2007年4月30日

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2007年4月7日

私信の対象を変える ~飛躍?(←するかしら?)に向けての休業~

 
 
いつもブログを読んでくださっている皆様、どうもありがとうございます。
 
このブログは特定の方々に宛てる私信のような形でスタートいたしました。
 
ずいぶんたわ言ばかりを書き綴ってまいりました。
 
最近、この私信の対象が変わりつつあります。
 
いや、すでに変わっていて、本来の意味さえ変わってきているその中で、
 
自分なりの私信を書き綴っていく意味が見出せない状態です。
 
私の中で過渡期に入っているのだと思います。
 
ここで書くのはしばらくお休みいたします。
 
別の場所、またはいつかまたここで再開できる日もあるかと思います。
 
(いや、三日後にはまた書いていたりして、笑)
 
その時は、皆様、またたわ言を読んでやってくださいね。
 
では、また。
 
また会う日まで、しばしお別れです。
 
ありがとうございました。
 
 
                                                    
                                                                今年最期の桜 ←もみじじゃないですよ!笑  きゃームンクの叫び状態です!
 
 

輝く瞳で誰かを見つめていますか?

 
 
人に何かを伝えると言うことは、時に生きる力になる。
 
恋もそれに似ている。
未知の恋の対象に自分をよりよく伝えることで、使い古された老いぼれの私は、美しく蘇るのだった。
それはなんと心弾む作業であることか。
私を見つめる、彼の輝く瞳の中で再生した私は、歓喜に満ちてこう囁く。
 
「愛しているわ」
 
極論を言えばナルシズムである。
 
しかし、絶世の美女でもない限り、外見だけでは相手の瞳の中の自分は輝かない。
輝くには、それなりの愛が必要だ。
その「それなりの愛」の代償は、ナルシズムよりも大きいことがほとんどなのである。
 
私は人に何かを伝えると言うこの恋にも似た作業が好きだ。
 
しかし、思う。
 
私にはもう伝えるべきことがないのだった。
 
私は知ってしまった。
伝えても、伝わらないことの哀しさ。
伝えなくても、伝わっていることの喜び。
そうして、それらの空しさ。
 
すべては終わった。
 
こうして、失われていく私がここで生き続けていく道はひとつしかなく。
 
伝えたいことと、伝わること、その伝言ゲームの際に生じる溝をなくしていくことだろう。
両者の誤差を限りなく縮めていき、そのための手法とスタイルを増やしていくことだ。
 
まるで、全知全能の神が言うように。
 
答えがひとつであることを、伝え続けていくだけだ。
根気強く。
 
 

2007年4月1日

黒猫のお嫁さん

 
 
昨夜は姪っ子の姉妹が我が家に泊まりに来ました。春休みだから、前からの約束だったのです。
姉妹のママ(私の姉)もやってきて、みんなでTV見たりお喋りしたり、お風呂に入って、あと夜食に焼き芋を食べました、笑
ママが帰ったあと、雨の中コンビニまでお出かけ、風が強くて傘がおちょこになって壊れてキャーキャー言って、布団の中では「面白い話」を披露しあってわいわいがやがや、なんだかいつもと違って騒がしい一夜でした。
翌朝はママが迎えに来ました。子供たち、やっぱりママがいないと寂しいみたい、しきりに電話したがります。
 
    
みんなで食べた焼き芋、ちょっと買いすぎた・・・  翌朝、実家へと向かう道。  その途中にある学校の桜さん
 
ママに私のマンション方向まで迎えに来てもらって、4人で(ママが泊まった)実家へと戻ります。
一夜ぶりにママに会えて上の子も下の子も嬉しそうでした。迎えに来たママを道の先に発見したときは、「ママー!」と叫んで走り出し。
昨夜はさんざん私と仲良しだったのに、やっぱり実の母親にはまったく及びません。ちょっぴり寂しく思いつつも、子供たちの様が微笑ましく、ついつい口元が緩んでしまいました。
で、今度は実家で私の母と合流して、(私も「ママー!」と言って抱きつきましたよ!←嘘) 今度は5人でお散歩です。
この姪っ子の姉妹たち、私が最近大事にして可愛がっている黒猫のぬいぐるみをとっても気に入ったようでした。
「欲しい欲しい」と聞きません、「もう売ってないよ」というおばぁちゃんの忠告も尻目に、黒猫が売っていた隣町へお出かけです。
 
