2008年2月28日

歓喜。

 
 
 生きていくことはそもそも楽しいことなんかじゃないのだと再三言っているのに、楽しいことを見つけないと気が済まない彼は、ルールを変えたり登場人物を変えたりゲームそのものを変えてみたりと手を変え品を変え楽しむことに忙しい。
 
 病気なのだ。
 
 私は不治の病の花嫁を思い出す。
 
「毎日何をしているの?」
 
「生きてる」
 
 これからもずっと一緒に生きていくのかとため息をつく。
 
 
 
 

2008年2月25日

ヂグショー!! を克服すべく、レンズ衝動買い。

 
 
 写真は撮っている時はスルーなものなんです。
 一番注目を集めるのはカメラをぶら下げて歩いている時です。
「おっ」
 と言う感じで、人々の視線が集まる。通行人が通り過ぎる瞬間、必ずこちらをちらりと見ます。私の顔(女だてらにという感じか?)とカメラを交互に見て、品評を下すのです。
「たいしたことねぇな」
 そんな呟きを何度も聴いたように思われ、負けず嫌いの私は、ふふん、とクールな顔をしながら内心歯軋りをしておりました。
 ヂグショー!! そのうちいいカメラとレンズ買ってやる!!
 
 で、本日レンズを買いました。
 (写真下)
 
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 専門的な方から見たら、いいレンズ、とまではいかないのかもしれませんが、私的には購入にかなり勇気が要りました。以前のものよりちょっといい、と言うだけで、つまり同様のパフォーマンスをする物質は既に持っているのです。なくて困っているものではないのです。最近の私は「ないもの」しか買っていないのでした。
 ヨドバシカメラで悩んだ末、しかしふと「投資」と言う言葉がひらめきました。
 何事も上手くなるにはそれなりのが元手が必要なのです。資本が少ないとと大した利益も生み出しません。
 今まで私は「趣味」と言う言葉で割り切って、自分の才能とか能力に一切投資したことがありませんでした。
 本当の趣味にしかなりえないものにしか投資したことがなかったので、よし、ここはひとつと一発奮起して、かなり後付的な理由を付けて、見栄を張って買ってしまいました。
 しかし、やはりこれ、見映えが全然違います。今までのレンズは本体とセットで付いていたもの、選択の余地なく使っていたもので、口径(特に望遠レンズ)がかなり狭いのです。美意識的にもいまひとつでしたし、何より迫力がありません。実際、大口径レンズの方がよく撮れるのかどうか、経験値がないので実感できないのですが、今回のNEWレンズは52→62㎝と10㎝も大きい、この差はやはり大きいように思われます。
 AF18-250mmなので、今までのように望遠と広角のレンズをとっかえひっかえする必要もなく、その割には小さくて、便利そうです。
 試しにうちのいわくつきの雛を撮ってみました。
 (うちの雛のいわくは去年のブログをご参照ください)
 
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 クローズアップレンズのフィルターを付けると等倍程度のマクロ撮影も楽しめます。
 前のレンズがまったく接写出来ず苦労していたので、この大きな雛のアップにかなり驚き、満足してしまいました。
「これは見栄え以上に、けっこういいかもしんない・・・」
 そう思い始めた瞬間。
 あとは「腕を磨くだけ」です。
(てか、それこそがすべてなんですけどね!)
 
 当分また楽しめそうです。
 覚える楽しみがまたひとつ増えました。
 来週末はカメラをぶら下げて、颯爽とお出かけしようと思います。
 
 
 
 
 

2008年2月23日

「てめぇの思想はどうでもいい」 1分でわかる『カラマーゾフの兄弟』

 
 
 新訳も出て、古典文学としては異例のベストセラーとなった「カラマーゾフの兄弟」。東京大学教授が新入生に読ませたい小説ナンバーワンに選んだそうだが、読んでいない方のために簡単に言うとこんな話。あ、私も新訳は読んでないんですが、笑
 
