2009年12月31日

『1984年』 ~大晦日の夜に思う、小さな希望について~

 
 
 

 
  
 物語は男が日記を書き始めるところから始まる。
 ジョージ・オーウェルの「1984年」を読んだ。あまりにも有名なSF小説、だそうだが、SFに疎い私はこの年になって初めて読んだ。村上春樹の1Q84の元になった小説だということさえ知らなかった。
 1984年、「ビック・ブラザー」率いる「党」が支配するオセアニアで、党員の主人公が日記を書き始める。
 それは、「思考犯罪」と呼ばれる行為に値した。党に見つかったらすぐに抹殺されるだろう。男は死を覚悟して、書き始めるのだ。真実を。
 
 
 最近、ふと、もう長くはないような思いにとらわれる。もうじき死ぬのではないかという予感。
 特に死にたいわけではないし、もちろん自殺する予定もない。ただなんとなく、漠然と、もう私には多くの時間が残されていないように思うのだ。
 写真撮影に出かけて、まだまだ日は高いと思っていても、午後をまわったとたんあっけなく太陽は隠されて、タイムアップとなるように。
 思っているほど人生は長くないかもしれない。時間は限られている。そんな風に感じていると、今この一瞬一瞬がとても貴重に思えてきて、忌み嫌っていた人間に優しい思いを感じたり、普通にまだ仕事をできることが喜びに思えてきたり、風景が、人生が、やけに美しく見えてくるのであった。
 ライフ・イズ・ビューティフル。いつか見た映画を思い出して、まさに人生とはその通り、美しいものだなぁ、と哀しみを持ってしみじみと、感じてしまうのである。
 そんな時、読んだ「1984」だったので、私は読みながら主人公の男と自分を重ね合わせてしまったのだ。
 SFや政治のことはあまり心に刺さらなかった。ただ、男がどのようにこのあまりにも現代に良く似た世界を生きて、どのように結末をつけるのか。
 その生きざまや心理がとても気になった。そこに、私自身の答えもあるような思いがした。
 私はもどかしい思いでページをめくっていた。
 
 
 男は死を覚悟して日記を書き始める。それでも人間らしくあろうとすることを選んだ。
 不思議だったのは、ここで男が「初めから」死を夢想していたのか、どうかということだ。
 命と引き換えに始めたことだ。覚悟はしていた。私が言いたいのはそうではなくて、人間らしく死んでいこうというのは、ただの自分を納得させるための言い訳で、実は自ら死そのものを望んでいたのかどうかということだ。
 男はこんな風に言っている。
 
「他人に聞いてもらうことではなく、正気を保つことによってこそ、人類の遺産は継承される」
 
「自分たちはもう死んでいる。かれら(プロールと呼ばれる下層階級)の子孫こそ未来なのだ。だが、自分たちも彼らが肉体を生かし続けるように、精神を生かし続け、二たす二は四であるといという秘密教義を後世に伝えるならば、その未来に加わることが出来るのだ」
 
 もしも人間性を保ちづけることが出来るならば、男は党を打ち負かしたことになると信じている。物語は、愛こそが人間性の最後の砦である、と続くのだ。
 しかし、これこそ嘘を肯定する二重思考ではないかと思えるほど、そう訴える男は絶えず肉体の死を感じているのだ。母親や妹との記憶の中で、夢の中で。もちろん、死ぬ時までに、人間性を保つ=愛を裏切らないこと、そうして不屈の精神を貫いて死んでいくことをただ想定しているだけなのかもしれないが、しかし、男は「すでに死んでいる」と自ら言っている。
 党によって殺されること、肉体の死と引き換えに真実を書き始め、人間性を後世に残すことを選んだのであって、肉体の死自体は無関係のはずなのだが、思うにもしかしたら「正気かどうかは統計上の問題ではない」という言葉に永遠な叡智が含まれていると感じているように、彼にとって生(欺かれた世界で人間らしく精神性を貫くこと)は拷問よりも辛い、過酷な問題だったのかもしれない。
 
 ラストに小説は、男が本能に負け愛する女性を裏切り、また女性も男を裏切って、お互いが裏切りあい、男は動物のごとくただ生きているだけの、女は死人のような固い肉体に、なり下がって、終わりを告げる。
 答えを求めてページをめくった割には、あまりにも悲惨な結末なのだが、救いは男がジンの匂いのする涙を流しながらも、闘いは終わった、自分に対して勝利を収めた、と感じて死んでいくことだろうか。
 男は、自分を解放して死んでいった。
 人間性も捨て去り、後世にも何も継承せず、豚のように処刑されて、それでも「自分に勝った」と笑って行くところが、まぁ、良かったねと、その死を肯定したくなってしまいたくはあった。
 それはそれで幸せなのだろうと。私はここで完全に自分と主人公を切り離してしまった。憐れみも哀しみも感じない。あまりにもばかばかしく感じられた。
 なぜならば、男と相反するものとして立ちはだかる「党」は、はっきりとこう言っている。
 
「異端者を駆除するのは、われわれに抵抗するからではない。抵抗している限りわれわれは駆除したりはしない。われわれは異端者を改心させる、そのうちなる心を占領する」
 
 1984年はすでにユートピアである。富は過剰にある。産業の車輪を回し続け、不平等を生みだすためだけに、戦争を続けている。権力者(支配者)が異端者(反対勢力)を必要とするのは殺すためではない。彼らの生殺与奪権を握り、苦痛を与え、卑しむべき姿にし、最終的に人間性を奪い、自発的に足元にすり寄ってくるようにする。そのことによって、限りなくどんどん負荷をかけて、権力の強度を高めるため、それだけのことであって、男が人間性を捨てさえしなければ、決して男を殺すことはなかったのだ。
 
 
 権力に屈して人間であることを放棄せざるを得なかった人間の悲惨さについて書きたかったのか、それとも、初めから人間であることに疲れ果て死に取り憑かれた人間が望んでいた死を与えてくれる存在(まるで神のような・・)を受け入れる話を書きたかったのか。
 前者ならば、もしも男が最後の一言、「ジュリアにそれをしてくれ!」と叫ばなくても、男が人食いネズミに顔面を食われて「死ぬ」ことなど決してなかっただろうし、後者ならば、私が読んだ長い長い物語はただの鬱病者のたわごとではないかと思えてくるのだ。
 それともまさか、人類とは人間らしい精神よりも本能が勝る「動物」なのだとでも言いたかったのだろうか。
 
 この話をもとに、いったい村上春樹はどんな小説を書いたのか、書けたのか、つい絶対に読む気のなかった1Q84を読んでみたくなる。
 SFの金字塔「1984」だ、たぶん私になど理解できない、もっともっと深い深淵があるに違いない。
 この小説が、私に教えてくれた唯一のことは、書くことを決めた人間は、書き続けない限り殺されるということだ。
 異端者は後戻りなどできない。精神を生かし続けるために、殺されないために、書き続けるしかない。
 たとえどんなに酷い拷問を受けても、どんなに死に惹かれても、愛を貫き、決して人間性を捨ててはならない。
 もしかしたら、作者もそんな希望を訴えたかったのだろうか。
 そのことによってのみ、永遠に生き続けるのだと。
 
 
 
 
  
 
 
 

2009年12月26日

言葉としての「竹島」と日本人の底力について。

 
 
 
 
 
(msn産経ニュース 2009.12.25 10:10)
日韓で領土問題になっている竹島。高校の地理歴史の教科書で明記されなかった(1998年6月17日撮影)日韓で領土問題になっている竹島。高校の地理歴史の教科書で明記されなかった(1998年6月17日撮影)
 
 国と郷土を愛する態度を養うことを明記した新教育基本法のもとで領土教育の充実が期待される中で「竹島」記述が見送られたのは、政府が韓国への過剰な配慮を重ね続けてきた必然的な結果だった。
 文部科学省は本来、法的拘束力がある学習指導要領に竹島の領有権を書き込む方針だった。実際、中山成彬文科相(当時)は平成17年3月の国会で、そう答弁した。だが、昨年2月に公表された中学校の指導要領案に竹島の2文字はなかった。韓国の李明博大統領が就任した時期と重なったため、遠慮したのだった。
 5カ月後、指導要領より「格下」の解説書に初めて竹島を盛り込んだが、当初案にあった「我が国固有の領土」との表記は断念した。当時の福田政権が、反発する韓国側の姿勢を見て及び腰になったからだ。
 そして、鳩山新政権下でまとめられた高校指導要領の解説書では、竹島の2文字すら消えてしまった。
 文科省は当初、竹島表記を死守すべく、高校解説書の文面を中学版と同じにする考えだった。「表現に変化がなければ批判は受けない」(幹部)との読みもあった。自民党が8月の衆院選で大敗し、民主党政権に移行するまでの数週間の間に駆け込み的に公表することも検討したが、当時の河村建夫官房長官が日韓議連幹部だった事情もあり、断念した。
 新政権は、鳩山由紀夫首相が「友愛外交」を掲げている上に、実質的な最高権力者である民主党の小沢一郎幹事長は訪韓時に外国人参政権成立への意欲を示し、天皇訪韓にも言及する親韓派ぶりを発揮している。こんな政治状況下で、竹島明記の選択肢が残るはずもなかった。
 韓国への過剰な配慮は公表時期にも表れた。今回の発表は「日韓併合100年を迎える来年は厳しい。韓国は25日から3連休で、そのまま年の瀬を迎える。韓国世論の反発が最小限になるベストタイミング」(文科省関係者)なのだという。(小田博士)
 
 
 
 
 ついに超えてはならない一線を越えてしまった。
 天皇の政治利用といい、民主党政権はなし崩しの一線超えが多い。この勢いで、来年の通常国会では今まで死守していた様々な事柄があっさりと崩壊してしまいそうだ。またそれがどれだけ異常で危険な事態であるかを国民から隠すために、一番大事なところは国会放送ナシ、話題性のある犯罪事件で目を逸らす、などということがまた起こるんだろうな、とふんでいたら、秋葉原無差別殺傷事件の加藤被告の初公判が始まるそうだ。1月28日から、どんぴしゃではないか。
 東京地検特捜部には鳩山首相と小沢幹事長の追求を頑張って頂きたいが、検察庁の一部門であることを考えるとあまり期待できない思いがする。国民の声のほうがよほど頼りになりそうだ。ぜひ、国民総勢で国会中継を見て頂きたいものである。
  
 ところで竹島は日本の領土である。
 竹島を島根県に編入することを宣言した時期が日韓併合の時期と重なるため、韓国では竹島も本国同様に侵略して奪われたと思っている方も多いようだが、日本は編入宣言よりずっと以前、江戸時代初期から竹島の領有権を確立していた。和を尊重するあまり、現在と同じように韓国に配慮して宣言出来なかっただけだろう。また日本が領土とする以前に韓国領有を示す直接的な証拠は存在していない。あくまでも日韓併合とは別の問題である。太平洋戦争後のサンフランシスコ平和条約でも日本が放棄すべき領域(島々)に竹島は含まれておらず、竹島(独島)を含めた条文に置き換えることを要望した韓国側の主張を米国は拒否している。
 我が国固有の領土を占領され、実効支配されているというのに、何も言えないどころか「竹島」の二文字まで明記を避ける、日韓併合100年を迎えると言ったってあまりにも過剰な配慮をし過ぎているのではないだろうか。政府としての対応を問われているのだから、これではまるで、韓国に竹島を譲り渡しますと宣言しているにも等しい。
 領土問題に無頓着すぎるのではなか。中国の傀儡国家韓国への貢物にしようとでも言うのだろうか・・
 私は特に竹島に思い入れがあるわけではない。正直にいえば、外務省のホームページを見て、まだここまで主張していたかと驚かされたくらいである。あれだけ強引に、武力さえ持って実効支配されているなら、もう韓国のものでもいいじゃいか。実質的には支配されている。平和なご時世に紛争など好ましくない。しかし、それでも日本人のあの島に対する思いの強さは変わらない。もしかしたら韓国よりもよほど強いのではないかとあきれるくらいだ。
 だからこそ「竹島」という言葉は消して欲しくなかった。言葉はなくても、政府としての主張は変わらないとは言ってみても、それこそ言葉遊びのごまかしだ。詭弁で消せるほどその思いは軽いのか、政府関係者はもう一度自分たちが作ったホームページを読み返せばいいのだ。
 言葉を消したこと、それから一線を越えたこ、この罪は思っている以上に大きい。
 
「ときに、憲法9条から導かれるさまざまな制約が、不自然で神学的であるとか、常識では理解しにくいなどといわれることがあるが、こうした批判は全く的が外れている。合理的な自己拘束という観点からすれば、ともかくどこかに線が引かれていることが重要なのであり、この問題に関する議論の伝統をよく承知しない人たちから見て、その伝統の意味がよくわからないかどうかは関係がない。そうした意味では、この問題は国境の線引きとよく似ている。なぜそこに線が引かれているかには合理的理由がないとしても、いったん引かれた線を守ることには、合理的な理由がある」(『憲法と平和を問いなおす』 長谷部恭男著より)

 これは憲法9条の解釈に関する文章だが、私はこの一文を読んだとき、これは日本のすべての決まりごとに当てはまると感じた。
 世間や仕事の業務上の暗黙のルールから今でいえば空気が読めないという批判まで。この国には大して意味のない形式的な決まりごとが溢れるほどある。私はそれらを遵守するよう努めながらも、ずっとそれらを軽視していた。人々が上辺だけ合わせている、中身のないもののように感じられたのだ。が、真実や合理性とはかけ離れたルールも、それ自体に意味があり、質ではなくどこに基準があるか、その線引きにこそが重要だったのだと気付かされたとき、初めて今までの自分の愚かさにも気付かされた。それらは少なくとも敬意を払う必要があったのだ。決まりを守っていればいいという問題ではなかった。
 今の政府は敬意を払っているのだろうか。それどころか、形式的な決まりを遵守することさえ怪しくなってきてはいないか。
 先日の天皇の国事行為の解釈をめぐって、小沢幹事長の記者会見を聞いて私が感じた怒りと失望は何度書いても言いつくせない。
 「解釈」や「新政権の方針」という言葉を使って、このまま一線を超え続ければ、日本がチベットになる時もそう遠くはないように思われる。
 通常国会で闇法案が成立して、日本の一部に中国人、韓国人が多く移り込んできたとする。まさにチベットのごとく一部から始まって日本の各地にどんどん中国人、韓国人が増えてきたとする。我が国固有の竹島を占領されたように、彼らが武力を行使してきたとする。その時日本はどのように抵抗するつもりだろうか。中国の日本自治区にでもなるつもりだろうか。ラマ教の信心深い彼らのように、非暴力で抵抗を続けるならば、あの評判の悪い中国に朝貢外交をしている今よりはよほど国際社会から称賛されそうではあるが。その時になって、自衛隊を・・・などと言い出しても後の祭りである。一線が破られて、新たに作られたルールをきちんと遵守してやってきた彼らを、今さら武力で追い出すことなど不可能だ。
 と、まるで見通しの悪い予測ばかりを書いてしまったが、希望の持てる面白い話を聞いた。
 推理作家の井沢元彦さんが書いた本でこんな文章が出てくる。
 
