2010年9月30日

『私の闇の者』  ~小沢一郎、19年度の政治資金収支報告書虚偽記載容疑で不起訴処分!~

   


 
 
 
 愛しいあなたへ。

 いつかあなたに言ったことがあるわ。

 人生の谷底の時期に、「インドの神様」に傾倒したって話。
 
 それともあれはただの、宗教の雑談だったかしら。
 知ったかぶりに、あなたの言葉をさえぎってしまって、私はいまでも反省しているの。


 インドの神様はね、思想は素晴らしいものだと言うのに、どこか卑猥なのよ。
 妖しくて、禍々しいの。
 闇の者、と私はいつも感じていたわ。
 あれは、外見のせいなのかしら。それとも何かの暗示なのかしら。

 いつかまた、あなたとそんな話をしたいわね。

 それまでは、あなたが私の「闇の者」
 私の神様でいてくださいね。



  
 
 


  



 「不敗神話を誇る日本最強の捜査機関、東京地検特捜部」

 VS

 「平成の悪代官、小沢一郎」



 2010年9月30日、壮絶な両者の戦いにひとつの幕が下りた。





 


   
 

 



 Winner、小沢一郎!!



 



 民主党の岡田克也幹事長は30日の記者会見で、民主党の小沢一郎元幹事長の資金管理団体「陸山会」の平成19年分の政治資金収支報告書への虚偽記載容疑について、東京地検特捜部が再び小沢氏を不起訴処分としたことについて「検察がそう判断されたということだから民主党にとって喜ばしいことだ」と述べた。
 (msn産経ニュース2010.9.30 18:36






 先の代表選で、私の潔白は検察が証明したと散々言っていたし。
 破れたとはいえ、与党国会議員200名の票を集めたことだし。
 そして、またしてもの不起訴だし。

 
 ここまで前フリされると、誰も驚かないだろう。
 あれだけ政治とカネの問題で騒いでいた国民も、
 「あーやっぱりねぇ・・」
 くらいに納得していそうだ。

 
 逆に、このあとの、別の年度の審査会の結果によって、もしも「強制起訴」が確定したならば。
 それはもう、検察の逆転サヨナラ満塁ホームランぐらいのインパクトはあるような気がする。


 
 
 で、逆転サヨナラ満塁ホームランを無事免れて、晴れて潔白の身が証明できたとする。
 検察VS小沢の長い戦いが幕を閉じ、小沢勝利で終わったとする。



 
 それはそれで、ものすごい感慨深い話ではあるのだ。

 

 そうなったらもう、奇跡だ。

 インパクトを通り越して、「神がかり」的ですらある。


  
 
 私が知る限り、検察に目をつけられて、逃げ果せた政治家は一人もいない。


 小沢一郎と言う政治家は、よほどの強運の持ち主か、もしくは、よほどの小賢しい、いや、頭脳明晰なお方なのだろう。

 


 その希少性に敬意を表して、

 「政界のパワースポット」と名付けたい。




 
 が、いつ吹っ飛んでもおかしくない、火種を抱えた菅政権の背後に、彼のような「奇跡的なモノ」が雲隠れしているかと思うと、ぞっとする話ではある。

 
 菅政権がコケれば、必ずやつが現れる。


 サンスクリット語で「黒」や「闇」を示す名の「クリシュナ」神が、翻弄される政権の陰にどっかりと聳えている姿が脳裏に浮かんで離れない。

 クリシュナの慈悲を映す笑みは、先の勝者の笑みに取って代わるのだった。




 
 
 

2010年9月29日

『激流の時代に』  ~維新を巻き起こせ!宮崎県知事に期待?~

    
 愛しいあなたへ。



 ベランダで育てていたキバナコスモスが枯れていました。
 水やり、最近ずっとさぼっていたの。

 それでも、元気に咲いていてくれると思い込んでいたから。
 ちょっと驚いたわ。

 雑草みたいな花かと思っていた。

 毎朝、黄色とオレンジの花を見るのが楽しみだったのに・・


 いつもと同じ朝、見慣れた景色。
 小さなコスモスが枯れたように、でも毎日変わっているのね。



 あなたは、大丈夫ですか?


 忘れないで、お花に水をあげてくださいね。



 



   
 




  
 2010年3月27日、天安艦沈没事件勃発。


 「第2次朝鮮戦争」 迫る!


 


 2010年9月7日、尖閣諸島中国漁船衝突事件勃発。

 

 「新日中戦争―尖閣諸島を奪回せよ!!」






     
 そして、2010年、9月29日、対中制裁法案を可決!(の見通し)




 「緊迫する米中関係! 激化」







 そんな激動の時代、自ら渦中に飛び込まんとする男がいた。


 その名は、


 
 



東国原英夫。(現宮崎県知事)

 








 宮崎県の東国原英夫知事(53)は29日の県議会本会議で、12月に予定されている同県知事選に立候補せず、来年1月20日までの1期限りで退く考えを正式に表明した。
 退任後については「白紙」としたが、後援会関係者らによると、来春に予定される東京都知事選や国政選挙への立候補などを検討するという。
(東国原知事「県知事として限界」と不出馬表明 2010年9月29日20時56分yomiuri onrine



 


 宮崎県知事のままでいれば、穏やかな老後が待っているだろうに、どうしてこうも野望を抱いてしまうのか。
 あまり権力の中心に近づきすぎると、ある日突然、突き落とされる。
 どうも危なっかしい。芸能界を干された過去から、ここまで来ただけでもう十分ではないか。
 もっとスローライフを楽しんでいただきたい。
 そう願っていた。


 が、ふと、考えが変わった。


 これだけ、世界情勢が目まぐるしく変わる時代。
 一寸先が見えない、激動の時代。
 今は安定の時ではない。
 だからこそ。

 彼のような、変化に対応できる(悪く言えば不安定な)存在が必要なのではないか。


 
 平成の坂本竜馬、とは呼びたくないが、平成維新の脇役くらいにまぜてあげても良いかもしれない。


 とか。(東国原知事ごめんなさい。)





 それに何といってもあの郷土愛!↓ ↓ ↓









 もしも日本のリーダーになったら、さぞかし「日本」を愛してくれそうではある。
 

 ぜひ、現代の池田勇人となって、世界各国に日本を売り込んでいただきたい。


 宜しくお願いします!