 学校のクラスで罪のない子がいじめにあっている。たとえば、ただ笛が吹けないだけだとしよう。貧乏で笛を買えない、って言う設定でもいい。
 その子をいじめることで教師とクラスメイトは結束を保ち、クラスは音楽大会にも優勝したりして、学校に貢献、学校は有名になり、生徒が集まり、私腹を肥やしたりする。
 ある日、ある心優しいクラスメイトはがっかりして言った。
 「ぼくはこんな学校は嫌だ」
 罪のない子の痛みも思わず、平和が成り立つ。金が生まれる。その上で教師は女や金に走って争いごとを起こしたりして、アホみたいだ。僕はそんな犠牲の上に成り立つ学校なんてお断りだ。入場券をお返しする、と宣言してしまうわけだ。
 かと言って、その主張を学校側へ伝えるわけでもない。ただ彼は登校拒否になり、ゲーセンなんかをふらふらしたり、独学で勉強を始めたりするのだった。
 ところが、青年には双子の弟がいて、こちらは学校が大好きなわけ。
 いじめられたクラスメイトをどうにかして大好きなクラスのみんなと仲良くさせようかと奔走している。
 お兄さんも学校へ戻らないかと声を掛けている。
 そんな話。
 
 どうでもいいのだが、私がいじめられっ子だったら、自分のために胸を痛めてくれるのは嬉しいが、青年が学校に来なくなっても何にもならないと思うだろう。
 せめて、それを主張してくれるか、そうしないなら学校へ来てほしい。
 ひとりで戦っている私の、ただ傍にいてくれと。友達になってくれと。
 そう、弟のように。
 行動してくれ。
 てめぇの思想なんかどうでもいいんだと。
 
 あまりにも簡単に書きすぎましたが、そんな教訓をドストは言いたかったのだと思うのですが、いかがでしょう。
 是非、この名作読んでみてくださいまし。(私も新訳を読まなければ・・・)
 
 
 
2008/02/22

急ぐことはない、どこかで一杯い引っ掛けていくか。~富士山頂という人生~

 
 
 昔、ライフ・イズ・ビューティフルと言う映画を見た。
 対戦中ナチスによって強制収容所に連れてこられた親子、父は母と別れて淋しがる息子に嘘をつく。
 「これはゲームなんだ。いい子にしていたらママにもすぐに逢えるよ。そうして本物の戦車に乗っておうちへ帰れるんだ」
 父は処刑されに連れて行かれるときも息子におどけて見せる。父を愛し、ゲームを信じていた息子は、彼が楽しい遊びをしに行くのだと思って、キャッキャと無邪気に笑うのだった。
 
 
 面白い議論を読んだ。
 「人生の目的は死である」
 人が生まれて死ぬのは真理だから、人生のすべての目的は死であって、その本来の目的を忘れ生を楽しむ人々はトンチンカンな目的を遂行しているアホだ。
 と言ったような命題に対して、人々がレスをすると言うものだ。 (原文)
 反論はこうだ。死は生の結果であって、目的ではない。
 その他様々な、この真理は事実か否か、の議論が展開するのだが、なるほど~と思いつつ、途中で飽きてしまった。
 議論そのものがトンチンカンではないかと思えてくるのだった。(しかし、ラストも含め、なかなか読み応えがあったので、是非一読をお勧めしたい)
 
