2007年12月29日

ニュースもろもろ

 
 
 オダギリジョーと香椎由宇が結婚発表の記者会見を開いた。
 香椎はつい先日小栗旬と噂になっていたが、まるでそんな話など初めからなかったかのように、公認の秘密を暗黙の了解のごとく皆おくびにも出さない。
 オダギリは来年海外での撮影が続くそうだ。発つ前に彼女を安心させたかった、と語っていた。
 確かに安心させておかないと、若く美しい彼女のことだ、何をしでかすかわからない。本人にその気がなくても周りが放っておかない。今をときめく俳優とまた噂にだってなりかねないだろう。
 とりあえず式は来年でも、自分のものだと世間に公表しておくのは賢い選択だ。
 しかし、オダギリをその気にさせた香椎が一番賢いと思うのは私だけか。
 
  
 小泉チルドレン、杉村太蔵議員が党公認を得られるかどうか正念場を迎えている。その後、自身のブログで吠えたりしたので、ますます無理だろうと言う気配が強まった。
 一部には「大物に化けるかも」と言う貴重な意見もあるようだが、私的には逝ってよし。初めからただのラッキーボーイ、勘違い甚だしく見苦しい。手厳しいようだが、己を知らないものは政界から消えて欲しい。
 そして、議員バッジをはずしたあとは、是非M-1にチャレンジして欲しい。
 『代議士・杉村太蔵』の虚像は捨てて、『お笑いタレント・タイゾー君』として新たな道を歩んで欲しい。
 小泉さんのマネがウケる。毎回、発言するたびに私を大笑いさせてくれる君なら優勝だって夢じゃない。
 
 
 最近近日本はフィギュアスケート大国のようだ。
 フィギュアと言えば私の若い頃は、『愛のアランフェス』(ペアのフィギュアを題材にした槇村さとるの漫画)、美しいのは漫画の中だけ、日本のフィギュアと言えばスポコンと言ったふうで、欧米や北欧系の選手にはどうしたって敵わない。どうしてもこうも違うんだろう? 生活スタイルか食事の差だろうか・・・ と妙に哀しい気分になったものだ。
 ところが、現在フィギュアが盛り上がっている。今なぜ、しかもなぜ日本で、と言うくらいに人気なのだ。
 不思議に思って良く見てみると、驚かされた。昔とはまったく違うのだ。特に浅田選手は美しくなった。
 動きを美しくするためにバレエの練習を強化したそだが、その甲斐あってしなやかで、一つ一つの動作が滑らかだ。安藤選手の迫力には負けているが、あの完成度の高い演技は素晴らしいものだと感嘆させられた。
 浅田選手、優勝おめでとうございます。美しい演技をどうもありがとう。 
 
        真央
 

2007年12月24日

懐かしい町、新宿。

 
 
 何十年ぶりのような気がしましたが、新宿へ行ってきました。
 昼間新宿を歩くことはまずない。遊ぶことも買い物することもない。なので、無性に懐かしかったですねぇ。
 十年位前かな、友達とよく行っていた構内のコーヒーショップ、もちろんカフェなんて言う洒落たものではなく、昼間は珈琲屋、夜は飲み屋の小さい店にふらりと入る。安いモーニングを頂きました。
 まだあったんだなぁこの店・・・とまたまた懐かしい。
 
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 夜はビールとおつまみが豊富、カウンター席があるので女性一人でもふらりと入れる雰囲気です。
 朝のモーニングは安くて超美味しくておススメなので、是非どうぞ。JR東口改札出てすぐ三十秒位かな。
 
 ★BERGさん http://berg.jp/index.htm ルミネエスト(旧MYCITY) B1  
 ※その後、このBERGさんがオシャレじゃないという理由でルミネさんから立ち退きを迫られていると知りました。
     何とかいい方向へ進めばいいなぁ。あの場所にあり続けて欲しいです。 
 
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 新宿は朝も夜もずっと凄い人、人、人でした。
 歩くスピードが遅くなる。気のせいかもしれないのですが、渋谷や六本木や人の多いほかの町よりも歩くスピードが遅いような気がします。みんな周りを見回してはもたもたしている。どこかぎこちない。迷っている感じ。
 新宿は迷子の都会のようです。
 
 
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 夜は駅前のライトアップを見てきました。本当は西口から南口にかけての新宿テラスシティのライトアップを見たかったのですが、一日ここにいたら、クタクタになりました。通常以上のパワーを使ってしまった。
 人々のエネルギーを吸収して、今日も新宿の夜は、華やかに、更けていく―
 
 また遊びに来るね。
 おやすみなさい。
 
 
 

2007年12月23日

『X'masと鈍感力』

 
 
 最近『鈍感力』に長けてきたように思う。
 ネット社会でのコメントのやり取りでは少々意地悪をされても動じなくなった。簡単なことだ。結果を見ないようになっただけである。(意地悪をされていることに気がつかないのだ)
 が、現実の社会生活ではまだまだコタエる。
 やはり直接顔を見ている、声のイントネーションがわかる、相手の気持ちが直接伝わってくる、文字と言う言葉以外の表現すべてで。
 それはきつい。
 大好きな爆笑問題の太田さんが言うには、その方が悪意は伝わりにくいのだと言う。言葉以外の表現が直接わかれば緩和される。その場でコミュニケーションが取れれば誤解も解ける。文字だけの言葉で一方的に伝わる方がきついのだと。(だからネットの掲示板等はたちが悪いと)
 しかしそうだろうか。
 私も太田総理の意見には賛成だが、ふと疑問に思った。
 彼の持論は相手に言葉ほどの悪意がない場合に限るのではないか、と。
 もしも相手に言葉以上のが悪意や失望や嘲笑がある場合は、言葉以外の表現でモロに伝わってくるのだろう。つまり、言葉は優しいが、態度が示している、と言った具合に。だから根が敏感な私にはリアルの方がよほどたちが悪いような気がしてきたのである。
 
 先日女の友人から1年ぶりくらいにメールが来た。
 食事に誘われた。
 予定を聞かれたので、相手に合わせて調整すると答えた。すると、彼女は21日の金曜と25日のクリスマスの二者択一を提案したのだった。
 正直驚いた。クリスマス前の、連休が始まる直前の金曜の夜と、もろクリスマスの日などに、女友達から誘われたことはない。彼女には彼氏がいる。当然そこは外してくると思っていたのだった。
 どちらかと言えば25日の方がマシだったので、では25日にしよう、と返事したところ、彼女は笑うのだ。
 その日を選んだ私が彼氏のいない(または誘われない)ヒマな女だと、まぁ自分もだけど、でもねぇ、といった調子の高笑いするメールが戻って来たのだった。
 どうなんでしょうね?? こういう場合、クリスマスに女ふたり、と言うのはそんなにコタエるものなのでしょうか? 私より10歳以上も若い友人はたぶんコタエていて、それを気取られないように、素直に応じたヒマな私を笑うことで自分の傷を隠していたのかもしれないのですが。
 私は彼女の微妙な女心と傷ついている自尊心が何となくわかりながらも、こういう場合はお互い傷を舐め合って、何事もないかのように会って楽しく食事するのがルールじゃないの? と思ったりもしたのだった。
 自分の傷を隠すため(または癒すため)に、乗った相手を笑うのはどうなのか? と。
 
 で、話を元に戻すと、こういう友人のようなタイプの同僚(隣人)がけっこういるのだった。
 私の価値基準では信じられないようなタイプの人間がこの世にはうじゃうじゃいるのだ。
 自分のミスを隠すために相手のミスを指摘する。
 自分の傷を癒すためなら、誰かと一緒にこちらを笑う。
 自分の自尊心を守るためなら、こちらを非難し、悪口を言う。
 
 思うのだが、一番初めに私がはっきりと21日と25日は駄目、と言わなかったのが悪いのだ。
 こちらの都合で食事の約束を取り付ければ良かったのだろう。
 しかし、そうしないからと言って。
 
 あんたらいったい何なの??
 