「日本も戦後もう少し占領軍が厳しかったら、ハワイのようになっていたかもしれません。日本の場合99パーセントがキリスト教徒ではないというのは、実は日本の民族宗教(神道と言ってもいいかというと、仏教もかなりの要素で混じっていて、これも問題がある)というのが、極めて強いということを示しているのです。よく日本人は無宗教だといわれますが、そうではなく、実は非常に強い民族宗教を持っているのだということが、こういう例を見るとよくわかるのです」(『世界の「宗教と戦争」講座 生き方の原理が異なるとなぜ争いを生むのか』井沢元彦著より)

 中国の国際的評価が低いのは、共産主義国家だからである。キリスト教やイスラム教など、民族が宗教を持つほとんどの国々では、異教徒はまだ神を信じているということで許されるが、無神論者は人間ではない、非人間だと思われている。無神論者が人間ではないなら、私もそうではないか、と思いがちである。ところが、日本人の無意識的な宗教観、民族宗教というものはかなり強いらしく、これだけ民主主義(=キリスト教プロテスタントより発生)を浸透させながらキリスト教徒が国民のわずか1%でしかないというのは前例がないのだそうだ。中南米のマヤ族やインカ族、現在メキシコブラジルペルーとなっている国々、アジアでいえばフィリピンにそれからハワイ。もともとは先住民が立派な文化と宗教を持っていたのに、すべて力によって改宗され、キリスト教徒となっている。
 日本は戦後あれだけ占領され、現在も民主主義を保ちながらキリスト教には至らなかった。これは日本人が自ら思い込んでいるほど無宗教ではなく、キリスト教の原理と反する日本型の民族宗教(神道及び仏教)を持っている証なのだ。
 私はこの話を聞いて、胸が躍る思いだった。キリスト教徒やイスラム教徒のあの宗教に賭ける思いの強さを想像する。あの過激さと執着と。それとぶつかり合い決して交わりことのない、つまり彼らと同程度に強い民族的宗教を持っていたという事実は衝撃的で心強い思いがした。
 また、その民族宗教的な感覚でもっとも重要とされている要素が「穢れ」と「言霊」だと作者は訴える。
 日本人は罪ではなく穢れで差別をすること、穢れは禊ぎでしか消えないこと、また言ったことが現実になる、だから起こってほしくないことは言葉にしないという言霊信仰を持っていること。日本人は言葉が現実化すると思っている。だから思ってはいても言ってはいけない意見というものがある。悪い予測は発表しただけで反発を食らう。発言を取り消せ、間違いを認めろ、と抗議を受け、何かにつけて言葉尻を徹底的に責められる。データに基づいた正当な予測を無視しても悪い言葉を遠ざける。悪い予測(リスク)を考慮した契約も結ぶことが下手くそである。不吉な予測を言葉に出来ず、契約書から罰則を省いてしまう。おかげで給料をもらって持ち逃げされたり、相手にいいようにされてしまう。憲法9条も祝詞、「自衛隊」はあっても「軍隊」はない。言葉を変えて、認めようとはしない。言葉に出さない限り、実態は存在しないと思っている。それは「自衛隊」であって「軍隊」ではない。戦争は「侵略」ではなく「進出」である。「全滅」ではなく「玉砕」だ。「退却」ではなく「転進」。「敗戦」ではなく「終戦」。「民族浄化」は「友愛」。そして「竹島」は指導要領解説書から外され、教科書から消え失せてしまう。
 日本が中国や韓国からの「進出」に耐えうる唯一の武器は、日本人さえ気づいていない、未覚醒の民族的宗教心ではないかと私は思う。
 ダライ・ラマを中心とするチベットにさえ負けぬ強い思いを持っていることを、私たちはもう一度思い起こすことが必要ではないか。
 その思想の中枢をなす言葉(言霊)を、形式主義を踏み越えて消してしまうことは許し難い。
 「竹島」という言葉はやはり死守してもらいたかった。
 配慮は国外にではなく、国内にこそ向けてもらいたいものだ。その国外が民族浄化政策を推し進める国々ならなおさらのことである。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2009年12月23日

日本のお金が流れる先は・・ 天からの使者、鳩山首相。

 
 
 
(msn産経ニュース 2009.12.22 16:53)
このニュースのトピックス:労働・雇用
 国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)のコペンハーゲン協定で、各国が自主的に記載することになった2020年の温室効果ガス削減目標について、小沢鋭仁(さきひと)環境相は22日の定例会見で、「日本の、(目標を)25%と書き込む」とする見解を示した。
 ただ、各国の数値目標を見たうえで「実効的で公平」かどうか期限の1月末まで検証し、削減に条件をつけるか決める方針という。
 日本鉄鋼連盟が25%削減目標の再検討を求めていることについて、「産業界とは意見交換したい」と述べた。
 また、コペンハーゲン協定について、「大きく前進とまではいえないが、かなり重要な一歩を踏み出せた」と評価。京都議定書を批准していない米国と削減義務がない中国が入った枠組みであることなどを理由に挙げた。
 同協定では、各国が来年1月31日までに目標を自主的に提示することが決まった。
 
 
 
 
 来年1月31日に提示する先進国の20年までの温室効果ガス削減目標について、政府は1990年比25%削減の方針を変えないそうだ。
 これはとんでもないことになったな、というのが正直な感想だ。
 下の記事をぜひ読んでいただきたい。
 
 
 
 
 日本は発展途上国に1兆7500億円(対外的には150億ドルと説明)を支援すると公言している。この額は協定によって多少変わるだろうが、莫大な支援金をするであろうことには変わりはないはずだ。
 そして、当然高すぎる目標設定の25%は達成できないであろうから、莫大な排出権を購入しなくてはならない。(推定・官民合計で4億トン程度) 
 このお金をどこからねん出するつもりなのだろうか。来年度の予算案でわかるように日本にはお金がない。税収は大幅に落ち込み、国債発行で賄っている。国債は国民の貯金で購入されている。家計の金融資産、貯金や株、保険の積立などの貯蓄がおよそ1400兆円、そのなかから60%~70%が銀行や保険会社を通じて国債の購入に振り分けられているそうだ。現在(2008年)国民の貯金は1400兆円、国の借金が1400兆円を超えたところで日本の財政は破たんする。(政府の公的債務残高をGDP比で計算すると2020年までもたないと言われている)
 一方企業は25%削減のために、利益追求よりも研究開発費や設備投資を優先させなくてはならないだろう。
 ますます体力を奪われて悲惨な目に会うのは日本の企業だ。
 で、政府は暫定税率廃止も据え置き、たばこ税も増税のはずだなぁと妙に納得してしまう。
 もう選挙には勝たせていただいたのだ、国民にばらまく必要はない。途上国の支援金も、排出権の購入先も、国民の貯金が流れつく先は国の規模と比べて温室効果ガス削減目標の最も低い国、「中国」だ。もちろんほかの途上国にもお金は流れる。けれど、一番得をするのは誰か、を考えると疑いようもなく彼の国である。
 中国はエネルギーの利用効率が悪い。途上国だから削減目標は低い。先進国(主に日本)に排出権を売って莫大な利益を収めることができる。おまけに途上国支援金までもらうのだ。
 鳩山首相はコペンハーゲンに旅立つ前に「必ず成功させる。米中が及び腰で日本だけが前向きで言うことであってはならない」と力強く言っていたと思う。
 が、結局は拘束力のある政治合意には程遠い「留意」で幕を閉じた。私は安心したものだ。これで25%削減というけた外れの目標も少しは考え直してくれるのではないかと思っていた。それが冒頭のニュースだ、なぜ、まだ25%削減にこだわっているのか。私はあんな優柔不断の総理大臣でも日本の国益を心配してくれているのか、結構まともだったのだな、と思ったものだが、まったくの思い違いだった。
 鳩山首相が日本国の主権者が誰だと思っているのか、よくわかるような国会議だったのではないか。
 日本国民のお金はすべて中国へ。日本企業のお金もすべて中国へ。
 まさに、天が遣わせた日本崩壊の使者だとしか思えない。
 いや、天ではなくて、中国か。
 暫定税率維持だのたばこ税だの、来年の予算案どころではない。増税などちまちましたせこい話に思えてくるではないか。来年1月にこの削減目標が記載され、25%削減という目標が国際的に効力のある数字となってしまったらもう日本は2017年、もしくは2020年まで身動きが出来ない。
 鳩山首相が来年辞任となっても、もう手遅れだ。
 地球が滅びる前に日本が先に滅びるのではないか、と思わず笑いたくなるような話ではある。
 
 
 
 
 
 
 
 

2009年12月20日

闇法案と七つの大罪

 
 
 
 
 七つの大罪(ななつのたいざい)とは、キリスト教の用語。七つの罪源とも呼ぶ。「罪」そのものというよりは、人間を罪に導く可能性があると(伝統的にキリスト教徒により)みなされてきた欲望や感情のことを指す。(Wikipediaより)
 
 傲慢(高慢)
 嫉妬
 憤怒
 怠惰
 強欲(貪欲)
 暴食(食欲)
 色欲
 
 傲慢、ということについて考えたとき、思い出すのは七つの大罪であった。そして不思議なことに、私はこれらの罪が同列に並ぶものではなくて、すべてが「傲慢」に帰せられるものではないかと思われて来るのだった。
 嫉妬も怒りも怠惰も食欲も貪欲も色欲も、驕り高ぶる自分が思うところの「自分」と、他人から見た「自分」、その大きな溝からもたらされるただの現象ではないか?
 傲慢だから嫉妬をした、傲慢さから憤怒をした、傲慢さからこの世は自分が働く価値などないと思い、傲慢さから自分に見合うものがどうしても欲しい、傲慢さから満たされずに食べることに慰みを見出し、そして色に走る。すべてが符合するように思えてくる。逆を考えるとどうもぱっとしない。嫉妬したから傲慢になった。憤怒をして傲慢になった。怠惰でいるうちに傲慢になった、貪欲さから傲慢になった、食べ過ぎているうちに傲慢になった、色に走って傲慢になった。あり得なくもないが、多少無理があるようだ。
 またほかの組み合わせもいろいろ考えたが嫉妬したから憤怒した、とか符合するものはるとしても、全部の組み合わせが適うとなるとどれも多少無理があるように感じられた。
 傲慢は他の六つの罪とは違うのではないか。もしも、その仮説が正しくてすべてが傲慢から来るものだとしたならば、傲慢ささえ無にすることが出来たなら、後の大罪も消滅するのではないだろうか。
 そんなことを考えながら私は今日も週末の写真撮影に出かけていく…
 
 
 
 『闇法案』という言葉がある。
 公用語ではなくて、私がよく目にする政治ブログ「博士の独り言」の中に出て来る言葉である。
 いつも私が言いたいことを的確に代弁してくれるので、私は教科書代わりにこのブログを良く目にしているのであった。(私のブログにもちょくちょく闇法案という言葉が出てくるが、それで影響を受けたためである)
 今回、その博士が闇法案の勉強会をするということで、私も勉強会に参加させていただいた。この話は公表していいのかどうかわからないが、私のブログなどほんの数名の方が目にすればいいほうの弱小ブログである。というより思いつくほどにしかブログ自体を公表していない。私は故意に「秘密の場所」として、ひっそりと書き続けているのだった。だからこの話も目にする方は数名だろう。その数名がもしも、「博士の独り言」に興味を持っていただき、博士が言うところの闇法案や私の想いの代弁を知って頂けるならば幸いだ。
 で、闇法案勉強会だ。
 闇法案とは、「その在るべき内容やプロセスのいずれかに国民の目を避けるような不透明な部分を有して」いて、まるで政治の闇間に蔓延るような法案である。詳しい説明は博士のページを見ていただくとして、私がこの勉強会で知ったことで、いくつか驚かされた点を挙げてみよう。
 1、ナチス・ドイツのホロコーストは実際はなかった、ねつ造だという説がある。(日本の歴史と自虐史観も同じようにねつ造があるという絡みで出て来た話だ)
 本当だろうか。そのような説を聞いたこともなかったし、ましてやそんな想像をしたこともなかったので、これには驚かされた。実際、ニュルンベルグの裁判でドイツは「人道に対する罪」で裁かれている。この「人道に対する罪」はホロコーストの罪を裁くために新設されたものだ。終戦から裁判までの数年で600万人のホロコースト(という罪)を捏造する時間があったのだろうか。ただし、私はニュンベルグ裁判の判決文も行われた年も正確には知らないのだ。確か東京裁判より前だったのではないかという感覚で話している。もっと歴史や背景など様々なことを勉強してからこの件についてまたゆっくりと考えたい。
 2、私が知っている以上にはるかに多くの闇法案があった。
 闇法案と言うのは本当に言葉の通り、「闇間のもの」なのだなと実感した。地方参政権付与案なんて可愛いものだということを思い知った。
 たとえばこれは今はまだ請願の段階だが「重国籍容認」「複国籍容認」の法案(の草稿)もあるようだ。
 もしもこれが法案化され国会を通れば、もう参政権などなくても、どうでもいい。当たり前だ。すべての問題はクリアされる。しかも在日の特権もそのまま残るのだろう。
 それから翌年の通常国会で決まりそうなものが、「国立国会図書館法の一部を改正する法案」
 これは、歴史の事実を自虐史観に統一しようとする恐ろしい法案だ。あったことをあった、なかったことをなかった、と書くと罰せられ、なかったことをあった、あったことはなかった、と他国に都合よく真実を歪めない限り追求が続くと言う、まるで言葉狩りを容認するかのような法案である。お隣の韓国は真実を歪めてまで自国の歴史を輝かしいものに塗り替えることに必死だと言うのに、日本は逆に真実を歪めてまで自国を悪だと告発し、国民間の共通認識の浸透と他国へのあくなき贖罪を続けようとしている。
 いったいこれはどうしたことだろう。こんなことが、「アジア地域の諸国民をはじめとする世界の諸国民とわが国民の信頼関係の醸成を図り、持って我が国の国際社会における名誉ある地位の保持および恒久平和の実現」に役立つのだろうか。
 このような他国からの内政干渉のような法案を、日本人がまじめに賛成して、議案を提出しているという事実が空恐ろしい思いだった。何のためにそんな事をするのだろうか。マスコミに在日の幹部がいるから?総連や民団から支援を受けている?左翼の正義感?
 これら闇法案によって日本は他国にとって都合のいいATMになり下がり、国体は弱体化していく。私には日本人という民族の抹殺、まさに平和な世界の闇の中でホロコーストが粛々と行われている、としか思えないのだった。
 