 人生の目的は議論の余地なく、死である。
 この命題は事実だろう。
 ただ、だからと言って、生を楽しむ人々が、ゴールを忘れて快楽に走り、嘘に身を固め、自己欺瞞をしているかというと単純にそういう訳ではないと思う。
 死と言うゴールをネガティブな陰のものとし、生を楽しむ行為をポジティブな陽のものと捉えるから、話がおかしくなるのだ。
 私が想像する生は富士、たとえば夜から富士山頂に向けて人類全員で登っているところを想像してみてほしい。見えるだろうか? 私の人生のイメージはそんな感じなのだが、生きることそのものがそもそも3776mもの登山なのだから楽しいわけがないのだ。
 なのになぜ登るのか。そこに山があるからだという冗談は置いておいて、答えは仮定の命題どおり、山頂へたどり着くためだとする。
 すると、体力のない人は途中で高山病になったりする。息はつらいし、体は痛いし、もう登れないと途中で座り込む。山頂へ近づくほど高齢になり、体力も衰えるわけだ。ますますつらくなってくるだろう。
 人間は頭がいい。
 なので、様々な「目的」を設定する。
 お金を使ってショップを作る。可愛いデザインで色鮮やかな登山服を作る人が現われ、それを着てはしゃいで登りはじめる女性たちがいる。美味しいおでんやラーメンの屋台を開く人々が現われ、それを食べて元気にまた登りはじめる野郎どもがいたりする。
 子供は飽きっぽいから、登山中親になったら登山をしながらサッカーをしたり、ダンスを見せてあげたりする。仲間をたくさん作って、励ましあい、または楽しくお喋りしながら登る。ひとりで黙々と登る人もいるだろう。ゴールは近くなるが、頂上に着くまでに何もなさないと、あまりいいゴールとは言えない。
 この人生登山は、山頂が目的なのだから、無論ゴールへたどり着く上での順位があるのだ。
 これはタイムではない。
 どうやって、ゴールにたどり着いたかが問われるのである。
 山道に空き缶や煙草の吸殻を捨てなかったかとか、並んで歩く順路を無視して近道しなかったかとか、途中苦しんで登れなくなっている人を励まし一緒に頂上まで登ってきたかとか、ハイカーと協力し登山する人々皆を盛りあげたかとか、お金をかけてこの富士山登山コースを楽しい充実した設備を作ったかとか、登山自体をより良くしたか、などなど・・・
 これらが陽かと問われると難しい。
 私には山頂こそが陽なのだ。
 ここではゴールの順位に関係なく、たどり着いたものは皆例外なく、ご来光を見せてくれる。
 まばゆい朝日、夜のなか苦しい山道を登り続けてきた私にとっては最高のご褒美だ。涙ぐむかもしれない。フランダースの犬のように、天使の降臨さえ見えてくるかもしれない。
 登山ってまんざらでもないじゃん… と。
 
 ところで、登山がつらくてリタイアするとどうなるか知ってますか?
 座り込んで誰も助けてくれなかった人や、もう登らないと駄々をこねた人々のために、時々ヘリコプターがやって来ては、そういう人々を山頂まで運んでくれるのだ。
 もちろんこう言うズルをした人が山頂へ行くと、時間が早すぎたんだろう、ご来光は見られない。夜の闇の中、人々もまだ誰も着かぬ中、寒い頂きで震える羽目になる。おまけに次回の人生ではエヴェレストの登山をさせられるそうだ。
 8848mはそりゃつらかろう。
 私は諦めて、また富士を登りはじめる。
 
 
 
 
  

2008年2月21日

書くことによって生き続ける。

 
 
 『あしたの、喜多善男~世界一不運な男の、奇跡の11日間~ 』にはまっている。
 11日後に死ぬことを決意した男の物語だが、実は有能な心理学者によって自ら死を選ぶように開発された男だ。
 人が善い彼は、自分のネガティブな側面を集結し、別人格を作ることに成功した。その別ものとなったもうひとりの自分を殺すことにより、ハイドのような自分の別の面を否定し、ジギルのような自分を全うさせようとするのだ。たぶん。
 たぶん、結末は分離した自己の統合。死ではなく、生を選ぶことによっての統合を描いてくれるのではないかと期待しているのだが、その方法がまったく見えない。
 はらはらする。
 もしかしたら、私が思うような物語ではないのかもしれない。
 
