えっちゃんひとりでも、喜んで読んでくれているひとがいるならば、私は充分に、楽しんで、書くことができたのだった。
そうして、私はそのとき初めて、私の小説を、陰でとやかく言うひとがいて、それをえっちゃんが面白く思っていない(そこまで私の小説を好いている)、という事実を知ったのだった。
今思うと、いい大人であるえっちゃんが、あんなに私の小説を熱中して読んでくれたのは、どうしてだろう。
私の作品の世界観を、無償に愛してくれたのはなぜだろうか。
えっちゃんの家に遊びに行ったことがある。
そのときえっちゃんは夕飯にカレーライスを作ってくれた。
「え~!今からカレー作るのかよ、食べるの何時になるんだよ?」と愛しいだんな様が叫んでも、えっちゃんは黙々とジャガイモの皮を剥いて、聞こえないふりをしていた。
私はその夜、えっちゃんの家族(子供とダンナさん)と、一緒の食卓を囲んだのだ。
そうして思い出していた。私が書いた小説、(「カレーライス」という題名の・・)-家庭に恵まれず、家族の思い出、その象徴であるカレーライスの存在がわからない、思い出すカレーは駅の立ち食い蕎麦屋で食べた水っぽいカレーや、社員食堂で食べるどろどろのもの、またはレトルト、彼にとってカレーは孤独の象徴である- そんな男が登場人物として出て来る少女小説を。
また、えっちゃんは私が移動して職場が遠くなっても、私の小説を楽しみに待っていてくれた。
私の家に泊まりに来て、だんなの悪口を言って、笑って、小説を読んで、無邪気に眠っていた。
なぜだろう。
最近になって、私はやっとこう思うのだ。
もしかして、それはえっちゃん独特の特技だったのではないか、と。才能とも呼べるものかもしれない。
幼いころ、誰もが、母が読んでくれたおとぎ話に夢中になれたように、胸をときめかせたように。
童話や、夢や、自己のものではない世界に対して、無限に感情移入できる能力、そんな子供だけが強く持ちうる瑞々しい感性を、えっちゃんは失っていなかったのではないだろうか。
表である大人の顔も、常識や理性や論理性さえも、彼女の心の奥底に棲みついていたその強い感受性を、奪えなかったのではないだろうか、と。
 
  
日本沈没』、原作は小松左京のSF小説、1973年に東宝より映画化されたSF映画のリメイクである。
はじめに言っておくが、この作品は、小松左京の小説とも、東宝より映画化された前作とも、何の関係もない。そう思ってしまったほうがいいだろう。
特に原作と前作とを、当時の時代の思い出とともに経験し、見知ってしまった方たちには、酷な仕上がりとなっている。
もし、それでもどうしても見たくて映画館に行くのであれば、
「前作を体験したものにとって、リメイクが前作(と前作の原作)を超えることはありえない」という定理をしっかりと胆に銘じて、見に行くことをお勧めしたい。
-潜水艇わだつみのパイロット小野寺(草剛)は地球科学博士田所雄介(豊川悦司)のもとで深海調査に参加していた。そうして、日本列島がわずか一年足らずで沈没することを知る。各地で地震や洪水、火山噴火などの異常災害が多発し、国民は徐々にパニックに陥っていく。日本列島の終焉は近い。今、日本の存亡をかけた壮烈な挑戦が始まろうとしていた-
日本のパニックもの、スペクタルものが、ハリウッドの超大作映画にかなうわけがない、なぜそれをわかっているのに懲りずに創るのだ? この土俵はいいかげん他国に譲ってしまえばいいのに・・・
そんな日本映画に対する自嘲的な気持ちを抱き、前作のゴジラシリーズのような特撮を想像しながら見に行ったら、これがぜんぜん違った。
日本の映画が進化したのか? いや、制作費に20億円をも投資すれば、当然といえば当然かもしれない、迫力のある仕上がりになっていた。
脚本はひどい。
ちらしの「日本沈没製作委員会」なるものを見ると、「TBS」、「東宝」、「電通」、「小学館」、「毎日新聞社」、大手ばかりのそうそうたる顔ぶれが並んでいる。聡明で有能な人材も多いだろう。ましてや20億のプロジェクトである、どこか一社くらい、「これはちょっといかがなものか?」と進言する人間はいなかったのであろうか? 不思議である。(それくらいひどい脚本である)
しかし、そういう点を除いても、かなり楽しめる、発見の多い作品であった。
まず、冒頭に、日本の各地の風景が映し出される。美しい。外国人が思い描くような、まさに「日本ならではの」、「日本らしい」、美景である。
日本人であることの誇り、日本に生まれたことの幸福感を思い出さずにはいられない。
そうして、この美観が沈没していくのだ、という胸騒ぎと不安感にふと包まれた瞬間、「日本沈没」というかなりアナクロなタイトルバックが大きく映し出される。(色は赤であった、懐かし過ぎる・・・)
それからは田所博士の視点から物語は進む。(観客も田所博士に感情移入するとベター)
中盤は危機管理大臣の鷹森沙織(大地真央)と、レスキュー隊員のヒロイン阿部玲子(柴崎コウ)の視点から。(パニックもの、または恋愛ドラマのヒロインになりきろう)
そうして、後半は小野寺の視点から物語を感じ取ることができるだろう。
小野寺の章、とも呼ぶべき後半(中盤~ラスト)は圧巻である。
この手のジャンルは他国にゆずろう、などと、自嘲気味に考えていた自分が恥ずかしかった。
そうだ。誰がなんと言おうと、日本人ほど、自己犠牲の精神が似合う国民はいまい。
それこそは、日本の文化であり、日本人のDNAに組み込まれたアイディンティティーでさえあることを、あらためて思い出し、強く認識させられた。
ハリウッドがどんなに超大作を創り自己犠牲のヒーローを描こうが、大物役者が迫真の演技をしようが、負けてはいまい。
(アメリカの自己犠牲は、あくまでも神の領域であり、特定の勇者と英雄のみに限られた、最大級に美しく名誉ある行為であるが、日本は違う。特別ではないのだ)
終盤は、等身大の自分と、主人公小野寺を、もし重ね合わせることができたならば、号泣さえ出来うる、感動巨編であるだろう。
とにかく、この映画を楽しむためには、いかに感情移入できるか、という、その一点にかかっている。
冷静になったら終わりである。
映画館からドロップアウトしてしまうことは、まちがいない。
 