 
 
 
 
 
 クリスマスまで一週間を切っていた。
 今週末はクリスマスイルミネーションが撮影出来る最後の日だった。
 私はどこへ行こうかさんざん悩んだ。貴重な一日だ。けやき坂も行きたいし、六本木ヒルズ、毛利庭園にも行きたい。ライトアップが復活した表参道も見逃したくない思いだった。また一度も行ったことのない竹ノ塚の光の祭典も見てみたい。
 なのに、またしても気がつけば大手町駅で降りていた。私は丸の内にこだわっていた。
 もし、ほかの場所を撮りに行って、その隙に他の人がこの場所に来て、私よりも上手に素晴らしく撮っていたら。そう想像すると耐えきれない思いだった。
 もしも私もその場にいたならば、たとえ(私よりも上手な方はたくさんいるので)ほかの人が上手に写真を撮れられても仕方ないと思える。だけど、その時自分がその場にいないということが嫌だった。私は嫉妬をしていたのだ。またはしそうになっていたと言うのか。出来れば独占したい、無理なら独占できなくてもただ傍ににいたいと願う好いた男性を思う女性のような心理か。で、気がつくとまた丸の内に来ていた。
 動機は不純なようだが、大丈夫だ。今の私は「傲慢」さからは程遠いところにいる。もはやすべてを悟ったのだ。
 傲慢さからくる嫉妬でなければ大罪とまではいかないのではないか、罪もない可愛いものだ。私は光の街に降り立って、今日は闇間を歩かない。真っ直ぐにクリスマスイルミネーションを目指して有楽町へと向かっていく。まだ光都東京LIGHTTOPIAのイベントには早い。先週撮らなかった東京国際フォーラムへと向かう。
 凄い人だ。入口の輝くアーチのようなライトアップを写真に収めようと人だかりが出来ていた。とてもではないが三脚など使えない。みんな携帯や一眼レフカメラを手持ちで必死に撮っていた。それでも私はあきらめきれなかった。しばらくは手持ちで撮っていたが、そのうち人々がいない道の端や邪魔にならない場所を見つけては、こっそり三脚を立てて遠くからライトアップやストラスブールのマッシュ・ド・ノエルを撮り始めた。
 しかし、不思議と何枚撮っても何度設定を変えても上手くは映らなかった。私が撮れると「思い込んでいる私の絵」ではなくて、実際私がいつも撮れるレベルのものが撮れないのだ。やはり嫉妬がいけなかったのだろうか。この場所にこだわりすぎた。先週と同じような、しかも先週よりはるかにレベルの低い写真を何枚も量産して、そのうち私はいらいらしてきたのだった。私の顔を覗き込むように見ては通り過ぎて行く人々に腹が立ち、いたずらに睨み付ける。私はほかに行くべきだったのだ。
 一枚も満足に撮れないまま、私はただ肉体も精神も消耗してしまった。疲労を感じながらそれでも丸ビルのツリーを撮りに行こうと颯爽と歩いている。先週このツリーを撮った後、私よりも上手に撮っている他人の絵を見た。丸ビルのツリーはこの街の光の象徴だ。どうしても負けたくなかった。いや、せめて負けても自分が納得がいくものを撮りたかった。私は丸ビルの中には入らない。ツリーの前には大勢の人々が集まり撮影会をしている。三脚など持ち込むわけにはいかなかった。クロスフィルターにPLフィルターを重ね付けて私はビルの外側からツリーを見上げた。三脚の足を一番低く広げてまるでビルの前の床にしゃがみこむ。まるで浮浪者のようだとふと思った。ガラスの向こうから私は眩いツリーを撮り続けた。
 これは驕りから来る意地だろうか。自分が他人よりも優れた写真とを撮れるものだと自負しているのか。それが負けたから悔しいのか。ただの嫉妬か、それとも傲慢なのか、わからぬままそれでも、これだけは負けたくないというものが確かにあった。好きだから追求したいものがある。譲れないものがある。それを罪と呼ぶのだろうか。
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 何度撮っても、やはり嫉妬から始まった丸の内の撮影は散々だった。私はついに一枚も気に入った写真を撮ることができなかった。
 しかし、努力はした。この場所に確かにいた。だから満足はしていないが、納得はできた思いだった。
 汗をかきながら始めた撮影も、八時をまわると寒くて手が動かなくなった。手袋をして何度も足踏みをする。目もよく見えない。そろそろ肉体が限界だ。
 私は名残惜しく、後ろ髪を引かれるような思いで三脚とレンズを片づけ始める。勝手知ったる家のように、雑踏を縫いながら地下鉄の入口まで一気に走っていくのだった。そうしてこんなことを考えている。そろそろ自分の言葉に責任を持とうか、と。
 この場所は私の心のメモ帳である。だから誰かと共有するつもりはなく、公表も避けていた。
 だけど、ここは私が愛する者たちのために始めた場所で、私が愛する者のために今も続けている場所でもあった。
 私はその者のために存在し続け、それを証明するために、この先も書き続ける。
 傲慢さからくるものかどうかは知らない。ただの嫉妬であることを願う。私にはこだわり続ける理由がある。
 そのことをいつまでも忘れないように、行こう。たとえ何が起きようとも、魂に刻印するのだ。
 私は地下鉄に飛び乗った。
 
 
 
 
 
  

2009年12月19日

恩師に負けない末路を ~小沢一郎の行く末を憂う~

 
 
 
 
(msn産経ニュース 2009.12.16 22:00)
 
予算要望書提出を前に、議員らと笑顔で話す民主党の小沢幹事長=16日午後、国会予算要望書提出を前に、議員らと笑顔で話す民主党の小沢幹事長=16日午後、国会
 
 「財務省は予算編成を『急げ、急げ』と言っているが、国民の声をちゃんと聞いてやってくれ」
 首相官邸に民主党の小沢一郎幹事長の声が響いた瞬間、陳情とりまとめにすぎなかった文書が、来年度の予算編成の方向性を決める「最終判断の文書」に格上げされた。
 首相官邸の大ホール。小沢氏ら24人を待っていたのは鳩山由紀夫首相、菅直人副総理・国家戦略担当相、藤井裕久財務相ら政府側12人。冒頭こそ和やかなムードだったが、小沢氏の怒りはすぐに明らかになった。
 小沢氏は、財務省主導で税制改正や予算編成が進められている現状に何度も強い懸念を表明。そのけんまくに政府側12人全員から笑顔が消えていた。
 重点要望の最大の特徴は「子ども手当」への所得制限導入など、マニフェストで国民に約束した内容と反する部分がある点だ。
 重点要望は「歳出削減に動く財務省にくさびを打ち込む」(周辺)ことが狙いだった。だが14日の党役員会で小沢氏は語った。
 「財源を示さないとあまりにも無責任ではないか」。重点要望は歳入面にも言及することになり、文書は、予算要望ではなく「小沢版」の予算基本方針へと変質した。
 小沢氏をイライラさせているのは、来年度予算概算要求が過去最高の95兆円超に膨らんでいるにもかかわらず、鳩山首相が歳出削減や歳入確保で、なんら英断を下していないことだ。
 気配を感じとった平野博文官房長官は16日、「これは党の要望というより国民の要望だ」と述べ、小沢氏に屈服し、全面的に受け入れる考えを示した。
 地方で要望の強い整備新幹線や高速道路整備が盛り込まれるなど「小沢氏が来年の参院選を考慮して政治判断した」(党幹部)内容になっているのも特徴だ。小沢氏本人もこの日、「選挙に勝ったから内閣が組織できているんだ」と、首相らに激しく迫った。
 民主党は政策決定の「政府への一元化」を掲げてきたが、今回の重点要望の提出で、こうした理念が空文化している現実が改めて浮き彫りになった。小沢氏の政府に対する影響力はますます強まりそうだ。
 小沢氏は16日午前、新潟県柏崎市にある田中角栄元首相の墓参りをしていた。この日は元首相の十七回忌。墓参後に小沢氏は記者団に語った。
 「先生に負けない政治家になるよう頑張りたい」
(坂井広志)
 
 
 
 民主党政権のすることにはいちいち驚かされ、呆れ果ててきた。
 しかし、これはまたすごい。
 自分たちが政権を獲る理由となった「マニフェスト」とも、今まで密室の中で行われていたことが国民の目に晒された、その透明性こそが評価を受けた「事業仕分け」とも全く関係のない、小沢一郎氏の胸三寸で予算が決定してしまうという事実。
 しかも、なんとそれは「国民の声」だと言う。
 
 たった三ヶ月で評価をするな、もっと長い目で見てあげてくれとは、良く聞かれる民主党擁護派の意見だが、逆を言えばたった三ヶ月で、これだけ国の有り様を変えてしまう民主党と言うのは凄まじすぎる。
 この急激な変化には海外の方たちのほうが驚かれているのではないだろうか。
 何だかんだ言っても日本はそれなりの評価を受けてきた。マナーはいいし、最先端技術にも優れている。ところがたった三ヶ月で、中国共産党のような独裁国家になってしまったのだ。特に米国は目を見張る思いだろう。
 私たち当事者である国民のほうが、この異常事態的な国の変貌に鈍感なように思われる。改革(解放か?)だとか、新しい時代の在るべき姿だとか、まだ「幻想」を抱いているのかもしれない。
 などと憂いていたら、なんと昨日鳩山内閣の支持率が50%を切ったとか。やはり国民はバカではない。どれだけ小沢一郎他民主党の面々が詭弁を弄しても騙せないものだ。
 ただし、彼らが政権を獲ったことで、私にとっては良かったことがいくつもある。
 まず政治や歴史に興味を持つように至ったこと。
 そして、国も人間も、滅びるのはすべて己の「傲慢」から来るという事実をはっきりと認識させてくれたこと。
 私は才能や権力をもつものには、その要素として「驕り」という性質も付随するものだと思っていた。誰しも大なり小なり持ち合わせているものだと思い込んでいたのだ。しかし、違った。どんなに豊かな感情や、明晰な思考力を持っていても、誇り高い志を持っていようとも、驕り高ぶるものは必ず地に落ちる。
 天皇を政治利用して、亡国のものとなり下がってまで結束を固めたはずのお仲間は、しかしずいぶんつれないではないか。途上国側のボスとして、途上国支援金までももらうとかなんとか。
 150億の支援金をするまでに至った日本が、狡猾に途上国のものだとして国際的義務にも環境問題にも重きを置かない某お国に隷属しているとは信じがたい話である。
 「先生に負けない政治家になるよう頑張りたい」
 小沢一郎氏が亡き田中角栄氏の霊前で誓った言葉だがそれこそ彼の行く先を暗示している。
 田中角栄氏の末路を覚えているのだろうか。しかもそれは愛弟子の自分の裏切りが招いた結末だということも、忘れてもらっては困るだろう。
  
 
 

2009年12月15日

私の台詞では効き目がなさそうだが、今日言いたいひと言、「天誅!」

 
 
 
(msn産経ニュース 2009.12.14 12:50)
 
習近平国家副主席習近平国家副主席
 
 鳩山由紀夫首相が天皇陛下と中国の習近平国家副主席との15日の会見を特例措置として認めさせた問題で、日本政府が11月末時点で中国側に「陛下のご健康がすぐれない。無理だ」として会見は困難との意向を伝えていたことが14日分かった。日中外交筋が明らかにした。これに対し、中国側が民主党をはじめとする関係各方面に巻き返し工作を行った結果、平野博文官房長官が今月7日と10日の2度にわたり宮内庁に会見の設定を指示し、日本政府は11日に会見を行うことを正式発表した。
 習氏は14日夕、鳩山由紀夫首相と会談した後、首相主催歓迎晩餐(ばんさん)会に臨み、15日に天皇陛下と会見する。
 鳩山首相は14日朝、「特例会見」について、「杓子(しやくし)定規に考えるより、本当に大事な方であれば、天皇陛下のお体が一番だが、その中で許す限りお会いになって頂く。それは、日中関係をさらに未来的に発展させるために大変大きな意味がある。判断は間違ってなかった」と述べ、正当性を強調した。首相公邸前で記者団の質問に答えた。
 平野氏も同日午前の記者会見で「政治利用では全くない」と重ねて主張。ただ、平野氏は今月9日に日本政府が再び中国側に会見を拒否していたとの一部報道については、「承知していない」と否定した。
 今回の「特例会見」をめぐっては、渡辺周総務副大臣が13日のテレビ番組で「天皇陛下の政治利用と思われるようなことを要請したのは誠に遺憾だ」と異例といえる首相批判を展開。「今からでもやめていいなら、やめた方がいい。国の大小、経済力、政治力の大きさで優劣をつけることは絶対あってはいけない」とも指摘した。
 同じ番組で、社民党の阿部知子政審会長も「特例でも認めてはならない」と述べたほか、国民新党の亀井亜紀子参院議員は「(政治利用への懸念を示した)羽毛田信吾宮内庁長官の話はもっともだ」との認識を示すなど、与党から批判が相次いでいる。
 一方、自民党の安倍晋三元首相も14日朝、鳩山政権の対応を「国益ではなく自分たちのために今まで守ってきたルールを破った。天皇陛下を政治利用したと断じざるを得ない。今からでも遅くないので、中国側に取り下げてもらうよう要請すべきだ」と批判した。都内で記者団に語った。

 

 
 
 天皇と中国の習近平国家副主席との会見が波紋を呼んでいる。
 鳩山首相は「天皇陛下のおからだが一番だが、その中で許す限りお会いになって頂く」と言い、平野官房長官は「天皇陛下の国際親善は陛下の非常に大切な役割」だと強調し、今後も一か月ルールに縛られず、天皇陛下に面会を求める可能性を示唆した。
 また11日午後、宮内庁長官の異例の報道陣への経緯説明と報道陣、野党等の批判を受けて、小沢幹事長は15日に予定していた習近平国家副主席との会談をキャンセル。自ら批判が国民レベルまで広がることを恐れ、逃げに回ったくせに、そのことに腹を立て、こう述べている
「30日ルールって誰がつくったの?知らないんだろ、君は。法律で決まっているわけでも何でもないでしょ、んなもの。君は日本国憲法を読んでるかね? ふん? 天皇の行為はなんて書いてある?国事行為は内閣の助言と承認で行われるんだよ。天皇陛下の行為は、国民が選んだ内閣の助言と承認 で行われるんだ、すべて。それが日本国憲法の理念であり、本旨なんだ。ね。だから、なんとかという宮内庁の役人(羽毛田信吾宮内庁長官)が、どうだこうだいったそうだけども、まったく、日本国憲法、民主主義というものを理解していない人間の発言としか思えない。ちょっと私には信じられないしかも内閣の一部局じゃないですか、政府の一部局の一役人が内閣の方針、決定したことについてどうだこうだというのは、日本国憲法の精神、理念を理解していない、民主主義を理解していないと(いうのと)同時に、もしどうしても反対なら、辞表を提出した後に言うべきだ。あたりまえでしょ、役人なんだもん。そうでしょう?」
 と、宮内庁長官にクビを突き付けた。(それに応えて、今のところ長官はやめるつもりはないと言っている。「自分は官房長官の指揮命令に従うと同時に、(陛下の)お務めのあり方を守る立場にある。やめるつもりはありません」)
 