 
 最近、言葉だけのやり取りでは結果を見ない私は、ばっくれた。
 1年ぶりの友人から落ち合う場所の希望を尋ねるメールが、来たが返事をしない。
 リアル社会ではそうも行かない。
 当たり前だが、本物の『鈍感力』を身につけるしか術がない。
 
 
 
                       R0012222 R0012347
            ミッドタウン2 東京ミッドタウン1
 
 

2007年12月18日

ありよしきなこさんのこと。

 
 
 可愛いです。
 絵本も楽しかったです。
 ぜひどうぞ。
 
                   ありよしさんありよしきなこ画集http://www2.odn.ne.jp/~caz25510/index.html

極上の記憶を持って墓場へ行こうと決めた私の下らぬ人生について

 
 
 恵まれた者や偉人ならともかく。
 私にとって人生は、選択の余地がなかった。
 我侭な女友達に似ている。
 望んだように受け入れて、楽しんでいなければ、蜜月は続かない。
 もしも望みを言おうものなら、意にそぐわぬ関係自体が消えうせて、明日はやって来なかった。
 
 だから私は過去を愛し始めたのだ。
 
 くだらぬ瞬間を笑顔で写真に刻み込み、後で愛しげにアルバムをめくる、そんな作業のようだった。
 「こんなに笑って、楽しかったのね」
 「こんなことがあって、楽しかったね」
 自分にも他人にも言い聞かせる。
 
 過去は従順な男友達だ。
 最悪の現在を。選ぶ余地のない未来を。
 過去となった瞬間、私は塗り替えていく。
 
 過去は決して裏切らない。私の意のままに姿を変える。
 そのとき初めて、私は私が生きた人生を、自ら望んで選んだものだと信じることが出来るのだった。
 
 未来は自分で決めるものだ。
 しかし、未来が来る前にそれを選べる者は一握りでしかない。
 凡人の私は、せめて、過去を創造し、選び取ろう。
 エントリーされなかったものはいらない。
 記憶を塗り替え、最高の人生を選択するのだ。
 
 
                                  

2007年12月16日

中目黒散策

 
 
 今日はオシャレな町、中目黒へお出かけして参りました。
 オシャレな町、と言いましたが、TVの受け売りです。実際の中目黒って、ちょっと、かなり、セレブではない。大昔、70年代フォーク全盛時代の(貧乏)学生街のようなところではないかしら。下町と言う感じかな。TVとの格差とに少々驚いたのですが、実際の町並みのほうが私の好みでした。
 
   
   おばあさんが手押し車(スーパーの買い物籠入れ風)を引いていました。左は目黒川。
 
 目黒川はしかしさすがに綺麗です。長いこと暗渠として放置されていたこの川は、2001年より「目黒川緑道」として整備されました。(駅から5分ほど歩いた正覚寺の前にある川の資料館でその歴史を見ることが出来ます)水は澄んでいて、鴨やゆりかもめなど、水鳥がたくさん泳いでいました。
 
正覚寺。黄葉の落ち葉を住職さん?が掃いていました。
 
 
 駅前は猥雑、と言った表現が良く似合うように思いました。「汚たねぇなぁ」とこちらのほうが汚い言葉で呟きながら、どこか懐かしい気持ちで歩きました。
 
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 正覚寺でお参りをし、夕陽を待たずに帰りました。
 今回もPASMOだけで過ごした撮影日でした。
 お腹空いた~ 笑
 
  

 

2007年12月14日

童話・『かえるの王さま』

 
 
 カエルになった王子様はゲームばかりしている。
 彼は希望を捨てたのだ。
 
 ゲームの中には可憐な姫君。
 彼女を成長させることが唯一の楽しみ。
 
 王女になって羽ばたけば、カエルは王子に戻るのだと教え込み、しかし姫は方法が見つけられない。
 右に進んでは壁に激突、左に進んでは敗れて寝込む。
 そのうち諦め剣を捨て、やはりゲームばかりを始めるのだ。
 
 ぴこぴこぴこぴこ。
 
 飼い主に似てきた彼女を見て、王子はがっかり。
 思わずゲームを放り出す。
 
 ディスプレイの中の姫はびっくり。
 カエルがいないとない知恵絞って考える。
 カエルがいないと消滅さえしてしまうと焦り始める。
 
 ぴこぴこぴこぴこぴこ。
 焦る。焦る。焦れ。
 カエルを王子に戻すのだ。
 
 『ねぇ、だから。あと何日ゲームしてくれる?』
 
 
 姫は馬鹿過ぎた。どうにかせねば。
 王子はゲームの開発に余念がない。
 
 
 

2007年12月11日

そろそろ年の瀬。と言えば・・・

 
 
 ちょっと古いのだが、年の瀬を真面目に考え始めた私にとっては旬なネタで、『紅白』。
 今年の司会は男ふたり、紅組・中居正広と白組・笑福亭鶴瓶で、紅白の司会が両方とも男と言うのは51年ぶりのめずらしいことなのだそう。
 で、この鶴瓶なんだけど、なんでまた鶴瓶? と思った人は結構多いはず。どう見ても旬なタレントではないし、紅白と言う柄でもない。
 しかし、思い出してみてほしい。去年のNHKの醜態を。
 まぁ醜態と言うとオーバーなのだが、結構な騒動になりましたよね、オズマのバックダンサーの乳出し(ボディスーツね)。やっぱりあれ以上の醜聞インパクトを求めれば、しょっちゅうパンツ脱いで股間晒して騒動起している鶴瓶しかいないでしょ。
 NHKは去年のことなんて屁とも思っていないってアピールですよ。
 んで、「あの鶴瓶」が今年の紅白司会で国民の認知を得れば、去年のオズマもおのずと「あら、大したことなかったわね・・」的なムードに流れていくこと間違いなしです。(別に鶴瓶がモロ出しするわけじゃないだろうけど、イメージ戦略として)
 目くらましみたいなものかな? 意外とセコくいろいろと考えているんだな、NHK・・・ やっぱり関係者は去年大変だったのかな、なとどよけいなお世話的な心配をしつつ。
 それにしても中居君痩せましたよね。
 あんたガンじゃないの?! と思ってしまったのは私だけでしょうか。
 日に日にみのもんたに似てくる中居君、あなたの名司会で是非年の瀬も国民を湧かせてやってくださいませ。
 
 
 
 
 
NHKは12日、大みそかに行われる紅白歌合戦の司会者発表を行い、紅組司会者にSMAP中居正広(35)白組司会者に笑福亭鶴瓶(55)を起用することを明らかにした。紅・白司会者をどちらも男性が務めるのは1956年にアナウンサー2人が担当して以来51数年ぶり。中居は昨年に続く登板で、通算4回目。鶴瓶は初めての紅白司会となる。総合司会は松本和也(40)住吉美紀(34)の両アナウンサーが務める。記者会見で、初司会となる鶴瓶は「そばで歌を聴けるのは本当に楽しみです」と語り、中居は「歌手の皆さんに楽しく、気持ち良く歌ってもらえるよう努めたい」と話した。2人を起用することについて、NHKは「歌の力を伝えるため、幅広い視聴者から親しまれ、話術にたけている人を選んだ」と説明した。
 

2007年12月10日

蜃気楼 ~あるいは待ちぼうけ~

 
 
 雨の中待ちくたびれて、一人傘をさして歩き始めた。
 ずいぶんしょぼくれた気分だったけど、オーライ、それでも足取りは力強く変わっていった。ゆっくりと、一歩ずつ。
 
 けれども、スカイブルーのタクシーを見かけたのだ。
 それは私のために創られた魔法の乗り物。彼に飛び乗ることが出来れば、目的地まで一飛びだ。
 
 知ってしまった私は足を止めてしまう。
 いつまでも道の途中で待ってしまう。
 通り過ぎるのは乗客を乗せたオレンジのタクシー。
 雨の中待ちくたびれて、もう歩くことも出来ず。
 私は切実にたどり着きたいのに。
 誰よりも。
 
 それでも路上に飛び出しタクシーを停めさせて、乗客を引き摺り下ろす勇気もなく。
 コロシやゴウカンのリスクを背負って、ヒッチハイクする度胸もないままに。
 
 いっそそれはなかったのだと。
 スカイブルーのタクシーは私の幻覚だったのだと。
 誰かが教えてくれればいいと願う。
 
 
 
 
 

2007年12月9日

冬本番

 
 
 今日は先週末に引き続き、公園にお散歩に出かけました。
  
                  
 
 自然が多くて、いい雰囲気です。週末休みに山を登るのはさすがに体力的にも自信がないので、こういう市井の公園はとてもありがたい存在です。
 枯葉がたくさん落ちていました。まだまだ紅葉も多いのですが、葉を落とした木々も目立つようになりました。
 冬なんですね。
 