 
ある日、私は泣いて、えっちゃんにこう言った。
「つらいことがあると、そのたびに、自分の中のきれいな部分が少しずつ失われていってしまうような気がする」
すると、えっちゃんは沈黙した後、いつものように身を乗り出して、こう答えた。
「この先、あなたがどこへ行っても、必ずね、ぜったいね、ひとりはできるものなんだよ。あなたの味方がね。だから乗り越えられるんだよ。きっと・・・だいじょうぶなんだよ」
歌うようにそう言い、そっと涙ぐんだ。
いつしか、目じりの厚化粧が落ちて、パンダのような顔になった。
数日後、私は他店に異動になった。
えっちゃんはハンカチをプレゼントしてくれた。レースのついた大判のハンカチが、箱に何枚も何枚も入っていた。
「どうせ、また例の安物のハンカチでしょ?」
私は笑った。えっちゃんは周りの店の子が移動したり、退職したりするたびに、自分のブティックで売っているハンカチを社販で買っては贈っているのである。
「ははは、そうなのよ~また安物なのよねぇ」
えっちゃんは、がはがは、とでもいった感じに、豪快に、笑った。
そのハンカチは、一枚3千円近くもするのだった。
私は今もラップトップのPCに、そのレースのハンカチをかぶせている。
そうして、パソコンを開くときも、閉じるときも、必ず、えっちゃんの笑顔を、思い出すのだ。
 
 
 

2006年7月9日

唯我独尊の「妖怪」、父について-サイレントヒルの世界観-

 
父親は不思議な人である。
姉と私は「妖怪」と呼んでいる。あまりにも人間社会の一般常識が通用しないからである。
父は自分の世界観を貫く。
世間に合わせることも、他人との関係性に妥協することも一切ない。
普通ならそんな人間は、人間社会のなかで存在し得ない。たとえ存在しても、孤独な人生を送るはめになり、自分を疑う心が芽生えてくる。
狂気に走るものもいるだろう。または経済的に困る人もいるはずだ。
しかし、父は、わがままな自分の生き方を貫きながら、平然と、幸福に、生きているのである。
若いときからずっと、そうして今も、
自分の生き方を貫くための、どんな汚い努力をも、けっして怠らならいひとなのである。
 