 私がこの問題を見るとき、腹に据えかねることが二つある。
 一つは中国側の厚かましい、人と人とも(国を国ともか?)思わぬ要求。そして、もう一つは鳩山、小沢、平野を始めとする民主党議員等の度を超えた思い上がりだ。
 
 中国からしたら、天皇は首相よりも偉い国家元首だと思っている。日本が本当に友好関係を築きたいならば、天皇と会見させるのが筋だという思いがある。ましてや、鳩山首相とは対中関係を強化し、戦略的互恵関係をより高めていこうと約束し合っているのだから当然だろう。なぜ他国同様の一か月ルールを持ち出すのか、理解できない。
 しかし、これは表向きの理由でしかない。友好や互恵関係という言葉にほだされやすいが、中国には前科がある。
 1989年6月4日の「六四天安門事件」によって当時国際的孤立をしていた中国が求めたのも、やはりこの「友好の天皇会見」であった。
 日本政府は中国政府の「過去の終結」によって「完全な友好国」になれる、という言葉を信じて、天皇に訪中を依頼した。ところが、天皇訪中後まもなく、中国は政府系英字紙「チャイナ・デーリー」にこう掲げる。「天皇の訪問は楽観を広げた」見出しの記事は一面のトップだった。
「明仁天皇の初めての中国訪問は友好以上のものを残した。彼は過去に中国への投資をためらっていた日本の投資家に中国への新たな興味を呼び起こした」
「明仁天皇の訪問はそれ自体が世界の資本主義国の目に中国のイメージを一新させる広告塔の役割を果たした」
 中国にとって日本の「国家元首」の訪問は、バッシングを受けて国際孤立する自国のイメージアップに他ならなかった。そこには過去の清算も、友好も、敬意さえもなく、天皇はただの都合のいい「中華人民共和国の広告塔」でしかなかったのだ。利用されたのである。
 宮内庁長官の懸念は、だから異常でも杞憂でもなくて、過去の事実から来るまともな心情である。
 幸い、天安門事件は遠い出来事だが、中国はあの頃の共産党独裁体制のまま何一つ変わってはいない。また現在は人権問題で国際的に批判を浴びている。(先日のオバマ大統領の訪中でも首脳会談で提起されている)そんな時に日本の国家元首「天皇」と会見して、今度は何を国際社会にアピールしたいと言うのか。またしても広告塔にされかねないし、悪くすれば、中国ではなく、代わりに日本が批判される可能性もあるだろう。
 そんなバカな、と思われるかもしれないが、あの国の考えることはいつでも人のいい日本人の想像に及ばないのだ。利用できるものは何でも利用するし、悪意を自分から他者に逸らせて、高みの見物をすることだってお手のものだ。そんなしたたかな国民が良くも、過去に「日本に侵略されました」などと澄まして言えるものである。彼らが侵略をされるタマだろうか、と言いたい。満州だって「租界」と同じようにそもそも自分たちが認めていたものではないか。間借りをさせるように、当時無人地帯だった「満州の地」を使用させ、利潤を得ていただけだろう。余りに店子の日本が儲かりすぎて気に食わなくなれば、借地権も考慮せず出ていけと言いだして、今度は反日キャンペーンで弱腰の国民党を焚きつけて、日中戦争を仕掛けた。日本が列強(白人)から「区別」され、国際連盟を脱退し、孤立していたのをいいことに、白人側について同胞のアジア人(黄色人種)の日本人を裏切り叩き潰そうと企んだ。確かに列強の猿真似をして帝国主義に陥った日本も悪かったと思う。それは事実だ。だけど、全面的に日本だけが悪いと被害者面をされるいわれは全くない。
 中国共産党にとって、完全な友好関係だの互恵関係などというものは、この先どれだけ時間が経過しようとあり得る話ではない。
 彼らにとって、日本も日本人もどうだっていいのだ。ましてや天皇も同じである。国益(党益)のために利用できればそれで終わりだ。
 
 もうひとつ腹立たしいのは、民主党のやからだ。
 憲法を読んでいるのか。日本国憲法や民主主義を理解していない、とのお言葉だが、これは誰に向けられた言葉か問いたいものだ。都合良く3条を解釈したようだが、日本国憲法は1条から読んでいただきたい。
 第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
 天皇は日本国の象徴である。それは国民の総意に基づいている。3条の「国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ」と承認出すのは自分たちで、国事行為の責任を負うのだから、自分たちが天皇を支配している(支配しうる権限を持っている)とでも思ったのか。しかし、そもそも、小沢一郎は民主党の幹事長で、大臣でさえなく、内閣とは関係がないではないか。
 天皇は象徴である。だけど、本当は、日本は戦後作られた日本国憲法の第1条でこの大前提を掲げる必要はなかった。明治以降、国策によって天皇を生きた神「現人神」とする国家神道は、軍国主義、国家主義と結びついた。特に第二次世界大戦以降は国家神道は国民を戦争へと駆り立てる手段とされたのだ。天皇というものは、そういう日本の暗い側面を持つ。戦前の思想を引きずっていると思われても仕方のないきわめて危険な存在だ。だから同じく第二次世界大戦での敗戦国ドイツは、過去を引きずるものはすべて(一部国歌を除いて)清算をした。ドイツはヒトラーとナチスにすべてを押しつけて、彼らをドイツの歴史と未来から切り離した。しかし、日本はそれができなかったのだ。
 天皇は日本人のアイディンティティーと重なっている。どうしても清算できない、過去を断ち切ることのできない大切なものだった。
 ドイツは民族への「悪意」を旗に戦った。だが、日本は天皇という「善的な存在」を旗にして戦ったのだ。どうして断ち切ることができるだろうか。
 GHQは天皇を東京裁判にかけて裁くべきだと考えた。天皇制の廃止も考えた。が、そうすると暴動が起き、国民が統制できなくなるとして、「神」から「人間」とされて、天皇制は残されたのである。
 それが象徴としての天皇だ。日本人が断ち切ろうとしても断ち切れなかった、暗い側面を持ちながら、それでもなおかつ引きずり続けるもの。日本人の心のよりどころであり、精神であり、唯一残された僅かな誇りであり、それは日本の姿そのものだ。
 小沢一郎が天皇を政治利用しようとするとき、中国政府への顔を立てて、天皇へのご配慮もそれまでのルールをもないがしろにするとき、彼はその「日本」をないがしろにしているのだ。
 鳩山首相の温室ガス25%削減宣言のときといい、先日の小沢一郎の韓国での地方参政権の発言といい、民主党政権の面々はいつでもこの国を見ていない。彼らの視線は外にばかり向いている。国民の生活が第一というのは一体誰のせりふだったか。その国民とはいったいどこの国民のことか。改めて問いたい。
 何世紀と続くこの国の歴史の中で、たった3カ月政権を獲った政治家ふぜいが象徴を意のままに操ろうとは驕りが過ぎる。政治家は国民から選ばれた代表として、粛々と政治を執り行っていればいいのだ。
 どうしても自分たちと中国のために日本国民の総意である天皇を政治利用したいというのならば、日本で政治家をする必要はないのではないか。
 中国に帰化し、中国共産党でいくらでもするがよい。利用するものは何でも利用する、という姿勢と合致し、さぞかし巧くいくことだろう。
 この一連の行動と発言で鳩山首相や小沢一郎は現在の保守派、反民主党派ばかりではなく、今まで続いた日本という国(に関わるすべてのもの)を見下し、敵に回したと私は考える。歴史という軸の中で生かされている身分もわきまえず、思い上がりもはなはだしい。
 たとえ今のこの世で裁かれなくても、彼らの行く末はもう決まった。
 天誅!と声を荒げて宣告したい。
 
 
 
 
 
 
 
 

2009年12月13日

光と闇とゆく道と ~丸の内イルミネーションBright Cristmas2009~

 
 
 

 

(msn産経ニュース 2009.12.12 13:49)
 
 12日午前、ソウル市内の大学で講演する民主党の小沢幹事長(共同)12日午前、ソウル市内の大学で講演する民主党の小沢幹事長(共同)
 
 【ソウル=水沼啓子】韓国を訪問している民主党の小沢一郎幹事長は12日午前、ソウル市内の国民大学で特別講義を行い、永住外国人への地方参政権付与法案について「日本政府の姿勢を示す意味でも、政府提案として参政権を認める法律を出すべきだと思っている。鳩山内閣は同じように考えていると思う。来年の通常会でそれが現実になるのではないか。日本側が積極的に取り組まなければならない問題だ」と語った。
 
 
 
 「この政権の暴走は危険水域に入った」とは安倍晋三元首相の言葉だがまさにその通りである。
 地方参政権付与法案はそもそも日本人との同化が進む在日韓国人のことを考えて作られた法案であったはずだ。しかし、いつの間にか相互主義もなく中国人も対象になり、韓国への謝罪や在日韓国人の人権擁護(権利の取得)という政府対応としての処遇が問題のすり替えや隠れ蓑のように扱われていると思うのは気のせいだろうか。
 この問題は賛否両論あるだろうが、私は在日韓国人に関しては同調する面もある。その後の反日思想や民族至上主義が行き過ぎであれどうあれ、日本人として太平洋戦争を戦ったという経緯を考えるといたしかたない思いもする。
 しかし、なぜ小沢一郎が日本の議会を通す前に韓国でこのような勝手な約束(発言というよりは約束だろう)をしてしまうのか全く意味がわからない。
 まずは国内でその法案について議論するのが筋ではないのか。在日韓国人は日本に住む方たちである。本国は全く関係がない。彼らがこれから日本でどのように生きるのか、それを問う法案であって、韓国への朝貢(貢物)でも招致活動でもないはずだ。
 また、中国から続く外遊でこのような発言をするということは、韓国だけではなく中国でも同じ約束をしているだろうと想像するのはたやすい。600人余りを引き連れての大訪中団と言い、このような軽率な約束発言といい、小沢一郎という政治家が自分の日本での権限と偉大さを見せつけ、中国や韓国で点数を稼ぎたいと思っているのは明らかである。彼にとって「永住外国人の地方地方参政権」は貢物でしかないのだ。こうなると貢物をされた相手だってあやしくなってくる。本当に日本の犯した戦争の傷跡を引きずっているのか、差別によって苦しみ、人権擁護を切実に必要としているのか。ただ本国の政治カードとして利用されているだけではないのか。それ(政治カード)に応える日本の政治家がいるのだから、彼らの苦しみも「やっぱりたかりだったのね」とこう思わざるを得なくなってくるのである。  
 そして一番の問題は、なぜ中国人にも与えるのかというところだ。どさくさに紛れて、いったい何をやっているのか。
 私は小沢一郎の顔が中国人に見えて仕方がない。韓国人というよりは中国人だ。
 
 
 
 昨年、銀座~丸の内のイルミネーションを見に出かけ、皇居の手前でくじけてから、私にとってこのイベントを見ることは義務、いやというよりむしろ使命と化していた。まるで頂上決戦だ。いつか行くべき果たすべき場所として心に刻まれていた。で、今年こそはと勇んで出かけたものの、辺りは静まり返っている。お濠の周りを走るランナーの荒々しい呼吸ばかりが聞こえてくる。
 たぶん私は期間を見間違えたのだろう。やすやすと撮らせてはくれない。私は自分のミスをまるで必然のように考えている。
 まだお前には早い。そう神が笑って悪戯をしたのだ、とでも言うように。
 予定を変更して、皇居の後に行こうと思っていた丸の内仲通り(のイルミネーション)に向かっていく。しかしここもかろうじて街路樹のライトアップはあるものの、どうも質素である。シャンパンゴールドのLEDでライトアップされていない木が目立つ。そのせいか光が重ならず、光の束が美しく映らないのだ。おまけに丸ビルのツリーも昨年に比べるとLEDが一色で華やかさに欠けていた。もしかしたらクリスマス前には変わるのかもしれないが、それにしてもがっかりした。こんなところにも不況の影響が現れるのか。そう思うと哀しかった。
 この時期の華やかなイルミネーションだけが、一年を通してどれだけ暗いニュースがあろうとも、気持ちを輝かせてくれたのに。
 
 

 
 
 
 
 
 