 




 


 
 

2010年9月28日

『お金に代え難き、我が島の』 ~経済大国中国、各国から支援金を打ち切られる!~

  



    
 愛しいあなたへ。

 多くの人と同じように。
 あなたはお金で愛を量ろうとするところがあるわ。

 私はあまり余裕がなくて、いつだってあなたが満足するようなことはしてあげられないけど。

 だけど、あなたを思う気持ちは。
 誰にも負けないという自信があるのよ。

 そしてあなたは、
 私にお金に代え難いものをたくさんたくさんくれたわね。

 同じことを、少しでもお返ししてあげられるように。
 私はこれからも、あなたに証明しながら生きていくんだわ。

 ありがとう。

 そう感謝をして。



 






  
 世界2位の経済大国中国に支援は不要=英独が対中援助中止・削減へ―

 2010年9月27日、AP通信は、世界第2位の経済大国となった中国に先進国が支援を続けていることについて、納税者の多くが疑問を持っていると報じた。西部網が伝えた。


 中国は自国がなお途上国であり、外国の支援を受け続けることができると主張している。しかし中国のGDPが日本を抜いたのはまぎれもない事実。北京五輪、上海万博を見る限り、貧困国であるようには見えない。またさまざまな現象が中国は富裕国であるばかりか、ぜいたくな国でもあることを示している。

 英国とドイツはここ数カ月の間に、いくつかの対中支援プロジェクトの削減及び規模縮小を決めた。また長期間にわたり支援額が最多だった日本も北京五輪開幕前に、全ての低利子融資の中止を決めている。英国政府の対外援助プロジェクトを担当するアドリアン・デーヴィス氏は、「五輪と万博は欧州の人々に中国経済の強大さと豊かさを教えました。今や市民に中国がなお援助を必要としている国だと信じさせることは難しいでしょう」と話し、来年3月にも対中援助を全面中止すると明かした。

 経済協力開発機構(OECD)のデータによると、2007年から2008年にかけ、外国の対中援助額は26億ドル(約2190億円)に上る。一方、一人当たり収入が中国の10分の1しかないエチオピアが受け取った外国の援助はわずか16億ドル(約1350億円)だ。

 記事によると、1979年の改革開放から中国経済は繁栄へと向かったが、外国の経済援助は減るどころかむしろ増えているという。1979年、外国政府の援助はわずか431万ドル(約3億6300万円)。30年後の2009年には25億ドル(約2110億円)を記録している。中国への援助が最多の国は日本。以下、ドイツ、フランス、英国と続く。
(翻訳・編集/KT) (Record Cina 2010-09-28 17:55:06 配信)







北京オリンピック!




上海万博!!

 

 
 
  日本側はわが国の船長を釈放したが、今回の釣魚島(日本名:尖閣諸島)漁船事件はまだ終わりそうもない。日本が釣魚島を自分のものにしようとしているのは最近に始まったことではなく、これも偶然な事件ではない。米国は琉球の行政管轄権を日本に渡したあと、日本はじわじわと釣魚島を侵略している。
 

(中略)

 私たちは日本に対して、今回の判例は違法であり無効であることを絶え間なく国際社会に明らかにして説明し、日本が先例としたかった企てを達せられないようにしなければならない。また日本は船長を釈放したらすべて済むのではないということを理解し、借りたものはきちんと返さなければならない。
 (サーチナ 中国人船長を釈放すれば済むことではない=中国軍事専門家より

 
 
 
 
 
 
 対中援助。
 
 
 日本も即刻やめましょう。
 
 
 で、一言。
 
 
 
 「ODA(政府開発援助返してくれよ!!!」
 
 
 
 
 
 
 
 
 

『中国の野望と対中制裁法案』 ~パンダが大好きだった、遠い昔の話~

 
 

 愛しいあなたへ。


 昔は良かったとあなたは言うの。

 私はちっぽけで、弱い存在だったから、ずいぶんあなたに怒られたものだわ。
 あなたに認められたくて、必死でやってきたけれど。
 
 今になって、昔の私の方が、より欠けていた私の方が、あなたの心に届いたなんて。
 何だか皮肉な話だと思うわ。


 人は成長すれば愛されるというものではないのね?