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↑上 淋しい冬景色  ↓下 禿げた木の上に停まるたくさんの鳥、騒がしかったです。
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 まだクリスマスツリーさえ出してない私ですが、そろそろ年の瀬の準備をしなくては・・と感じました。あとは、真冬用のコートも調達しないとね☆
 
 
 
  

2007年12月7日

もしかしたらその方がよほど幸せなのかもしれないが、そうでない私の幸福なゴ ミ溜め的人生

 
 
 昔、吉本ばななの『哀しい予感』と言う小説があった。ああいうのに弱い。終焉を予感させる関係性と言うものに哀愁を覚え、感傷をかき立てられる。誰でもあるだろう、楽しい出来事を思い出に変えて、心の奥に大切に仕舞っておく。しかし、私の場合、この哀しい予感のない思い出にはそう執着しないようだった。
 私が大切に仕舞っておくのは、決して長くは続かないもの。偶然の縁や先に逝くであろう人々、願ってはいないのにいつか終わるとわかってしまうもの、それらの愛しい刹那を記憶に刻み込み、心に溜めていくのだった。
 
 それだけでは不安が癒えず、まだ満足できない私は、更に形あるものに変えていく。
 思い出を写真に、チケットに、切符に。レシートに、プレゼントの包装紙にリボン、短くなったキャンドルに。
 言葉を日記に、物語に。状況だけを変え繰り返し、書き綴り、連ねていく。
 いつか私が一人になった時、大切な思い出にまつわるそれら記念品を一人眺めて愛しむ、ただそれだけのために、多分他人(ヒト)から見たらゴミであろうものの数々を一人集めているのだった。
 哀しい予感の伴わない記念品はすぐに消えてしまえるのに。それだけが残り、未来の私を創造し、かたどっていく。
 
 もしかしたら、私にとって、人生におけるすべては、必要のないゴミのようなものかもしれない。
 でもそれを失ったら私はどこへもたどり着けない。動物やロボットにでもなってしまうだろう。
 かけがえのないそのものだけが、いつも。
 私を導くのだった。  

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2007年12月3日

『14歳』 ~千原ジュニアの小説を読んで~

 
 
『目の前にたくさんの穴があいている。
みんなその穴に指をつっこむ。
そのたくさんの穴の中にたった一つだけ向こうに貫通している穴がある。
みんなその穴を探して指をつっこむ。
僕はたまたまそれが一つ目だったんだ』
 
 
 千原ジュニアの『14歳』を読んだ。ブックオフで100円だった。安すぎる。これが私の評価だった。
 
 主人公は明日のジョーが大好きな14歳、その漫画を何度も繰り返し読んでいる。彼は矢吹ジョーのように真っ白に燃え尽きるまで戦うことの出来る自分だけのリング(すべてを賭けて勝負できる場所)を求めている。しかし、実際の彼はジョーにおける「ボクシング」に当たるものを見つけることすら出来ない。ドヤ街どころか、孤児院さえ抜け出せず、毎日部屋にこもってはTVのスナアラシと向き合う日々―
 両親や周りから見たらおそらく悲劇的な、現在進行形の日常が淡々と綴られ、そして過去のエピソードが小刻みに挿入される。彼の傷のフラッシュバックのような一場面、その光景が形を変えて繰り返される。小さな少年の痛みの深さが伝わって来るようだった。
 傷と、焦燥感。
 過去の痛みと未来への不安で、狂いそうな少年は、しかし決して難しくない言葉で私に訴えかける。
「あのおばさんは僕と喋りたかったんじゃない。青い服と喋りたかったんだ」
 彼は青い服という表現を使う。青い服とは彼の入学した偏差値の高い進学校の制服のことで、学歴社会における優越性や小さな共同体の中での体裁、ある種の権威を象徴している。それらをジョーにおけるボクシングのように、少年が選んだ価値観(戦いの場所)だと誤解された隣人に彼は苛立ちを覚える。彼が「黒い服」(地元中学の制服の色)ではなく「青い服」を選んだのは象徴から自分を守るためだけで、そこでの戦いに参加するためではなかったのだ。
 少年には青い服のルールなどどうでもいい。
 彼が戦う場所はそこではない。
 そうわかっているのに、彼は青い服から与えられる「ルール」に従わなければならず、それを拒んで教師からボールペンで頭を刺される。彼はこのときのことを後で勝負の武器とした。「鉛筆を削るためのナイフを取り上げ、文章を書くためのボールペンで僕の頭から血を流したあの先生の」こと、そのときの思いと痛みを彼は漫才のネタとして昇華させた。しかし、その痛みさえも、正論は関係ない「ただのその場所のルール」に従えない彼自身が生み出した痛みだった。もしこれが彼自身のリングで、彼のボクシングであるならば、ルールとしての教師の言葉に従っただろうし、教師も自分の言葉を正論でやり込める「僕」を傷つけることもなかっただろう。だからこそ少年は、一刻も早くと焦りながら、自分の場所を探し続けるのだった。
 
 個人的に不思議だったのは、主人公の少年が目標のすべてを「レース」と言う言葉で表現していることだ。
 レースと言うからには競争だろう。もちろん人生はレースなんだろう。しかし、どこか徹底した焦燥感に違和感を覚えた。少年にとって自己実現すると言うことは、社会や他者との戦いであり、そしてすべての目的が優劣の比較対象となっている。自分だけの、他(者)との勝敗のないレースは存在し得ないようだった。私自身が若いときはどうだっただろう? と考えてみたが、社会や他者を絡ませた目標は抱いていなかったように思う。(目標自体も抱かずただ生きていただけなんだろうが・・)その辺りが共感を覚えることが出来なかった要因のようだった。
 それでも、少年の痛みは伝わってきたし、葛藤も理解できた。感動したのはラストだ。
 千原少年の兄の存在であった。
 
 兄は周りから弟の事を聞いていたのだろう、それでも何も語らず、ただ弟にリングとグローブを提供した。そして「少年のボクシング」に当たるものを実際に示して見せた。
 兄は言う。「明後日までにネタを書いて来い」
 驚いた。笑いと言う舞台は兄の戦場のはずだ。そこに弟を招き入れるならばまずは様子を見て手伝わせるだろう。だが兄は違った。弟に無償で場所を与え、二人の世界を一から創造させようとしたのだった。
 少年、千原ジュニアはパンパンに溜めていたものを噴出させる。兄弟「ふたりの戦場」における武器作りと勝いですべて。
 兄がいなかったら、彼は僅か14歳でたくさんの穴から貫通する一つを見つけられなかったかもしれない。私や誰かと同じように、たくさんの穴に指を突っこんでいたかもしれない。
 私はこの兄を持った彼のことを、幸運を身に纏った本物の天才だと信じたのだった。 
 

ジュニア

  
 余談だが、これは自伝に近い私小説だ。決して物語ではない。
 この先彼が作家としても開花することが出来るのか、是非長い目で見守っていきたいと思う。
 

2007年12月2日

師走の紅葉

 
 
 紅葉を見にお出かけしてきました。
 
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 秋らしからぬ暖かい日が続いたせいか、やっと染まったと思ったらもう枯葉、そして冬の落ち葉。
 期待せずに撮りに行きましたが、それでも緑や黄色の樹の中にぽつんと佇む紅葉した樹木を見つけると胸が高鳴りました。
 デジカメや携帯カメラでみんなパシャパシャ。
 私も愛機を取り出して参戦です。
 どうやったら綺麗に撮れるか悩みながら、太陽を背にしたり、向き合ったり、いろいろな角度から撮ってみました。
 撮っていて気がついたのですが、(いささか遅すぎるかもしれませんが・・)楓と言うのは桜の木に良く似ていますね。幹や枝の姿がどことなく・・ なので、美しい春桜を撮っているような気分になってしまいました。ますます季節感がありません。笑
 
 
 
 ところで、なんと私、財布を持っていませんでした。目的地についてから気がついたんです。
 (こっちもいささか遅すぎますね)
 幸いPASMOと飲み物は持参していましたが、おなかをグーグー鳴らしてしまいました。
 もちろん撮り終わってからですけど。(写真を撮ってる時は夢中で、こちらも気付きませんでした・・)
 
 僅か4時間半の小旅行でしたが、楽しかったです。
 満足できた一日でした。
 
 
 

2007年11月30日

鬼畜・・と喉まで出掛かってますが・・(あ、言っちゃったよ)

 
 
