2009年11月29日

唱歌を口ずさみながら

 
 
 

 
 
 仕事納めの金曜の夜、私は職場を去りながら涙を流した。
 分断統治など過去の話ではない。社会には人材掌握の手段として今も根深く残っていて、様々な「区別」が存在する。
 ひとりひとりは皆いい人たちだ。だけど、「区別」乗らなければ自分自身が排除されると恐れる人もいる。またはその手段をあからさまに利用して、自分の立場を守る人もいる。
 夜に浮かび上がる東京タワーの天辺を見つめて、私は泣いた。みじめだった。
 ここ数日ずっと読んでいた本の一節を時々に思いだし、自分に重ね合わせている。そうして、泣きながら苦笑いをするのだった。
「偉大な中華人民共和国は欺くことはできないし、偉大な中国人民は侮ることはできない。偉大な中華人民は永遠に戦って勝利しないことはありえない!」
 当時国家主席だった江沢民の言葉である。
 
 
 「中国はなぜ『反日』になったか」(清水美和著)私はこの本を読んで、中国に対してよりも日本の政治家に対してがっかりした。主に、小泉純一郎。元首相の彼を私はとても信用していた。政治や歴史にについて深く知れば知るほど、彼の評価が著しく低いことを知る。が、それでも私はいつか歴史が証明する、と彼の正当性をまだ信じ続けていた。ところが、前述の本での一節が私に壊滅的なダメージを与えたのだ。
「小泉は参拝を自らの信念に基づくと説明しているが、関係者によると首相就任前には靖国参拝への関心は薄かったという。自民党総裁選(01年4月)で、党員の票田である遺族会の会長も務めた橋本龍太郎元首相と争った際、不利を挽回するため、『8月15日に靖国を参拝する』と公約したのが真相で、信念というにはほど遠い。
 01年8月の参拝前は『私も迷っている。(世論)調査をするところによって全く正反対の結果が出てくる』(読売新聞01年8月7日付朝刊)と不満を漏らしながら、参拝後、高い支持率がわかると『世論調査で70%以上の人々が支持している。その辺も中国、韓国の方々に考えてもらいたい』(共同通信01年8月23日)と胸を張った。
 年一回の靖国参拝を公言するのは、構造改革の公約が実現せず内閣支持率が下落する中で、日本社会に広がった中国の圧力に対する反発をも利用し、政権の求心力を高める狙いがあるようだ。しかし、こうした人気取りは、江沢民政権が90年代後半、民衆に潜在する反日的な感情をかき立てた方法と通じるものがある。中国側がその愚を悟り、対日政策の修正に取り組み始めたのに、日本が嫌中感を利用した人気取りを続けていくのは、あまりにも不毛である」
 私が小泉元首相を信じ続けていたのは、彼が靖国神社の英霊を敬い続けたことが大きかったのである。たとえ15日に参拝しなくても、途中でやめても、それでもあの深い一礼は私の心を確かに打った。それは、信念ではなかったのか。
 孫文、胡耀邦、と日本を信じてはあっさり裏切られた(もしくは失脚した)悲劇の指導者たち、私はまるで彼らの立場に立つようにこの国を思った。いつまでもいつまでも区別をやめない社会。信念のない政治家。
 しかし、それでも石ころをダイアモンドに変えたのだ。あの時、未来は輝いて見えた。
 世の中のすべての出来事は、不毛で無価値なものをいかに、輝きのある価値のあるものに変えていくことが出来るかどうかにかかっている。それを、石ころどころか害石であったと諭されても人生の哀しみが増すばかりだ。誰かこの涙は必要のないものだと言ってくれ。私が思うほど私は無価値ではなく、耀いているのだと諭してくれ。
 ところで、私が民主党政権についてあれこれ言っていることも、多くの方々に人生の哀しみを与えているのだろうか。
 あの友愛政治は本当に友愛というダイアモンドだと、その証明こそを人々は求めているのだろうか。
 
 
 
 
 
 
 
 翌日の土曜日、写真撮影に出かけるいつもの日。私はどこへ出かけるかぎりぎりまで悩んでいる。
 上野恩賜公園へ行って大道芸の人々を撮ろうか、久しぶりにモノクロで。紅葉は食傷気味だった。先日見た荒木経椎の本とTVの特番のせいだろうか、無性に人とモノクロが撮りたかった。「顔はね、裸なんだよ」とアラーキーは言いきった。そこには価値も無価値もない。こちらの思いで変化するものは存在しない。裸の、実在のままの、人の顔。
 しかし、それらを撮りたいと思いながら、私は最後の最後で行き先を変更する。
 神代植物公園に花を撮りに出かけたのだ。私が敬愛するある人からのふとした勧めからだった。それに私は願ったのだ。ただの路傍の花を誰よりも美しく撮ってやりたいと。私にはできる。世界を美しく耀かしいものに変えるのだ。その時はそこまで深くは考えなかった。しかし、実在よりも虚像の美を選んだのはやはり何か昨日のことが心にあったからに違いない。私は電車を乗り継いで植物園へと向かっていく。
 
 
「鄧の後継者たるべく総書記に抜擢された江沢民にとっても、ソ連・東欧の社会経済圏が崩壊する中で、愛国主義の鼓舞は共産党政権の生き残りをかけた戦略だった」
 今日も私の決戦が始まろうとしている。
 
 
 
 

 
 
 
 
 神代植物公園正門に辿り着く。前回行ったとき、正門左脇にボードが置いてあり現在咲いている花が書いてあった。ボランティアの方にそれを教えてもらったことを覚えている。私は今咲いている花を確認しようと仮設テントのような屋根とテーブルが並べてあるスタッフが集っている方へと向う。
「山野草園ですか?何かお探しですか」
 一人がにこやかに語りかけてくる。ボードには山野草園に現在咲いている花と椿との案内がある。
 私はボードを見やりながら、
「ええ、椿はどちらでしょうか」
「椿なら、この左の舗装された道をずっと真っ直ぐ行って、一番奥なっちゃうんですけどね、ここ、(園内図を見せながら)つばき・さざんか園にありますよ」
 礼を行って左手へと向う。歩きながら案内図を良く見ると、つばき・さざんか園に行くなら、右手の道を突っ切った方がどう見ても早そうだ。ばら園と深大寺門の脇を通ればすぐである。左の道からだとつつじ園や山野草園やさくら園など数々のブロックをぐるり周らなくてはならない。
 多分こちらから行った方が景色がいいのだ。お勧めの道なのだろう。
 私はそう理解した。ばらの見ごろは過ぎた。多少遠くても、今日この植物園に来たならば是非こちらから周って見て欲しい、スタッフがそう思うような美しい光景に溢れているのではないか。急ぐ旅ではない。ゆっくり行くか。私は椿の前に園内の見どころを回っていくことにした。
 ところが思ったよりも秋は陽が短い。一時を回り、二時が近付くころにはすっかり雲が広がり、陽光が閉ざされた。この時、実は私にはそう多くの時間は残されていなかったのである。(その事に気付くのはすべてが終わってからだった) 
 スタッフの勧めは正しかった。まず私は山野草園から築山を見渡し、あまりにも美しい黄葉に驚かされた。カメラを固定し足を広げたままの三脚を担いで小山を駆け上がる。池から遠くにせせらぎの小路が見渡せる。数々の落葉樹。そして池沿いには背の高いメタセコイヤが立ち並んでいた。その深いレンガ色のような、茶色がかった紅鬱金のような、葉の美しさと言ったらない。水辺に映って存在を示している。
 宿根草園では渓流の宝石とも呼ばれるカワセミ(翡翠)と出会った。芝生広場では天高く伸びるイネ科のパンパグラス、木立ダリアも咲き誇っている。
 私は彼らに出会うたびに胸の高鳴りを覚えて、ただ撮った。石ころをダイアモンドに。何と傲慢な思いだったことか。彼らは既存のダイアモンドのように光り輝き、まるで石ころの私に惜しげもなく自身の美を享受させてくれるのだった。
  
 
 
「愛国主義の教育は教育関係者だけの仕事ではない。社会をあげて愛国主義的雰囲気を醸成することは党員の至上の任務とされた」
 私に課せられたことは、石ころをダイアモンドにすることではなかったのではないか。
 ある石ころがダイアモンドだと知ること。そうしてあるダイアモンドが石ころだと知ること。
 両者の違いを見分けること。
 
 

 
 
 芝生広場を抜けた私の目に飛び込んできたのはさくら園の桜の木だ。そしてその遠くに陽を浴びた紅葉。今年まだ一度もちゃんと見れていない、数々の楓の紅葉だった。
 楓の紅葉にはまだ早いと思い込んでいた。もちろんまだ緑のものもある。しかし、園の楓のほとんどはオレンジ、ピンク、深紅色にと葉を染めているではないか。私は落ち葉の上に座り込んで、見上げるようなアングルで紅葉を撮る。三脚を低くし、紅葉の内側に入り込むようにすると、幹は影になり、太陽の光を取り込んで葉は透けるように浮かび上がる。楓の紅はよりいっそう深く、美しく輝くのだった。
 かえで園は道が出来ていて、様々な種類のカエデ類の木々が立ち並ぶ中、その周りを人々が歩いて行けるようになっていた。もみじ狩りに訪れた人々が、まるで楓を囲むようにぐるぐると歩いている。道から外れて、彼の美しさを撮り続ける私にふと歌が聞こえてくる。楓を見上げ、足を止めて堪能し、相方と何かを語り合い、そしてまた歩いては去っていく人たちの、楽しそうな唱歌の声である。
 
 
 秋の夕日に 照る山紅葉(もみじ)
 濃いも薄いも 数ある中に
 松をいろどる 楓(かえで)や蔦(つた)は
 山のふもとの 裾模様(すそもよう)
 
 
 彼らは口ずさみながら私の前を笑顔で通り過ぎていく。私はふと自分も口ずさんでみる。すると紅葉がよりいっそう美しく映って来た。道行く人が、四季を尊び、その美しさを愛でる彼らまでもが。
 私はよほど気に入って、帰りに二番の歌詞を調べて、家に付くまで歌いながら帰ったものだ。
 私の撮影旅行はこのかえで園で残念ながら終わってしまった。なぜなら楓を撮っている途中で陽が翳って来て、もう私の力だけで彼らを輝かせることは不可能だった、というより必要がなくなった。私は充分満足して帰途へと付いた。楽しげに、歌を歌い、撮ったばかりの写真を眺め、あれやこれやと秋を思っている。
 
 
 渓(たに)の流れに 散り浮く紅葉(もみじ)
 波にゆられて 離れて寄って
 赤や黄色の 色さまざまに
 水の上にも 織る錦(にしき)
 