 



 



米下院、人民元問題に絡む対中制裁法案を承認


  中国国際放送局によると、アメリカ議会下院の歳入委員会は24日、過小評価された通貨を通用している国に対し相殺関税を適用する法案を承認した。


  この法案はアメリカの貿易法修正によって、通貨への過小評価行為を輸出手当ての実施だとみなし、関係国の輸入品に対しアメリカ商務省が相殺関税を実施できるようにさせるもの。

  専門家は「この法案は、中国を念頭に通貨を意図的に安くしている為替政策を輸出手当てだとみなして、その分、制裁関税を課すことができるようにする法案であり、米中両国間の貿易不均衡問題の冷静な解決にはマイナスになる」と見ている。なお、中国の温家宝総理は22日ニューヨークで「アメリカの中国への貿易赤字が生じた主な原因は、人民元の為替レートではなく、両国の投資と貿易の構造にある」と主張している。(編集担当:村山健二)
(searchina 2010年9月27日9:47





 23日の米中首脳会談でオバマ大統領は人民元の更なる切り上げを強く求めたそうだ。
 心良い返事をしなかった温首相(「為替制度の改革を着実に続ける」と従来の立場を表明しただけ)をしり目に、米下院は歳入委員会で対中制裁法案を可決し、米下院本会議へ法案を送付。
 29日に採決を行うことが明らかにされた。

 さて、これ採決されますかね。

 『レビン委員長は、外交圧力は満足のいく成果につながっていないとし、同法案が成立すれば中国の「為替操作」に対処する新たな手段が得られると指摘。「中国の持続的な(為替)操作は世界市場において重大な歪みを生み出している」と語った』(Reuters 09月25日

 そうで、また、今回の対中制裁法案が「超党派」で幅広い支持を得ていることから、

『下院本会議が採決する可能性がかなりある』

 と発言しているらしい。



 人民元が切り上げになったら、中国の1兆6千億ドルの外貨準備高(為替介入によって生じる外貨建て資産。相手国の国債など)はいったいどうなるのか、と他人事ながら心配していた。
 今まで中国が為替介入のために買い続けた米国債は価値が半減・・・ とまではいかないだろうが、中国の資産(債権)はどっと消えてしまうのだろうなぁと。
 
 が、今回は、切り上げではなくて、相殺関税かける法案と言うではないか。
 
 とりあえず債権は守れたものの、これからはもう為替介入の意味がなくなると言うことですね。
 実質的には「元高・ドル安」。
 で、中国は、今尖閣問題で日本に経済制裁を続けていて、反日感情から日本の製品を買うのもボイコットしようとしているので、それはそれは安くなったアメリカ製品を買うのでしょう。
 米国は輸出でぼろ儲け、中国は逆に輸出は・・散々ですね。日本と同じ売っても売っても利益が出ないという状態になるわけだ。
 
 
 今日のニュースで何度も何度も私はこの写真を見たようだが。
 ↓   ↓   ↓   ↓
 
 
 
 
 
 
   
 
 笑ってる場合ですか~





 『一方、安全保障分野では、オバマ大統領が中国とベトナムなどの間で島をめぐる領有権争いが続く南シナ海問題に言及。周辺海域の「航行の自由」は米国の国益であると表明し、平和的な解決を求めた』(asahi.com 9月24日


 人民元切り上げ要求と同じ席で、オバマ大統領は東・南シナ海問題について警告した。
 (ちなみにその前後に日米外務、日米首脳会談が行われている)
 婉曲に言われているようなものだ。
 
 「尖閣諸島問題をこの機会に米国は利用します」

 中国が尖閣・反日騒動でお祭り騒ぎしているうちに、漁夫の利で米国はぼろ儲け。
 歴史を乗り越えて、戦後あれだけ深化させてきた日中間の友好もおじゃん。
 これでもし、日中戦争にでも迷い込んだら。
 アジアの同胞として、あまりに馬鹿馬鹿しいから、切に問いたい。

 「もう少し成熟した国家になれないのですか?」

 現在、GNP世界第2位の国家として、もしくは―
 遠い昔、日本に文明を与えてくれた国家として、それ相応の行動を示して頂きたい。




  

2010年9月26日

功徳としての写真。 ~私の小さな旅がくれたもの~

 

 

 ここ1週間くらい、死について考えていた。
 取引先の締め日の都合もあって、仕事が立て込んでいたのである。集中力を持続させて、やってもやっても終わらない仕事を抱えて、次第に思考力が鈍ってきた。

 頭の奥がぎゅっと締めつけられたように感じられるのである。
 前の会社とその前の会社を辞める決意をした時と同じ症状だった。
 仕事量が限界を超えたときに、この思考力の低下を感じて、リタイアした。

 畏れているのは、くも膜下出血である。祖母と母が同じ病で倒れている。親族がくも膜下出血に侵された場合、大抵自分もかかる確率が多いと聞く。 
 そして、私は、一定の時間に集中して仕事をこなし、あとは緊張を緩めての、そのペースを作ることで効率よく仕事をするたちで、まるでずっと集中しっぱなしだと、てんでだめなのである。
 思うように仕事ができないいら立ちと、くも膜下出血への恐れが、私を追い詰めていた。

 脳を休めるには睡眠が効果があるようだ。(母もくも膜下出血にかかる前、寝てばかりいた)私は睡眠時間を増やすように努めたが、それでも頭の芯が硬直したような状態は変わらなかった。
 ふっと倒れて死んじゃったりして、と半ば冗談として、半ば本気で考えながら、たとえ死んでも悔いはないな、と考えていた。
 ただし、もしも私が死んだら。


 一瞬たりとも、一人ではいられない、さみしがり屋の友達が哀しむだろうな、と感じていた。

 

 

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 秋が訪れた。
 すっかり寒く感じられた中秋の名月の夜、彼岸花が綺麗に咲いているという情報を聞きつけて、いてもたってもいられなくなった。
 雨上がりの土曜日、私はいつものようにカメラと三脚を抱えて、北鎌倉へと向かっていく。