 
 さんざん山下清(すごい名前ですよね)さんが犯人じゃないかと疑われていたこの事件、まったく違う結末を見せ、驚きを隠せません。
 しかし、犯行には多くの謎があるようです。
 この事件については言いたいことがたくさんありますが、断定的なことを言うのはまだ避けたほうがいいような気がしてなりません。
 時が来たら思い切り毒を吐いてやろうと思います。
 
 三浦啓子さん、山下茜ちゃん彩菜ちゃん姉妹のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。
 
 
 
 
香川県坂出市のパート従業員、三浦啓子さん(58)と孫の姉妹が遺体で見つかった事件で、三浦さんは4月に病死した自分の妹から約200万円を借りていたとみられることが29日、親族の話で分かった。 妹は川崎政則容疑者(61)=死体遺棄容疑で逮捕=の妻。三浦さんが妹名義で借金したこともあったという。川崎容疑者は「金銭トラブルがあった」と供述しており、坂出署捜査本部はトラブルの詳細や事件との関連を調べている。 親族の男性によると、妹は死亡前、三浦さんに200万円貸しており、夫の川崎容疑者はそのことを妹の死後に知ったとみられる。 また別の親族男性や知人によると、妹の遺品整理で出てきた書類から、妹名義で三浦さんが借金していた形跡もある。妹が三浦さんの入居するアパートの保証人になっていたこともあったという。捜査本部によると、金銭トラブルの情報は捜査の初期段階から浮上。だが、それだけが3人殺害の理由とは考えにくいとの見方もあり、別の動機も含めて川崎容疑者を追及している。
 

2007年11月29日

ついに『ベニスに死す』私の件。

 
「怖い・・」
 ふと呟きが聞こえた。
 
 久しぶりにベルナールのことを書こうと思う。
 彼は私が借りていたレンタルシェアオフィスの元管理人で、現在はうちに居候している青年である。見目麗しい美青年だが、しかし、小太郎、桃尻子、権三郎と言う名の三児の子を持つ三十路のオヤジだ。
 ベルナールはまったく働かない。今もマッサージチェアーにどっかりと腰をかけ、手に読みかけの本(大抵は『ベニスに死す』か『失われた時を求めて』だ)を持ったまま、目の前のちょうど良い位置に置かれた五十インチのプラズマテレビを眺めている。そう、眺めているだけで、見ていないようだった。焦点が合っていない。
「怖い・・」
 また呟いた。サイドテーブルの上のワインに手をのばしかけ、止める。その手を頭に運び、両手で髪を掻き毟った。
 そもそも私は私が大枚はたいて買ったマッサージチェアーを寝取られただけで頭に来ているのだ。きゃつの小芝居などどうでもいいのだった。にもかかわらず、私は手から雑巾を落としてしまった。ベルナールが喋るのを聞いたのは初めてである。
 喋った・・・!!!
 不具かと危惧していたが、どうやら声帯は無事だったらしい。
「あんた・・・喋れたのね!!」
 私は彼へと手をのばした、恐る恐る。妙な感動がふいに全身を包み込み、私は愛に満たされた。
 我に返った彼は身を避けた。まるで私の愛に触れることを避けるように身を避けた。近付くと空気感染する病原菌であるかのような反応だった。恐ろしく顔を歪めて、口の端を持ち上げている。怯えているかのようにも見えたが、やはりあらぬ方向を見て、「怖い」と呟くだけであった。
 頭に血が上った。私はフローリングの床の掃除をしていたのだ。(最近私はこの不具の居候の奴隷のようなのだった)私は雑巾を手にしていて、奇跡的に愛に包まれたばかりのところだった。私はベルナールを殴り倒したい衝動に襲われた。
 いつもは人として最低限の情が邪魔をする。しかし今なら一瞬でこやつを叩きのめせるかもしれない。
 雑巾を蹴飛ばした。テラスに出て、武器を手に取る。マッサージチェアーで「死んでいる」彼に背後から忍び寄って、両手を振り上げた。
 
 ベルナールはカンが鋭い。
 本ばかり読んで何も語らない不具のような彼は、しかしいつでも私の考えを読み、先手を行くのだった。
 
 一瞬のうちに危険を察知した彼は、殴られるより早く、私を殴り倒した。
 磨いたばかりのフローリングに倒れこむ。塵ひとつない。きゃつが見下ろす顔が見えた。久しぶりに目が合ったようだ。
 私が手にした武器は布団叩きであったのに、彼が手に取ったのは金属バットだった。
「怖いのはこっちだよ・・」
  虫の息の私は薄れていく意識の中でひくひくと震えながら空しく呟くのが関の山だった。
 
 
 (続く)
 

2007年11月25日

一日遅れの一葉祭

 
 金曜のカタキを取って浅草へ。
 たけくらべで知られる樋口一葉の一葉祭に行ってきました。

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 樋口一葉公園内の一葉記念碑です。

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 台東区立なんですね。昨日行けば無料だったのですが、今日は三百円取られました。早起きは三文の徳とはよく言ったものです。
 でも大好きな浅草の町に僅かながらでも寄付させていただけたようで、満足満足。
 地下一階から三階まで、ギャラリーに展示室が三つあり、なかなか豪勢なたたずまいです。見応えがありました。

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 一葉の直筆の草稿がありました。ホントは撮影禁止なのですが、人が少ない時を見計らって、みんなカシャカシャ。
 私も参戦させていただきました。
 たけくらべの物語(主人公たち)の模型や、当時を紹介するような画や本がたくさん置いてありました。

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 これは吉原今昔の地図です。(記念館は吉原大門からも傍なのです)
 帰りにバス停で出会った年配の婦人に聞いたのですが、吉原はずいぶん変わったそうです。一葉の作品に良く出てくるのですが、もうほとんど名残りをとどめていないらしい。
 吉原は普段は女性禁制の地でしたが、酉の市だけは女性もおおっぴらに入れたそうで、家族で出かけ、地元の人々から全国から集まった大勢の商売の方々らで賑わったものだそうです。
「今も酉の市はあるけど・・・ それでもね、ずいぶん寂しくなったんですよ。この辺は」
 ご婦人は残念そうに呟きました。八十過ぎくらいでしょうか。幼い頃から吉原で育ち、つい何年か前に荒川に引っ越したそうで、今日は行きつけの歯医者に来たところだとおっしゃっていました。

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 台東区を循環するめぐりんバスに乗って帰ってきました。
 一葉の天上のごとき美しい文章に触れて、心が癒された一日でした。
 
 
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2007年11月23日

酉の市に睡眠を貪る私の戯言

 
 睡眠と記憶について考えている。
 今日は酉の市だった。
 浅草の鷲大明神(おとりさま)に出かけようと思っていたが、目覚めると十時である。今からでは遅いと観念して二度寝をし、午後の一時に目を覚まして一日潰れたと諦め三度寝をする。起きたのは夕方の五時過ぎであった。もう夕飯の時間だ。
 お前は良く寝るから健康を保っていられるのだ、といつか父に言われたことがある。私は睡眠が大好きで休日は良く寝るほうなのだが、こんなに寝てしまうのは疲れているからではなく、決まって起きていたくない時だ。起きていれば考える。良いことも悪いことも頭をよぎる。たまたま悪いことが重なって、悪いことばかり考えるようになった時、思考を止めたくなった私は必ず「寝込む」のだった。
 睡眠はいい。なにせ夢しか訪れない。
 もうひとつゲームをする、と言うテもある。単純なのがいい。思考を挟む間もなく条件反射のみを続けていられるような、落ちもの系のパズルゲームが好きだ。これも飛ぶように時間が過ぎてくれる。時しか解決する方法を持たない問題を抱えている時は、睡眠+ゲームを繰り返すのが効果的である。
 人が自殺をするのは、死にたいからするのではない、と思う時がある。彼らは思考を止めたいのだ。自殺はその最終手段ではないか。それほど、考えたくないにもかかわらず考えてしまう思考は厄介で、時に過剰に持て余してしまうシロモノなのだ。死にたい人に勧める。睡眠取ってゲームをしなさい。そんな暇などないと言うならば、だから死ぬ羽目になるのだ、カプセルホテルに閉じこもって数日間睡眠とゲームを貪ればいい。
 ところで睡眠+ゲームと言うこうした私の一連の現実逃避行為のなかで、不思議と悪夢は訪れない。それだけ寝れば悪夢にでもうなされそうなものだが、悪夢と言うものはどうも現実と向き合っている状態の時しか見ないようだ。決まって、幸福な時の思い出や懐かしい友、それらの暖かい記憶が願望となって、雪崩れのように展開されるのだった。
 昨日も懐かしい人が出てきた。
 私のことを大好きだと言ってくれた知人である。この友は私のことを「○○ちゃんだから大好き!」と言いながら、私がどんな目に合っていようとまるで見てみぬふりをして、無関係を装っているのだった。そうしてふたりで喋る時だけはやはり「大好き!」とのたまうのだった。
 彼なりの(私への)応援歌だったのかもしれない。しかしそのうち私は、彼が他の人と同じように私を嫌っていて、でも私に悪く思われたくないから好きだと嘘をついているのだと確信した。好きと言われれば言われるほど、人間不信に陥っていくと言うめずらしい体験をしたわけだった。
 この件、その後どうなったかと言うと、私も相手に同じことをしたのである。彼が私をチクっていると知れば、私も彼をチクることにした。心のうちで嫌悪感と不信感を抱きながら「大好き!」と公言した。普段はこのようなことはしない。自分が人にされていやなことは故意的には他人にしないよう心がけているのだった。しかし、この友人は特別だった。私のことを嫌っている人は嫌いとあからさまな態度をしたものだが、彼は好きだと言うのだ。信じたくて、でも信じられないと言う悩みはうざったく、またもしも彼が確信犯ならそこまで自分の汚さを許し、受け入れている人のことだ、私の汚さも許し、受け入れてくれるだろうと思ったのだ。
 私はその友人を信頼することにした。
 彼と同じように裏表のある汚い態度をとることは、彼の汚さを許し、受け入れて、彼に対して敬意を払う行為のように思えたのだった。
 私たちはお互い大好きと言いながら裏切り合った。
 それを信頼関係と呼ぶにはあまりにもお互い傷ついたような気もするが、それでも私の人生のなかで、公然とそれをできたと言うことの体験は貴重だろう。
 