 
「ある小新聞の編集長は私に、『読者の方を向くだけでなく、右を見て左を見て上下を見て編集しなければならない。本当に疲れる』とこぼした。しかし、読者に買わせるためには、よりセンセーショナルな見出しを付けた刺激の強いニュースが必要であることは西側と同じだ。90年代半ばから、『愛国主義』を錦の御旗にした、日本や台湾をたたく報道が氾濫した背景には、こうした事情があった。何しろ党中央の伝達で『愛国主義教育の社会的雰囲気を創造する』ことは報道機関の至上任務と去れている。日本や台湾をどれほど、どぎつく叩こうと、どこからも文句がつく恐れはなかった」
 そう、過去をどれだけ叩こうとどこからも文句はつかない。
 
 

 
 
 
 結局つばき園にたどり着く前に、私は踵を返した。今日はもう椿を撮る必要もなかったのだ。
 楓は充分に美しかった。人々もそうだ。もちろん椿も同じことだったろう。彼らは自身で美を知り、自ら輝いている。私の虚像など要らないのだ。
 私にできることがあるとしたならば、石を磨き、ダイアモンドをより耀かせることくらいか。
 正直わからない。価値のないものに価値を見出すこと、それがすべてだという考えはそうそう覆らない。
 だけど、それでも、私たちは春に花見をして、秋にもみじ狩りをして、唱歌を歌えば一つになれる。
 何も言い返せない誰かを標的にして創造する必要もなく、個人の発言で幻滅するはずもない、そんな尊いものが確かに存在している。
 今日の旅で私が見つけたことだ。
 今度泣く日が来た時は、そのことを思い出して、懐かしい唱歌でも口ずさもうかと考えている。
 
 
 
 
 
 
  

2009年11月28日

ムダとともに日本も滅びるか。行政刷新会議事業仕分けに思う。

 
 
 
 seachinaの先週の経済ニュースだ。中国株情報配信サイトに「ドン引きされる日本」と言われるところもきついが、民主党政権が騒々しくも事業仕分けをやっている間に、いつの間にか人(国民)知れず日本の国富がムダ削減分の35倍も失われていた、というところが凄すぎる。
 スパコン、GXロケットなど、科学技術分野の予算削減といい、あの政治ショーはいったい何か国の役に立っているのだろうか。
 映画館や劇場に行くよりは安上がりに楽しめて、3時のワイドショーを見るよりは知的な満足感を味わえるというくらいか。
 私は国の税金の使い道を透明にするということが、そんなに大騒ぎするほど素晴らしいことだとはどうしても思えないのだが。
 利権絡みも込みで、私はムダ肯定派である。
 一見ムダと思われるところからすべてが生まれる。ムダをするからお金が回る。
 日本橋の三井本館は現在のお金に換算すると1,000億円の資金を投じて造られたそうだ。1,000億円である。建物外観のコリント式と呼ばれる列柱も、今思うと実用性に乏しく、必要以上に豪華で、ムダな建築物だったのではないかと思われる。しかし、関東大震災後の復興の象徴として大きな役割を担った。今でも重要文化財とされ、隣の三越本店と共に日本橋の顔となっている。ムダから生まれる付加価値は計り知れない。
 そもそも今現在、資源も何もない弱小島国の日本が食べていけるのはすべて当時ムダと思われたことから生み出された結果(知的財産権等含む)ではないか。もしも何十年も前に行政刷新会議があったら、日本は絶対先進国にはなってなかったな、と確信すらしてしまう。
 何もかもが国民に開かれていればいいというものではない。蓮舫みたいなバカを言いだす国民が絶対いるものなのだ。(しかも、あんなバカを言いながら正義のヒーローみたいな満足げな笑みを浮かべているから殺意すら覚える)一部の頭のいい方にお任せするのも国のためにはありかと思う。たとえ閉ざされていることが私にとって不都合だとしても、国が潤えば、結局は私自身に戻ってくるのだ。また、わかりやすい。能力や品質による公平さが失われても、お金があれば済む話だ。今みたいに基準が不透明ではない。影の総理の胸三寸で公平さが決まるよりはよほどマシだ。
 民主党バカ政権のおかげで、銀行は貸し渋り、円高には拍車がかかり、デフレは深刻化、これから日本はいったいどうなるのか、と心配になる昨今、冒頭のニュースよりもさらに驚いたニュースがこれである。
 
 

必殺仕分け自衛隊もバッサリ制服高すぎ!

 政府の10年度予算概算要求のムダを洗い出す行政刷新会議の「事業仕分け」で26日、自衛隊員の制服について、外国製を含めたコストカットを求め、予算縮減の評決を出した。自衛隊の制服は、模造品による潜入工作を防ぐなどの趣旨で、陸上自衛隊の幹部で1着2万5704円の国産物を使用してきた。防衛省側は、安全保障上の観点から反論したが、仕分け人の結論は縮減。安価なアジア地域からの輸入の可能性が出てきた。

 自衛隊の制服は、記章や、階級章のついたスーツのような服で、54年の自衛隊発足当初の冬服から、国内縫製の制服が使用されてきた。防衛省はほぼ前年並みの89億6900万円を要求したが、仕分け人の厳しい目は、より安価な「アジア製」の制服の可能性を含めた制服採用によるコストカットを求めた。

 防衛省側は制服を外国製にした場合、模造品が作られたりする可能性もあるとして「先進国で制服を輸入している国はない。安全保障上、グローバルスタンダードだ」と説明した。被服一般について、長年使用してすり切れたりしたものを着用している現状を説明。穴の開いた靴や、またの部分や、すそ口がすり切れた制服の写真まで例示して「着用可能なものは使い回して貸与している」と、すでに「お下がり」の制服も使用されている現状を明らかにした。その上「ストックもない」と訴えた。あまりの窮状ぶりに、大丈夫なのか、という一抹の不安もよぎった。

 陸上自衛隊の制服の場合、素材は毛と再生ポリエステルの混紡。市場にある一般的なビジネススーツと同じだ。仕分けでは、一般のスーツの参考価格として、国内縫製が2万4150円~2万6250円、海外縫製で1万7325円~1万8900円というデータが紹介された。外国産は、6825円~7350円安い計算になる。要求額89億6900万円のうち、制服等は77億7500万円。外国産採用で約3割カットできるとすれば、20億円程度削減できる計算になる。

 防衛省側の説明を理解した上で、仕分け人からは「制服の中で、国産からなにか外せるものはないか」、「(服を作る作業のうち)縫製だけ分離したらどうか。ぜひ検討を」などの提案も出たが、防衛省は「(制服の国産は)ここは基本的な線です」ときっぱり。議論は平行線をたどった。

 取りまとめ役の蓮舫参院議員(41)は「仕分け人12人中、要求通りが2人、縮減が10人。海外産も含めた対応をお願いしたい」として、縮減の評決を出した。自衛隊幹部はやりきれない様子。制服がメード・イン・アジアになることについて「考えられない」と一言だけつぶやき、会場を後にした。【清水優】

  

 日刊スポーツのニュースである。テレビで見て驚いてニュースを探したが、なぜか普通の新聞記事では大々的に書かれていない。(私が見つけられなかっただけかもしれないが、もしかしたら意図的なのかもしれない)
 このニュースこそが今の政権と事業仕分けの象徴的なものであろう。
 万が一戦争になったとする。たとえ戦争にならなくても、国で大きな災害が起こったとする。海外で何か大きな災害等が起こり後方支援に出かけたとする。国のために、または日の丸を背負って、自衛隊員たちが必死に頑張ったとしても、その時彼らは「メイド・イン・チャイナ」の制服を着ているわけだ。
 どうですか、これ。
 私だったらかなりモチベーションが下がる。
 中国製の服が悪いと言っているわけではなくて、精神性の問題だ。
 ムダを省くためなら、もしくは海外の服飾メーカーをもうけさせるためなら、日本人の国民性も誇りも全部捨ててしまえ。強いては日本人の魂さえも捨ててしまえ(売り渡してしまえ)と言っているように映る。
 まさに民主党の政策そのものではないか。
 ホントバカですね。1兆円の無駄を省いている間に35兆円損しただけではまだわからないのか。目先の1兆円が事業仕分けのショーで、35兆円が日本にとってなくてはならない大切なものですよ。日本の伝統、日本の未来。それから日本人の心。お金には代えがたいものすべて。
 あなた、ムダと言って捨てますか?
 まだ間に合う。本当にそれさえも失う前に、とっとと政権から去って頂きたい。
 そろそろ私だけの意見ではないだろう。
 
 
 
 
 
 

2009年11月24日

日本は侵略戦争をしたという父の勧めにより「なぜ日本人は中国人にケンカを売 るのか」と始終言いたい「なぜ中国人は日本にケンカを売るのか」という本を読 んだ件について。

 
 
 
 父親が図書館で本を借りてきてくれた。
 私が最近政治的話ばかりをするので、父親なりに気に病んでくれたようだ。
「特別永住権だけでも特権なのに、地方参政権も与えるというなんて。いっそ日本国籍を取ったらいいのに」
 日本人になるのは嫌だという「外国人」に、なぜそこまでの特権を与えるのか。くどくどと民主党の暴挙の数々を上げ、歴史認識問題における日本側の正当性を訴えていると、ぽつりと言う。
「いや、日本も昔は相当悪いことをしたんだよ」
 だよね~。と思わず言いたくなるが、それは子供の頃からずっとそう聞かされていただけで、「実際」は知らない。歴史学的に正当性のある資料も証言も私は見たことがないのだ。
「どんな悪いことをしたの?」
「無差別に民間人を殺したんだよ」
「いつの話?誰がそう言ったの?それは便衣兵や民間人のゲリラではなく?」
 しつこく尋ねると、口ごもり、満州引き上げの時に苦労をしたと言う警官だった友人の話をする。
「もっとないの?」
「生々しい話はしたくないよ」
 と逃げる。まただ。いわゆる「日本の膨大なる悪事」に対しての具体的な話はまったくない。戦勝国側(主に中国と韓国)の証言は常に過大表現で、またねつ造されたものも多く、アテにならない。逆に日本側は記録を残すことに対して慎重だった。もしかしたら、父親も「聞かされている」だけなのかもしれない。よほど慎重に訊き出さないと真実かどうか怪しい。言いたくないのか、知らないのか。詰問して申し訳なかったが、日本の戦争の歴史に関しては「伝説めいた真実」、「真実ではない伝説」がたくさんあるのだ。
 
 父が図書館でわざわざ借りてきた本は「なぜ中国は日本にケンカを売るのか」というあの儒教の創始者で有名な孔子の子孫、孔健(こう・けん)氏が書いたものだ。
 せっかくの父の好意だが、この本、書いてあることが支離滅裂なのである。中国でも日本でも知識人とされている孔子の子孫がこのような思想を持つのか、とあまりに驚いたので、アマゾンのブックレビューをすぐに調べる。すると、「最後まで読めなかった」「ご先祖さまが泣いているぞ」と、みな散々な評価である。良かった、私の感覚がずれすぎているようではないようだ、と胸をなでおろす。そのレビューの中で目に付いたのはこんな評価だ。
「最近の日中関係の紹介が主内容なので、分析・考察には必ずしも多くの紙面を割いてはいませんが、最新の動向を知るには手頃な本です」
 として、本の中の興味深い中国の現状や考え方をいくつか上げている。
 確かに情報としては下手な旅行ガイドよりも断然優れている。私もこういう誰もが興味を持つ話題としての中国を紹介し、父に対しての礼とすることにしよう。
 