 向かうは、萩の綺麗な海蔵寺と、同じく萩とそして彼岸花が群生する浄光明寺である。

 朝一番で出かけたかったのに、やはり頭痛で起きれなかった。おかげで、休日だというのに、またしても時間に追われている、というより化け物に追いかけられているような焦燥感。
 焦りと不安で追い詰められながら、必死に乗り越える道を模索する。

 この壁を超えないと、次にいけない。

 今までの仕事の仕方を変えること、山登りで言えば、速筋を使わずに持久力のある遅筋を使うように、長時間の労働に耐えられるように改造すること。
 時間を浪費しないこと。体力を失わないように、食べるものにより注意を払うこと。

 去年、萩に魅せられて、海蔵寺に通ったが、結果は散々だった。
 私は、現在見返したくもないへたくそな萩寺の写真を(なぜか全部の写真で寺が切れている)大量に写しただけだった。
 彼岸花と、そして萩寺のリベンジだ。とりあえずは、追われていても、落ち着くこと。

 

目映く微笑んで IMG_8152のコピー 

 

 今年は少しは上達した。去年の失敗の教訓もある。
 そう思って安心したものの、さて、海蔵寺にたどり着いて、写してみれば、やはり萩寺とはならないのだった。
 今年の暑いせいか、花の時期にはもう遅かったせいか、日向の萩は花がなく、蔦のような葉ばかりである。日陰に咲いている満開の萩は、陰となって、絵に映らない。絞りや露出補正を変えても、萩寺というよりは緑の豊かな早春のお寺、といった具合。絵にも何にもなりゃしない。

 がっかりした私は、寺の全景を諦めて、萩の花を切り取ることにした。
 私のレンズ(Canon EF70-200mm F2.8L IS USM)は花を引き寄せて撮ると、とても美しい暈け味を作る。開放にすると、最短焦点距離が長いので、ピントは合わせづらくなるが、美しさがますます際立つ。
 マクロレンズには及ばないかもしれないが、この望遠ならではの暈けを最近私はとても気に入っていて、光と組み合わせると、いっそう豊かなイメージを作れることにも気が付いた。
 で、広角(標準ズームレンズ)での萩寺撮りをしくじった私は、このイメージを追い求める写真に没頭し始めたのである。
 見たままに撮れないならば、イメージの切り取りで勝負だ。

 

羽を広げて IMG_8112のコピー

 

 全景が撮れない場所や被写体でよく使う手なのだが、それもお気に入りのレンズにとても適っていた。マクロレンズほど「でかくなりすぎない」。(私はでかい絵の写真が嫌いだ)ほどよく、小さな萩の花を、妖しい彼岸花を、見せてくれるのだった。
 海蔵寺と浄光明寺では着いた途端にまず、お祈り、―今回、後者では貴重な木造阿弥陀如来及両脇侍坐像(阿弥陀如来・観世音菩薩・勢至菩薩)も拝観で来て大満足であった― 祈りが済んだら、写真、写真、写真・・・機が付くと4時間ほど、お昼もとらずに撮っていた。

 

 で、それが済んだら、まだまだお昼は食べられないのだ。前々日から痛み出した歯をどうにかしないとと、土曜でもやっている歯医者を探す。運よく見つけたものの、麻酔をかけて治すと聞いて、待ち時間に抜け出して、やっとお昼のパンをかじる。それが、午後の5時―

 ああ、今日も忙しかった。

 すべてを終えて6時過ぎに帰宅すれば、ふと気が付くと、頭痛も不安も消えていた。

 写真に夢中になっている間に、ここ一週間の苦しみとオサラバできたのか、それとももしかしたら、寺の如来様や菩薩様の功徳なのか。

 キツネにつままれたような気持で、私は今日撮った写真を見返している。

 

 

    IMG_8142のコピー  IMG_8169のコピー

 

 

 阿弥陀如来様
 観世音菩薩様
 勢至菩薩様



 こんな至らない私が、人並みに過ごしていくことができるのは、すべてあなた様のお慈悲のおかげです。
 
 どうか、私が、道を迷わずに、あなた様のもとへ辿りつけますよう、お導きください。

 そして、私の愛する人々が、健康で、元気で、笑顔で、ずっと過ごせますように。

 彼らのことをお守りになってください。

 ありがとうございます。

 

 

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2010年9月25日

『失くしたものの代償は・・』  ~尖閣諸島問題・日本と中国の代償を思う~

 
     
 愛しいあなたへ。


 あなたはとても魅力的な人だから、あなたを自分のものだとする女の子は多いと思うわ。
 私はどんなにあなたを好きでも、きっと同じ道を選んだでしょう。
 仲のいい幼馴染で、お互い想いあっていても、リーダー格の女子が「あなたを好きだ」と言い出したら、あっさりあきらめてしまう漫画の主人公のように。
 あなたのもとを去るでしょう。

 でも、だからこそ。
 身を引いたからこそ、あなたは私を忘れないでいてくれるのね。

 失ったものから得る代償というものを、わたしは決して軽視していないわ。
 
 私は今あなたの思い出とともに生きている。
 そして、とても幸せな毎日を過ごしているのよ。



      
 


 
 

中国船長釈放―甘い外交、苦い政治判断

 日中関係の今後を見据えた大局的な判断であり、苦渋の選択であったと言うほかない。


 那覇地検はきのう、尖閣諸島沖で海上保安庁の巡視船に故意に衝突したとして、公務執行妨害の疑いで逮捕・勾留(こうりゅう)していた中国人船長を、処分保留のまま釈放すると発表した。
 日本国民への影響と今後の日中関係を考慮したという。純粋な司法判断ではなかったということだ。
 もとより菅政権としての高度な政治判断であることは疑いない。
 中国側は船長の無条件釈放を求め、民間交流の停止や訪日観光のキャンセル、レアアースの事実上の対日禁輸など、対抗措置をエスカレートさせてきた。河北省石家荘市では、違法に軍事施設を撮影したとして日本人4人の拘束も明らかになった。