子供のころ物音に気がついて目を覚ますと、母親が殴られていた。
隣室で父と母が取っ組み合うシルエットが、大きな影となって壁一面に映し出されていた。恐かった。
姉は熱い味噌汁を顔にかけられた。
私は髪の毛を引っつかんで引きずり回された。
母は泣き叫ぶ私と姉をかばうように抱いて、いつも言うのだ。
「負けるが勝ち、負けるが勝ちだよ」
母自身も泣いていた。
母には行く場所も帰る家もなかった。親兄弟を捨てて、父と駆け落ちしたのであった。
我が家は常に貧乏だった。父はほとんど働かず、母が朝早くから夜遅くまで働いていた。
その間父が何をしているのかというと、寝ているか、または勉強しているのであった。
父は昼間働きながら、夜学校へ行っていた。
35歳を過ぎたころ、やっと資格を取得。そうして開業した。
最初はまったく儲からなかった。それでも、母に働かせ、姉の援助を受け、睡眠と勉強に励んでいた。
続けて資格をふたつ取り、50歳が近くなったころ、父の「仕事」はモノになリはじめた。
父は副業を辞めた。母は働かなくなった。そうして小さなマンションを買った。
そこから父の孤高の人生が本格的に始まるのだ。父は社会という自分の存在を否定しうる世界をものともせず、自分の腕ひとつで、社会的に生きていくすべを、ついに確立させたのだった。
私が思うように仕事ができず、嘆いているのを聞きつけると、父は言う。
「お前なんかが巧くできないのは当然じゃないか。自分はできると思っているから悩むんだ」
人間関係で愚痴を漏らすのを、聞きつけると、こう言う。
「悔しかったら、そいつより勉強して、そいつの遥か上に行くことだ。それができないなら旅行にでも行って人生を楽しめばいい」
アドヴァイスというよりは、寝転がって本を読みながら、退屈そうにつぶやくのである。
どこか飄々としている。父にとっては、なにもかもが、大した問題ではないのだろう。
(たとえば今日私が死んでも、父にとっては大した問題ではないだろう。僻みではなく、事実として。あるとしたら生活費に困るということくらいだろう)
他人の目も、社会の目も、自己の行動や道徳的価値観の基準として、存在していない。
自分の貫き通す人生航路が無事ならば、すべてオーライなのである。
私は父を見ていると、ときどき、思う。
自分を絶対的に信じる、ということは、他人を愛さないことではないか?
それでも不幸と感じず、精神的にも社会的にも自立して生きていけるならば、それはそれでいいだろう。
「狂人」か「天才」、そういう紙一重の存在にだけ与えられた、唯一の特権かもしれない、と。
 
 
 
サイレントヒル』、コナミから発売されたホラーアドベンチャーゲームの映画化である。
-ローズ(ラダ・ミッチェル)とクリストファ(ショーン・ビーン)の養女、9歳になる娘のシャロン(ジョデル・フェルランド)は、ときどき夢遊病のように徘徊し、うなされ、「サイレントヒル」という言葉をつぶやく。それは30年前の火災によって廃墟と化した町の名前であった。
ローズはシャロンをつれてサイレントヒルへと向かう。病の根源を掴み、娘を救おうとするのである。
しかし、途中でふいに飛び出してきた少女を避けようとして事故に合い、ふとローズが目を覚ますと、シャロンは消えていた。そうして、「サイレントヒルへようこそ」という看板が、霧の中に静かに浮かびあがってくるのだった-
公開わずか三週間で興行収入2000万ドル(日本では昨日から公開した)、映画を見たいろいろな方の感想を読んでみたが、評判も上々、特にゲームを体験した観客の多くから「ゲームを忠実に再現している」と絶大なる支持を得ているようだ。
私はゲームをしたことがないが、まずその世界観に驚嘆した。
とにかく映像が美しい。ひとこまひとこまのシーンがまるで、芸術性の高い(モノクロの)絵画のようである。
キャストもみな美しかった。佇む姿だけでサマになる。異形のクリーチャーたちや廃墟の町の見せ方も、それから観客に対する恐怖の感じさせ方も、また詩的であった。
(ホラー映画に「恐い」ということ意外に、評価の基準があることを初めて知った)
そんな映像だけでもじゅうぶんに楽しめる作品なのだが、ストーリーの謎解きも面白かった。
観客は主人公と共に謎を追い続け、少ないヒントを手がかりに、次第に状況を把握し、理解していく。そして、ラストですべての謎が解き明かされる、というものである。
観客に訴えかける思想自体はありきたりなものである。
しかし、ラストシーンですべての謎を知ったときに、その思想がありきたりなものだけではなかったことを知る。
観客は感じていたことを覆されるだろう。
そうして、あらためて(ありきたりな意味を)考え直させられるだろう。
ネタバレになるので、詳しく書けないのが残念だが、私的には「その町からは死んでも、逃げられない」という予告編のキャッチコピーを思い出し、ふと背筋が寒くなる想いだった。
思うのは、こういう監督の個人的趣味である世界観を、
(映画という媒体に必要不可欠な)エンターティメント性よりも、はっきりと色濃く打ち出した作品は、ここ近年でめずらしいのではないか、ということだ。
そうして、B級だからと片付けられず、作品として成功する例も少ないのではないか、ということである。
感動はしないが、感嘆した。
ホラー映画というよりは、お洒落な芸術作品である。
 