 
 ■日中国際結婚は三組に一組が離婚。また中国人の嫁は鬼嫁となり、日本人の亭主を殺す可能性がある。
 
「なぜ、うまくいかないのか?第一に年齢差の問題がある。(中略)その上、来日したばかりの中国人は日本語を話せない。だから意思疎通が極めて不十分となりやすい。この二重のハンデのため、中国人妻は孤独におちいり、その結果ノイローゼになるのも不思議ではない」
「国際結婚というと聞こえはいいが、実質は貧乏からの脱出である。日本への出稼ぎ結婚なのである。多くの中国人妻は婚約時の礼金(結納金)はもとより、日本へ行ってからの実家への送金も忘れない。(中略)貧しい家族に何としても送金したい、たとえ殺人を犯してもと考えてしまうのだ」
「中国では男女平等であり女性も仕事を持つのが普通だ。働いていればお金も自由になる。ところが日本女性の経済的地位は一般に低い。特に働かず夫の収入に頼っている妻はなおさらだ。そこでたいていの中国人妻は、働こうと考える。しかし、多くの日本人夫は妻が働くことを喜ばないし、仕事と言っても実際には言葉の壁があるのでままならない。そこで、てっとりばやく水商売などに走る。この商売は誘惑なども多いので、夫とトラブルを起こす」
 また、多くの中国人妻は日本にあこがれてやってくるので、過疎地や農家の過酷な労働と姑のいびりに耐えきれずに、日本に来て数年で過疎地や農村から都会へと逃げ出すことが多いそうだ。ここでも逃げ出した妻は水商売から始め、風俗店の経営者になる実例も多いと言う。
 過疎地や農家の嫁不足を外国人で埋めようとしても無理がある。日本人が嫌なものは外国人も嫌なのではないだろうか。どうしてもと言うのなら、少なくとも相手に殺されることのないように、よくよく愛を確認してから結婚してほしいものだ。
 
 
■中国ではODA(政府開発援助、開発途上国への支援金のこと)を引き出したり公安の情報収集のために「色じかけ」を使う。
 
「私が得た情報から判断すると、自殺の主な原因は女性問題だ。はっきり言って、不倫のもつれ。それに付随して、公安当局の画策があった。(中略)なくなった彼には申し訳ないが、外交官としての彼のガードは甘すぎた。彼は知恵も分別もある40代のいい大人なのである。人間として、外交官としてこんな軽率な行動をしてはいけない。(中略)不倫でスパイの罠に落ちるとはお粗末すぎる。中国がはめたというより、はめてくれといわんばかりだ。だいたい世界の諜報関係者の常識だが、他国に滞在している大使館員はすべて狙われていると考えた方がいい。この日本人館員はまったく警戒していなかった。そういう意味で、自業自得と言われても仕方がない」
 これは中国人女性と恋愛をした外交官の話である。不倫であることから仕事と家族を失うぞと中国公安当局におどされ、機密を執拗に要求され、自殺をした日本人総領事官員(当時46歳)だが、大使館員に限る話ではないのではないか。サラリーマンも産業スパイにはまらぬよう中国人との恋愛には気をつけて頂きたい。少なくとも、自殺することのないように、よくよく愛を確認してから恋愛してほしいものだ。
 
 
■中国人は死霊の復活を信じ、墓をあばいてでも、敵にとどめを刺す。
 
「日本人は、人は死んだら、生前の罪はすべて許され、例は成仏して浄土や天国へ行き、みな仏さま、神さまになると考える。そのことは日本人がよくいう死んだ人に罪はないと言ういい方に表れている。この考えは日本人特有の性善説または平等観にもとづくものといってもよいだろう。ところが中国はまるで違う。中国人は、今でも多くの人が、人は死ぬと、魂と魄(肉体)に分かれると信じている。儒教からくる魂魄説である。(中略)つまり魂は天に昇華し、肉体は地に戻る。(中略)このように中国人は魂のよみがえりを信じている」
 だから靖国神社に眠る戦犯たちがよみがえるのではないかと信じて、あんなに首相の参拝を反対するのだそうだ。
「この霊が悪霊だったらどうなるのか。よみがえったら必ず復讐してくるに違いない。そこで、生き返らないように墓をあばき、滅茶苦茶にする」
「中国人は怨みを忘れない民族だ。いつまでも悪事を気にする。しかしそれが度を過ぎれば、良くない結果が待っている。確かに日本人は、中国に戦争をしかけるという罪を犯した。しかし、それをいつまでもあげつらっていては日本人の反感を買うばかりだ。ここは、怨みに直に反応するのではなく、徳をもって応えたい。怨みに徳を持って接するのだ」
「『われわれは膨大な被害を受けました。しかし賠償を請求すれば、日本の人民に大きな負担をかけます。これは中国人民の望むところではありません。日中百年の計を考え、賠償請求権を放棄します(周恩来の有名な以徳報怨演説)』こうして日中国交回復は実現した。周は以徳報怨(徳を持って怨みに応える)の精神で事態を収拾したのである。この精神を学びたい。互いに非難するのでなく、徳をもって応えたいものだ」
 
 最後の引用がこの本のラストに来ることから、多分この本で作者が一番言いたかったことが「以徳報怨」ということだろう。
 つまり、死んだ人の罪を許す日本人と違って、中国人は墓をあばいてでも敵にとどめを刺す怨み深い民族だ。しかし、怨みに直に反応せず徳をもって応えてくれ。以前中国は、日本の侵略戦争に対して徳をもって応えた。国民を想い、賠償金をもらわなかった。この精神を日本も学んでくれ。怨みがましい中国人を許してくれくれ。とまぁ、こういうわけですね。ところで、賠償金請求だが、確かに中国はしなかった。が、そのあと日本からODAを受け取り続けている。(私が知っている限りで6兆円だ)それから中日戦争を「しかけた」のは中国共産党だ。この辺も良く勉強していただきたい。
 
 
 ■中国では追いつき追い越すためなら何でもあり。犯罪を犯してでも日本製品をコピーする。
 
「さらに次のようなコピー方法も横行した。海外のメーカーは、製造工場を中国に持つことが多い。たとえば、ある海外のメーカーが中国の工場に1,000個の製品を発注するとする。その場合、工場は2,000個生産してしまう。1,000個は海外の本社に収め、あとの1,000個は中国国内に横流しをするためだ。この場合、正確にはコピー品ではない、ほんものなのだが、値段は格安で売られる」
 中国ではコピーは当たり前だそうだ。それは知っていたが、本物まで横流ししていたとは心底驚いた。この場合、人件費も、原材料ももちろんそれを作る工場の税金等すべての諸費用も、当然日本の持ち出しだと言うことだろう。日本は費用をすべて払って、中国の製品を作っていたのか。
 その後、別の章で日本人は中国の漢字を盗んだとか、陶磁器や墨絵なども盗んだと言う話が出てくる。
「今、中国では日本製品のコピー(偽物)があふれ問題になっているが、平安時代から鎌倉時代にかけては別の現象が起こった。中国製品のコピーが日本で氾濫したのである。当時、中国の宋では白磁や青磁の陶芸文化が爛漫と花開いた。それが日本へ渡り、まねされ、類似品が出回った。中国からすれば陶磁の技術が盗まれた。(中略)このように、古代から中世にかけて、日本人は多くの文化を中国から学んだのである」
 確かに中国からしたら陶磁も輸出品であったからコピーだと思うのかもしれない。昔やったんだから、今は我慢しろと言いたいのだろう。が、文化を商品だと考えて中国の犯罪と一緒にされるのは腑に落ちない。雪舟の水墨画までもが中国の墨絵のぱくりだと言いたいようなのだった。シルクロードもあるように、貿易を通して文化や芸術が国から国へと流れることはよくある話だ。それを追い付き追い越すためには犯罪までするという中国の正当性にするにはちと苦しいのではないか。
 
 
 ■儒教はいかに生きるかを重視し、いかに死ぬかを重視するのが、武士道。ただし、武士道は儒教のコピーである。
 
  この辺になるともうめちゃくちゃ。
「花は桜木、人は武士、と日本人は言う。桜も武士も、その散り際が一番美しいと言う意味なのだろう。日本人は潔い散り方、いかに死ぬかを重視する。日本の葉隠には武士道は死ぬることと見つけたりという言葉もある。(中略)孔子にとってはいかに死ぬかより、いかに生きるかが問題だった。だから儒教は神について語らない。怪力乱神を語らずという孔子の言葉もある。怪しいもの、魂、神、そういったものは一切語らないと言う意味だ。(中略)儒教は曖昧なものには触れず、現実的な生の問題、いかに生きるかを語る。私も死者よりも生きている人間のほうを重視したい」
「このように、一見日本的に見えても、中国の影響を受けたものはたくさんある。たとえば、武士道である。これも純日本的と思われるが、もともとは儒教の仁、義、礼、智、信から来ている。江戸時代は平和であり、秩序が尊ばれ、忠義が強調されたので、儒学者が仁のかわりに忠を入れたのだ」
 確かに武士道は儒教の影響を受けているが、別の章で、儒教と武士の精神は本質が違うと言い切っているだけに開いた口がふさがらなかった。武士道を本当にわかっているのだろうか。もう少し日本の歴史を勉強された方がいいのかもしれない。作者も言うように、武士道は儒教の影響を受けているが、儒教とは違う。純日本的と思われるが、ではなく、日本で発酵し完成された純日本的なものである。
 それはさておき、中国がいかに死ぬかよりもいかに生きるかを重視すると言うくだりが興味深かった。彼らがどこか逞しくて、淡白なほど合理的、現実的な思考と感じられるのものもうなずけるというか、妙に納得がいった。
 
 
 ■中国は公害大国。巨大クラゲも黄砂も中国発、中国から流出したニトロベンゼンも日本沿岸に上陸している。
 
 「とにかく中国の環境担当者には、環境汚染の危機感がまったくないといえる。さらにこの出来事は、中国の公害問題は、対岸の火事ではなく、日本の問題であることも明らかなにした。中国の有害化学物質が、直接的に日本の環境を汚染しかねないのだ」
「中国が汚染されれば日本も汚染されるのだ。だから日中共同で対策をとることが、中国のためでもあるし、日本のためにもなる。こうした環境ビジネスは、日本にとっても大きなビジネスチャンスである」
 ビジネスチャンスを与えてくれるのは嬉しいが、水も飲めないほど環境汚染が進んでいて、その害が日本にまで及んでいると言うのになんとものんきと言うか、恩着せがましい話ではある。自分のけつさえも自分でふけないので、ビジネスと銘打ってこちらに事後処理を押し付けているようでもある。
 