 日本側が粛々と捜査を進めるのは、法治国家として当然のことだ。中国側のあまりにあからさまな圧力には、「そこまでやるのか」と驚かされる。※1

 温家宝(ウェン・チアパオ)首相は国連総会で「屈服も妥協もしない」と表明し、双方とも引くに引けない隘路(あいろ)に陥ってしまった。
 このまま船長を起訴し、公判が始まれば、両国間の緊張は制御不能なレベルにまで高まっていたに違いない。
 それは、2国間関係にとどまらず、アジア太平洋、国際社会全体の安定にとって巨大なマイナスである。
 ニューヨークでの菅直人首相とオバマ米大統領の会談では、対中関係で両国の緊密な連携を確認した。クリントン国務長官は前原誠司外相に、尖閣が米国による日本防衛義務を定めた日米安保条約の対象になると明言した。
 その米国も日中の緊張は早く解消してほしいというのが本音だったろう。菅政権が米首脳の発言を政治判断の好機と考えたとしても不思議ではない。
 確かに船長の勾留期限である29日を待たずに、このタイミングで釈放を発表した判断には疑問が残る。
 圧力をかければ日本は折れるという印象を中国側に与えた可能性もある。それは今後、はっきりと払拭(ふっしょく)していかなければならない。

 そもそも菅政権は最初に船長逮捕に踏み切った時、その後の中国側の出方や最終的な着地点を描けていたのか。 ※2

 船長の勾留を延長した判断も含め、民主党外交の甘さを指摘されても仕方ない。苦い教訓として猛省すべきだ。
 日本はこれからも、発展する中国と必然的に相互依存関係を深めていく。それは日本自身の利益でもある。
 簡単に揺るがない関係を築くには、「戦略的互恵関係」の具体的な中身を冷徹に詰めていく必要がある。
 何より民主党政権に欠けているのは事態がこじれる前に率直な意思疎通ができるような政治家同士のパイプだ。急いで構築しなければならない。
朝日新聞 社説 2010年9月25日(土)付



   

 引き続き、尖閣諸島付近で発生した中国漁船衝突事件の話だ。

 船長を釈放した翌日、中国外務省は『セン其雄(きゆう)船長らに対する措置は不当だ』として、日本側に謝罪と賠償を求める声明を発表した。(全文

 さすが、当たり屋稼業に慣れている。本領発揮といった具合である。

 相変わらずフジタの社員4名は人質に取られた(中国当局に事実上拘束された)ままである。
 謝罪・賠償を拒否した暁には、さて、彼らは無事に帰ってくるのか、こうなって来ると疑問ですらある。(ご家族には申し訳ないが、相手が相手である)

 で、真っ先に考えたのは、先の代表選で小沢一郎が選ばれていたらどう対応しただろうか?と言うことであった。朝日新聞の記事にもあるように(※2)、菅政権は初めから落とし所をどこにするか図っていたのだろうか。
 小沢神話を信じているわけでもないが、もしも菅首相ではなかったら、もう少し別の決断があったのではないか、という期待にも似た思いが持ち上がったのだ。
 が、つい先ほど、小沢氏の側近、樽床伸二前国対委員長が、こんな発言をしたと聞いた。

「逮捕時の読みが間違っていたのではないか。出だしの判断を間違えたので、こういう結果になった」(【中国人船長釈放】「逮捕時の読み間違った」民主・樽床氏


 なるほど、小沢一郎ならば、初めから逮捕してないわけか。それで、人質事件も、賠償問題も回避できたわけか。
 思わず、手をポンと打ちたくなるほど納得し、どこにも逃げ道がないことを悟った。
 自民党でも同じだったのではないかと思えてくる。今のこの菅政権で日本を立て直すしかもうないのだ。どんなにそれが腰抜けだと言われようとも。
 しかし、それは、今までの話だ。
 小沢一郎でも、自民党でも、腰抜け菅政権でも、同じ結果だったの今までの政治の話だ。
 この事件を契機に、日本人は目覚めて行くことだろう。




 2010年、9月25日― 中国外務省が発表した日本に対する声明文に世界中が震撼した。
 中国がいったん「核心的利益」(※オセロでいうところの隅の石、ゲームを制するために誰もが押さえたい升目に対して、それは自分だけのものであると主張することを言う)を犯したと考えるものにどういう措置を取るのか、改めて理解したのである。

 それは、国際社会で常識的な民主主義のあり方とはあまりにもかけ離れていた。
 そして、GDPが世界2位になった直後のその横暴ぶりを目の当たりにして、「もしやこの革新的利益とやらはますますの広がりを見せるのではないか」と、各国が自分の国への影響を懸念し始めたからでもあった。

 中国とはいくら外交を深化させても、「核心的利益」に触れたらすべてが終わりである。

 しかも、その「核心的利益」とやらは、いつ増大するか掴めない。自国の主権のものさえも、いつか突然そう呼びだす可能性があるのだった。
 そんな国と外交するのは極めて危険である。
 

 船長釈放で、「正義は我らに」といい気になった中国だが、その結果をもって、周りが彼らの国をどのように見るように至ったか、気付いてさえいなかった。
 成長を続け、米国と肩を並べるに至り、あれだけ素朴だった国民性も国家も次第に失われていったのである。