 思考を止めた私は今日も夢の中を泳いでいる。
 人は悪いことばかり考えていても、記憶から抹殺した人間のことだけは夢にも見ないし、思い出さない。
 悪く考える対象になるということは、まだその人たちのことを忘れてはいない、ましてや本当に嫌いではなく、好きだと言う証であるのかもしれない。
 
 

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2007年11月21日

悪意も才能も持たない私のポジティブシンキングについて

 
行きつけの某blogで紹介されていた「その才能を国のため」?誰に向かって口聞いてるんだ!と言う記事を読んだ。
思わず感嘆した。
 
ホホゥー 何と言うポジティブシンキングなのだ!と。
 
誹謗中傷の温床のようにも見えていた2ちゃんねるだが、そのカオス渦巻く膨大なエネルギーを解放させ、重い犯罪性もなしに「世間を騒がせる程度で済ま」せ、また居場所を与えられた人々にとっては、その資質を才能として開花させるための現代の無償寺子屋のような存在とさえなっているのかもしれない。
私は2ちゃんねるへの見解を深く反省し、次の休日は「2ちゃんねるはなぜ潰れないのか?」(西村博之著)を買いに行こうと心に決めたのだった・・
 
で、せっかく感動したので、このポジティブシンキングを自分にも当てはめてみようと思う。
今まで自分が悪と感じていたことの発想を変えてみる。
まず、私の悪の原点は『煙草』なのだが、これももし煙草を吸っていなかったら「その程度では済まなかった」だろうと思われる。
そうだ、きっとタイマかカクセイザイでも手を出して、禁断症状を起して妄想に輪をかけて、失恋した男の一人や二人は殺していたかもしれないではないか。
家族には多大なる迷惑をかけ、被害者遺族には深い傷を残し、また失恋女が男を惨殺したと言うニュースは流行り物の好きな日本人に真似されて、同じ事件を繰り返すという例の流行りの現象と化していたかもしれぬ。世の中は女を振った男がいなくなるほどいい男と言ういい男はこの世から抹殺され、良き遺伝子が消えていたかもしれぬ。
ああ・・煙草を吸っていて良かった・・
おまけに煙草を吸わない人には優越感を与え、煙草を吸う女はもてないから当然恋のレースでは敗北し、ライバルに譲り、JTには多大な利益を生み出させ、それがすべて自分の肺を痛めてのことなのだから、なんという利他的な行為だろうか。すべて自分の(嗜好の)ためとはいえ、立派に人々のため、国益のためになっているのだった。
きっと他人が後付けしてくれることだろう。
これで安心した。私は種も残さず、安心して死んでいくのだ。
ところで、子供はどうだろうか。
私に子供がいないのも立派な悪だ。少子化に貢献してしまっているではないか!だめだだめだ。遺伝子を残していない!これはさすがに国のためとは後付け出来ない。
しかし、私の『子供』だ。良く考えてみると、想像がつきそうなものだ。きっと私の子供なら私同様社会不適応者だろう。一生働かない引きこもりやニートにだってなるかもしれない。国の税金で暮らすようになったり、または犯罪だって起こしかねない。その可能性は0%とは言えないのだった。もし50%以上あると思えるならば(きっとある!)、これは立派に国に貢献しているのだ。ヤバイ人材を輩出しなかっただけで、国から感謝状がもらえそうだ。立派にお国のためと言う後付けをしてもらえることだろう。
さて、最後の悪は『飽きっぽい性格』だ。熱しやすく醒めやすいので、周りには多大な迷惑をかけてきた。
しかし、待てよ、これも私のことだ。のめり込んだらとことん、地獄の底まで追求し、ゴッホのように周りの人の人生を犠牲にしてまで自分の使命としての仕事をやり遂げていたに違いないのだ。
日本にたくさんのテオを作りだしてしまったことだろう。
ああ、考えただけで恐ろしい。
私の飽きっぽさだって、立派に世のため人のためになっていたのだ!
 
私はため息を吐く。
グレート・・
必要以上の悪を成さないことは、必要とされる善を成すこと以上に才能の賜物であるならば。
私だって立派な天才である。
しかし、本家とくらべると「国のため」レベルが妙にセコイ。問題はそこだけだ。
 
今日はいい夢が見れそうである。 
  


2007年11月20日

今日の一句?

 
 
光と闇が揃えば完璧な画が描けるというのに
 
闇しかもてないものは闇を嫌う
 
 
 

2007年11月19日

冬花

さざんかさざんか 咲いている
  たき火だたき火だ 落葉たき
 
駅から自宅までの道のりに山茶花(さざんか)の花がたくさん咲いています。
秋から冬にかけての花ですが、昔の童謡「たき火」の歌詞を思い出し、北風を連想させられる花なのです。
特に白色の山茶花は冬に良く似合います。
  

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ちょっと椿に似ていますね。
一輪飛び出して咲いている山茶花がありました。
空に向って咲くようにと、写真の向きを変えてあげました。
  

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そろそろ冬本番ですね。

年の瀬も近づいています。
何と言うこともなく、ふと寂しく感じられ、人恋しくなる時期なのです。
 
 
 
 

『ETV特集 ケータイ小説@2007.jp 藤原新也・若者たちへのまなざし』を見て

 
魚は異なる海の層を泳いでいる。
その棚が違う魚たちは、交わることはないそうだ。
今の若者たちもそうではないかと、写真家、作家の藤原新也さんは言う。写真を通して現代の若者と関わる彼は、今彼らのあいだで人気のあるケータイ小説を読んでその思いを強めたらしい。
彼らは形成された社会の僕らと棚が違うと。
 
若者と言うのはダイヤの原石だ。
古くは芸者や舞妓、就職等の青田買い、現代でもジャニーズに代表されるような芸能界のアイドル、今まではその原石の市場は大人が独占して握っていた。
大人と言うと語弊があるかもしれないが、(誰でも自分の中にインナーチャイルドを抱えているからだ)ある一定の年齢に達した人々が手にせねばならない義務と権利であるところの社会的な立ち位置とその性質が形成する世界のことだと思って欲しい。
それら既成の社会には必ず規格があり、売人に渡った原石は規格に適応することで一人前と認められてきた。
適応するためには若者に努力と犠牲を強いるのが常だった。
規格外と判断されれば当然のごとく排除される。
排除されたダイヤは磨かれる前に永久にチャンスを失って、多くは道端の石ころとなっていくのだ。
ところがこの特番を見て思ったのは、現代の若者たちはそういった既成の社会と大人の価値観を拒否していると言うことだ。私が若い頃は規格から外れれば駄目だと自分を責めた。どうにか合うように努力しようと躍起になった。ところが、彼らは排除されたからでもなく、選ばれることも、認められることも、はじめから否定している。そんなことなど望んでいないかのようだ。
そうして、自分たちだけの棚を悠々と泳ぎ、そのなかで城を建てる。
そこは既成の社会は排除されているのだ。
 