 
 私は自分の悪い面を知り尽くしていた。
 飽き飽きしたので、ある日を境に徐々に抹殺した。
 喜多善男のようにないものにしようとしたら、そいつは別人格にはならなかったが、時々爆発して暴れだし、手がつけられなくなった。コントロールできない状態になった。悪い面は閉じ込めると活発化する。
 ブログを書き始めたのは、ガス抜きの意味もあった。
 意味があった、と知ったのは書いた後だったが、あった。
 私は抹殺して閉じ込めた自分を少しずつ解放した。
 それ以上でも、それ以下でもなく、彼は書いてやることにより従順になったようだ。
 存在を認められて、だから書き尽くしたとか、ここよりリアルが面白くなったからとかそんな理由でもなく、生きることを選択した私は、少しずつ大人しくなり、救われていく。
 私は融合されていく。
 私は生きることを選択したのだ。 
 
 
 
 
 kita

2008年2月17日

小石川後楽園の贅沢。

 
 
 久しぶりに晴天に恵まれた休日、喜び勇んで写真を撮りにお出かけです。
 今日は東京都文京区の小石川後楽園へ。ここは(枝垂れ)桜の印象が強いのですが、梅もけっこうイケるらしい。大江戸線にカタコト揺られて、「大江戸・東京に残る深谷幽谷」(無料配布資料より)を目指しました。
 飯田橋駅から歩いて二分程、あっという間に着いちゃいました。公園ってたいていは駅からちょっと離れたところにあるものですが、さすが由緒ある「水戸黄門ゆかりの大名庭園」(無料配布資料より)です。こんな都会の駅前のど真ん中に… と、初めから贅沢な匂いがムンムン漂ってきました。
 
 

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 入口から庭園に入ってすぐはこんな感じです。私はここに来るのが初めてだったせいもあり、由緒正しき高級感に圧倒されていました。急いで入園前に一服を済ませます。
 庭園内は神聖な場所だからは禁煙だ、と思い込んでいたのです。
 パカパカ吸って勇んで入っていくと、すぐの広場にベンチと灰皿があちこち並んでいました。ここで、かなりがっかりしました、笑
 先に東京ドームの天井が見えています。大きな池と松があり、そもそもは江戸時代初期に作られたものですが、当時の情緒を醸しだしています。
 
 
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 ちょうど梅祭りの期間だったので、大江戸玉すだれの芸人さんが芸を披露していました。たくさんの家族連れや子供たちが笑いながら、感心して見ていました。玉すだれの芸を目の前で見たのは初めてですが、いやー上手いものですね。おまけに片足で踊るかっぽれまでも披露してくれたので、みんな大喜びで拍手を送っていました。
 この時点で、「特別史跡特別名勝 小石川後楽園」(無料配布資料より)は、私の中でかなり庶民的な存在と映ってきています。水戸徳川家の光圀が愛でた・・・とか、中国趣味豊かな・・・とか、儒学者による設計の橋とか、木像を安置した堂とか、確かに無料配布資料どおりに庭園は素晴らしかったのですが、私はガチガチの印象を作りあげていたようです。
 緊張はすっかりほぐれて、私は園内をほのぼのした趣きで歩きました。
 
 
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 大泉水と白糸の滝を過ぎると、梅林が顔を見せました。
 白梅と赤梅が競演して咲いていました。どちらも負けずに美しいです。光圀は号を「梅里」と称するほど梅を好んだそうです。
 
 

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 綺麗でした。
 庭園と梅を満喫した私は、お茶所で醤油だんごを食べて、おなかも満腹。いい気分でご帰宅の時間となりました。
 で、帰りなんですが、ここって後楽園と水道橋と飯田橋と、三駅にまたがってどこからも行ける場所にあり、都営三田線、丸の内線、都営大江戸線、東西線、南北線、JR総武線、有楽町線、これらすべての線がそぐ傍を通っているんです。つまりどの駅にもどの線にも、ちょっと歩けばすぐ行けるわけなんですね。
 これってすごくないですか?
 冒頭に戻っちゃうんですけど、帰りもやはりしみじみと思いました。
 どの線で帰ろうかなー、と地図を見ながら、贅沢に悩みながら、
「あんたやっぱりすごいよ、小石川後楽園・・・」
 と。その高級感に脱帽した休日でした。
 
 
 
 

2008年2月10日

電車男は何処に。

 
 