 ―驕れるもの、久しからず。


 「尖閣諸島問題」は、中国の終わりの始まりであった―



 中国共産党の広報紙ではないかとさえ思われた日本の「朝日新聞」はこう書いた。
 「日本は法治国家として当然のことをした。中国はそこまでやるのか。(お前の国は法治国家ではないのか?)※1」 

 中国傀儡政権だった民主党の閣僚は嘆いた。

 「今まで中国に偏り過ぎた」
 「非民主主義国家が明らかになった」

 味方さえも去っていく事態に未だ気付かぬ中国。

 
 そして、日本ではこの日を「国家屈辱記念日」と定め、中国を自国の経済成長戦略のプランから外すことを決定した。
 今まで中国に偏っていたすべてのことが、この日を境にシフトして行ったのだった。
 平和ボケしていた市民は、愛国心を少しずつ取り戻して行った。
 零細企業に冷たかった国も、まずは自分の国の企業のことを第一に考えるようになった。

 中国が「核心的利益」のために、失ったものの代償はあまりにも大きかった。


 
 ―しかし、それはまた後の話。
 浮かれた彼らは、何も気付かぬままに、「正義」の酒に酔っている真っ最中である。


 
 

 
 

2010年9月23日

『血を流さない闘いというもの』  ~ダライ・ラマ14世と日本とを思う~

 
 
  
 愛しいあなたへ。


 誰かを殺すくらいなら、殺された方がましだとずっと思っていたわ。
 
 被害者でいたかったの。

 もしも私が、戦えば、たとえ多くの血を流したって、平和なんてやってこない。
 だって、私には人徳がないから。
 石田光成や小沢一郎と同じように、私が勝っても誰も付いてこないでしょう。
 愛する同胞たちは去ってしまう。
 それなら、殺され続けても、協調することを求めていた方がずっといいわ。

 でもね、ある時、一度だけ、戦ってでも人の上に立とうと思ったことがあるの。

 今私が立たなければ、ここに平和は訪れないと。
 理想郷のために一度だけ、立ち上がったことがあったのよ。

 そうして、私は見事に破れて。
 それからはまた協調を目指す、自分を殺せる人に戻ったっけ。

 
 ここでだけ。
 私はあの時もう死んで。
 ここで、あなたと一緒に、夜な夜な小さく戦っているだけなのよ。


 








【尖閣衝突事件】ダライ・ラマ来日 中国が異例の「招聘取り下げ要求」


 11月予定のチベット仏教最高指導者、ダライ・ラマ14世の来日に対して、中国政府が日本側の招聘(しょうへい)自体を取りやめるよう要求していることが22日、分かった。中国政府は従来、ダライ・ラマ来日では日本側に圧力をかけてきたが、会合への出席を止めようとするのは異例。沖縄・尖閣諸島周辺での漁船衝突事件を受け、中国側が強硬姿勢を取っている可能性がある。



 ダライ・ラマが出席を予定しているのは、広島市で開催される「ノーベル平和賞受賞者世界サミット」(ローマの同サミット事務局主催)。ダライ・ラマのほかゴルバチョフ元ソ連大統領や、エルバラダイ元国際原子力機関(IAEA)事務局長ら歴代のノーベル平和賞受賞者9人が、「ヒロシマの遺産・核兵器のない世界」をテーマに議論する。


 複数の政府関係者によると、中国側は外交ルートを通じ「彼(ダライ・ラマ)はノーベル平和賞を受賞するような人物ではなく、招聘はしないほうがいい」などと指摘。ダライ・ラマを「分裂主義者」と見なす従来の主張を繰り返し、招聘を自粛するよう要請した。(後略)
msn産経ニュース 2010.9.23 00:46




 
 感情的国家中国が、「ダライ・ラマ」と聞いて感情論をエスカレートさせている。
 ダライ・ラマは彼の国の泣き所、アキレス腱だ。

 日本は尖閣諸島問題にもっとダライ・ラマを巻き込んでしまった方がいい。

 そうすれば、被害者はどちらなのか、よりはっきりしてくるだろう。



 中国は『大義名分』のない国だ、と聞いたことがある。
 戦争に対する名目のようなものだ。
 アメリカの大義名分は、「民主主義」。世界中の独裁国家と戦う正義の味方である。
 ロシア(かつてのソ連)は「共産主義」。プロレタリアよ、立ち上がれ。世界中の資本家による搾取を赦してはならない。
 ドイツは「アーリア人種」。アーリア人はすべての民族の中で最も優秀だ、だから世界を支配する権利がある」、これで世界中からぼこぼこにされた。
 日本は「八紘一宇」。もしくは「帝の意思」。だから我々はそれに添うために戦う、というもの。
 
 ところが、中国は「和諧社会」(調和ある社会)を掲げてはいるものの、チベット、ウイグル問題で信用されていない。結局は「中華思想」(世界の中心は中国である)しかないのでは?という意見で締めくくられていた。
 
 
 私の個人的な意見だが、中国の大義名分は「被害者」ではないかといつも感じてしまう。あの大国は被害者意識をいつも大切にしている。
 「私たちは被害者だから、加害者に対しては何をやっても良い」
 だから、戦争も辞さない。
 それが大義名分だと感じている。
 