 
 ■中国人は相手に勝つまでケンカを続ける。勝たない限りは仲良く付き合わない。
 
 「中国にはケンカするほど仲良くなれるという言葉がある。中国は広い意味での騎馬民族である。だから、知らない人と出会うと、いっぺん、ケンカを売ってみる。なぜならケンカをしないと、相手の本当の力がわからないからだ。力勝負をしてみれば相手の実力がわかる。相手が強くて、とてもかなわないなら、いったんは矛を収めて服従する。といっても、面従腹背(めんじゅうふくはい)で、相手と対等に戦えるまで、一時的に休戦にして、力を蓄えるのである。もちろん、こちらが勝てば、相手の実力がわかったので、安心して付き合う。強そうに見えて弱いやつ。弱そうに見えて強いやつ。世の中には、いろんな人がいる。それをケンカで値踏みするのだ」
 値踏みするのはいいが、私が友達を選ぶならば、休戦して力を蓄える、つまりいつかこいつを倒そうと虎視眈々と狙っている相手など嫌だ。部下にするのももちろん嫌だ。いつ寝首を掻かれるかわかったものじゃない。織田信長みたいに「敵は本能寺にあり」とか、ジュリアス・シーザーみたいに「ブルータス、お前もか」何て言いたくもない。
 中国人と仲良くなるには、ケンカに負けなければならないらしい。
 日本人が民族性を捨てて、中国人にでもなれば、きっと仲良くしてくれるのだろう。
 
 
 
 ところで、父は勘違いをしている。
 私の反中や反韓(と言うのか?)を憂いて借りてきてくれた本だが、どちらかと言うと私は中国や韓国の方がどういう考えをしているのか批判するほどにはわかっていないのだ。私のターゲットは民主党政権である。その絡みで、戦争責任を訴える在日の方々と在日問題が出てくるだけだ。
 この著者は在日二十数年の中国人だと言う。日本の国籍は持っているのか、それとも中国国籍のままなのか。どちらか知らぬが、多分氏の思想は参考にはなっても、本国の方の本当の声とは少なからずずれているのではないかとも推察するのだった。
 私にすればそれは希望だ。彼らのように、自分に都合のいいことばかりは言わないだろう。また苦しみを訴えるときはもっと切実な声だろう。対岸の火事を見ているのは、日本人ではないのではないかと言いたい気分なのだった。日本人が民族性を捨てることを望む前に、そちらこそいかがか。どうか帰化してほしいものだ。
 
 
 
 
 
 

2009年11月22日

崩壊する秋を行く

 
 
 
 
 
 
 ふと次は「渋谷」だというアナウンスが聞こえた。私は急行電車に乗っていたらしい。
 砧公園に行こうとしていたのだ。各停停車の用賀駅で降りなければいけなかったのに、うかつにも急行に乗り、その上、気付かぬままに急行停車駅ふたつ分も通り過ごしている。
 慌てて、渋谷から下り電車に飛び乗った。すると今度はまたしても急行電車だったらしく二子玉川駅に着いてしまった。仕方なくまた乗り換える。すると、今度は路線の違う大井町線に乗ってしまい、まったく知らない駅に付いた。二子玉川までまた戻り、登り電車に乗り換える。今度は注意して各停電車に乗った。
 考え事をしていたのだ。
 考えるという行為が、こんなにも道を阻むものだとは意外だった。私は用賀駅に付いた後も、砧公園にたどり着くまで何度も迷いそうになったのだった。
 紅葉が見ごろだと言う前情報とは裏腹に、砧公園はもう晩秋の趣きだった。黄葉が枯れて、一斉に朽ちた葉を落としている。公園は落ち葉で敷き詰められていた。しかし、肝心の楓は全く紅葉していないではないか。一昨年の秋ここに来た時は美しい楓の紅葉を目にしたものだ。あれはもっとずっと先の時期だったか。あれは12月であって、しかしそのころ今のような晩秋の趣きがあっただろうか。記憶にない。輝く紅葉と秋の美しさしか目に入らなかった。私がおかしくなったのか。それとも日本の秋が崩壊しているのか。
 私は枯れ葉を踏み鳴らし、それら銀杏、プラタナス、トチノキの落ち葉に、桜の枯れ木に、まるで語りかけるように淋しい秋を撮った。
 意識はすぐに考え事へと向かう。ここは私を夢中にさせることはできないようだ。
 mixiのとあるマイミクの日記に死刑制度について書かれた文章があった。私はそのことをずっと思っていた。
 自分の中に答えはある。だけど、それを伝えることが難しい。私は何度もネット上のやり取りで人間関係を失っているので、言葉によるやり取りの限界を感じていた。相手を傷つけず、相手の面目を失わせることなく、自分の主張を伝えること。健全なコミュニケーションの範囲内で、意見の相違のあるものとの接点を見つけること。どういうアプローチで伝えれば上手くいくか?自分の考えを述べることで相手の考えを否定することになれば、そう感じた相手は心を閉ざすだろう。公の場で自分の発言を笑われたり否定されたりしたものは、二度と発言をしなくなる。嘲笑や拒絶が傷となり、自由な発想を言葉にするという素晴らしい行為の芽を摘むことになるだろう。(これは私がそう感じて、ずいぶん長いこと発言をしなかったからそう思うのだが、あながち間違いではないと思う)
 ブログという媒体で自分の考えを述べることは簡単だ。だが、コミュニケーションの中でそれを全うすることは何と難しいことか。多くの作家先生に、実戦で言ってみろとつい言いたくなってしまった。本の中で伝えるのは簡単だよな・・
 しかし、それは自分にこそ言えることであった。
 私は悶々としながら、写真を撮り続ける。自動的に、機械的に、晩秋を撮っている。
 自分を相対化しないまま意志を伝えるということは、世界を否定したまま自分を世界に肯定してもらおうと思うことに等しい。その特権階級が許されるのは、作家が努力をして実力を身につけて、その権利を勝ち取っているからだ。
 お前は何さまだ。凡人は実戦で意思を伝えろ。
 
 
 
 

 
 
 
 
 今週も何冊かの特権階級の作家様の本を読んだ私だ。
 心に残ったのは「在日韓国朝鮮人に問う」(佐藤勝己著)、靖国論(小林よしのり著)、両方ともがちがちの保守派という感じではあったが、まったく良く調べている。どれだけの資料を読んだのか。どれだけの経験を積んだのか。自分の考えを伝えるということに対して執念のようなものを感じた。彼らは言葉で戦っているのだ。
 それがいいことか悪いことかは置いておいて、その戦いの努力に頭が下がる思いだった。おまけに彼らは絶えず自分を相対化させているのだ。一方的に自分の主張を述べるだけの本にはなり下がっていない。膨大な資料の歴史的事実をもとに、研究し尽くして、あらゆる角度から問題点を考える。そしてすべての壮絶な努力は、日本を守りたいという一心から来ているのだ。志(こころざし)にも頭が下がる。特権階級をいただく限りは、頭や才能だけではなく、それなりの努力も志も身を削っての代償も必要だ。
 そしておかしいのは、その彼らが主張することはまさにその正反対のことだということだ。
 努力も志も代償も支払わないものが特権階級をただで(もしくは相手を脅して)得ようとしている(または得させようとしている)、その惨状と理不尽さを読者に伝えようとしているのだった。
 私は多分この二冊を超える本は出ないと思う。これより素晴らしい主張をする本は当然今後も出版されるだろう。私が言いたいのはこの主張に対する反論のことだ。彼らの本を否定するほどの努力と志と代償を持って、「それは間違っている」と、反対意見を言うものなどどこにも存在しないだろう。言えるものなら言ってみろいう気分だ。そんな膨大な資料も事実もありもしなければ、そもそもの努力も志もないのだからありえようがない。また喩え反対派であっても努力をするもの、志のあるものは決して「間違っている」などとは声高に反論することはないだろう。
 反論する者の意識はただ一つ、何の努力もせずに何も失わずに棚ぼた式に特権階級を得たい。そう、私と同じやからだ。
 お前は何さまだ。本気で日本という国から権利を得たいならば、まずは血の滲むような努力をしてみろ。
 そして、自分を相対化してみろ。
 ところで、在日問題だけで言えば、血の滲むような努力をして反論をしているもある。ところが、哀しいかな、彼女の意見は多くの被差別者の代弁とはなっていない。彼女の努力だけが痛々しいほどに空回りをしているのだ。この本に感銘を受ける在日の方はいるのだろうか。聞いてみたいものだ。多分利権絡みで支持する団体も個人も多いとは思うが、まっすぐな、在日の権利を主張するその高い志に共鳴する方は本当にいるのか疑問でならない。また、問題を相対化できているのかどうかも疑わしい。ラストが泣き落とし、という女の武器を使ったところであったのも納得がいかなかった。女の武器を外交に巧みに利用する本国の民族性なのかもしれない。
 しかし、少なくとも私よりはよほど努力をしている。(もう少し反対派の本を読んで多方面から問題に切り込んだらもっと感銘を受けると思うのだが・・)このような稀な方は除いて、私と同程度かより努力をしていない多くの在日の方々はもうこっそりブログで書くだけで満足したらいかがだろうか。日本への特権階級を求める運動はやめて、諦めてほしいものだと心底思う。
 上記二冊から問題を相対化された文章を引用しよう。
「植民地統治について、旧宗主国が被支配国に公式に謝罪した例は存在しない。(中略)韓国、北朝鮮、在日韓国人たちは、旧宗主国が旧植民地に対し謝罪と償いを求めるのはあたかも当然であり、普遍的に公認された主張であるようにいっているが、国際的にみればきわめて例外なものである」(「在日韓国・朝鮮人に問う」より)
 
 香港が返還された時、謝罪と償いの条文はあっただろうか。フィリピンやベトナムやマレーシアは、アフリカは謝罪と償いを求めたのか。
 
「戦勝国(注・太平洋戦争の戦勝国)はたった一国で白人の支配と中華秩序に立ち向かった日本を決して許すつもりはなかったのである」(「靖国論」より)
 
 日本は中国(満州)や朝鮮を侵略したと言う。しかし、あの時期多くのアジアの国々は白人に支配されていた現状を忘れて頂いては困る。中国はアヘン戦争に負けてぼろぼろだったし、ほとんど中国の属国だった韓国もおかげで貧しかった。白人支配に立ち向かえるほど近代化が進んでいたのは当時日本しかなかったのだ。それとも中国や朝鮮は白人の被支配国になった方が良かったのだろうか。同胞の黄色人種でありアジア人である日本を裏切って、白人(連合軍)側に付いた彼らだ、そう言いだしそうではある。
 