 
 秋葉原に行ってきました。
 電車男以来、聖地だったあの秋葉原でございます。
 実は、聖地と言えども2ちゃんねるには縁がないし、秋葉原にも既に二度ほど出かけたことがある。
 両方とも確かデートだった。
 IT関係とか、電気関係とか、そんな知り合いが昔から多かったように思う。
 どちらも、連れてこられた、と言う感じで、私はただぼんやりと派手な看板や芸術的なほどゴチャゴチャ並んだ電気の部品を眺めていたのだった。まるで別世界、異次元のものを鑑賞するかのように。
 
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 しかし、今回はそうじゃなかった。
 私は初めて、自分が「ここに来たのだ」、と実感した。
 気分はまるで電車男からパソコンのカタログをもらって感動のあまり夜ひとりで初めての秋葉原に出向くエルメスのよう。(映画・電車男より)
 どきどきしました。
 すべてが新鮮に思えました。 
 私は食い入るように町のすべてを目に焼き付けようとしていた・・・
 (続く)
 

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 いえ、続きません、笑
 実際は、電気街口(神田明神通りや中央通りや昌平橋通りや近辺の裏道)をぐるぐる回って、万世橋から神田川見て、おでん食べて、大満足して帰ってきました。
 もちろん最近趣味になっている一眼レフCanon君と一緒です。
 これもデートって言えるのかなぁ・・
 
 

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 帰ろうとしたら雨が降ってきました。
 JR秋葉原駅電気街口の前にある丸い時計は五時を指していました。子供の頃に聞いた鐘の音、ではないけど帰宅を促すメロディが流れて来て。
 懐かしいような、淋しいような、不思議な気持ちになりました。
 もっともっといたかったな。道端に座り込んでおでんを食べてる私、意外と様になってたよ。みんな私を見て、おでん缶の販売機の前に集まってきたっけ。
 秋葉原は私を受け入れてくれたかな。
 私は秋葉原に別れを惜しまれているような気分になりながら、くるりと背を向け、家へと向かいました。
 
 
 
 
 

今日頭に来たこと。抽象的でスミマセンが・・・

 
 
 霞を食っては生きてはいけない。
 霞とは、実質的なパンではないもの、この場合、理想とか夢とか、愛とか希望とかそういうものとしよう。
 私はけっこうこれが好きだ。
 メシを食わなくても、実際理想や愛を実現できなくても、自分の裡であたためているだけでおなかが膨れるタイプである。
 
 ところが、それを邪魔するやからがいる。
 この場合、大抵それは社会的な価値基準とかモラルとか、女同士の場合は嫉妬だ。
 競争心とも言う。
 彼女らが人生のうちで身につけたアイテム、友人や学歴や旦那、子供、それが備われば次は旦那の会社の大きさに役職に子供の学校の名前に、永遠と続くそれらで比較しては私の霞をコケにする。
 それはそれでまぁいい。
 そういうパンを好む人々の価値基準をあまり信頼していないと言うのもある。自分とは違うのだと諦めている節もないではない。だからまぁいい。
 本当に頭に来るのは、それら社会一般のパンの価値基準を重視していないくせに、単にアイテムで比較対照しては、私の霞を「喚起させよう」とする人々なのだ。
 彼らは私のためを思って、霞によって私をより良い人間にしようとしてくれているのだろう。私の成長を願ってくれているのだろう、心から。
 善意は嬉しい。だけども、ではなぜ夢でも理想でも愛でも希望でも、私が幸福だと感じられる霞以外のもので、それを愛する私の良さをより伸ばそうとする人が突いて来るのかわからない。
 そこって突かれたら違うんじゃないの?
 と唖然とするしか能がなくなるのだった。
 人間は悔しがらせると成長するのだろうか。
 パンを食べられないことに歯軋りして、ますますより良い霞を求めるようになるのだろうか。
 答えはわからないが、何だか美しいものを踏みつけにされているようで、腹が立った一日でした。
 (もちろんパンを持っていない腹ペコなことをバカにされたからじゃありません)
 
 
 
 
 

2008年2月7日

ガンバレ、餃子!