 大手門を降り立ったとき、私は夜の街の闇に脅えた。
 夜、というものは恐ろしい。私はもうずっと昼間しか撮影に出かけていない。陽が落ちてから外を歩くのは、仕事帰りの会社から駅までと自宅のある駅から家まで、それから自宅付近のマラソンコースだけだった。
 去年目にしながら手の届かなかった皇居外苑のキャンドルパーク、その思い出の中の眩さを求めて日比谷通りを歩いていく。
 しかし、行けども行けども光は現れなかった。車のヘッドライト、流れるそれら異質の灯りの向こうには東京タワーがそびえていた。この道をずっと行けばたどり着く。だけどそれも遠く感じられた。私はよほどこのまま引き返して帰ってしまおうかと考えた。
 灯りを逸れて二重橋傍の駐車場へとふらり入っていく。だだ広いなかは一面の闇世界だ。振り向くと180度の半面の街の光。流れるヘッドライトも、都会の明かりも、私のいる場所から闇の対象として浮かび上がり、長く長く横へと続くそれらが先ほどよりも身近に、手の届くものとして感じられた。道の果ての東京タワーを見やると、もうビルに隠されて目にすることはできなかった。私は闇の中を歩き始めた。横断歩道を渡るとすぐに有楽町の地下鉄の入口が現れた。
 輝く街で三脚を取り出すことがなかなかできない。
 私は街の夜景を三脚で撮った経験がないことを思い出した。丸の内仲通りを流れるのはヘッドライトではなく大勢の人、人、人。よほど手持ちで撮ろうかと思ったが、それも自信がない。せっかくここまでたどり着いたものの、私は一枚も撮ることもできぬままただ人の波を歩いている。
 通りは無理だ。諦めかけて、国際フォーラムへと向かう。JA有楽町駅から近づくと隣をバスが止まるのだ。いや、たぶん先ほどから止まっていて、目に入らぬまま通り過ぎようとした私に声が響く。
「○○○○!!」
 聞き取れない。振り向くと男が観光バスの出入り口から身を出して叫んでいた。手招きをするような身振りだった。男の視線を追うと、私の向かいから女性が二人歩いてくる。満面の笑顔、楽しそうに道の脇のイルミネーションやショップを眺めているようだ。年配の女性と若い女性。男の妻と子供だろうかと想像する。
 私は国際フォーラムを通り過ぎて、仲通りまでまた戻ってきてはベンチにひとり座り込んだ。あれは、中国語だったな、と考えている。
 私がたどり着くことさえ夢見るこの地は、観光バスで楽しく、私とは対照的な笑顔をした外国人が闊歩するところなのだ。ここも私の場所ではなかったか。
 ベンチに座り込んで、もう今度こそ帰ってしまおうかと思いかけた時、私は見たのだ。
 私の前を通り過ぎる年配の男性、それから若い男性に女性、三脚を担いで街を行く人たちを。
 彼らはまるで私が山でするように、足を延ばしきった長い三脚を持ち、肩に担いで、きょろきょろと街を眺めていた。通り過ぎ、しばらく行くと立ち止まり、街を撮り始める。そうしてまた三脚を持って歩いて行くのだった。イルミネーションが続く街路樹の道をそうやってずっと。
 私は煙草を吸っていた。行き交う人々の中で唯一輝きをもって私の目の中に入ってくる彼らを、何人もの彼らを見つめていた。それからふと、突然思い出したようにリュックを広げてレンズを取り出した。望遠のレンズに代えて、それから三脚を出しセットし始める。煙が目に入って痛い。消せばいいのに、私は焦るようにくわえ煙草のままそれらの作業をして、目を細めていた。
 案の定写真を撮り始めると、街ゆく人の視線が絡みつくようだった。中には声をかけてくるものもあった。「良く撮れるもんかい?」
「ええ、良く撮れますよ」
 私ははっきりとそう答えて、輝く街路樹の中を行く。
 何十台の観光バスがやってこようとも、ここを一人歩くのは私だけではないはずだ。
 底力見せろ、心の中でそっと呟いている。
 
  
 
 
 
 
 
 
 

2009年12月12日

聖徳太子が泣いている。 ~小沢一郎中国朝貢外交について思う~

 
 
 
 
 『日出處天子致書日沒處天子無恙云云』
 日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無しや、云々。
 かつて(7世紀)聖徳太子が中国(隋皇帝要煬帝)に宛てたとされる国書の書き出しである。これを見た煬帝は立腹し、以後日本との外交を拒否したという。
 当時、東アジアには「華夷秩序」が存在し、中国周辺の国々は(中国の)皇帝に貢物を持って出向くことが習わしとなっていた。いわゆる「朝貢」外交である。朝貢外交によって服属を示した国々は、皇帝からそれよりも身分の低い「王位」を授かる。こういった中国の王朝の皇帝と君臣関係を結ぶ政治システムを「冊封体制」という。
 しかし、聖徳太子の一文は、王位を拒否し、自分と皇帝を同一の「天子」という呼び名に置いたことで、この朝貢外交と冊封体制からの決別を表明するものだった。煬帝の立腹は承知の上の国書だったのだ。
 
 
 民主党小沢幹事長が名誉団長を務める大訪中団が北京に到着した。国会議員143人、総勢600人を超える大人数での訪中は前例がなく、これには中国側も驚いたと言う。
 民主党が中国寄りなのはすでに国民も十分承知しているだろうし、日米関係がこじれる中、米国への圧力か、それともまた得意のパフォーマンスか、程度に考えて、呆れはしたもののそう重くは受け止めていなかった。
 が、下の記事を見て、自分の考えが間違っていたことを思い知る。
 これは朝貢外交ではないか。
 
 (msn産経ニュース 2009.12.10 23:30)  
                            
 【北京=原川貴郎】民主党の小沢一郎幹事長は10日午後、北京に到着し、人民大会堂で胡錦濤(こ・きんとう)中国国家主席と会談した。両氏は、日中関係の強化や民主党と中国共産党の政党間交流の促進を図ることで一致した。    
 小沢氏は会談後、記者団に対し、来夏の参院選について胡氏に、「こちらのお国(中国)に例えれば、解放の戦いはまだ済んでいない。来年7月に最終の決戦がある。人民解放軍でいえば、野戦の軍司令官として頑張っていると伝えた」と語った。  
 他の先進国の主要政治家が、天安門事件で民主化運動を武力で鎮圧した人民解放軍の幹部に自らをなぞらえることはあり得ない。
 小沢氏はまた、「参院選で民主党が過半数を取ることで、思い切った議論をできる環境が整い、関係を深めることができる」と語ったことも紹介した。
 胡氏は「民主党政権になってからも交流を深め、日中の互恵関係が新たな段階に入った」と語り、鳩山政権のアジア重視の姿勢を評価した。 

 

 小沢幹事長は日本と中国ではなく、民主党と中国共産党の交流促進を図ることで胡錦濤と意見を一致させた。そうして、よりにもよって自分たちの党をあの「中国人民解放軍」に例えているのだ。
 人民解放軍、というとまるで不当な権力や圧力から人民を救いだし、彼らがそれまで得られなかった人道的で平和な別世界へと解き放つかのような響きがある。
 自民党の長く不当な政権下で苦しんできた国民を救い出し、民主党が良い方向へと導くのだ、とでも聴こえてしまいがちである。
 天安門事件も遠い現在、そういうクリーンな、好ましいイメージを狙って発した言葉なのか。それともただ、ついにわが党も中国共産党のような一国の大政党になったとでも言いたかっただけなのか。日本と日本国民に向けた言葉としても、中国へ向けた言葉としても、どちらにしても、これがうっかり発言ではなく確信犯で言っているのならば、まともではない。あまりにも酷過ぎる話だ。
 そもそも人民解放軍は実質的には国の軍隊だが、中国共産党の軍隊である。1989年6月4日、胡耀邦(前総書記長)が急死したをきっかけに、学生や労働者たちの間で盛り上がった民主化要求の運動を武力によって鎮圧した。(六四)天安門事件と呼ばれている。
 人民解放軍が民主化勢力側につくか、共産党保守派につくか、どちらにつくかを世界中が注目していただけに、中国の武力による鎮圧は各国に衝撃を与えた。それまでの好ましいイメージは消え失せ、特に米国は中国の目指すものが共産党独裁の維持に他ならないと思い知ったのだった。
 この事件によって中国は国際社会から対中制裁を受け、国際孤立を強いられた。唯一日本を除いて。日本が各国に先駆けて交流制限や制裁を解除したのである。また、運動のきっかけになった改革派の胡耀邦は親日家でも知られていたが、それを材料にされて中国共産党から追い落としを食らい、政治的に失脚させられた。
 いくら過去の話とは言っても、小沢幹事長は当然それらの経緯をわかっていると思う。
 つまり、人民解放軍とは、中国共産党の軍隊で、米国や日本寄りの政治家を失脚させた共産党保守勢による、民主化運動を起こす市民をあっさりと武力で弾圧する、国際社会からかつて総すかんを食らった、組織だと言うことだ。
 わかりにくいだろうか。しかし、政治家ならはっきりわかっていと思うのは思い違いか。すべてを知った上で中国の国家主席にこう言う。「民解放軍でいえば、野戦の軍司令官として頑張っている」いったい何を頑張っているのか。
 野戦を天安門事件とすればわかりやすい。いままでの米国や日本のような民主化された国民を鎮圧(コントロール)しすること。
 小沢一郎は日本を中国共産党日本支部にすることを「皇帝」に約束しているのだ。
 頑張っています、あと少しです、と。でなければ600人を引き連れた大訪中団でのこの発言は不自然であり、むしろそうだと考えた方がすべてが合致するのだ。
 それに続く言葉はこうだ。
「参院選で民主党が過半数を取ることで、思い切った議論をできる環境が整い、関係を深めることができる」
 相互主義でも何でもない、圧倒的にただ中国にとって分のいいだけの数々の闇法案を(しかも選挙前のマニフェストにも記載のないものだ)決めようと積極的に動いている民主党らしいではないか。
 すべては、皇帝のために。鳩山政権は中国に対して「空前の重視」を示している。
 そして圧巻なのは、「皇帝」のために「天皇」をさし出そうという、天皇の政治利用である。
 中国では天皇は日本の国家元首だと思われている。「象徴」という観念は理解しかねるため、単純に首相よりも偉い日本のトップだと思っているのだ。その日本で一番偉い天皇を、一カ月ルールを破って急きょ訪問すると言う。しかも、会いに来るのは中国の「皇帝」ではなく、格下の習近平国家副主席である。
 日本もずいぶんとなめられたものだ。
 民主党の、いや、中国共産党日本支部代表の鳩山首相が、宮内庁に強く要請したのだそうだ。
 
「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す」
 日本はもはや7世紀以前にまでさかのぼった。この先、どこまでさかのぼり続けることか。
 民主党が政権を続ける限り、日本の伝統も、経済も、知恵の結晶によって創り上げられたすべての努力は無に帰することだろう。
 彼らが日本の旧来のシステムを叩き壊そうとしているのは知っていた。が、そのあとどうするのか、と問われると具体的に見えてはこなかった。しかし今回のことで私ははっきりと理解したつもりだ。対米政策も、闇法案もすべてが符合する。
 日本はこれから政治形態も、思想も、中心となる民族も、大きく変わっていくことだろう。中国の冊封体制に組み込まれ、飲み込まれていくのだ。
 聖徳太子が泣いている。
 
 
 
 
 
 

2009年12月10日

頑張れ、亀井大臣。

 
 
 
 
 
政府は8日、7兆2,000億円の財政支出を盛り込んだ追加経済対策を閣議決定した。最終調整の場では、菅副総理と亀井郵政・金融担当相とが激しい言い合いを演じ、最後まで迷走した補正議論を象徴した幕引きとなった。
亀井大臣は「3党連立は対等なんです。どんなに民主党の人たちがね、じだんだを踏んだって、悔しがったって、しょうがないんだよね」と述べた。
鳩山首相は「われわれとしても、我慢のしどころで」と述べた。
(中略)
今回の経済対策を整理すると、国の財政支出は7.2兆円。
その内訳は、就職支援の強化など雇用対策に0.6兆円、さらに住宅版エコポイントの創設など環境対策に0.8兆円、そして地方への支援に3.5兆円などとなっている。
ここで注目されるのが、このうちの2.7兆円分。
この2.7兆円は、麻生政権下で5月に成立した補正予算およそ15兆円のうち、鳩山政権が10月に執行停止した分。
当初、子ども手当など2010年度予算に使う意向だったが、デフレ進行などを受け、結局、今回の補正予算に使うことになった。
しかし、2010年の通常国会で補正予算が成立するまでは使えないお金となっている。
通常国会の召集が遅れれば、今回の経済対策、7.2兆円そのものの執行が遅れることになる。
最後まで1,000億円の上積みをめぐって紛糾したうえ、規模も小ぶりで、目の前の景気に対応できていない今回の経済対策には、「Too little(少なすぎる)、Too late(遅すぎる)」との批判も出ている。
 
 
 今日の一番驚いた記事だ。
 あれだけ大騒ぎをして執行停止をした前政権の補正予算分約3兆円を、なんとそっくりそのまま第2次補正予算の経済対策で使うと言う。
 デフレ宣言をしてから何を言っているのか。しかも、補正予算が承認されるまでの空白期間はどうするのか。
 あれは経済を悪化させるための執行停止だったという結論しかもう見出せない。
 普通に執行しれいればデフレもこれだけ深刻化することはなかっただろうに、なんて馬鹿な政権なんだろうと呆れ果てた。
 
 ところで最近亀井大臣の発言が面白い。冒頭のニュースの「3党連立は対等なんです。どんなに民主党の人たちがね、じだんだを踏んだって、悔しがったって、しょうがないんだよね」と言うのもそうだが、第2次補正予算が政府与党で合意した際は、こんなふうに述べている。
「総理がお決めになったことでしょ。わたしは、いろいろ経済対策とかの進言をずっと申し上げていたし、国民新党としても。それをふまえて、総理がお決めになったわけですからね。総理も、いろいろお考えがおありなんでしょう。本予算を目の前に控えて、全体についてお考えがあるんでしょうから。ちゃんとおやりいただきたいと」
 総理にもいろいろお考えがあるでしょうから、と言うのは完全な皮肉である。
 亀井大臣が勝手を言って現政権の足を引っ張っているとか、国民から選ばれたわけでもないのに大きな顔をしているとか批判的に言われている。が、私からすると、案外頼りになるではないかと言う思いである。政権の新米になめられてたまるか、という(民主党議員よりずっと長く)政府与党の経験を持つものとしての自負心が垣間見え、小気味いい。確かにあんなに頼りにならない総理大臣や、詐欺師のような影のボスに万が一でもいいように操られでもしたら、元与党がすたるだろう。そういう亀井大臣の誇りは民主党政権とは完全に相反する性質のもので、私から見たらまるで敵の陣地に刺客として紛れ込んだ唯一の味方が、憎きやつらをかく乱してくれていると言った感じも映るのである。
 ぜひこのまま足を引っ張り続けていてほしいものだ。経済問題が悪化して、内閣総辞職になるまで宜しくお願いしたい。(郵政民営化、及び株式売却も阻止したことだし、本人ももう思い残すことはないだろう)
 しかし、同じかく乱でも普天間基地移設問題の社民党の福島瑞穂党首はいただけない。
 あれでは、誰にでもいい顔をしたい、自分の手は汚さず決断せざるを得ない方向に持ち込みたいという鳩山首相の思うツボである。自ら利用してくださいと言わんばかりに相手の求める行動と発言をしてしまう、ダメ男に尽くす女房みたいで哀れである。もっとも本人はそれが政治信条だと思ってやっているのだろうけど。
 真面目に言えば、普天間基地問題の早期決着なんて、そもそもがありえるはずのない話ではないか。アメリカ様への回答なんてもう100年くらい待たせてもいいくらいだ。
 しかし、今まで積み上げた米国との信頼関係を捨ててまで、もしも強気に出るならば、憲法9条を改正して、もう安全保障は米国には頼りません、という覚悟がなければいけないだろう。果たして鳩山政権にはそこまでの覚悟や信念があるのだろうか。
 もしもないならば(どうせないだろう)、これ以上混乱させずに年内にどうにかして決着をつけて欲しいものである。
 いや、決着をつける前に政権から去っていただいた方が早いかもしれない。
 こんな無能な経営者も大使も日本には必要ない。
 
 
 
 
 
 

2009年12月6日

日本橋七福神巡りと雨の訪問者

 
 
 
 