 
 

 
 
 
 
 
 私はまるで崩壊したような秋を撮りながら、崩壊していく自然と、この国とを憂いていた。
 そして、今の国際社会の中の日本の理不尽な状況は、私にもよく似ているのだった。いつだってこうだ。おとなしく負けていれば良かったのだ。中国と朝鮮と一緒にアジアを強くしたかった。彼らを守ることが自分を守ることだと考えたはずだった。ずいぶん尽くしたと思う。だけど裏切られた。敵と手を組んで、私を攻撃した。戦いが終わっても、いつまでもいつまでも裁き続ける。彼らは一人で立ち上がった私を決して許そうとはしない。黄色いサルの思い上がりだと言う。許されないのに干渉され続けて、自分の利益を損ねてまで、裏切りものに特権を与えようとしている。お人よしすぎるじゃないか・・
 国は個人から作り出されるものであるから、日本をどう思うかは自分をどう思うかに等しいのではないかという仮説である。
 私は以前鳩山政権に6つのお願いをした。この仮説に基づいてお願いを読み返すと、自分が何を一番の指針として、何を一番大切に思っているのか、良くわかってきて面白いのだ。
 
 「靖国神社は日本の歴史、精神、文化を守るための最後の砦である」(「靖国論」より)
 
 すべての方々に今の日本をどう思うか聞いてみたい。
 たぶん散々な答えしか返ってこないことだろう。しかし、それがあなたなのだ。
 
 
 私は早々に切り上げて、砧公園を後にした。mixiから逃げてはいけない。私の意見を否定されても、コミュニケーションを続けなくてはいけないのだ。
 私はどうすれば伝わるか、お互いわかり合えるか考えながら駅への道を急いでいる。街路樹のモミジバフウも楓も目に入らぬように。
 男が突然話しかける。後ろには彼の家族。私をのぞき込むように見つめる子供。
「すみません、砧公園はどちらですか」
 私は答える。「この先を50メートルほど行って左に曲がると遊歩道があるので、そこをまっすぐ行くとすぐ真ん前ですよ」
「ありがとうございます」
 男が言ったあと、妻と子供が同じ言葉を繰り返す。
 私は何本も電車を乗り間違えて、道を誤って、ここまでたどり着いたのだった。たまたまあっさりと教えられたけれど、それがどうしたと言うのだろうか。
 彼らと別れた私はまた駅への道を間違えて、ショッピングセンターに入ってしまう。ありがとうという言葉に笑顔を持って返せなかったはずだった。ぶっきらぼうに、家族連れから去った私はそれでもこれが道を行くということなのだと考えている。礼を言われるほどの人間ではない。特権階級は得られない。
 だからこそ、一緒に行くのだ。わかることはごくわずかでも、わからないことは補いあって、コミュニケーションをあきらめない。
 それしかたどり着く道はない。
 
 
 
 
 
  
  

2009年11月15日

侘び寂びが良く似合う、花のお寺を撮りながら。

 
 
 
 
 
 
 
 
 とはいえ、反論というには、以下に呈するテキストは、むしろ地味すぎるトーンのものとして映るに違いない。けだし、能と茶道のserenity(静謐)を創造した日本文化には、中国のお祭り騒ぎにつきものの銅鑼や太鼓と爆竹の喧騒は似合わないからである。「白髭三千丈」式の中国人特有のファンタジアでプロデュースされた『ザ・レイプ・オブ・南京』とは正反対の、日本独自の簡素かつ厳格な手法によって、以下、本論を展開していこう。
 戦後半世紀余り、日本は、この問題で外から何を言われようとも、一貫して沈黙を守りつづけてきた。ここに初めて、我々は沈黙を破る。ただし、中国式金切り声ではない。被告席に立たされた日本の、低音で立ち昇る、しかし清明公正なる陳述である。
 
 
 東京裁判で裁かれた南京大虐殺を再審をするという趣旨で書かれた著書である。この序言を読んだときは思わず感心した。確かに日本人は地味だ、侘・寂(わび・さび)とか悪く言えば貧乏臭い美意識が海外、特にエンターテイメントの文化が旺盛な米国で受け入れられることは難しいのではないか。多分この本もご丁寧に日英バイリンガルで出版されたにもかかわらず、米国の大衆に読まれることはないのではないかと想像した。その逆に、彼らが『ザ・レイプ・オブ・南京』を読んで同情の涙を流したり、日本人に対して激しい怒りを覚えたり、そういった感情的な様子で読書に没頭している様は脳裏にまざまざと浮かんでくるのであった。まるで映画より面白いゴシップだ。
 何を言いたいかと言えば、ここ最近の(予算概算要求の無駄を洗い出す行政刷新会議の)事業仕分けの様子をテレビで見ていて、あの喧騒がどうも日本式ではないな、と感じたからである。
 まるでプロデュースされたショーのようではないか。ある程度財務省が絞り込んだ事業に限られているというのに、まるで鳩山政権が国の行政のすべての無駄の根絶に挑んでいるかのようだ。または、その姿を国民に印象付けるためのパフォーマンスのようなのだった。本気だとしても騒々しすぎる。それが本気ならばそういう場は国会だけで十分だと思うのだが、こちらはどうでもいいらしい。
 私は夜のTVのニュースをいつも見ている。国会の喧噪の時のトップニュースは必ずリンゼイさん遺体事件の市橋容疑者だった。予算委員会のニュースはトップニュースのあとのあとのその日のニュースが出尽くしてからほんの少し放送されるだけだ。それも必ず野党自民党が間抜けな質問をして鳩山首相がそれを誠実かつ大胆に切り返すという、民主党=善(ヒーロー)、自民党他野党=悪(ヒール)という図式を縮図し簡素化した一場面だけの放送だった。ところが、事業仕分けの騒々しさは、夜のニュースだけではなく、昼間のワイドショーのようなニュース番組でさえ、トップニュースで取り上げる。そのあとに市橋容疑者の事件が出てくるのだ。無駄(だと思われる事業)をばっさりと切り捨てる仕分け人はやはりヒーローのごとく映るのだろうか。(「仕分け人」という言葉自体が「仕掛け人」のようで正義の使者を連想させる)マスコミもこのショーのような金切り声を支持しているようなのだった。
 私は事業仕分け自体を否定するわけではない。地方自治体では成功しているのだろうし、国に取り入れてもいいと思う。もはやそこまで大胆に改革しないと、今まで蓄積された膿は出ないのだろうと思う。しかし、今までの事業の見直し(=今までの自民党政権の遺産)がすべて悪で、民主党政権のやることはすべて善、という図式はどうも腑に落ちない。
 事業の見直しをするならば、民主党の事業も同様に見直しをして欲しいと思う。ずいぶん怪しい政策も事業もたくさんあるだろう。
 それを見直す国会はなおざりで、既成のものを破壊する仕分け作業のみが注目と喝采を浴びるのはおかしいのではないか。ショーもパフォーマンスでもなくて、本気の論争の場所(国会)こそをクローズアップするべきだ。鳩山政権にもそこにこそ力を注いで欲しいと願うのだが、逆に国民からの目を反らしたいのだろうか。仕分け人の騒々しさも、この時期の市橋容疑者の逮捕も、わざとらしい、まるで仕組まれた匂いを感じないでもないのだった。
 たとえば一番私が見直して欲しい民主党の政策は「永住外国人への地方参政権付与法案」だ。憲法(15条)違反となるにも関わらず、しかも国民の9割が反対しているにも関わらず、民主党はマニフェストにも記載のないこの法案を議員立法で臨時国会に提出しようとした。これは小沢幹事長が政府提案で通常国会でと言いだして一時保留となったが、それよりももっと危険な「外国人住民基本法」も民主党議員によって請願されている。
 私はオバマ大統領来日のやり取りをニュースで見て正直小気味いい思いがした。今までからしたら考えれないほどの低姿勢。明らかに鳩山首相(日本側)のご機嫌をうかがっているように見えたのだった。アメリカが弱っているこの時期に反旗を翻すような真似をして酷いではないかと思う反面、今までの東京裁判からずっと続いていた、あの国のやりたい放題の傲慢さを思うとどうしても笑いを禁じえなかった。
 しかし、少なくとも米国は日本の伝統や国富を紙切れ(証券)と化して解体、強奪しようとしたが、タダ(無料)ではなかった。
 民主党政権は無料で、中国や韓国に日本の伝統もお金も国土さえ差し上げようとしているではないか。
 こんなバカな話はない。いい加減、国民は馬鹿ではない。民主党は善(ヒーロー)のイメージは通用しない。マスコミはもうやめるべきだ。
 彼らのすることは全て良しとしていたら日本はタダで、解体、強奪されるだろう。
 永住外国人の権利にまつわる民主党の闇法案、及び特ア(特定のアジア国々)向けの事業の概算予算も、すべて仕分け人に仕分けさせたらいいのだ。
 それこそ銅鑼を鳴らして、警笛のごとく、国民全員に知れ渡るように派手にやってしまえ。
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 ところで、この永住外国人の地方参政権付与法案から私は在日の方々の差別という問題を考えた。
 もちろん、この問題は区別であり、差別ではない。しかし、それは差別、だと訴える声があるからこそ、民主党政権はこの相互主義でも何でもない、日本とって遥かに分の悪い相手方の権利をタダで与えようとしているのだろう。
 そこで、「差別問題」だ。私が日本固有の伝統を守ろうとする思いは差別なのだろうか。
 私自身は日本国民の中ではマイノリティーであり、差別をされる側の人間だ。多分在日の方と私とが同じ環境にいたら、私の方がより差別をされることだろう。年齢や、財産、経歴、能力、すべてを問われて。
 しかし、私が差別をされてもそういった環境にい続けるのは自分が「そこにいたいから」である。だからどんなに差別を受けても屈辱的な思いをしても、我慢をする。
 在日の方々はあれだけ反日を騒いで、それだけ日本が嫌いなのに、どうして日本にいるのだろうか。日本での権利の取得のために論説活動に奔走する方の本も読んだが、どうも納得できない。なぜ、それほど日本の差別的な扱いと旧来の政治に幻滅して、日本国籍を取りたくないほど忌み嫌っているのに、それでもなお日本にい続けることが出来るのか。この質問をしたら、それを言うのは酷だ、わかっているだろう、本国の状況を、と北朝鮮の事情を話された日本人がいた。当然私はわかっているが、しかしなぜ在日の方は分からずに日本をいつまでも責め続けるのか、ということがわからないと言いたいのだ。本国に帰ることを勧めるのは酷だ。日本に生まれ育った二世三世にもなればなおさら無理というより可能性として想像できない、してはいけないと言うだろう。ならばなぜ、そんなに日本を嫌うのだろうか。平和的な共生の道はないのだろうか。もしも何かしら反日というスタンスでいたほうが都合のいい論理がそこに存在するならば、感情的に嫌うほどのことのことではないと思う。あれほど本気の反日プロパガンダはおかしいだろう。
 多分この問題はもっと奥が深いのだ。そう、深淵なのだ。
 と思って勉強を始めようとしていたら、急に体調を悪くした。
 