   
散歩途中のお花屋、店先に猫がちょっこり座っていました。↑猫、呼びかけたらそっぽ向かれてしまった・・・ ミニバラが綺麗でした。
 
 
で、お目当ての猫の人形は・・・
買ったのは去年の話なので、もうとっくに売切れていると思ったのですが、さすが田舎町、あったのですよ、まだまだこれがたくさん。
そうして新作も入荷したようで、以前より明るい色合いの猫さんも混じっているのでした。子供たち大喜びで選び始めます。
 
   
黒猫を買った婦人雑貨屋さん、中に入ると・・・ちりめん子猫の山が! 姪っ子たちが買ったピンクの子猫。手袋にすっぽり。
 
結局、ふたり仲良くピンクの子猫を買いました。
微妙にちりめんの柄と表情が違うんですけど、ほとんどおんなじ顔、双子みたいで可愛い!
この姪っ子の猫たち、私の黒猫(オス)のお嫁さんになりたいそうです。私の黒猫は大モテでした。
もともとは、ちりめんの黒猫は母が選んだものでした。白猫は姉に、黒猫は私に。母の好みだから、だからとってもレトロなんです。
その猫の人形を子供たちがこんなに気に入るとは私もびっくりでした。
もちろん高い代物でもありません。一個何百円かそこいらです。
そんなふうに驚くのも、子供たちは最近、以前のようにスーパーや100円ショップで何かを買ってあげても以前のようにはそう喜ばず、洋服もデパートのブランド物を好むようになっていて、なんとなく「大きくなったんだな・・」と言う寂しい気持ちがあったのです。私がもし、明日失業して、もし、お金がなくなったら、きっと私のこともあんまり相手にしてくれなくなっちゃうんだろうなぁ、とか、お友達と遊びに行っちゃうんだろうなぁ、とか思っていました。お小遣いをくれて、たまに何かを買ってくれる「小金持ちのおばさん」、私のポジションは姪っ子たちにとってそんなところで、だからいつまでもがんばって現役で働いてなきゃな、彼女たちが大きくなったら、「小汚いおばさん」って笑われちゃわないように・・ 彼女たちが望むプレゼントをいつまでも贈ってあげられるように・・
卑屈な意味ではなく、そんなふうに自分を励まして仕事をがんばっていたりしていたんですけど、この子猫人形事件は私にとって画期的な発見でした。
姪っ子たち、私が古臭くて安い子猫の人形を可愛がっていても笑いもしません。
私が大事にしている子猫がうらやましくて、可愛く思えて、欲しくなったようなのでした。
自分の人形を、私の黒猫のお嫁さんにさせたい!と本気で思っているのです。
小金もちだからでもなんでもなく、ただ、私のことが大好きだった―
 
  
喫茶店で黒猫と姪っ子たちの猫と。私の黒猫、モテモテでご満悦です。左が積極的なミーちゃん、右は美人さんのミコちゃん。
 
午後4時、姪っ子たちとママは帰っていきました。
駅まで見送りに行きました。
彼女たち、最後まで子猫を手放しません。カバンの中にもしまわずに、ずっと手に持っていました。
私が改札のところで手を振ると、彼女たちは笑いながら子猫の人形を大きく上げます。
そのたびに、ピンクの子猫はひらひらと揺れるのでした。
桜の花のようでした。
 
今度来るときは、ママ(私の姉)が持っている白猫を連れてくるそうです。
「まずは友達からお願いします」と言うことになったので、4匹で遊ぶ約束をしました。
白猫は男です。私の黒猫君のお嫁さん候補たち、白猫君に奪われちゃわないといいんだけどなぁ・・
ちょっと心配な、親馬鹿な私です。ついさっき姉からハンサムな白猫君の写真が送られてきました。
さてさて、どうなることやら。
 
                      
                                   駅の桜は満開でした。     線路の先には姪っ子たちの住む町。
 
姪っ子たち、それから姉に。
楽しい休日をありがとう―