 『NHKスペシャル権力の興亡第3回』が先日(12月2日)の深夜に再放送をしていた。「小泉、そして小沢、民意をめぐる攻防」と題された政界ドキュメントの最終回、小泉(元首相)と小沢(幹事長)の深層に迫るという。前回はながら見だったので、今回は本腰を入れて見た。
 驚いたのは、一番の山場であるラストの小沢のインタビュー(番組流に言うと証言)だ。
「政治は変わりますか?」
 聞き手が訊いた。日本は変わりますか?もしくは、政治(日本)は良くなりますか?という言葉だったかもしれない、重要なのは紆余曲折の末、政権を獲ったものに対して、向けられた(求められた)言葉だったということだ。「あなたがそれをしますか?」と。
 ところが小沢はこう答えた。
「もちろん変わりますよ。国民が変えるんです。みんな、自分は無力だと思っている。でも違うんです。私たちは決して無力じゃない。一人一人には国を変える力があるんです。私たちがこの国(政治を)を良くしていくんですよ!」(映像が見つけられなかったため大意)
 私はこの正論を聞いて、心底驚かされた。 
 政権を獲る前に、私たちが政権を獲ったらこれだけのことをします、と約束したのは誰だったのか。あれだけ、何でもかんでも国がやってくれるような、バラマキ政策ばかりのマニフェストを掲げて、今までそれが出来なかったのは前政権が国民から搾取していたのだと言わんばかりに堂々と掲げて、そして国民の生活を第一にすると約束して、いざ国民がその気になって、「政権交代」が終わってみたら、ぬけぬけと言う。
「国に期待するな。自分たちでどうにかしろ」
 現状がよろしくないのは自分のせいだと言うわけだ。
 確かに私たちにはこの国を良くする責任がある。政治家ばかりに頼ってはいけない。一人一人は決して無力じゃないだろう。
 だけど、このタイミングで、政権を獲った側のものが言う言葉じゃない。
 何のために国民は自民党ではなく民主党に票を入れたのだろうか。あなたたちがこの国を、私たちの生活を、良くしてくれるのではなかったのか。
 巧妙に逃げ道を作っているとしか思えなかった。
 このNHKドキュメントはなかなか面白い番組だったが、一番良かったのは、小沢一郎という政治家の正体が詐欺師だとはっきりと私に悟らせてくれたことだ。
 詐欺師がボスでは、政権交代してわずか二か月あまりで、経済も外交も混迷を来すはずだ。
 「国民の生活」が「第一」どころかこれ以上「悪化」する前に、さっさと消えて頂きたい。
 民主党のやり方を見ていると、私はいつも「動物農場」という小説を思い出してしまう。
 ジョージ・オーウェルが書いた風刺のきいたおとぎ話なのだが、あれと全く変わらない。 民主党が私たちに描いて見せた「絵にかいた餅」は、社会主義国家の幻想と全く変わらないと言いたいのだ。彼らが悪と批判した資本主義よりもよほどたちが悪かったように、民主党のやっていることは自民党の政権時代よりもよほどたちが悪い。
 
 
 ヨイショばかりの報道が続いていたが、マスコミも目が覚めたのか、最近やっと民主党叩きの番組が目立ってきた。
 さすがにこのまま続いたら日本が、というより自分たちの身が危ないと言うことがわかってきたのかもしれない。
 しかし彼らはまだましだ。年度末を持ちこたえられずに倒産する企業は多いことだろう。
 私が杞憂するのはそのこと(日本の未来)と、もう一つは地球の未来のこと。先日、報道番組でロシア(シベリア)の永久凍土が溶け始めているという特集を目にして空恐ろしくなる思いがした。そこで、久しぶりに七福神巡りに出かけることにした。
 七福神は長寿や豊作や商売(繁盛)の神々だが、私は地元に祀られた神々のいる場をその土地の聖地だと考えている。それで、巡礼のつもりで廻らせていただいているのだ。
 今回選んだのは「日本橋七福神」、8つの神社を巡る旅だ。午後から激しい雨になると聞いていた。いつも七福神巡りには数々のドラマがあり、道に迷うことも多い。無事、最後までたどり着けるかと懸念していた。が、意外とあっさりと終わってしまい、自分でも驚かされた。
 ひとつは人形町から水天宮から人形町小伝馬町と地下鉄で言えば3つの駅を廻る距離でしかなかったこともあっただろう、しかし何よりも神社から神社への道のりがわかりやすかったことが大きい。簡略化された地図と住所(番地)だけを見て、容易にたどり着いた。
 あまりにも簡単すぎたので、巡礼としての効果が薄いような思いがしてきたほどだ。(来週はもっともっとしんどい道のりの旅に出かけたいものだ)
 もしかしたら、私が慣れてきたのかもしれない。道を見つけることが楽になってきたのかもしれない。
 もしかしたら、今まで多少なりとも頑張ってやってきたことは意味があったのかもしれない。
 本当はそう思いたいのだが、今は確信できないでいる。
 頑張っても、誰かのためにと思っても、結局は私は排除される側のものであるという思いは拭い去れない。誰も私の努力など認めないし、私が必死で生きていること自体にさえ誰も注意を払わない。
 いつも私は誰かが豪華なドレスと美しい靴をはいて、賑やかな舞踏会へ出かけていくのを見ているだけだ。南瓜の馬車もガラスの靴もおとぎ話の中にしかない。指を加えて、ただ窓から燦然と輝く夜のお城を眺めている。
 ただ、今週はそんな哀しみの上にもいつもとは違う満足感があった。
 
 
 
小綱神社(福禄寿)古くから福の神として信仰を集めてきている。11月にはどぶろく祭がある。
茶木神社(布袋尊)周囲に巡らされた茶の木の緑が見事。火伏の神といわれている。
水天宮(弁財天)安産と水難、水商売に御利益がある。毎月5日は縁日でにぎわう。
松島神社(大黒天)11月に酉の市が開かれる。財宝無限、大願成就に霊験あらたか。
末広神社(毘沙門天)毘沙門天は多聞天ともよばれ、世界の守護神福徳の神とされている。
笠間稲荷神社(寿老人)五穀、殖産興業の守り神として、また、長寿、開運の神として有名。
椙森神社(恵比寿神)柳森、鳥森とともに江戸三森。福徳、商売の神として信仰されている。
宝田稲荷神社(恵比寿神)祭壇の中央に安置してある恵比寿神像は、運慶作とも、左甚五郎作とも伝えられている。
 
 
 
 誰も私になど重きを置かなくても、私自身は幸せに、いや、正直幸福かどうかはわかないが、私自身は確かに生きている。私の価値を奪う誰しも、そのこと自体は決して奪えないのだ。私は哀しくなるたびにその事実を思い出して、そうして心が安らいでいくのを感じた。すると、価値あるものと認められるために、声を上げる必要も、無理に努める必要ももうなかった。私はわざと今まで以上に大人しくしていた。
 本当に価値あるものならば、それでも輝くものだろうと。たとえ輝かなくても、もう十分なのだと。
 自分の価値基準を他人に求めず自分自身で完成させてしまうことを何と言っただろうか。あれはストア主義だったか。しかし、私が感じた満足感はそうした他人の承認を得られなかったことの挫折感から来ているものとは思えず、むしろ価値がなくても今ここに「在る」ということだけでざまあみろと言う気分なのだった。
 生への充実感、それから他者に対する秘かな喜び、存在の誇りのようなもの。
 私は打ちのめされた動物のような瞳をして、誰の心の中心にもおらず、それでも確かに満足していた。
 
 七福神を巡りながら私は空ばかり見ていた。すでに午後だ。今にも激しい雨が降り出すのではないかと恐れていた。
 傘を持つと手がふさがって写真が撮りづらい。が、それは何とでもなる。困るのは目が最近悪くなっていることだった。降るとなおさらよく見えないのだ。いつも撮った写真はすぐに露出とピントを確認して、気が済むまで何度も撮り直す。眼鏡をしたり外したりしながらその撮り直しと試行錯誤を続けるのが困難で、雨が降るとすべてが雑にならざるを得ないのだった。
 私はそれを恐れて、休憩も取らずに廻り続けた。途中で空腹を感じたが降られるよりましだ。末広神社を探しているときにぽつりと雨の滴が額に当たった。降らないでくれ、降らないでくれ、頼むからもう少し勘弁してくれ。と願いながら道を歩き続ける。
 結局、雨は降らなかった。最後の宝田稲田神社にたどり着いてもまだ空はもっていた。それどころか途中行く先々で晴れ間が見えたりしていたのだった。
 私はそのことを奇跡のように感じながら、こんなことで奇跡を使い果たしたら余計願いが叶わないんじゃないかなどと心配しながら、夢のことを思い出している。
 今週あまりにもひとりで満足したしまったせいか、コンクリートのだだ広い部屋にいる私が窓を閉めようとしている夢を見た。窓というよりベランダの出入口のその扉は唯一外と通じている、ベランダの柵の向こうは普通の道なのだった。嵐のなか、私は必死でガラスの扉を閉めようとしているのだが、そのたびにベランダから訪問者が現れたり、洗濯物が引っ掛かったりして、扉を閉めることが出来なかった。訪問者におののき、激しい雨に打たれながら、私はずいぶん焦っていたようだ。
 だけどどうしても扉は閉まらず、私は目を覚ました。コンクリートの部屋で一人になることは決してないまま、夢は終わりを告げたのだった。
 
 
  
 
 
 
 
 

2009年11月29日

唱歌を口ずさみながら

 
 
 

 
 
 仕事納めの金曜の夜、私は職場を去りながら涙を流した。
 分断統治など過去の話ではない。社会には人材掌握の手段として今も根深く残っていて、様々な「区別」が存在する。
 ひとりひとりは皆いい人たちだ。だけど、「区別」乗らなければ自分自身が排除されると恐れる人もいる。またはその手段をあからさまに利用して、自分の立場を守る人もいる。
 夜に浮かび上がる東京タワーの天辺を見つめて、私は泣いた。みじめだった。
 ここ数日ずっと読んでいた本の一節を時々に思いだし、自分に重ね合わせている。そうして、泣きながら苦笑いをするのだった。
「偉大な中華人民共和国は欺くことはできないし、偉大な中国人民は侮ることはできない。偉大な中華人民は永遠に戦って勝利しないことはありえない!」
 当時国家主席だった江沢民の言葉である。
 
 
 「中国はなぜ『反日』になったか」(清水美和著)私はこの本を読んで、中国に対してよりも日本の政治家に対してがっかりした。主に、小泉純一郎。元首相の彼を私はとても信用していた。政治や歴史にについて深く知れば知るほど、彼の評価が著しく低いことを知る。が、それでも私はいつか歴史が証明する、と彼の正当性をまだ信じ続けていた。ところが、前述の本での一節が私に壊滅的なダメージを与えたのだ。
「小泉は参拝を自らの信念に基づくと説明しているが、関係者によると首相就任前には靖国参拝への関心は薄かったという。自民党総裁選(01年4月)で、党員の票田である遺族会の会長も務めた橋本龍太郎元首相と争った際、不利を挽回するため、『8月15日に靖国を参拝する』と公約したのが真相で、信念というにはほど遠い。
 01年8月の参拝前は『私も迷っている。(世論)調査をするところによって全く正反対の結果が出てくる』(読売新聞01年8月7日付朝刊)と不満を漏らしながら、参拝後、高い支持率がわかると『世論調査で70%以上の人々が支持している。その辺も中国、韓国の方々に考えてもらいたい』(共同通信01年8月23日)と胸を張った。
 年一回の靖国参拝を公言するのは、構造改革の公約が実現せず内閣支持率が下落する中で、日本社会に広がった中国の圧力に対する反発をも利用し、政権の求心力を高める狙いがあるようだ。しかし、こうした人気取りは、江沢民政権が90年代後半、民衆に潜在する反日的な感情をかき立てた方法と通じるものがある。中国側がその愚を悟り、対日政策の修正に取り組み始めたのに、日本が嫌中感を利用した人気取りを続けていくのは、あまりにも不毛である」
 私が小泉元首相を信じ続けていたのは、彼が靖国神社の英霊を敬い続けたことが大きかったのである。たとえ15日に参拝しなくても、途中でやめても、それでもあの深い一礼は私の心を確かに打った。それは、信念ではなかったのか。
 孫文、胡耀邦、と日本を信じてはあっさり裏切られた(もしくは失脚した)悲劇の指導者たち、私はまるで彼らの立場に立つようにこの国を思った。いつまでもいつまでも区別をやめない社会。信念のない政治家。
 しかし、それでも石ころをダイアモンドに変えたのだ。あの時、未来は輝いて見えた。
 世の中のすべての出来事は、不毛で無価値なものをいかに、輝きのある価値のあるものに変えていくことが出来るかどうかにかかっている。それを、石ころどころか害石であったと諭されても人生の哀しみが増すばかりだ。誰かこの涙は必要のないものだと言ってくれ。私が思うほど私は無価値ではなく、耀いているのだと諭してくれ。
 ところで、私が民主党政権についてあれこれ言っていることも、多くの方々に人生の哀しみを与えているのだろうか。
 あの友愛政治は本当に友愛というダイアモンドだと、その証明こそを人々は求めているのだろうか。
 
 
 
 
 
 
 
 翌日の土曜日、写真撮影に出かけるいつもの日。私はどこへ出かけるかぎりぎりまで悩んでいる。
 上野恩賜公園へ行って大道芸の人々を撮ろうか、久しぶりにモノクロで。紅葉は食傷気味だった。先日見た荒木経椎の本とTVの特番のせいだろうか、無性に人とモノクロが撮りたかった。「顔はね、裸なんだよ」とアラーキーは言いきった。そこには価値も無価値もない。こちらの思いで変化するものは存在しない。裸の、実在のままの、人の顔。
 しかし、それらを撮りたいと思いながら、私は最後の最後で行き先を変更する。
 神代植物公園に花を撮りに出かけたのだ。私が敬愛するある人からのふとした勧めからだった。それに私は願ったのだ。ただの路傍の花を誰よりも美しく撮ってやりたいと。私にはできる。世界を美しく耀かしいものに変えるのだ。その時はそこまで深くは考えなかった。しかし、実在よりも虚像の美を選んだのはやはり何か昨日のことが心にあったからに違いない。私は電車を乗り継いで植物園へと向かっていく。
 
 
「鄧の後継者たるべく総書記に抜擢された江沢民にとっても、ソ連・東欧の社会経済圏が崩壊する中で、愛国主義の鼓舞は共産党政権の生き残りをかけた戦略だった」
 今日も私の決戦が始まろうとしている。
 
 
 
 

 
 
 
 