 
 
「春節」盛り上がる 横浜・中華街 (MNS産経ニュース2008.2.7 19:03)
 
 餃子 中華街春節
      横浜・中華街           神戸・南京町
 中国の正月にあたる「春節」を迎えた7日、横浜市中区の横浜中華街は獅子舞による伝統行事などが盛大に行われた。中国製ギョーザ中毒事件で懸念された風評被害もものともせず、たくさんの観光客でにぎわった。
 中華街では、商売繁盛を祈願する採青といわれる獅子舞が中華料理店の前で激しい舞を披露。爆竹やドラなどが鳴り響く中、通りを埋め尽くした観客らから大きな拍手がわき起こった。
 観光客でにぎわう中華料理店の店員は「(ギョーザ事件の)影響はあるかもしれないが、こうやってにぎわってくれるとうれしいですね」と話していた。
 
☆☆☆
 
 待ちに待った旧正月だ。
 縁起を担ぐ私は、旧暦でも今年になる日を待っていた。そう、しつこいが、今年から運勢がいいのである。
 
 前年の中殺界をついに抜けた・・
 頑張ったね、今までの私・・・
 
 ほっとするのもつかの間、餃子事件である。
 知る人ぞ知る話だが、私は餃子が大好きなのだ。餃子、それは私にとって死ぬ間際に、最後の晩餐として食べたいおかずナンバーワンとしていまだ燦然と耀いている食物なのである。その最愛の餃子が今汚辱にまみれている! 毒はいやだが、餃子の地位と名誉と繁栄の観点から見たら何と嘆かわしいことなのだ。私は頭を抱えつつ、今年の私、本当についているのだろうか、などと、はたと懸念してみるのである。
 なにせ、私は今までの不幸のツケをここぞとばかりに取り返してやろうと目をぎらぎらさせているところである。飢えに飢え、幸福のかけらに今こそありついてやろうと、辺りをきょろきょろ見回しているところなのである。それは、休みを取って温泉に出かけた、そこそこいい温泉でのんびりと休めたが、でも老舗宿や秘境の温泉とちゃうじゃん? とか。または、製パン業界第一位の山崎パンのあんドーナツを食べた、さすが業界トップ、とっても美味しいと思ったけど、でもベーカリーの、焼きたてパン屋さんの味から見たらどうなの? とか言った感じ。
 これってどうなの? と。
 いつもは満足できることが、なまじっか運勢がいいと、こんなことで満足していいのか! 今年の私! と言った具合に、満足度のハードルが格段とレベルアップしてしまうのだった。
 恐ろしや、運勢。
 運がいいのだから、兎に角、何かをして、何かにありついて、何とかなって、ムフムフ・・・
 と、空想だけは広がるのだが、現実はあがりきった満足度に付いてもいけず、運勢の悪い例年よりも尚いっそうツイてなく感じてしまう今日この頃。
 
 カミサマ、幸福に貪欲な私をお許しください。
 
 運勢に惑わされず、謙虚に生きていこうなどと教訓じみたことを思いつつ、餃子の名誉挽回を願う私であった。
 
 
 
 

2008年2月6日

ガンバレ、日本!

 
 
『穏やかな時の代償』 (2007年08月06日)
 
 部活動に明け暮れていた頃、よく遠征に出かけた。
 合同練習や練習試合、お堅い目的なのだが、ホスト役の学校はそれぞれが皆独特のおもてなしをしてくれた。
 一番嬉しかったのは、カルピスだ。
 