 
 
 

 

 
 
 
 
 いつか箱根小旅行の時に「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」というニーチェの言葉を喩えたことがある。
 私は今回もそれを思い出した。
 というのも、急にすべてのやる気を失い、私は丸二日間会社を休んで寝込んだのだ。熱が出るとか、体が痛いとかいう直接的な症状でなかった分タチが悪かった。私は無気力、かつ絶望的な想いに陥って朝も晩もただ寝続けた。一切何もする気がわかなかった。
 二日目の夕方にこれはおかしいと思い始める。
 いつもの病ではない。ただの自堕落ではなくて、これは本当にやばい状態ではないかとふと疑問に思った。自分の中ではいつもの疲れだ、しばらく寝ていたら治る、と軽視していた。今までもこのように突然心が折れてしまうことはよくあったのだ。ところがふと、今回は違うと気付かされ、愕然とした。私は本能的に、死の影のようなものを感じ取ったのだった。このまま寝ていたら、もう立ち上がれなくなる。どんどん悪い方向へ流れて、もはや自分ではコントロールできない状態へまで一気に加速する。私は恐怖でぞっとしたのだ。
 今思うと、あれは軽々しく深淵をのぞいたことへの罰なのだと思っている。
 日本の闇の歴史が今なお私たちに報復を与えているように、これらの問題は深く、根深い情念が隠されているような思いがした。首を突っ込んで、知ろうとするならば、それなりの代償が必要だ。情念に打ち負かされないだけの確かなものを身につけなくてはならない。
 私は二日間寝ているときに、何を耳にしたか。
 何度も何度も、携帯電話の振動とインターネットメールの着信音を聞いていた。遠くで、それらは遥か遠くで、幽かに、だけど確かに聞こえていた。
 その時私は、その音の主こそが私の元凶だと思い込んで聞こえないふりをしていた。聴かないようにしていた。だが、今思うと、その音がなかったら私はこちら側に戻ってこれなかったかもしれない。
 まるで冥土へ行きかけて、三途の川を渡る寸前に聴こえてくる名前を呼ぶ声のように。あのまま、無気力という沼に落ち込んで、そのまま人として破滅していたかもしれない。
 今日私は雨の中、一本の安い傘を持って写真を撮りに出かけていった。折りたたみ式のその傘は、強風にあおられて、すぐに骨を反らし、お猪口のように吹き飛んでしまう。私は何度も何度も傘と閉じてはまた開いた。または強風の方向へと向けて、元へ戻すのだった。軽くて、場所も取らず、持ち運びに便利な愛傘は、骨が弱いことだけが難点だ。そんなことを想いながら、花のお寺として有名な常泉寺へと歩いていると、ふと南西の空が輝いているのが目に入った。黒い雲が途切れて、下へ下へと沈んでいき、その上には雲ひとつない青空が広がっているではないか。
 二日間寝込んで、三日目の小さな撮影旅行だ。雨はじき上がるだろう。風はまだ少しある。しかし、傘はしなやかに逸れては戻る。そして、青空が見えた。
 まだ行ける。代償となり得るものを見くびってはいけない。
 携帯は相変わらず振動していた。私は自分に向けて返事を書きながらそっと微笑んだ。
 花の寺を写しながら、午後の陽光を浴びていた。
 
   
  
 
 
 

 

 

2009年11月8日

人間の性質について悲観的な私の友愛戦争考と銀杏並木の帰り道

 
 
 

 
 
 私は楽観主義者である。
 自らの力で及ばない事柄はすべて、なるようにしかならないと考えている。なるようになる。運命論者というよりは、人間の力を越えた、超越的な存在にお任せするというスタンスだ。これは母親が「お天道さまが見ている」と口癖のように言っていたせいもあるだろう。私は神の力を軽視してはいない。
 そのくせ、私は悲観主義者である。
 特に人間対して、私は幻想を抱いていない。悪しき性質のものだとかなりシビアにとらえている。誰しも、マシかどうかの程度の差こそあれ、皆悪意を胸に秘めている。
 おかげで神の力による愛や慈悲を信じながら、私はいつでも人間に対して深刻に悩まされて生きてきた。
 この矛盾は私の未熟さのせいだといつも自分を責めていた。精神的な修行が足りないのだと。
 ところが、先日M.L.キングの著書を読んで、同じような考えが書かれていたので、私はこれに驚かされ、初めて、理論立てて自分の性質を理解し、認めることが出来たわけだ。
 矛盾は力不足ではなかった。それどころか、楽観主義者の陥りがちな人間(もしくは人間社会)に対しての、何の根拠もない善意、幻想や理想主義を極めて否定的に思索することが出来る。
 キングは言う。『多くの平和主義者はこの点(人間の社会的環境の複雑さと集団的な悪の目くるめくばかりの現実性)を見落としている。あまりにもたくさんの人たちが、人間に関して、なんら保証されておらぬ楽観主義をいだき、無意識のうちに自分の正しさにたよっていた』
 彼は「人間の性質についての浅薄な楽観主義の幻想や、虚偽の理想主義の危険をみとめ」ていたのだ。
 そう、それで私は長年の思いを開放することにした。悲観するほど、自分は未熟な人間ではないと思うに至った。堂々と、悲観的な思考を披露してもいいのではないか。
 その性質はまんざら捨てたものではないかもしれない。
 まんざらでもない私は、今日もたくさんの人々の悪意を敏感に感じ取っては悲観的に考えた。
 その前に、現在私が最も悲観的に、重く抱え込んでいる人間(もしくは人間社会)への危惧感を書いておこう。
 今の政府について。
 国会が始まった。外交ばかりを重視して、長引かせていた臨時国会がやっと召集された。しかし、散々待たせてやっと召集されたというのに、時間がないということで実質的な会期は20日、予算委員会の質疑も衆議院と参議院で各一日にすると言う。これは野党の反対により三日間に延びたが、それほど、ボロが出ないうちに、早急に終わらせようとしていた臨時国会を今度は延長すると言いだした。
 
 
 

外国人地方参政権法案の今国会提出を表明 民主・山岡氏「会期延長は不可避」

 産経ニュース  2009.11.6 22:07
 
 民主党の山岡賢次国対委員長は6日、自民党の川崎二郎国対委員長と会談し、永住外国人への地方参政権付与法案を議員立法として今国会に提出したいとの考えを伝えた。山岡氏は会談後、国会内で記者団に「場合によっては党議拘束なしで(採決を)行いたい。私案として提案し、持ち帰ってもらった」と述べた。
 法案は日本の永住権を持つ外国人(約86万人)のうち成年者に地方自治体の首長と地方議会議員の選挙権を与える内容。民主党内に慎重論もあるが、自民、公明両党などに賛同者がおり、各党が党議拘束を外せば、成立する可能性もある。
 また、山岡氏は、記者団に今月30日が会期末となる今国会について「今の状況では延長せざるを得ない」と述べ、会期延長は不可避との考えを示した。
 政府は今国会に日本郵政株式凍結法案や中小企業金融円滑化法案など12本を提出したが、オバマ米大統領の来日など外交日程が立て込んでおり、すべての法案を30日までに成立させるのは困難な情勢。鳩山由紀夫首相はB型、C型肝炎ウイルス感染者を支援する「肝炎対策基本法案」と、被爆者救済の範囲を拡大する原爆症認定に関する法案についても6日、参院予算委員会で「どういう形であれ法案を出して成立させたい。約束する」と明言しており、少なくとも12月上旬までの延長は避けられないと判断したとみられる。
 11日の政府・民主党首脳会議で対応を協議する方針。自民党は会期延長に反対しない公算が大きい。
 
 
 
 予算案に各種法案、米大統領の来日など日程が立て込んでいると言うのに、時間がないと言ってはあれだけ早々に切り上げようとしていた国会を、なぜ、一番野党が食らいつきそうな「地方参政権法案」を持ちだしてまで長引かせようと言うのか。国会の会期中なら首相不逮捕で逃げおおせることが出来る、なので長引かせるつもりなのだろうという声も上がっているが、それも確かにありえようが、私はふとこんな風に考えた。
 これは戦争だ。
 