 神代植物公園正門に辿り着く。前回行ったとき、正門左脇にボードが置いてあり現在咲いている花が書いてあった。ボランティアの方にそれを教えてもらったことを覚えている。私は今咲いている花を確認しようと仮設テントのような屋根とテーブルが並べてあるスタッフが集っている方へと向う。
「山野草園ですか?何かお探しですか」
 一人がにこやかに語りかけてくる。ボードには山野草園に現在咲いている花と椿との案内がある。
 私はボードを見やりながら、
「ええ、椿はどちらでしょうか」
「椿なら、この左の舗装された道をずっと真っ直ぐ行って、一番奥なっちゃうんですけどね、ここ、(園内図を見せながら)つばき・さざんか園にありますよ」
 礼を行って左手へと向う。歩きながら案内図を良く見ると、つばき・さざんか園に行くなら、右手の道を突っ切った方がどう見ても早そうだ。ばら園と深大寺門の脇を通ればすぐである。左の道からだとつつじ園や山野草園やさくら園など数々のブロックをぐるり周らなくてはならない。
 多分こちらから行った方が景色がいいのだ。お勧めの道なのだろう。
 私はそう理解した。ばらの見ごろは過ぎた。多少遠くても、今日この植物園に来たならば是非こちらから周って見て欲しい、スタッフがそう思うような美しい光景に溢れているのではないか。急ぐ旅ではない。ゆっくり行くか。私は椿の前に園内の見どころを回っていくことにした。
 ところが思ったよりも秋は陽が短い。一時を回り、二時が近付くころにはすっかり雲が広がり、陽光が閉ざされた。この時、実は私にはそう多くの時間は残されていなかったのである。(その事に気付くのはすべてが終わってからだった) 
 スタッフの勧めは正しかった。まず私は山野草園から築山を見渡し、あまりにも美しい黄葉に驚かされた。カメラを固定し足を広げたままの三脚を担いで小山を駆け上がる。池から遠くにせせらぎの小路が見渡せる。数々の落葉樹。そして池沿いには背の高いメタセコイヤが立ち並んでいた。その深いレンガ色のような、茶色がかった紅鬱金のような、葉の美しさと言ったらない。水辺に映って存在を示している。
 宿根草園では渓流の宝石とも呼ばれるカワセミ(翡翠)と出会った。芝生広場では天高く伸びるイネ科のパンパグラス、木立ダリアも咲き誇っている。
 私は彼らに出会うたびに胸の高鳴りを覚えて、ただ撮った。石ころをダイアモンドに。何と傲慢な思いだったことか。彼らは既存のダイアモンドのように光り輝き、まるで石ころの私に惜しげもなく自身の美を享受させてくれるのだった。
  
 
 
「愛国主義の教育は教育関係者だけの仕事ではない。社会をあげて愛国主義的雰囲気を醸成することは党員の至上の任務とされた」
 私に課せられたことは、石ころをダイアモンドにすることではなかったのではないか。
 ある石ころがダイアモンドだと知ること。そうしてあるダイアモンドが石ころだと知ること。
 両者の違いを見分けること。
 
 

 
 
 芝生広場を抜けた私の目に飛び込んできたのはさくら園の桜の木だ。そしてその遠くに陽を浴びた紅葉。今年まだ一度もちゃんと見れていない、数々の楓の紅葉だった。
 楓の紅葉にはまだ早いと思い込んでいた。もちろんまだ緑のものもある。しかし、園の楓のほとんどはオレンジ、ピンク、深紅色にと葉を染めているではないか。私は落ち葉の上に座り込んで、見上げるようなアングルで紅葉を撮る。三脚を低くし、紅葉の内側に入り込むようにすると、幹は影になり、太陽の光を取り込んで葉は透けるように浮かび上がる。楓の紅はよりいっそう深く、美しく輝くのだった。
 かえで園は道が出来ていて、様々な種類のカエデ類の木々が立ち並ぶ中、その周りを人々が歩いて行けるようになっていた。もみじ狩りに訪れた人々が、まるで楓を囲むようにぐるぐると歩いている。道から外れて、彼の美しさを撮り続ける私にふと歌が聞こえてくる。楓を見上げ、足を止めて堪能し、相方と何かを語り合い、そしてまた歩いては去っていく人たちの、楽しそうな唱歌の声である。
 
 
 秋の夕日に 照る山紅葉(もみじ)
 濃いも薄いも 数ある中に
 松をいろどる 楓(かえで)や蔦(つた)は
 山のふもとの 裾模様(すそもよう)
 
 
 彼らは口ずさみながら私の前を笑顔で通り過ぎていく。私はふと自分も口ずさんでみる。すると紅葉がよりいっそう美しく映って来た。道行く人が、四季を尊び、その美しさを愛でる彼らまでもが。
 私はよほど気に入って、帰りに二番の歌詞を調べて、家に付くまで歌いながら帰ったものだ。
 私の撮影旅行はこのかえで園で残念ながら終わってしまった。なぜなら楓を撮っている途中で陽が翳って来て、もう私の力だけで彼らを輝かせることは不可能だった、というより必要がなくなった。私は充分満足して帰途へと付いた。楽しげに、歌を歌い、撮ったばかりの写真を眺め、あれやこれやと秋を思っている。
 
 
 渓(たに)の流れに 散り浮く紅葉(もみじ)
 波にゆられて 離れて寄って
 赤や黄色の 色さまざまに
 水の上にも 織る錦(にしき)
 
 
「ある小新聞の編集長は私に、『読者の方を向くだけでなく、右を見て左を見て上下を見て編集しなければならない。本当に疲れる』とこぼした。しかし、読者に買わせるためには、よりセンセーショナルな見出しを付けた刺激の強いニュースが必要であることは西側と同じだ。90年代半ばから、『愛国主義』を錦の御旗にした、日本や台湾をたたく報道が氾濫した背景には、こうした事情があった。何しろ党中央の伝達で『愛国主義教育の社会的雰囲気を創造する』ことは報道機関の至上任務と去れている。日本や台湾をどれほど、どぎつく叩こうと、どこからも文句がつく恐れはなかった」
 そう、過去をどれだけ叩こうとどこからも文句はつかない。
 
 

 
 
 
 結局つばき園にたどり着く前に、私は踵を返した。今日はもう椿を撮る必要もなかったのだ。
 楓は充分に美しかった。人々もそうだ。もちろん椿も同じことだったろう。彼らは自身で美を知り、自ら輝いている。私の虚像など要らないのだ。
 私にできることがあるとしたならば、石を磨き、ダイアモンドをより耀かせることくらいか。
 正直わからない。価値のないものに価値を見出すこと、それがすべてだという考えはそうそう覆らない。
 だけど、それでも、私たちは春に花見をして、秋にもみじ狩りをして、唱歌を歌えば一つになれる。
 何も言い返せない誰かを標的にして創造する必要もなく、個人の発言で幻滅するはずもない、そんな尊いものが確かに存在している。
 今日の旅で私が見つけたことだ。
 今度泣く日が来た時は、そのことを思い出して、懐かしい唱歌でも口ずさもうかと考えている。
 
 
 
 
 
 
  

2009年11月28日

ムダとともに日本も滅びるか。行政刷新会議事業仕分けに思う。

 
 
 
 seachinaの先週の経済ニュースだ。中国株情報配信サイトに「ドン引きされる日本」と言われるところもきついが、民主党政権が騒々しくも事業仕分けをやっている間に、いつの間にか人(国民)知れず日本の国富がムダ削減分の35倍も失われていた、というところが凄すぎる。
 スパコン、GXロケットなど、科学技術分野の予算削減といい、あの政治ショーはいったい何か国の役に立っているのだろうか。
 映画館や劇場に行くよりは安上がりに楽しめて、3時のワイドショーを見るよりは知的な満足感を味わえるというくらいか。
 私は国の税金の使い道を透明にするということが、そんなに大騒ぎするほど素晴らしいことだとはどうしても思えないのだが。
 利権絡みも込みで、私はムダ肯定派である。
 一見ムダと思われるところからすべてが生まれる。ムダをするからお金が回る。
 日本橋の三井本館は現在のお金に換算すると1,000億円の資金を投じて造られたそうだ。1,000億円である。建物外観のコリント式と呼ばれる列柱も、今思うと実用性に乏しく、必要以上に豪華で、ムダな建築物だったのではないかと思われる。しかし、関東大震災後の復興の象徴として大きな役割を担った。今でも重要文化財とされ、隣の三越本店と共に日本橋の顔となっている。ムダから生まれる付加価値は計り知れない。
 そもそも今現在、資源も何もない弱小島国の日本が食べていけるのはすべて当時ムダと思われたことから生み出された結果(知的財産権等含む)ではないか。もしも何十年も前に行政刷新会議があったら、日本は絶対先進国にはなってなかったな、と確信すらしてしまう。
 何もかもが国民に開かれていればいいというものではない。蓮舫みたいなバカを言いだす国民が絶対いるものなのだ。(しかも、あんなバカを言いながら正義のヒーローみたいな満足げな笑みを浮かべているから殺意すら覚える)一部の頭のいい方にお任せするのも国のためにはありかと思う。たとえ閉ざされていることが私にとって不都合だとしても、国が潤えば、結局は私自身に戻ってくるのだ。また、わかりやすい。能力や品質による公平さが失われても、お金があれば済む話だ。今みたいに基準が不透明ではない。影の総理の胸三寸で公平さが決まるよりはよほどマシだ。
 民主党バカ政権のおかげで、銀行は貸し渋り、円高には拍車がかかり、デフレは深刻化、これから日本はいったいどうなるのか、と心配になる昨今、冒頭のニュースよりもさらに驚いたニュースがこれである。
 
 

必殺仕分け自衛隊もバッサリ制服高すぎ!

 政府の10年度予算概算要求のムダを洗い出す行政刷新会議の「事業仕分け」で26日、自衛隊員の制服について、外国製を含めたコストカットを求め、予算縮減の評決を出した。自衛隊の制服は、模造品による潜入工作を防ぐなどの趣旨で、陸上自衛隊の幹部で1着2万5704円の国産物を使用してきた。防衛省側は、安全保障上の観点から反論したが、仕分け人の結論は縮減。安価なアジア地域からの輸入の可能性が出てきた。

 自衛隊の制服は、記章や、階級章のついたスーツのような服で、54年の自衛隊発足当初の冬服から、国内縫製の制服が使用されてきた。防衛省はほぼ前年並みの89億6900万円を要求したが、仕分け人の厳しい目は、より安価な「アジア製」の制服の可能性を含めた制服採用によるコストカットを求めた。

 防衛省側は制服を外国製にした場合、模造品が作られたりする可能性もあるとして「先進国で制服を輸入している国はない。安全保障上、グローバルスタンダードだ」と説明した。被服一般について、長年使用してすり切れたりしたものを着用している現状を説明。穴の開いた靴や、またの部分や、すそ口がすり切れた制服の写真まで例示して「着用可能なものは使い回して貸与している」と、すでに「お下がり」の制服も使用されている現状を明らかにした。その上「ストックもない」と訴えた。あまりの窮状ぶりに、大丈夫なのか、という一抹の不安もよぎった。

 陸上自衛隊の制服の場合、素材は毛と再生ポリエステルの混紡。市場にある一般的なビジネススーツと同じだ。仕分けでは、一般のスーツの参考価格として、国内縫製が2万4150円~2万6250円、海外縫製で1万7325円~1万8900円というデータが紹介された。外国産は、6825円~7350円安い計算になる。要求額89億6900万円のうち、制服等は77億7500万円。外国産採用で約3割カットできるとすれば、20億円程度削減できる計算になる。

 防衛省側の説明を理解した上で、仕分け人からは「制服の中で、国産からなにか外せるものはないか」、「(服を作る作業のうち)縫製だけ分離したらどうか。ぜひ検討を」などの提案も出たが、防衛省は「(制服の国産は)ここは基本的な線です」ときっぱり。議論は平行線をたどった。

 取りまとめ役の蓮舫参院議員(41)は「仕分け人12人中、要求通りが2人、縮減が10人。海外産も含めた対応をお願いしたい」として、縮減の評決を出した。自衛隊幹部はやりきれない様子。制服がメード・イン・アジアになることについて「考えられない」と一言だけつぶやき、会場を後にした。【清水優】

  

 日刊スポーツのニュースである。テレビで見て驚いてニュースを探したが、なぜか普通の新聞記事では大々的に書かれていない。(私が見つけられなかっただけかもしれないが、もしかしたら意図的なのかもしれない)
 このニュースこそが今の政権と事業仕分けの象徴的なものであろう。
 万が一戦争になったとする。たとえ戦争にならなくても、国で大きな災害が起こったとする。海外で何か大きな災害等が起こり後方支援に出かけたとする。国のために、または日の丸を背負って、自衛隊員たちが必死に頑張ったとしても、その時彼らは「メイド・イン・チャイナ」の制服を着ているわけだ。
 どうですか、これ。
 私だったらかなりモチベーションが下がる。
 中国製の服が悪いと言っているわけではなくて、精神性の問題だ。
 ムダを省くためなら、もしくは海外の服飾メーカーをもうけさせるためなら、日本人の国民性も誇りも全部捨ててしまえ。強いては日本人の魂さえも捨ててしまえ(売り渡してしまえ)と言っているように映る。
 まさに民主党の政策そのものではないか。
 ホントバカですね。1兆円の無駄を省いている間に35兆円損しただけではまだわからないのか。目先の1兆円が事業仕分けのショーで、35兆円が日本にとってなくてはならない大切なものですよ。日本の伝統、日本の未来。それから日本人の心。お金には代えがたいものすべて。
 あなた、ムダと言って捨てますか?
 まだ間に合う。本当にそれさえも失う前に、とっとと政権から去って頂きたい。
 そろそろ私だけの意見ではないだろう。
 
 
 
 
 
 

2009年11月24日

日本は侵略戦争をしたという父の勧めにより「なぜ日本人は中国人にケンカを売 るのか」と始終言いたい「なぜ中国人は日本にケンカを売るのか」という本を読 んだ件について。

 
 
 
 父親が図書館で本を借りてきてくれた。
 私が最近政治的話ばかりをするので、父親なりに気に病んでくれたようだ。
「特別永住権だけでも特権なのに、地方参政権も与えるというなんて。いっそ日本国籍を取ったらいいのに」
 日本人になるのは嫌だという「外国人」に、なぜそこまでの特権を与えるのか。くどくどと民主党の暴挙の数々を上げ、歴史認識問題における日本側の正当性を訴えていると、ぽつりと言う。
「いや、日本も昔は相当悪いことをしたんだよ」
 だよね~。と思わず言いたくなるが、それは子供の頃からずっとそう聞かされていただけで、「実際」は知らない。歴史学的に正当性のある資料も証言も私は見たことがないのだ。
「どんな悪いことをしたの?」
「無差別に民間人を殺したんだよ」
「いつの話?誰がそう言ったの?それは便衣兵や民間人のゲリラではなく?」
 しつこく尋ねると、口ごもり、満州引き上げの時に苦労をしたと言う警官だった友人の話をする。
「もっとないの?」
「生々しい話はしたくないよ」
 と逃げる。まただ。いわゆる「日本の膨大なる悪事」に対しての具体的な話はまったくない。戦勝国側(主に中国と韓国)の証言は常に過大表現で、またねつ造されたものも多く、アテにならない。逆に日本側は記録を残すことに対して慎重だった。もしかしたら、父親も「聞かされている」だけなのかもしれない。よほど慎重に訊き出さないと真実かどうか怪しい。言いたくないのか、知らないのか。詰問して申し訳なかったが、日本の戦争の歴史に関しては「伝説めいた真実」、「真実ではない伝説」がたくさんあるのだ。
 