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  バケツ程の、大きな、金色のやかんに水を張る。たぶん業務用の冷蔵庫で冷やすのだろう、午前の練習を終え、お昼になる頃には、いい具合に氷が溶けはじめる。豪快にカルピスの原液を入れる。それをやかんごと、飲め、とばかりに渡してくれるのだ。
 天候や時間によって、氷の溶け具合とカルピスの濃度は変わるはずだ。きっと何度も試行錯誤を繰り返し、作り上げた、部の伝統に違いない。
 私たちはからからに干からびたスポンジが一気に水を吸い込むように、ごくごくと喉を鳴らして、カルピスを飲みほした。なくなると、氷だけが残る。今度はそこに水道の水を汲んできて、氷水にし、また飲む。それを氷が溶け切るまで繰り返すのだ。
 美味しかった。
 あんなに美味しいカルピスと氷水は、後にも先にも飲んだことはない。
 潤され、満ち足りた私たちは、汗で濡れたTシャツを脱いで、新しいものに着替える。グラウンドの木陰にごろりと寝転んで、休息を取るのだ。蝉の鳴き声、校庭のうだるような太陽のゆらめき、それらを感じながらそのまま暫くじっとする。目を瞑ると、木漏れ日が刺すように降りてきて、目の裏で騒いでいた。だけどとても穏やかで、風は心地いい。大地からは太陽の匂いがしていた。

 この時のカルピスと氷水の美味しさと、休息のひと時を。
 再び得るためならば、私は何度でも時を戻し。
 あのグラウンドを駆けよう。

 そうして、今。
 私は仕事に明け暮れる、日々―
 仕事を頑張れるのは、週末の休息があるからだ。
 まるで部活動に明け暮れたあのときのように、私はそれをいとおしむ。
 仕事で体が疲れ果て、心が疲れ果て、しかし疲れれば疲れるほど強く、私の休日は輝きを増す。あの穏やかな夏の日と同じように。

 もしも―
 私の夢が叶って。
 私はあくせく働く必要などなくなり。
 のんびりと日々を過ごせるようになったとして。
 この今の休日と引き代えに、得るものとは、いったい何なのだろうか?
 お金。
 ゆとりある時間。
 名誉。地位。キャリア?
 将来の安定。エトセトラ。

 すべて、それも夢だとしても。
 愛という代償がなければ。
 決して、手放しはしない。
 
 
 
☆☆☆☆☆☆
 
 
 
 私の人生の中で、こんなにハンドボールが盛り上がっているのは初めてのことである。
 もちろん自分のことではなく、世間でのことだ。
 先週末の休みは連日、宮崎大輔選手の姿をTVで見たように思う。
 
 アジア・ハンドボール連盟(AHF)の、日本と韓国への処分は、罰金千ドル(約10万8000円)と言うことに決定したようだが、意外と軽いのに驚いた。まぁ、お金ではなく、面子の問題なんだろうが。面子は保ちたいが、自分たちにも非があることを充分知っているので、そうそうばかげた罰も科せられないのだろう。
 しかし、クウェートは知らないのだろうか。面子をかけた争いでは、日本はちょっとした歴史と実績があると言うことを。
 円満解決は難しそうだ。
 
 韓国戦は残念だったが、オリンピック出場のチャンスはまだあるので、日本代表にはぜひ頑張ってほしい。
 マイナー球技の代表、ハンドボールをこの機会に世に知らしめてほしいと願う。
 あんなに美しく、面白い球技はないのだから。
 間違っても、精をつけようなどと言って冷凍餃子を食べることなく、練習に励んでほしい。
 
 
 宮崎大輔

愛を謳う。

 
 
 恋愛は精神力だといつか父が言った。
 感心したのを覚えている。
 それからと言うもの、もう駄目だと思ったときは、必ずこの言葉を思い出して、自分を鼓舞する。
 
「×××××」
 
 伝わらない声をふりしぼって、何度も、何度も、愛の言葉を口遊むのだ。
 いたわるように、誓うように。
 
 
 
 

なすすべもなく。

 
 
 
 叫び声を聴いた。
 私は携帯電話のディスプレィを眺めていた。
 ここが入口だ。
 
 たとえば小さな鏡の箱の中に、まるで無限の、四次元空間があって、その中には私の愛するものがいるとする。
 小さな彼らは、閉じ込められたのだ。
 限りない大きな世界で、悠々と過ごしているのだった。
 私は小さな箱を大切に持ち歩き、彼らと密かに会話をした。
 毎日。毎日。そう。
 
 あと、少しで、あちら側に、いける。
 
 なのに、なすすべもなく、今彼らの声を聴いている。
「助けて。助けて。助けて」
 ここに来て。もしくは。ここから出して。
 
 入口の透明の向うで、鏡の隔たりを叩く小さな彼らを姿を、胸を痛め、消えてしまわぬように祈りながら、ただ眺めているのだった。
 
 
 

2008年2月3日

子供のようにはしゃいでみる、雪の朝。

 
 
 
 朝起きたら雪だった。
 
 すげ~!!!
 