若者は彼らだけでベストセラーを作り上げる。
現在は既成の社会が若者の価値観に迎合し、ビジネスに利用させていただくと言う形で解決を見せているが、この先、この棚の違いはますます明確化すると思われる。初音ミク騒動の時も思ったが、私が既成の社会と呼んでいるところの現在日本を形成する母体となっている社会と、それに属さない層は明らかに分断され始めていて、この先価値観の相違は更に進んでいくだろう。
藤原さんは彼らが愛情に飢えた避難民だとまとめた。
大人とは遠いところで、自分たちだけで傷を癒しているようだと。
確かにそれは事実なのだろう。彼らは充分傷ついた。
しかし、私は美しくまとめすぎではないかと思う。
 
これは復讐ではないか。
時代からの。
今まで個を軽んじられ続けた原石は、ダイヤになることを拒んで、石ころのままの姿で私たちに報復を始めたのだ。
 
 
 
 

2007年11月18日

小栗旬と香椎由宇 熱愛?!

        
 
             小栗君 
 
 
最近一番ショックだったニュースです。。
 
小栗君オフィシャルウェブサイト http://www.ogurishun.net/index.html
 
 
 

2007年11月17日

意味のないことの時にカッコ良さ

 

『無益な夏休み』 (2007年08月04日)

思い出すのは子供の頃の夏休み。
ラジオ体操から戻った私は二度寝をする。
そこで会った友達と、遊びに出かけたりはしないのだ。

起きるとボーっとする。
家の中でごろごろして、退屈を感じると漫画を描く。
飽きると漫画を読む。
それも飽きるとテレビを見て、母が作ったおやつを食べる。
外では蝉が鳴いていた。
せわしなく―


思い出の中の光景に、母も、姉も、ましてや父の姿もない。
昼間中、そんな風にひとりでのんびりと過ごしていた。

なのに、思い出すのはその変わらぬ夏休みの一日の、無益な穏やかさ。

のちに愛する人と出逢うまで。
私の裡の「完全な幸福」としての、一番初めの変わらぬ記憶。

 
 
☆☆☆☆☆☆☆
 
 
どうも昔から無益なものが好きだ。
無意味とも言う。
あまりにも有益性のない、役に立たないシロモノを見つけると、その意図のなさに笑ってしまう。
 
        RIMG0087
 
特に芸術とはまったく無縁の実用性のみで存在するもの、存在理由が実用性だけであるくせにまったく役に立たないものを見かけると、ウケる。
つい先日大笑いしたのは鞄だった。
フランス製のそれは軍服を再生して作られていた。
オシャレなのだ。
なおかつ、女性用の鞄なのでもちろん小物を入れるポケットがいくつかある。
実用性だってありますよ、的なことを代官山のショップの店員は確か言った筈だ。
なのにポケットは軍服の胸部分のポケットを利用していて、ジッパーを開けると物入れの袋がないのだった。
首を捻ってよく見ると、軍服を逆さにして鞄を作ったので、袋も逆向きになっている。物は上に入れるようになっているのだ。
もちろんジッパーを閉めれば物は入る、が、開けたらぼろんと落ちてしまう。内ポケットはない。その鞄表のポケットがすべてなので、よほど気をつけて使用しなければならない。
果たしてこれって、実用性があるのだろうか?使えないもおんなじじゃん・・
(女性用の鞄でポケットがないということは、使えないに等しいのだ)
そう思ったとたん、買うと決めた。
軍服の鞄は布製のクセに目玉が飛び出るくらい高かったが(私のLouisVuittonより高くFENDIと同じくらいだった)、そんなことは気にしない。
だって、なんでこの胸ポケットを鞄のポケットにしようと思いついたのかと思ったら、それが合うからに他ならない。
まったく実用性のない鞄は、使えないポケットのジッパーがアクセントとなって、とてもイカしていたのだ。
フランス人は無駄なものを作る。
無駄でもカッコよきゃいいんだ、あいつらは。
笑いが止まらなかった。
その無益さに敬服して即購入したのだが、意外だったのは店員が意外そうな顔をしていたことだ。
さすがに代官山の店員だって、無駄なオシャレだとわかっていたのだろう。
意味がねー、と軽口くらいはたたいていたかもしれない。
 
 
 
 

欲しかった手袋

 
冬になると思い出すのは手袋のことだ。
黒い、ありきたりな、片方だけの手袋。
男物だった。
 
 
男が送ってくれたのは口実だった。
私はヘッドライトが照らす道だけを見つめて、不機嫌さを押し殺していた。
当たり障りのない会話が続き、彼は優しかった。ことさら。
内容の乏しさは、カーラジオから流れるAM放送が救ってくれる。
 
私たちは共犯関係を結んだ帰り道だった。
 
優しさは、馴れ合いになることを恐れた、よそよそしさだと理解していた。
一片の卑屈さも哀しみもなく悟っていたのに、そんな私を無視するかのように伝わってくるのは、男の慎重さだった。
言葉とはうらはらの冷静さが、私に圧迫感を与え始めた。
私と彼が夜のドライブをしているのは、ただ、口止めの意味だけであると言うかのような。
その周到さが私を傷つけた。
私は男に憎しみを感じたのだった。
 
「その先のコンビニの前でいいです」
耐え切れず、マンションの傍まで来て私は断ち切るように言う。
ちらりと男の顔を盗み見たが、口元の笑みは変わらなかった。
別れの挨拶をして車を降りて、暫くしてから気がついた。
男は手袋を忘れていた。
片方だけ。
 
車は去った。
それを確認してから、私はコンビニの中から駐車場に戻りアスファルトの上の手袋を拾い上げる。
男には言わなかった。
次に会ったとき、たとえ彼が別の手袋をしていなかったとしても。
 
 
今も片方だけ、本棚の上にある。
まるで宝物のようにそっと。
置き去りにされたままだ。
 
 
 
 

2007年11月15日

Canonも我が家にやってきた。

 
唐突ですが、デジカメ買いました。
夢にまで見た一眼レフです。
 
 
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でもこれって結構重いんですよね。
おまけに小柄な私が首からcanonぶら下げてたら、田舎者かオヤジにしか見えません。
ここはさっと絶景スポットへドライブし、三脚なんぞを取り出して、バシャバシャとカッコ良く撮りたいものですが、残念ながら車を所有しておりません。
カメラぶら下げて出かけるしかないんだろうなぁ・・
一応おまけとしてカメラバッグがついていたのですが、これがショルダー型でまたイマイチなのです。
リュックの可愛いカメラバッグを買わないとなぁ・・・
重なる出費にため息をつきながらも、休日を心待ちにする私です。
ウキウキ・・・
 
 
 
 

2007年11月14日

むしろ依存は愛だと言おう

 
『依存症』と言う病名が悪いのだと思う。
私にはほぼ友人と呼べる人間がいなく、人を頼りにすることも稀なのだが、いつも苦痛をもって教えられる。
人は何かに依存して生きていく動物なのだと。
もしそれは嘘だと言う人がいたならば、考えてみて欲しい。
親や仲間や友人と言う名の他人、客と言う名の見知らぬ人々、社会の中の組織、国と言う名の共同体、それらにまったく依存しないで生きているかと。
人はひとりで死んでいけるが、決してひとりでは生きていけない。
必ず何かしらに依存して生きていく仕様に出来ている。
依存を弱さや悪のように言う人々や本があるが、頭がおかしいんじゃないかと思う。
私が生きてきた中で、依存して失敗した人は見たことがない。
度を越して身を滅ぼすのは、依存ではなくて執着だ。
何かに執着しすぎた時、人は自分を見失う。
 
相互依存は互いを滅ぼすことは決してない。
むしろ誰かや何かに依存してない時の私は、悪だとさえ思う。
 
 
 