 
 平和の定義は秩序。秩序立った社会がもたらすものが平和。戦争の定義は混沌。秩序が破壊された社会的な状態、とする。
 この文章の前提とされても、ただの仮定とされてもいいのだが、私はそう考えているわけで、今の政府の秩序を無視したスケジュールは彼らが戦争(話し合いによって解決させない手段)を仕掛けていることが見て取れるのだ。
 献金問題も、普天間基地をはじめとする外交問題も、赤字国債増発の史上最大の予算案についても、政府がこの混沌の渦に巻き込んでうやむやにしてしまおうとする意図が感じられる。まともに秩序立ててやっていたらやりおおせない。うやむやに、もしくはなしくずしに、地方参政権問題も片付けてしまおうと言うつもりなのだろう。
 私はこのイニシアティブを握り、混沌のうちに自らに都合のいいように事を運ぶ、もしくは目的を達成させるというやりかたに一目置かないわけではない。
 日本人は今まで礼儀正しすぎた。
 秩序を守り、特にアメリカとは「まともに」付き合いすぎた。まるで北朝鮮のように、相手にとって困りものになる、というのも、れっきとした、外交上の手段としてはありえる話だと思う。
 しかし、国の法案となるとそうそう感心してばかりもいられないのだ。
 永住外国人の地方参政権が決まれば、日本人は確実に淘汰される。民主党は自国民よりも特定のアジアの国(主に韓国)民の権利とその団体の利益を重んじている政党なので、男性は種として利用され、女性はますます晩婚化。(一生相手にはありつけないかもしれない)幸い既婚者の女性だって、離婚を考える余裕などなくなっていくだろう。
 悲観的過ぎて何の話だかわからないだろうか。確かに飛躍しすぎているとも思う。
 しかし、これは現実的にあり得る話なのだ。私は多くの日本男性に幻想を抱いていない。彼らは日本人ではなくても特にかまわないと思うことだろう。料理を作って、子供を育ててくれる優しい妻を持ち、それが自分を拒否せず、愛を与えてくれる相手ならば。社会進出を果たして、相手に高収入や理想ばかりを追い求める日本の女性よりも、ただ自分を尊敬してすがってくれる女性を愛おしく思うことだろう。
 選択式夫婦別姓に戸籍制度の廃止、アジア文化の流入、法や世俗が作っていた垣根はご丁寧にも取り払われる。実際私の会社や周りには今だって、外国人を妻に持つ社員が多いのだ。たとえそれが韓国から日本にビザなしでやってきた脱北者だって、国政にまで参加することができるれっきとした相手である。幸せな家庭を持つことに何を躊躇することがあるだろうか。政府は公認。メディアもねつ造してアジアブームを創り出す。混沌としたなし崩しの中で、これらはゆっくりと、確実に、この国を侵していくのだろう。
 たった三日間の衆議院の国会質疑で一日だけ、これらの問題とリンクする闇法案の質疑があった。その日だけ、NHKは国会をテレビ中継しなかった。 
 マスコミは政府の味方だ。彼らが仕掛けることをすべて肯定的にとらえて後押ししている。(唯一批判的なのは対米関係の悪化だが、これは逆に心配するほど悪くはない。先ほどの北朝鮮の例のようにある程度の摩擦は計算済みだろう。危機感を抱かせて、交渉につかせているようだ)
 鳩山総理は狡猾だ。混沌の渦に巻き込んで、相手のペースを乱し、ミスを誘う。闇法案が成立しても目的は達成される。(ちなみに外国人を国政参加させるのは鳩山首相の長年の理想だそうだ)もしも、敵(野党)が強固に出て、しくじっても、恩恵を受けた組織や団体に対して面目を保つ。努力はしたんだけどね、という格好で。
 それに、彼は国会よりも国民に対する説明よりも、まず外国に顔を売った。温室効果ガス25%削減を掲げ、また各国の要人と会談を重ねた。これは日本人が恥を嫌う性質なのを巧みに利用している。顔を売ったあとにすぐに起訴、逮捕されては、そんな人間と会談していたのか、そんな政治家が日本の代表だったのかと日本国自体のレベルや在り方まで疑われる。鳩山首相は各国との会談で保険をかけたのだ。奇しくも関係が悪化している大事な米国様の大統領訪日が迫っている。これは成功させないとやばいというムードだ。献金問題はなし崩しにされて、不起訴も十分あり得る話だと私は思う。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 恒例の週末撮影旅行に話を移そう。今日は銀杏並木を撮りに昭和記念公園に出かけた。
 人々の悪意を感じ取ったのは、帰りの電車の中だった。
 私は広大な公園でたくさんの人々とすれ違った。恋人同士に家族連れ。落葉樹の中を微笑みあい、行き来する彼らはとても微笑ましい存在で、悪意などみじんも感じ取ることはできない。しかし、よくもこれだけのひとが集まったものだ。私は銀杏並木の中でひとりたたずむ女性を撮りたかったが、人が多すぎて、待っても待ってもせっかくの対象が消え去るばかり、さっぱり絵にならないのだった。
 帰りはもっと深刻だ。夕刻が近づくと人々は一斉に出口へと向かう。銀杏並木があるカナール傍の立川口も、私が入った西立川口も駅へと向かう人々でごった返している。
 ホームは混雑していた。私は長い列の後ろに並んで良く横入りをされるので、人の少ない階段わきに行った。そこなら横並びに立っているので、空いているし、図々しく脇から割り込む人はいないわけだ。ところが、その認識は甘かった。年配のご婦人がたが数名、お喋りをしながらやってきて、「あらここにしましょ」と私の右から横一列に立っている並びに強引に入ってきた。もちろん私にも体当たりする格好となったが、「ごめんなさい」とちっとも悪いと思っていない調子で歌うように言う。そのまま、お喋りを続けるのだ。私はもうずいぶんこの場所で待たされていたのだが、彼女たちが来たあとすぐに電車は到着、偶然にもご婦人がたの真ん前で扉が開く。私及び今まで先に並んでいた人を気にも留めず、あら~良かったわね、丁度いいわ、と彼女たちは真っ先に乗り込んだ。席は空いていなかったようだが、あれだけ混んでいたホームで待ちもせずに誰よりも良いポジションを射止めるとは何というラッキーなことか。私は彼女たちの逞しさに感心した。品格の問題というよりは、その図々しさに人としての醜さを感じたのだった。私はすでに並んでいる人の後ろ(ホームの停車位置の標から最も遠いところ)に加わったつもりだった。偶然それが勘違いで真ん前でドアが開いても、幸運とばかりに真っ先に乗り込むかは微妙だ。多分先にいた人が乗るのを待つのではないか。混雑した通勤電車で、毎日どつかれて(あれも一種の戦闘だ)慣れていたはずだったが、私は休日モードの気を緩めた状態であったので、さすがに不快に感じたのだった。
 次にJR青梅線からJR南武線に乗り換えた時のことだ。この電車は始発なので、待っていれば誰でも座れる。実際、私も座って帰りたかったので、一本待った。ところが他の席がたくさんあいているにもかかわらず、真っ先に私の横にと座ったご婦人がどうもそわそわした方なのだ。なんでこんな空いた電車で(しかもいいご婦人が一人で)挙動不審気味にあたりを見回しているのか。どうも嫌な予感がした。私の隣に進んで座る方はろくな人がいないのだ。
 そのうち電車が混んできた。発車間際、彼女は立っている年配者に声をかけて、自分の横にわずかに空いたスペースを指し示した。「どうぞ座れますよ!」
 彼女は思い切り私に寄って来た。私も詰めるが、もっと寄れ、とばかりに私の(自分とは逆側の)スペースを確認するように何度も見る。もっと寄れるでしょ!と言いたいのだ。繰り返すが、この電車は待っていれば誰でも座れるのだ。狭いスペースにもう一人を座らせたい、という善意はわかるが、その自己満足的な善意をなぜ人にも強要するのか、自ら完結できない善意ならば安易に誰か与えるべきはない。彼女は私の反対側のスペースを何度も見て、批判的な顔をしながら、腰を浮かして浅く座った。まるで彼女が席を詰めて譲ったことで、私が迷惑をかけたかのような按配だ。私が不満を言うのはおかしな話だろうか。もしも私ならば、自分が誰かに親切をしたくて、その親切が別の誰かに迷惑や負担をかけるときは、善意の欲求を我慢するだろう。それが見かねてできないならば、負担をかける相手のことも気遣い、出来るかぎり納得してもらうよう努めるだろう。そのことで相手を責めるなどお門違いなことはしないと思うのだが。
 まだある。こんな話を繰り返すと自分を正当化して他人を責めていやな奴だと思われそうだが、あるものはあるのだから感じたままを書かせていただく。
 そのうちもっと電車運んできて、隣の挙動不審のご婦人が降りた。今度は狭いスペースに体格の大きな男性が座った。これは女性よりもなお悪かった。相手の生ぬるい腿がぴったりとくっついて気持ちが悪いのだった。私はさらに小さくなるしかすべがない。あまりに不快指数が高まったので、すべてを忘れて寝てしまいたかった。目を閉じて、じっとすべてを開放する睡眠の時を待つ。すると突然隣の男が立ち上がって「どうぞ!」と声が聞こえた。私ははっとした。混んでいたので気付かなかったが、私のすぐ傍に老婆でもいたのだろうか。まるで狸寝入りをして、席を譲るのを拒んだかのようだ。内心冷や汗をかきながらじっとしていると、「すみません」という声は案外遠く、私の右方向から聞こえてきた。意外と達者な声である。それで、安心した。元気そうだ。それに私のすぐ傍、少なくとも真ん前にいたわけではなかった。そのことに私は安心してまた睡眠へと向かっていく。行こうとした瞬間、席を譲られた老婆(だろう)が私の右から回り込むように私の左に座った。早く座りたかったのだろう、急いていたのか、彼女は一歩を惜しんで、私の真ん前あたりから腰を椅子へと向けたので、まるで私の膝に腰を落とすように座ったのだ。その衝撃はまるで蹴とばされたかのようであった。もちろんこれには悪意などない、ないはずだが、私はそう楽観的ではない。人間の無意識だって悪意は隠されている。彼女は半ば言いたかったのだろう、「あなたがどきなさいよ」
 私は立て続けにどやされて動転していたのか、降りる駅でもない駅で降りてしまった。しばし放心、休日の帰りで混んだ電車はありとあらゆる人々がいる。通勤電車のように同じ時刻に同じ人が乗るというわけではない。混沌の度合いが激しいのだ。次の電車を待って乗り込むと、これもごった返して押し合いがある。私のすぐ後ろに若い母親と小さな子供。混んだ電車で後ろに子供がいるのはいやなものだ。もしも前から押されたら、私は子供を潰さないように押されても一人堪えないといけないだろう。で、気を使っていると、案の定急ブレーキがかかり、前の乗客が押して来た。思わずよろけ、母親の足を踏みつけそうになる。すかさず彼女が叫んだ。
「あーーーーーっ!!○○ちゃん、だいじょうぶ?!だいじょうぶ?!」
 あまりにも素っ頓狂な声で驚いて振り向いた。子供にはぶつかっていないはずだ。母親は子供を心配そうに見ている。私の怪訝そうな目と出会って、子供は恥ずかしそうに、「うん(大丈夫だよ)」と返事をしている。しかし私は見逃さなかった。母親はだいじょうぶと大声で訊きながら、小さな彼を守るべき手も差し出していなかった。で、とっさに理解したわけだ。子供が心配と言うよりは、自分の足を小突かれた非難であろうと。
 そうして最後に乗り換えた東急線、ドアの前は混雑している。乗り込んだ私は、吊革のある電車の中央に行こうと、すみません、と言いながら姿勢を丸めて、ドア近辺に集中して立っていた人たちの脇をすり抜けようとする。通勤電車の人々だったら避けてくれるのだが、背の高い若者は逆に体当たりをしてくるのだ。体当たりは言いすぎだが、よけずに、体を前に出すようにして、私の進路を阻もうとした。私が機敏で体が柔らかくなかったら、とっさに転んでいたことだろう。すんでのところをすり抜けて、がらがらに空いた車内へと進んでいくことができた。
 このような愚痴を聞かせて申し訳ない気持ちになるのだが、しかし一体これらは何なのか。行楽の帰り道、疲れた人々は混沌の中で、やけに暴力的なのだ。もしくは自分のことしかまるで念頭にないようだ。私はどんどん自分を小さくして、まるで被差別的な、弱い生き物だと感じ始めた。通勤電車の時のように、張り合ったり、負けじと闘うことは出来なかった。なんで今日はこんなに混んでいるんだよ・・と力なく呟いて、ただ混沌の渦に翻弄されただけだった。
 
 
 