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 ※雪国の方ゴメンナサイ、うちの地方はめったに降らないんでめずらしいんです。。

男女同権って言うけど満員電車は絶対おかしいと思いませんか?

 
 
 飛躍した発想の文章を読んだ。
 同姓同士で結婚でもしたほうが世界は平和になるのではないか、と言う内容だった。
 言い得て妙だ。
 実は最近、男と女が一緒の空間に存在すること自体に違和感を覚えている。
 私のほうが飛躍しているのか、歳を取り潔癖症にでもなったのだろうか、それとも違和感があることこそが常識だったのかもしれない。
 たとえば満員電車だ。
 
 通勤で長時間電車に乗る時は必ず女性専用車両を使う。
 十分程度の乗り換えの地下鉄では例外になる。最後尾から一番頭の車両へ、または最も連絡通路の階段から遠くへと、なぜか乗換えが不便になるように女性専用車両は設置されているからだ。
 男女が乗り合って、体を寄せ合う。
 私は疑問が湧いてくる。
 なぜ、見知らぬ男とくっ付き合わなければならないのだ?
 
 昔見た発展途上国らしき国のドキュメンタリーでこんな場面があった。
 乗り合いバスだ。彼らは朝夕バスに乗る。当然大勢の人でごった返す。するとふたりがけの椅子に座っている彼らは、混んでくると、隣の席の人の膝の上に移って座り、席をひとつ空けるのだ。空いた席にはまた人が座り、その人の膝にまた人が座る。こうして、より大勢の人が座れるように皆で協力するのだった。
 当然膝に乗るのも、乗られるものも、老若男女問わず、である。若い女の膝の上におじさんが座ったり、その逆もある。それでも彼らはみな微笑んでいた。男女を越えた、性別の区別などない、人類としての助け合いの精神や、譲り合いの精神しか存在しない。高貴だった。
 
 しかし私は腑に落ちない。
 なぜ、恋人とさえ日常的に接しない距離間で、見知らぬ男とくっ付きあわなければならないのだ。
 臭い息の匂いを嗅いでしまったり、相手の湿ったぬくもりまで感じなければならないのだろう?
 なぜ、当たり前のようにこの物体は私を押しつぶしてくるのか?
 私の態度があまりにも露骨だったのか、最近ではくっ付かざるを得ない相手の方が困った様子だ。二人組みにはあからさまにこんな会話をされる始末。
「この間、痴漢に間違えられてよ。睨まれた」
「ブスだろ」
「誰がてめぇなんか触るかっての」
 あきらかにイヤミ(あるいは自己防衛)である。
 
 昔はこんなふうに思わなかった。
 それは「仕方のないこと」だった。
 満員電車なら当然人に触れる。見知らぬ男性とくっ付くのも押しつぶされるのも当然だ。でなきゃ電車に乗れないし、会社にいけない。
 
 会社に行けば男性社員がいる。取引先も、得意先にも男性がいて、接しなければ仕事にならない。
 町を歩けば、男性とすれ違う。飲み会に行けば半分は男だ。
 親戚は男ばかりだ。父も兄も男だった。
 しかしそれは本当に仕方のないことだったのか。
 割り切れないと感じてしまう最近だった。
 
 女は女といるべきだ。
 出来うる限りそうして、もっと性の違いを意識した方がいい。
 男女間の人類愛など糞食らえと。
 女が接する男は、愛する人一人でいいのではないだろうか。
 社会進出などと担がれ、いい気になり、女はますます居場所を失い、迷子のようなのだった。