2007年11月12日

さそり座の両親と他人と言う家族について

 
父と母の誕生日は11月、ふたりともさそり座なのだった。
美川憲一の「さそり座の女」を例に出すまでもなく、どこか陰湿でねちっこそうなかの星座。自分の両親が揃いも揃ってその星回りのもとに生まれついたと言うのはただの偶然だとしても、何となく奇妙な事実に感じられる。きっと若き日の彼らは、「地獄の果てまでついて行く」、「思いこんだら、いのち、いのち、いのちがけよ」的な、さぞ情熱的な恋愛をしたことだろう。
で、さそり座ふたり組みが誕生日なので、プレゼントかわりに『ALWAYS 続・三丁目の夕日』のチケットをプレゼントした。
実際には、もし見に行けるようだったらふたりで行ってきなよとチケット代をあげたのだが、それでは味気ないのでチケットをあげたと言うことにさせていただく。
するとさすがなんでも命がけのさそり座、好意を踏みにじることもなく、ふたりで見に行ってくれたようだ。
さっそくその感想を聞いてみた。
「うん、面白かったよ」
愛想はいいのだが、どこかそっけない。やはり私同様、子役の須賀健太君(吉行淳之介役)が育っていたので驚いたらしい。前作の時より18センチも身長が伸びたそうだ、4ヵ月後と言う設定はやはり無理がある。
 
前作の一番の感動ポイントは何と言っても須賀君の演技だった。
本物の父親を振り切って吉岡秀隆(茶川竜之介役)のもとへ戻ってくるシーン。小さな少年は、お金など要らない、血の繋がりなど欲しない、と言わんばかりに吉岡にしがみ付く。振り払われても、振り払われても、首を振り、必死ですがるのだ。いじらしくて泣けた。
ところが、それが今回では声変わりをしている最中だ。立派な青年になっている。いじらしさも感動も半減するだろう。
だが、総合的に見たら、いい映画だと感じてくれたようだ。楽しんでもらったようだった。
ヨカッタ、ヨカッタ。
 
ALWAYS・三丁目の夕日、この続編の最大の見所はどこだったのだろう。
あの日本アカデミー賞13部門の内12部門で最優秀賞を獲得した前作の続編をわざわざ作ったのだから、それ相応の感動的な見所があってしかるべきだ。
数日前にも感想文を書かせていただいたばかりだが、ネタバレを恐れてストーリーに関しては何も触れなかった。
(このあとは近々見る予定のない人だけ読んでください)
この映画のテーマは、前作と今作通して、『家族』だ。家だけの家族ではなく、町や人々の共同体としての家族の暖かさを描いている。
ただ前作ではその家族の触れあいを情緒的に描くに留まったが、今作は違う。
私は一番の見所は、『戦い』だと思う。
甲斐性がなく、だめだめの主人公(吉岡秀隆)が、自分の壁を乗り越えて、限界を打ち破り、家族を得るために必死で戦う姿が感動的なのだ。だめなりに。
 
ラストの台詞が何とも言えない。
「今日の夕日は綺麗だなぁ」
「なんで綺麗だか知ってる?それは三人で見ているからだよ」
赤の他人の父と母と子は笑いあうのだった。
 
晩婚化、少子化、核家族化等が進み、家庭を持つことが困難な現代の私たちには、共感する点が多いのではないか。
暖かい『家族』を得るために、今私たちは戦う必要があるだろう。
現代人を自負する若い人々にこそ、ぜひ見てほしい映画だ。
 
 
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2007年11月11日

連れて行って

 
『夢はひとつでいい』 (2007年06月26日)
 
幼少の時分から学校を卒業するまで、私のなりたい職業は「先生」だった。
なのに、小学校の卒業アルバムには、「将来の夢・女優」と書いている。
卒業後、家庭の事情で浪人することが出来なかった私は、とらば~ゆをみて就職した。当時発行したばかりで有名だったこの求人誌のお世話になった新卒の学生は、私くらいだろう。
20代の失業時代、宅地建物取引主任者の資格を取れと父に言われて勉強してみた。
すぐに飽きて小説を書き始めた。
(これはさすがに下手すぎて、職業にしようとは思わなかったが)
30代の頃、結婚する気もない恋人に疲れ果て、ならば手に職就けようと第二種情報処理技術者と司法書士の勉強にいそしむ。
元来、好きでもないので、すぐに飽きた。
天職だといって、ホームヘルパーになる。
その後、また失業して、家から自転車で10分の青果工場でオペレーターのアルバイトをしていたときに、デコちゃんと出会った。
彼女と出会ってから、私は「何かを目指す」ことを一切やめたのだった。

デコちゃんはバツイチの子持ちだった。
40代だが美人で、誰にでも私にも分け隔てなく優しい人だった。
バイト先で出会ってすぐに、彼女は青果工場をやめる。
喫茶店を経営するのだと言う。
「自分の喫茶店を持つのが長年の夢だったの」
デコちゃんはうっとりして言った。
バイト仲間は誰もデコちゃんのお店に行かなかった。なぜかはわからなかったが、私は暇だったので、呼ばれるたびに客になった。
オリジナルの豆で引いたコーヒーと彼女が作るピラフやオムライスを食べて、2時間くらいカウンターで粘っていた。
3ヶ月も経った頃、デコちゃんは店をたたむ。
「バカな客ばかりで、心身ともに疲れた・・・」
げっそりと痩せていた。
デコちゃんの長年の夢を応援していたつもりだったから、この突然の廃業にはショックもあったが、致し方ないのだろう、そう思った。
それから彼女と会うことは二度となかった。1ヶ月か2ヶ月に一度はメールのやり取りをしていた。
そのたびに彼女は夢を語った。
「絵本作家になろうかと思ってるの」
「今、紙細工の人形を市の展覧会に出して・・」
「着付けを始めたの」
「バレエを・・」
その道のスペシャリストを目指すらしく、熱心に語る。さも子供の頃からの夢だったかのように、うっとりと。1ヶ月前に他の夢を語ったことはすっかり忘れている。
新たな目標が5個目を過ぎた頃、私は警戒し始めた。
「素敵な夢だね、がんばってね」と言う励ましも口先だけのおざなりになって来る。
あまりにも頻繁に変わりすぎる、さすがにちょっと「おかしい」と思い始めたのである。

そうして自分を省みた。
ああ頻繁ではないにせよ、長年の私を知っている人がいて、たとえば神のような見守っている誰かがいたとして、彼らは私をどう思っているのか。
手に取るように、察したのだった。
『ちょっと情緒不安定で、頭がイカレてるんじゃないか』

デコちゃんは誰にでも、私にも、本当に優しかった。
だけど、私はそれから何かの職業を目指さない。
もしも、休憩室で、彼女の夢の話につられてつい身を乗り出した私を彼女が避けなければ。
無意識に。まるで汚いものでも避けるかのように。
あの一瞬の刹那がなければ、それさえ思い出さなければ、今でも私は彼女のことを応援していたかもしれない。
自分も省みず、イカレているとも夢にも思わず。
彼女が私をどう思っていたのか。
それもそのとき、同時に察したのだった。
 
 
 
☆☆☆☆☆☆☆
 
 
 
そう言えば、通関士と言うものあった。
それと、これは私だけではないだろうが、言わずもがなお決まりの英会話。
市民ケーンで有名なオーソン・ウェルズが当時雑誌の広告を賑わしていた、「聴くだけでペラペラに!」と言う触れ込みの教材、『家出のドリッピー』。
通関士はいつものようにすぐ飽きて、英会話はまったくペラペラにはならなかったが、それとは関係なく、シドニーシェルダンの奥方が書いたと言うこの物語は教材らしからず良く出来た物語だった。私はほろりと泣かされたものだ。
これらの教材に注ぎ込んだお金の総合計を算出したら、いったいいくらになるのだろう。
働けど働けど我が暮らし楽にならず、働けど働けど私のローンがまだまだ存在するのも、この性格のお陰なのだ。
しかし、悪いことばかりではない。
過去の軽薄さを贖うために、痛すぎる程の代償を払った。
お金ならば、まだマシだったのだ。
 
神は私をこの地に縛り付ける。
罰と言う借金を背負った私は、もうふらつけない。
あまりにも背中の十字架が重いので、寄り道もせず、わき目もふらず、一直線に向っていくのだ。
 
 
 
  R0011664②
 

2007年11月8日

耀く季節

 
 
 東京タワー 
                                               
 
東京タワーのクリスマスイルミネーションが始まりました。
また、12月1日からはクリスマスライトダウンストーリーも始まりまるそうです。
(『毎晩20時ちょうどに東京タワーのライトを消灯し、フラッシュライトや大展望台のハート型ライトを用いて約30分間にわたり、音と光のライトダウンショーを展開』する企画http://www.tokyotower.co.jp/333/07_secret/index_05.html
 