 ところが、ダライ・ラマ14世にはその大義名分が成り立たないのだ。
 チベットには成り立つ。「私たちはチベットを解放しようとしている。偉大なる中国の一部として、平和と文化と近代化をもたらそうとしている。なのに、彼らは野蛮にもそれを拒んでいる」
 ああ、可哀想な私たち。そんな野蛮人には何をしてもかまわない。
 ダライ・ラマは、中国の利己的な「大義名分」の遥か上を行く「大義名分」をいくつも持っている。
 「法王」や「高僧」や「人徳」や「高潔」や「世界平和」や、極めつけは「仏」や。
 そしてそれは国際社会で、既に立証されてしまっている。
 ダライ・ラマが世界中をまわって、認めさせたのだ。
 
 
 私は、彼の高潔さも偉大さも理解していない。彼の姿を映像で見ると、いつも道化師を思い出すのだった。もしくは、海千山千の営業マンだ。
 どこが偉大なのだか、ノーベル平和賞なのだか、さっぱりわかってない。
 
 しかし、思うのはいつもそういう戦い方がある、という彼のしたたかさである。
 
 
 『愛するものを守るためには、血を流す覚悟が必要だ』
 『その覚悟が日本にはない。中国と韓国にはある』
 
 
 そんな意見を聞いたって、ダライ・ラマを見ていたら、アホかと思うだけである。
 
 日本はな、そんなもの(血を流す覚悟)は、とうに封じ込められているんだ。大戦で負けて、奪われてしまったんだよ。
 そんな覚悟はなしで、戦わなければいかないんだ。
 もちろん未来はそうじゃなくなるかもしれない。でも今はそうなんだ。
 
 そして、血を流す覚悟を奪われていても、戦うことは可能なんだ。
 
 
 ダライ・ラマ14世がいつも道化師か悪人に見えるのは、彼がどんなに祖国で同胞が死んでいても、血を流すことが出来ないからだと気が付いた。
 彼はそのことの罪を、誰よりも感じているに違いないと。
 罪悪感を抱え込んで、それでも戦っているんだ。
 相手より遥か上の「大義名分」で、それを広めることで、いつか平和が訪れて、同胞が救われると信じているんだ。
 
 
 プヨトルさんのブログで、こんな言葉を聞いたことがある。
 
 「悪意のあるコメントは響いてこない」
 
 中国が発する被害者的大義名分は、私の心には全く響いてこない。
 だけど、ダライ・ラマの言葉は違う。
 彼の痛々しい笑顔から、海千山千の会話の中から、時々放たれるショッキングな言葉は私の心を射抜いてくる。
 
 
 英霊を、同胞も守れない、日本人に告ぐ。
 
 「血を流せなくたって、守れるものはあるんだよ」
 
 だから、そんなに自分を責めなくていいんだ。
 
 
 日本はダライ・ラマ14世の招聘を自粛するだろうか。
 それは憲法9条を掲げてきたこの国を否定することに等しい。
 それだけはないことを願うばかりだ。
 
 
  
 
 
 
   
 
 
  

2010年9月22日

『貧しき人々の楽園』 ~当たり屋、ヤクザ、ツツモタセ。イコール詐欺師の世界から~

   
        
 愛しいあなたへ。


  
 もう昔のことだけど、たとえ詐欺師でもいいから、誰かにかまわれたいと思ったことがあるわ。
 私の孤独な部屋に、ある日押し売りがやってきて、代金と引き換えにお喋りしてくれないかとか。新興宗教に身ぐるみ剥がされても、保険金詐欺にあったっていい。
 
 この身が何かの役に立つのなら、いくら騙してもかまわないから、寂しさを紛らわしてくれないかと。

 一人でいるのは、辛すぎたのね。

 私はそんな人たちがたくさん集まって、理想郷を作ればいいなと思ったの。
 賢治のイーハトーブのような、貧しい人々の楽園を。

 そこでは、誰も憎しみや欲望で寂しさを紛らわしたりしない。
 みんなでただ慈しみ合うの。

 とても簡単なことなのに、私はどうしても楽園に出逢うことはできなかった。
 あたなはもう出逢ったかしら。
 それともそんな昔のことは、もう忘れてしまったかしら。


 


 

 
 

米政府、思いやり予算大幅増を要求へ 「対中戦略経費」と強気


 米政府が在日米軍駐留経費の日本側負担(思いやり予算)の大幅な増額を要求する方針を固めたことが21日分かった。複数の政府筋が明らかにした。中国の東シナ海での活動の活発化に加え、沖縄・尖閣諸島(中国名・釣魚島)沖で起きた中国漁船衝突事件での中国の強硬姿勢を受け、米側は思いやり予算を「対中戦略経費」と位置づけ、日本の応分の負担を迫る構えだ。



 ■思いやり予算 昭和53年度に日米地位協定の枠内で在日米軍の基地従業員の福利厚生費などを負担したのがきっかけ。金丸信防衛庁長官(当時)が「思いやりをもって対処する」と答弁した。54年度から隊舎・住宅などの提供施設整備費を追加。62年度以降は特別協定を結び、地位協定上は米側が支払うべき従業員の基本給、光熱水費なども負担する。平成22年度の思いやり予算は1881億円で、23年度予算案概算要求では政府全体の「特別枠」に計上した。特別協定の改定では協定外の提供施設整備費も見直し対象となる。
msn産経ニュース 2010.9.22 01:20





 アメリカがみかじめ料を増額するそうだ。

 ※みかじめ料 
 みかじめ料とは暴力団が飲食店などから徴収する用心棒代。ショバ代。挨拶代・挨拶料。守代・守料。(言語由来辞典より)