 
 
父は先日、病気の母を突然退院させた。
医師の許可は下りていない。介護認定もまだ下りていない状態だった。
外泊許可を取り付け、何も知らぬ義兄が車で連れ帰り、そのまま病院へ返さなかった。
父が言うには、「あんなところに長くいたら死んじまう」。
医者が9時間近くもかかる大手術をして、命を救ってくれたことは、すっかり忘れているらしい。
姉は昼間病院へ謝りに行かされ、看護婦から叱られ、やっと薬をもらってきた。
さんざんもめたあと、周囲は折れた。(見放した)
そうして、残業続きの私は母の健康的な生活の邪魔になるからと、別居を余儀なくされた。(介護ヘルパーのようにせっせと通うことが条件である)
父はしかしヘルパーだけに任せることには納得できない。他人は信じていない。かいがいしく母の食事を作り、トイレに連れて行き、お風呂に入れ、痴呆を治すための訓練をする。
社会的価値観を放棄した父には、母との世界だけが、唯一の社会なのであった。
母への愛だけが、すべての愛なのであった。
母は元気になってきた。
驚くことに、痴呆も少なくなり、体も良く動くようになってきた。病院にいるときより、よほど、表情もイキイキしているのである。
父は自分の意志を貫いて、またしても成功した。
忌々しいが、認めざるを得ない。
 
 
 
 

2006年7月2日

ナオミの春-ポセイドンの酷評-

 
ナオミは美少女だった。
15も過ぎれば、いくらでも楽しい青春を過ごせるはずであった。
周囲の羨望と期待に反して、彼女は高校に入学すると、すぐ、ハンドボール部に入った。
中学では帰宅部だった。何も成し遂げていない、その想いが彼女を駆り立てた。
なにか、どこかへ所属して、青春を懸け(賭け)たい。
身長が170センチ近くもあり、モデルさんのように手足も長く、そして運動神経は万能だ。
しかし、ハンドボールはしたことがない。初めてのスポーツだった。
そして、それは初めての団体競技、仲間との出会いでもあったのだ。
 
ナオミ以外の5人の同期は、(私を含め)中学時代からハンドボールを続けていた。
皆とそれをしたくてその高校を選んだメンバーもいたと思う。
(はっきり聞いたことはない。入学式前の春休みから、先輩達の練習に参加させてもらっていたのだから、今思うとそうなのかもしれない、と想像するだけである)
直美ははじめ、気後れしていた。自分だけが中学時代の話に加われない。みなと同じ仲間ではない、と、どこか寂しい思いをしていたそうだ。
しかし、桜が散り、夏休みが来るころには、ナオミが高校から合流した仲間などとは、誰も覚えてもいなかった。
ナオミ自身さえ、覚えていなかった。
炎天下の中、熱気が立ち昇るグランドで、来る日も来る日も泥だらけの練習三昧、
吐いて泣きだすものさえいる合宿、初めての大会参加(顧問の先生に反発し、辞めてった先輩たちの穴を埋めるため)と、押しつぶされそうなプレッシャー、
そんな過酷な日々の中で、ナオミの仲間的存在意味を考えてみる余裕など、果たしてあったろうか。
誰ひとり、そんなものはなかった。ただ、がむしゃらだった。
高校時代を振り返ると、当時の仲間は、練習のつらさを鮮明に語る。
あんな経験は二度とできない、と言う。出産と同じくらいキツかったと言う。いまだに顧問のシオヤを憎むものさえいる。
そんな中で、ナオミは語る。何時間でも語リ続ける。誰よりもイキイキと思い出すのだ。
緑が芽吹き、生い茂る中、そして雪の降る日、雨の中、毎日毎日グランドまでチャリンコを飛ばした日々。
6台のチャリンコが連なって走る姿、その高らかな笑い声。
シオヤの赤いスポーツカー、合宿の食事の多さ-カロリーメイトばかり食べさせられた、
部室からジャージが盗まれた珍騒動、惜しくも敗れた引退試合、その対戦相手の意外な特徴、仲間のひとりであるヒロが怪我で参加できなかったこと、
涙も、笑いも、悲しむべきことも、喜ばしきことも。
まるで鮮やかな絵のように、いつでも私の目の前に、描いてみせてくれるのだった。
「ははぁ~いや~そんなこともあったね。よく覚えてるよねぇ・・・」
私が不思議そうに言うと、ナオミは受話器の向こうでカラカラと笑うのである。
「青春話を聞きたくなったら、いつでも私に連絡してよ」
「うん、なんか青春映画みたいだよ。
高校時代といえば、毎日毎日シオヤに怒られてばかりで、つらくて、追い詰められてて、ろくでもないことしか記憶になかったけど、ナオミの話聞いていると、まんざらでもなかったみたい」
「×××、そうだよ、確かに私達、青春映画のような青春を送ってたよ」
ナオミは笑うのをやめて、声のトーンを落とす。
「安心しなさいな」
それは、まるで、自分自身に言っているようでもあるのだった。
ナオミは現在二児の母だ。
若くして結婚してから、だんなを支え続け、家事と育児に追われている。
ナオミは、たくさんの思い出を作る贅沢を、選択しなかった。
彼女が誰よりも鮮やかに、学生時代を思い出すことができるのは、
もしかしたら、誰よりもその思い出が、大切だからなのかもしれない。
 