街が耀き始める季節です。
楽しみですね。
 
 
  R0011675②
 

小沢ショックだって? 民主党小沢代表続投表明会見を見て~

 
さて、政治ネタです。
民主党の小沢さん、辞意表明を翻して、元サヤに収まっちゃいましたね。
元カレとの不倫を疑われ、ちょっと旦那にイヤミを言われたら、すねて実家に帰ってしまった古女房のようでしたね。実は元カレに未練たらたらの癖に「粉をかけたのはあっち、私は潔白なのよ!」と大騒ぎするかのような今日(7日)の記者会見はなかなか見ごたえがありました。
そもそも大連立の話が持ち上がったとき、私は小沢さんがハメられたと感じたものです。
参議院議員の過半数を民主に取られ、圧倒的に与党としては弱い状況に置かれている自民党からしたら、大連立の話を持ちかけて、民主党の内部をゆさぶり、または国民に「民主=アンチ自民」ではない、と言うことを悟らせるだけでかなりの効果があったはず。切り札をあっさり使ったのも、内部分裂を誘い、国民へ「何だ、自民と変わらんじゃん」という不信感を植え付けるだけで充分次期選挙の勝算が見込めたのではないかと思ったわけです。
ところが小沢さん、まんまと大騒ぎしちゃった。
予想外だったのは、その大騒ぎが半端じゃなくなってきちゃった。
鳩山さんが疲れた顔で(小沢さん続投に向けて党内の調整を進めている旨を)切々と訴える様と、福田さんのこわばった顔と逃げるような様を見て、これは小沢さんのほうが一枚上手だったか?と思い直してしまいました。なにせ、小沢さんはたとえハメられたとしてどちらに転ぼうにせよ、自民が大連立せねばならない参議院第一政党の野党と言う立場と、新党を作って自民と連立を組み民主と手を切ると言う有利なカードをまだ手にしているのですから。
問題は小沢さんがどうしたいのかです。彼は政治家としてどうしたいのか。二大政党制を目的としているならば、どういう方向性でそれを実現するのか。
私は彼がどう結末をつけるのか、うきうきしていたのでした。国民不在のお家騒動などと言われていますが、何を言いましょうか、けっこう国民も楽しんでいたのではないかと思います。
で、ついに今夜の続行表明の記者会見です。
いや、びっくりしました。
小沢さん、なんと切り札のカードを両方放り出しちゃった。
大連立はしない、(衆議院)選挙で頑張る、新党を作るわけではない。
今後はどうするかはわかりませんが、とりあえず何の条件も出さず、引き止められたことだけに感激して、あっさり実家に迎えに来た亭主と一緒に帰ってしまった、と言う結末でした。さすがに開いた口が塞がりません。実家に帰るほど亭主に愛想を尽かしていたなら、もう一度家族のために耐えてやり直すにしたって、「これからはこうしてね」と条件の1個や2個くらいはつけるのが人情だと思われるのですが・・
小沢さん・・ 
あんた、もしかして、馬鹿?
 
いつも何かを企んでいるように思えてならない「剛腕・小沢」さんが、もしかしたら本当に、ただの単純馬鹿なんじゃないか、と思えた一瞬でした。
この小沢ショック、民主党内に不信と疑心暗鬼の芽を残し、『小沢氏の求心力低下は必至。同氏は連立への方途を依然捨てていないとの見方もあり、路線問題を内包した民主党の結束維持と態勢立て直しは容易ではない(11/07-21:49 時事通信社)』 などとも言われていますが、私的には逆に良かったんじゃないの?とも思えてしまいます。
もともと民主はアンチ自民意外には何の一貫性もないようなバラバラの集団、それが今回の件で異常なほど結束を固めたように見えてなりません。疲れた顔で必死に小沢引止めに頑張った鳩山さんも好感度があがりましたし(この人、どうみてもバカ殿のイメージだったんですが、今回の件でバカ殿を必死で諭す忠実で真摯な侍と言った好意的な印象に変わりました)、また何より小沢さんは、これほどの話題になる程の「大人物」だった、と言うことに初めて気付かされました。小沢さんが今後の日本の政治におけるキーマンとはまったく思えないのですが、もしかしてそうだったのかしら、と思われえ来て、驚きを隠せません。
次の選挙、逆に自民のほうがやばいんじゃないか・・・真面目にそんな懸念を抱いておりますが、どうでしょうかね?
小沢さんが突然持病で倒れ、ぽっくり逝かないことを願ってやみません。
自民党の今後と、小沢さんの身に、切実な危機を感じさせられた今日でした。
 
 
                         ozawa2
 

2007年11月3日

夕日が目に染みる ~ALWAYS 続・三丁目の夕日感想文~

 
昨夜に引き続き、三丁目の美しい夕日を見た。
続編が公開されたのである。
結論から言うと、素晴らしい。またしてもたっぷりと泣かされた。前作を上回るほどの、これでもかと言わんばかりの感動の噴射攻撃だ。劇場内はノックダウンされた観客の啜り泣きが響いていた。
しかし、ふたつほど、気になる点があった。
ひとつめは今作のターゲットを中高年と老年に絞った点だ。
前作は世代を超えた大勢の人々に感動を与えた、そこが素晴らしい功績だったと認識していた。もちろんその路線は引き継ぎながらも、明らかに違う。
くどいのだ。
昭和34年―、当時の生活情景、当時流行っていたもののみならず、その時代背景を知っている人にしか理解し得ない感情まで、体験者に郷愁を促す類のエピソードが多すぎる。
前作のように物語全体を通して、昭和の良さを人々に伝える、というレベルを超えている。共感を呼び覚まさせようと意図する挿話がくどすぎて、逆に物語りそのものの良さを損なってしまっていた。
まぁ、劇場内を見回せば初日だと言うのに若者はほとんどいない。中高年の夫婦と親子ばかりである。致し方ない方針なのかもしれないが、残念だった。
ふたつめは、これは一番の山場なのだが、「ブンガク」と呼ばれる主人公茶川(吉岡秀隆)の小説を読み上げるシーンがある。もちろん純文学なのだが、この芥川賞最終選考に選ばれる作品があまりにも稚拙だった。私は大泣きをしながら物語の世界観に没頭していた最中だったが、この読み上げられた純文学を聴いてずっこけそうになった。これで芥川賞が取れるなら私もいけるかもしれない、と妙なカンチガイをしたほどである。
たぶん今までステレオタイプの純文学ばかりを書いていたカタブツが、三丁目の人々の絆と真実の愛を知り、純文学を超えた、人間味溢れる、温かい物語を書いたと言う設定なのだろうが、それにしてもどうも説得力がない。登場人物が「純青」と言う文学誌を愛しそうに手にするたびに、どんな物語なのだろう!と心ときめかせていたのだが、お陰で最高の山場でしらけてしまった。ブンガクが一世一代の賭けに出た作品だ、もう少し現実味のある文章にして欲しかった。
 
 
                     ブンガク 
 
 
その2点を除けば、言うことはない。名作だと思った。
特に、日本を見直すにはいい機会となる作品ではないか。大連立だの世間は何かと騒がしく、政治不信から日本に対する失望も見え隠れする現代だが、この物語の舞台はなんと50年も昔ではない。日本は戦後僅か11年でこの映画の時代を作り上げ、更にそこから50年足らずで今を築き上げたのだ。その現実にあらためて驚かされ、その功績の偉大さを実感させられるのだった。物語に出てくる六子(堀北真希)が同郷の青年を叱りつけるシーンがある。喧嘩をして集団就職先を辞め、今は詐欺まがいの仕事をする男に一生懸命真面目に働くことの尊さを訴える。「一生懸命働いていれば、きっといいことがある」と彼女は言うのだ。日本人はその言葉を笑い飛ばすこともなく、みなそうやって日々懸命に働いてきたのだろう。失われたものの代償は大きかったが、しかしその勤勉さと真摯さはどの国にも引けをとらないと私は思う。
そして何と言っても圧巻なのは、脇を固める鈴木オートの主人(堤真一)とその妻ヒロエ(薬師丸ひろ子)の存在だ。
強い父と、優しい母。当時を知らない世代にも、この永遠の理想郷としての父親像と母親像には思わず心を打たれるだろう。失われたものの象徴であればあるほど、その笑顔が心に沁みる。
 
 
 
                     鈴木家