 父が図書館でわざわざ借りてきた本は「なぜ中国は日本にケンカを売るのか」というあの儒教の創始者で有名な孔子の子孫、孔健(こう・けん)氏が書いたものだ。
 せっかくの父の好意だが、この本、書いてあることが支離滅裂なのである。中国でも日本でも知識人とされている孔子の子孫がこのような思想を持つのか、とあまりに驚いたので、アマゾンのブックレビューをすぐに調べる。すると、「最後まで読めなかった」「ご先祖さまが泣いているぞ」と、みな散々な評価である。良かった、私の感覚がずれすぎているようではないようだ、と胸をなでおろす。そのレビューの中で目に付いたのはこんな評価だ。
「最近の日中関係の紹介が主内容なので、分析・考察には必ずしも多くの紙面を割いてはいませんが、最新の動向を知るには手頃な本です」
 として、本の中の興味深い中国の現状や考え方をいくつか上げている。
 確かに情報としては下手な旅行ガイドよりも断然優れている。私もこういう誰もが興味を持つ話題としての中国を紹介し、父に対しての礼とすることにしよう。
 
 
 ■日中国際結婚は三組に一組が離婚。また中国人の嫁は鬼嫁となり、日本人の亭主を殺す可能性がある。
 
「なぜ、うまくいかないのか?第一に年齢差の問題がある。(中略)その上、来日したばかりの中国人は日本語を話せない。だから意思疎通が極めて不十分となりやすい。この二重のハンデのため、中国人妻は孤独におちいり、その結果ノイローゼになるのも不思議ではない」
「国際結婚というと聞こえはいいが、実質は貧乏からの脱出である。日本への出稼ぎ結婚なのである。多くの中国人妻は婚約時の礼金(結納金)はもとより、日本へ行ってからの実家への送金も忘れない。(中略)貧しい家族に何としても送金したい、たとえ殺人を犯してもと考えてしまうのだ」
「中国では男女平等であり女性も仕事を持つのが普通だ。働いていればお金も自由になる。ところが日本女性の経済的地位は一般に低い。特に働かず夫の収入に頼っている妻はなおさらだ。そこでたいていの中国人妻は、働こうと考える。しかし、多くの日本人夫は妻が働くことを喜ばないし、仕事と言っても実際には言葉の壁があるのでままならない。そこで、てっとりばやく水商売などに走る。この商売は誘惑なども多いので、夫とトラブルを起こす」
 また、多くの中国人妻は日本にあこがれてやってくるので、過疎地や農家の過酷な労働と姑のいびりに耐えきれずに、日本に来て数年で過疎地や農村から都会へと逃げ出すことが多いそうだ。ここでも逃げ出した妻は水商売から始め、風俗店の経営者になる実例も多いと言う。
 過疎地や農家の嫁不足を外国人で埋めようとしても無理がある。日本人が嫌なものは外国人も嫌なのではないだろうか。どうしてもと言うのなら、少なくとも相手に殺されることのないように、よくよく愛を確認してから結婚してほしいものだ。
 
 
■中国ではODA(政府開発援助、開発途上国への支援金のこと)を引き出したり公安の情報収集のために「色じかけ」を使う。
 
「私が得た情報から判断すると、自殺の主な原因は女性問題だ。はっきり言って、不倫のもつれ。それに付随して、公安当局の画策があった。(中略)なくなった彼には申し訳ないが、外交官としての彼のガードは甘すぎた。彼は知恵も分別もある40代のいい大人なのである。人間として、外交官としてこんな軽率な行動をしてはいけない。(中略)不倫でスパイの罠に落ちるとはお粗末すぎる。中国がはめたというより、はめてくれといわんばかりだ。だいたい世界の諜報関係者の常識だが、他国に滞在している大使館員はすべて狙われていると考えた方がいい。この日本人館員はまったく警戒していなかった。そういう意味で、自業自得と言われても仕方がない」
 これは中国人女性と恋愛をした外交官の話である。不倫であることから仕事と家族を失うぞと中国公安当局におどされ、機密を執拗に要求され、自殺をした日本人総領事官員(当時46歳)だが、大使館員に限る話ではないのではないか。サラリーマンも産業スパイにはまらぬよう中国人との恋愛には気をつけて頂きたい。少なくとも、自殺することのないように、よくよく愛を確認してから恋愛してほしいものだ。
 
 
■中国人は死霊の復活を信じ、墓をあばいてでも、敵にとどめを刺す。
 
「日本人は、人は死んだら、生前の罪はすべて許され、例は成仏して浄土や天国へ行き、みな仏さま、神さまになると考える。そのことは日本人がよくいう死んだ人に罪はないと言ういい方に表れている。この考えは日本人特有の性善説または平等観にもとづくものといってもよいだろう。ところが中国はまるで違う。中国人は、今でも多くの人が、人は死ぬと、魂と魄(肉体)に分かれると信じている。儒教からくる魂魄説である。(中略)つまり魂は天に昇華し、肉体は地に戻る。(中略)このように中国人は魂のよみがえりを信じている」
 だから靖国神社に眠る戦犯たちがよみがえるのではないかと信じて、あんなに首相の参拝を反対するのだそうだ。
「この霊が悪霊だったらどうなるのか。よみがえったら必ず復讐してくるに違いない。そこで、生き返らないように墓をあばき、滅茶苦茶にする」
「中国人は怨みを忘れない民族だ。いつまでも悪事を気にする。しかしそれが度を過ぎれば、良くない結果が待っている。確かに日本人は、中国に戦争をしかけるという罪を犯した。しかし、それをいつまでもあげつらっていては日本人の反感を買うばかりだ。ここは、怨みに直に反応するのではなく、徳をもって応えたい。怨みに徳を持って接するのだ」
「『われわれは膨大な被害を受けました。しかし賠償を請求すれば、日本の人民に大きな負担をかけます。これは中国人民の望むところではありません。日中百年の計を考え、賠償請求権を放棄します(周恩来の有名な以徳報怨演説)』こうして日中国交回復は実現した。周は以徳報怨(徳を持って怨みに応える)の精神で事態を収拾したのである。この精神を学びたい。互いに非難するのでなく、徳をもって応えたいものだ」
 
 最後の引用がこの本のラストに来ることから、多分この本で作者が一番言いたかったことが「以徳報怨」ということだろう。
 つまり、死んだ人の罪を許す日本人と違って、中国人は墓をあばいてでも敵にとどめを刺す怨み深い民族だ。しかし、怨みに直に反応せず徳をもって応えてくれ。以前中国は、日本の侵略戦争に対して徳をもって応えた。国民を想い、賠償金をもらわなかった。この精神を日本も学んでくれ。怨みがましい中国人を許してくれくれ。とまぁ、こういうわけですね。ところで、賠償金請求だが、確かに中国はしなかった。が、そのあと日本からODAを受け取り続けている。(私が知っている限りで6兆円だ)それから中日戦争を「しかけた」のは中国共産党だ。この辺も良く勉強していただきたい。
 
 
 ■中国では追いつき追い越すためなら何でもあり。犯罪を犯してでも日本製品をコピーする。
 
「さらに次のようなコピー方法も横行した。海外のメーカーは、製造工場を中国に持つことが多い。たとえば、ある海外のメーカーが中国の工場に1,000個の製品を発注するとする。その場合、工場は2,000個生産してしまう。1,000個は海外の本社に収め、あとの1,000個は中国国内に横流しをするためだ。この場合、正確にはコピー品ではない、ほんものなのだが、値段は格安で売られる」
 中国ではコピーは当たり前だそうだ。それは知っていたが、本物まで横流ししていたとは心底驚いた。この場合、人件費も、原材料ももちろんそれを作る工場の税金等すべての諸費用も、当然日本の持ち出しだと言うことだろう。日本は費用をすべて払って、中国の製品を作っていたのか。
 その後、別の章で日本人は中国の漢字を盗んだとか、陶磁器や墨絵なども盗んだと言う話が出てくる。
「今、中国では日本製品のコピー(偽物)があふれ問題になっているが、平安時代から鎌倉時代にかけては別の現象が起こった。中国製品のコピーが日本で氾濫したのである。当時、中国の宋では白磁や青磁の陶芸文化が爛漫と花開いた。それが日本へ渡り、まねされ、類似品が出回った。中国からすれば陶磁の技術が盗まれた。(中略)このように、古代から中世にかけて、日本人は多くの文化を中国から学んだのである」
 確かに中国からしたら陶磁も輸出品であったからコピーだと思うのかもしれない。昔やったんだから、今は我慢しろと言いたいのだろう。が、文化を商品だと考えて中国の犯罪と一緒にされるのは腑に落ちない。雪舟の水墨画までもが中国の墨絵のぱくりだと言いたいようなのだった。シルクロードもあるように、貿易を通して文化や芸術が国から国へと流れることはよくある話だ。それを追い付き追い越すためには犯罪までするという中国の正当性にするにはちと苦しいのではないか。
 
 
 ■儒教はいかに生きるかを重視し、いかに死ぬかを重視するのが、武士道。ただし、武士道は儒教のコピーである。
 
  この辺になるともうめちゃくちゃ。
「花は桜木、人は武士、と日本人は言う。桜も武士も、その散り際が一番美しいと言う意味なのだろう。日本人は潔い散り方、いかに死ぬかを重視する。日本の葉隠には武士道は死ぬることと見つけたりという言葉もある。(中略)孔子にとってはいかに死ぬかより、いかに生きるかが問題だった。だから儒教は神について語らない。怪力乱神を語らずという孔子の言葉もある。怪しいもの、魂、神、そういったものは一切語らないと言う意味だ。(中略)儒教は曖昧なものには触れず、現実的な生の問題、いかに生きるかを語る。私も死者よりも生きている人間のほうを重視したい」
「このように、一見日本的に見えても、中国の影響を受けたものはたくさんある。たとえば、武士道である。これも純日本的と思われるが、もともとは儒教の仁、義、礼、智、信から来ている。江戸時代は平和であり、秩序が尊ばれ、忠義が強調されたので、儒学者が仁のかわりに忠を入れたのだ」
 確かに武士道は儒教の影響を受けているが、別の章で、儒教と武士の精神は本質が違うと言い切っているだけに開いた口がふさがらなかった。武士道を本当にわかっているのだろうか。もう少し日本の歴史を勉強された方がいいのかもしれない。作者も言うように、武士道は儒教の影響を受けているが、儒教とは違う。純日本的と思われるが、ではなく、日本で発酵し完成された純日本的なものである。
 それはさておき、中国がいかに死ぬかよりもいかに生きるかを重視すると言うくだりが興味深かった。彼らがどこか逞しくて、淡白なほど合理的、現実的な思考と感じられるのものもうなずけるというか、妙に納得がいった。
 
 
 ■中国は公害大国。巨大クラゲも黄砂も中国発、中国から流出したニトロベンゼンも日本沿岸に上陸している。
 
 「とにかく中国の環境担当者には、環境汚染の危機感がまったくないといえる。さらにこの出来事は、中国の公害問題は、対岸の火事ではなく、日本の問題であることも明らかなにした。中国の有害化学物質が、直接的に日本の環境を汚染しかねないのだ」
「中国が汚染されれば日本も汚染されるのだ。だから日中共同で対策をとることが、中国のためでもあるし、日本のためにもなる。こうした環境ビジネスは、日本にとっても大きなビジネスチャンスである」
 ビジネスチャンスを与えてくれるのは嬉しいが、水も飲めないほど環境汚染が進んでいて、その害が日本にまで及んでいると言うのになんとものんきと言うか、恩着せがましい話ではある。自分のけつさえも自分でふけないので、ビジネスと銘打ってこちらに事後処理を押し付けているようでもある。
 
 
 ■中国人は相手に勝つまでケンカを続ける。勝たない限りは仲良く付き合わない。
 
 「中国にはケンカするほど仲良くなれるという言葉がある。中国は広い意味での騎馬民族である。だから、知らない人と出会うと、いっぺん、ケンカを売ってみる。なぜならケンカをしないと、相手の本当の力がわからないからだ。力勝負をしてみれば相手の実力がわかる。相手が強くて、とてもかなわないなら、いったんは矛を収めて服従する。といっても、面従腹背(めんじゅうふくはい)で、相手と対等に戦えるまで、一時的に休戦にして、力を蓄えるのである。もちろん、こちらが勝てば、相手の実力がわかったので、安心して付き合う。強そうに見えて弱いやつ。弱そうに見えて強いやつ。世の中には、いろんな人がいる。それをケンカで値踏みするのだ」
 値踏みするのはいいが、私が友達を選ぶならば、休戦して力を蓄える、つまりいつかこいつを倒そうと虎視眈々と狙っている相手など嫌だ。部下にするのももちろん嫌だ。いつ寝首を掻かれるかわかったものじゃない。織田信長みたいに「敵は本能寺にあり」とか、ジュリアス・シーザーみたいに「ブルータス、お前もか」何て言いたくもない。
 中国人と仲良くなるには、ケンカに負けなければならないらしい。
 日本人が民族性を捨てて、中国人にでもなれば、きっと仲良くしてくれるのだろう。
 
 
 
 ところで、父は勘違いをしている。
 私の反中や反韓(と言うのか?)を憂いて借りてきてくれた本だが、どちらかと言うと私は中国や韓国の方がどういう考えをしているのか批判するほどにはわかっていないのだ。私のターゲットは民主党政権である。その絡みで、戦争責任を訴える在日の方々と在日問題が出てくるだけだ。
 この著者は在日二十数年の中国人だと言う。日本の国籍は持っているのか、それとも中国国籍のままなのか。どちらか知らぬが、多分氏の思想は参考にはなっても、本国の方の本当の声とは少なからずずれているのではないかとも推察するのだった。
 私にすればそれは希望だ。彼らのように、自分に都合のいいことばかりは言わないだろう。また苦しみを訴えるときはもっと切実な声だろう。対岸の火事を見ているのは、日本人ではないのではないかと言いたい気分なのだった。日本人が民族性を捨てることを望む前に、そちらこそいかがか。どうか帰化してほしいものだ。