 
ポセイドン』、パニック映画の金字塔「ポセイドン・アドベンチャー」のリメイクで、
興行成績がいい割に前作と比べられては酷評されている、スペクタル超大作である。
前作を知っている多くの方が言うには、「ポセイドンアドベンチャーのほうがリアルで、自己犠牲の精神が素晴らしく描けている(ポセイドンの登場人物は利己的で、人間模様も描き方が薄い)」というものだ。
ちなみに「ポセイドン・アドベンチャー」(1972)はあの有名な「タワーリング・インフェルノ」(1975)の前身ともなったパニック映画である。テレビでも何度も放送された。(私も2回は見ていると思う)
どれどれ、と見に行ってみた。
出だしからびっくりした。
プロのギャンブラーである主人公ディラン(ジョシュ・ルーカス)は自力で脱出する方法をみつけるために、ひとりで待機場所のダンスホールを出て行く。
たまたま、それに人々が便乗し、合流しただけである。
ポセイドン・アドベンチャーの主人公の牧師のように、「そこに残れば死ぬぞ!みんなで道を探そう!」と声を張り上げることもない。
ひとりでひっそりと、助かる道を探そうとするのである。
これは先が思いやられるぞ、と懸念したが、全体の感想としてみたら、そう悪くもなかった。
ポセイドンアドベンチャーは、CGもない、現在の映画のようにお金もかかっていない、しかし、スケールが大きかった。訴えている思想も統一されている。
無慈悲な神への挑戦であり、ある意味傲慢とも受け取れる、人間独自の信仰と行動の証明、
人間の等身大の姿、強さも弱さもすべて含めて、小さき存在である人間ならではの、その偉大さを、見事に描き出して見せた。あのラストに泣かないものはいまい。
それに対して、ポセイドンは、映像的にはスケールが大きいが、かなりしょぼくなっている、笑
10人から次第に減っていくメンバーも、それぞれ別の問題を抱えていて、観客に訴える思想も、多岐にわたっている。
また、自分だけ助かればいい、という冒頭の姿勢は、中盤に入ると、仲間さえ助かればいい、という姿勢へと変化していく。(ようにも見えた)
しかし、ウォルフガング・ペーターセン監督が一番訴えたかった思想は、主人公のディランから受け取ることができるだろう。
私達は、問われている。
自己の生に対する姿勢を。
「あなたは生まれてから死ぬまでに(またはその死を受け入れるまでに)、どう生きますか?」
スケールはしょぼいが、神や人間の偉大さよりも、まず、自分の足元をどうにかしたい人には、必見の映画である。
問いかけの答えは、『ポセイドン』のなかにある。
そうして、前作を、その時代の記憶と共に味わっていない人には、
もしかしたら感動的な、楽しめる映画であるかもしれない。
 
 
ナオミは最近やっと子供の手が離れてきた。
そうして、子供が学校へ行っている昼間だけ、働き始めた。
ヤクルトおばさんである。
制服のパンツがダサい、と文句を言っているが、楽しそうである。
なぜヤクルトおばさんにしたのか、と聞いてみた。
「時間が自由になるから、あとね、チャリンコでいけるから」
ナオミは若葉の中、チャリンコを飛ばしている。
風が心地いいだろう。
未来の思い出を捕まえに、爽快に、走り出したのだ。