 NHKが放送しなかった11月5日の衆議院予算委員会で、自由民主党の稲田朋美氏がこう訊いた。
「もしも対馬に意図的に外国人が移住をして参政権を行使したらどうなるのか。対馬が韓国領だと主張する市長が誕生するかもしれない、その危険性についてどう思いますか」
「対馬は当然のことながら・・主権者である日本国民が誰の目にも対馬は日本国の領土であると、そのように我々は100%信じて行動しているわけでありますから」
 そのような議論は全く必要ない、それは地方の問題ではなく、国の問題だから、と鳩山首相は語調を強めて、答えた。
 しかし、彼女の質疑の間中、私はこんなにもしどろもどろになった鳩山首相を初めて見た。自民党のどんなベテラン議員の論客にも、私ならばこれは言葉に詰まって答えれらないと思われるような質疑にも、誠実に、ついついそういう解釈もあったのかと納得してしまうほどの独自の理念を持って整然と答えていた総理が、このときばかりは始終下を向いて、心苦しそうな答弁に徹しているように見えたのだった。
 確かに対馬は地方の問題ではない。国の(領土の)問題だ。しかし、鳩山首相は地方だけではなく、永住外国人の方に国政にも参加していただきたいとはっきりと述べている。
「信じる信じないの問題ではありません」
 稲田朋美議員はきっぱりと首相の答弁を否定した。
「過敏になりすぎではないか」
 亀井金融相の揶揄した答弁にも怯まず、彼女ははっきりと言うのだ。
「これは危機管理の問題です」
 政府は、いや、鳩山首相は、人間の性質を楽観的に捉え過ぎているのではないか。
 外国人に国政の選挙権を与えることが問題とされるのは、多くの日本人の自信のなさから来ていると彼は言う。私たちが自信を持てば、外国人に参政権を与えても、何の問題もないのだと。果たして本当にそうだろうか。
 その楽観主義は保証があるのか。無意識のうちに自分の正しさにたよっていないか。キング牧師の言葉を思い出してほしい。
 平和主義的な「友愛」はとても危険な思想だと私は思う。
 もしも、それが虚偽の理想主義で、すべてを知り尽くしたうえでの詭弁だとしても、確信犯ならなおさら悪い。
 
 私は最後の乗り換え電車に乗る。小田急線だ。私の家が近づいていた。
 時刻は夕刻から夜に近付いていた。それに地方の駅だ。あからさまな行楽客の集団はそろそろ見られなくなってきた。
 暴力的な、人間の本能をむき出しにした彼らは影をひそめて、いつもの顔が戻って来た。電車の中の秩序とともに。
 アナウンス。自宅の駅にたどり着く。私はカメラを抱えて出口へと向かう。身を小さくしなくても、ドアの前の人々がさっと引いていくのが分かる。
 モーゼのように譲られながら、私はホームへと降りて行った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
   

2009年11月1日

原色の街、鳩の街商店街を歩く。

 
 
 
 
 「分断支配」という言葉を最近知った。
 私は支配者が行うその手段を身を持って知っていた。知り尽くしていたが、言葉として巧く表すことが出来なかった。
 何十行かけて書いてみても、あの歯ぎしりするような悔しさも、身をちぎられるような想いも伝わりはしない。恨みたらしくネガティブな人だと個人攻撃されて終わりである。
 ところが、たった一言、ひとつの単語で説明できるではないか。
 言葉というのは便利だ。私自身が説明しなくても、人々の共通認識と、その言葉を使い続けた歴史とが私の思いを代弁してくれるのだ。何と便利なことではないか。
 しかし、その共通言語を、語るものと聞くものが共通認識し得たならばだ。(実際、私の場合も情念では理解していても言葉自体を知らなかったのだから)
 
「今年の夏はあんまり寒くないねぇ」
「そうだなぁ」
 老人がふたり、自転車を乗りながらそんな会話をしていた。
 彼らは並んでゆっくりと走らせながら、商店街を通り過ぎていく。夏、というのは明らかに秋のことだろう、言い間違いだ、と思ったが、隣の老人は指摘するでもない。上着が要らないなどと会話を弾ませているのだった。二人してボケているか、どうでもいいたわいもない言い間違いなど気にも留めないのだろう。
 ところが、明らかに秋のことを言っているのだとわかる言葉をいちいち指摘しては、「秋」と言い直させて、無能者だといわんばかりの嫌味を放つやからがいる。カチンとくるが、言い間違いはこちらが悪い。気を取り直して素直に謝ると、今度は蔑みの目で見られるのだ。そのくせ、自分が間違えたときは絶対に指摘をさせない。突っ込むな、という無言の圧力を放って来る。こちらは何も訊かなくても相手が夏と言ったのは「秋」だと察して、自ら間違いを訂正し、それが仕事の場合は間違えたところを始めからやり直す。なのに、また次もこちらの言い間違いは一切許さない。「秋」と言い直させる。カチンとくる。(延々とこれが続く)
 どうにも手に負えない。そういう人に一定レベルの親しみを感じろと言われても難しい。お互い、秋だってわかってるなら、夏だって言ってももう秋でいいじゃないか。だめな場合はお互い察して相手のミスをカバーしてやろうぜ。と言いたくなる。(これも絶対言わせはしないのだが・・)
 彼女(いろんな例があるが、職場上の女同士の関係ということにしよう)はきっと、私より自分が上等の人間だと思っているのだ。
 支配者、この場合は上役に、分散支配された結果だろう。絶対に、人として、対等に付き合おうとはしないのだった。親しみを持てと言われても難しい。私だけのせいではないのだ。
 そんなことを思いながら通り過ぎる老人の自転車を見送った。
 鳩の町商店街、墨田区向島の下町情緒があふれる通りを歩いていた。前回この通りを散策したとき、カフェと呼ばれる戦後の赤線地帯の色街建築を撮り損ねた。丸い柱や模造色のタイルが施された建物、歴史的に見て貴重なそれらを見逃したので、いつかリベンジしたいと思っていた。 
 今週は紅葉にもまだ早い、特に撮りたい素材もなかったので、カメラを抱えて、向島と京島へ散歩に行くことにした。
 幸い職場に近く定期券もあるので大して懐も痛まない。寒い冬が近づく身には持って来いである。
 東武伊勢崎線「曳船」駅を降りて、東向島一丁目方面へ。駅前商店街を抜け、公園を通り過ぎるとすぐが国道6号、横断歩道の向こうに鳩の街商店街のピンクのアーケードが見渡せる。
 一時期、下町巡りに凝っていたが、最近は樹木にふけりご無沙汰している。街を撮るのも、建物を撮るのも久しぶりで、初めずいぶん戸惑った。一番広角のレンズを持参したつもりだが、カフェあとの道は鳩の街商店街の一本隣の道でかなり細い。建物の全体像を撮るのも難しいのだ。
 超広角のレンズがやっぱり欲しい。
 などとぼやき出す。これで、下町建築写真に魅せられて、超広角のレンズを買いたくなったとしたならば、電車賃をケチってやってきた下町も、かえって高くついたというものだ。しかし、私が向島京島巡りを選んだのはそれだけの理由ではなかった。
 写真愛好家の間で、今ちょうど紅葉がブームだからだ。
 
 
 

 

 
 
 
 
 私は「分断支配」という長年の思いをたった一言で言い表した言葉から、言葉と共通認識、それから優越感と差別について考えていた。
 分断支配(という支配者の手段)が有効なのは、そもそも人間というものが優越感を好む生き物で、またそれには他者を差別することが手っ取り早いという事実によるものである。古くは江戸時代から、身分制度が分断統治として利用された。グループAは自分たちより下のグループBに対して優越感を持つ。彼らを差別する。対して、グループBは格差を与えたのは支配者であるのに、彼らを見下して酷い差別をするグループAを憎む。互いの小さな意識の亀裂から争いが起こり、AとBが結束をして、支配者に反抗するということはまずなくなる。格差と言っても五十歩百歩のお互い厳しい条件下であっても、こうして扱いを別けられたことによって、決して支配者に牙は向かないのだ。誰が考えたか、良く出来ているではないか。
 ところで現代の話に戻って、人々が仲間意識を持って他者(被差別側)を排除するのは、大抵は共通言語によるところが大きい。もちろん社会的な階級意識(財産や学歴や経歴)もあるだろうが、それらも含めて言語が同じ、つまり共通認識があるかどうかが問題とされる。あるものは仲間となり、そうでないものは格下とみなされる。
 ここからが不思議なのだが、いったん烙印を押されると、たとえ共通認識があっても、それがまったく意味をなさなくなるということだ。AもBグループも同じ事実を同じ認識として捉えているのに、互いに絶対それを認めようとしなくなる。Aは優越感と差別心から。Bは虐げられた憎しみからか?
 もしも、支配者が分断支配をシャッフルしたらどうなるだろう。AとBがCというグループに統合されて、新たにDとEというグループが作られた。
 同じことだろ。優位のグループがまた下位のグループを差別するのだ。
 ただし、このシャッフルに支配者がいない場合、階級意識や共通認識は国の制度や漠然とした社会の決まりごと(もしくは地域や仲間うちのルールなど)だった場合は?
 国自体の在り方や、社会上のルールというのはそうそう変わらないし、皆その価値観をすでに無意識的に基準としているだろうから、それに代わり得るよほど素晴らしい、新たな価値基準を与えられない限り、同じグループになっても差別と憎しみは続くのではないかと思えてくる。
 花街のカフェの女給たちは差別を受けただろうか。
 赤線が廃止された後、どう生きただろうか。
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 私自身の経験から言うと、分断支配に容易にはまってしまう人間の愚かさが腹立たしかった。
 せっかく築きあげた互いの思い、親しみの情感さえもあっさりと破壊されてしまう哀しさと。
 かと言って、支配者や時代の価値観を皆で結束して打ち破ろうと思うでもなく、綺麗事と非難されても仕方のない話だが、私は皆で仲良く過ごしたかったのだ。
 まぁ、そんなことを考えた、というか、とりとめもなく思い巡らせながら紅葉のことを思って悪態をついている。
 狭い路地、しかも住宅街では私の写真に欠かせない三脚も使いづらい。建築物はさっぱりうまく撮れない。今頃は本当は大好きな樹を撮っているのだ。「紅葉でなければ写真ではない」というような写真愛好家の差別的認識さえなければ、気持ち良く青々とした木々を撮っている。今頃は、大好きな樹木に囲まれて過ごしているのだ。
 一時ヴィトンのバッグが流行ったが、なぜ全員同じ鞄を持つのか。あの時と同じような不快感を抱きながら、いいじゃないか。染まっていなくても、共通認識にしてくれよ。と私は職場同様にぼやいている。
 もちろんヴィトンはいいバッグだ。私もそのあと購入して今も大切に使っている。だけど、それ以外はブタの手、論外、みたいな分断的な風潮はどうにも腹立たしいのだ。
 人間の優越感と差別心は奥深い。シャッフルされても、底なし沼のように逃れられない。
 共通認識が意味をなさないならば、私たちは何と頼るというのだろう。嘘と、偽りと、見せかけの仲間意識、もしくは。
 愛だろうか。
 
 あまりにも到達不可能な、もしも―
 私は重い荷物を抱えてまた歩く。使わない三脚と望遠レンズが肩に食い込むように。
 原色の街の女給たちが幸福な老婆となっていることを願っていた。
 もしくは天上で楽しく会話していることを。
「今年の夏は寒くないねぇ・・」