 中国と米国は利害関係が一致する節がある。
 大国同士しめし合わせて、日本に貧乏くじを引かせようとしているのではないか。
 という私の卑屈な勘ぐりが、こんなにも早く証明されるとは思わなかった。
 いや、証明はいい過ぎだが、利益が一致するのは確かなようだ。

 昨夜は新聞記事を読んで「当たり屋」を思わず連想した私だが、今日はあれですよ。
 ほら、よく漫画で、少女がチンピラに絡まれて、それを青年(イケメン)が助ける、という・・ そんな物語を思い出した。
 あとになって、チンピラとイケメンはつるんでいたことがわかるのだが、その頃には少女はイケメンを信じ切って、愛も金も注ぎ込んでいたという良くあるパターンの。
 ああいう詐欺はなんていうんだったか。「ツツモタセ」? ちょっと違うようだ。

 
 それにしても、

 「当たり屋」、

 「みかじめ料」、

 「美人局」、 (だから、それは違うって)


 ずいぶん物騒な話ばかりではないか。

 環境も経済も末期の時代に、残り少ない資源と金をめぐっての各国の壮絶なバトルが始まっているようだ。

 日本もぼーっとしてると、してやられるぞ。

 これからの時代は、暴漢が襲ってきたら、100人まとめて襲ってきても投げ倒せるくらいの合気道の技でも磨き、イケメンが言い寄って来たら、100人まとめて言い寄ってきても振り払えるくらいの精神修行を身につけて。坊主頭に気合。ハーッと叫んで、ギラギラした目で相手を見据えるくらいの気迫が必要なのではないか。

 今まで日本は真面目ないい人過ぎた。
 これからは、まともな方が負けである。
 いかに「おかしくなれるか」、いかにぶっ飛んだ異常者になれるか。そこが鍵だ。

 常識外れをどこまで極められるか、そこにすべての勝敗がかかっているような思いがする。

 大国を、アジアを、見まわしてみると良いのだ。
 この国はもっともっと、おかしく、悪人になってもいい。
 思うに、それでやっと対等に渡り合えるくらいの「一般的な近代国家」であるだろう。


 




  

『1000億バレルの夢』 ~当たり屋中国の理不尽な恐喝を思う~

 
 
 
 愛しいあなたへ。

 
 ―1969年、国連による海洋調査で、推定1095億バレルという、イラクの埋蔵量に匹敵する大量の石油埋蔵量の可能性が報告された―

 これが尖閣諸島の物語の始まり。
 あるかないかも未だ定かではない宝をめぐって、アジアの小さな諸島沖で争いが始まったの。

 この国はずいぶん痛めつけられて、それからというもの、ずっと平和国家としての義務を果たしてきたと思うのだけれど、まだまだ終わってはいなかったのね。
 平和は、願うだけでは築けないみたい。

 もう夢など、この国は必要としていないのに。
 ただ穏やかに、過ごしていきたいだけだろうに。  
 いつまで貫いたら、わかってもらえるのかしらね。






日中首脳会談見送り表明…中国「日本が全責任」


 【北京=関泰晴】中国外務省の姜瑜(きょうゆ)・副報道局長は21日の定例記者会見で、ニューヨークでの国連総会を機に温家宝首相と菅首相が会談するかどうかについて、「現在の雰囲気で会談を設定するのは明らかに適切ではない」と述べ、首脳会談を見送る方針を確認した。

 沖縄・尖閣諸島(中国名・釣魚島)沖の日本領海内で発生した中国漁船衝突事件による日中関係悪化を受けたもの。

 姜氏は、「すでに中日関係は重大な損害を受けており、中日双方の往来に影響を与えている」と指摘し、「日本が全責任を負うべきだ」との従来の見解を繰り返した。中国人船長の即時釈放も、改めて要求した。
 また、姜氏は、衝突事件の経緯に関して、「中国の漁船が(海上保安庁の巡視船に)衝突されて、損害を受けた。厳重に抗議する」と述べ、「中国漁船が衝突してきた」とする日本側の主張内容を否定した。中国政府が事件の事実関係で公式に主張を行うのは初めて。 
(2010年9月21日20時19分 読売新聞)



 この他に何か主張はないのか、と思えば、「(事故の模様を撮影したビデオを)最初から最後まで一部始終」公表して欲しいのだそうだ。

 確かこの方(中国外務省の姜瑜副報道局長)、12日には、
「いかなる形式のいわゆる調査を行うことに断固反対する。証拠集めは無効で無駄であり、事態をエスカレートさせる行為の停止を要求する」
 と言っていたようだが、公表しても良くなったのか。公式な主張の際に、言い分の正当性をアピールしたくて言い出したのか。謎である。



 で、他には主張はないのか、探したが見当たらない。
 私が中国政府の要人だったら、まず、
「中国領海に日本の海保船が侵入して、うちの漁船にぶつかって来た!」
 とそこを第一に主張するだろう。「なのに、船長を(日本の法律に基づいて)拘留するとはけしからん」、となるはずだ。
 それを怒らなければ、現在の政府のみならず文化交流から経済交流から、日本を丸ごとボイコットの大騒ぎは、腑に落ちない。

 そこに触れないなら、相手も自分のものだとは思っていないと言うことだ。
 ただ大騒ぎにして、「尖閣諸島で領有権問題がありますよ!」と国際社会に知らしめたいだけである。
 日本は尖閣諸島には領土問題も存在しないとする立場だが、百歩譲って、中国が大騒ぎしたように「領有権問題」が存在したとして、なぜ、


「日本が全責任を負う」

「白樺の共同開発中止」

中国民間保釣船と漁船を組織して釣魚島に向かい上陸し主権を宣言する活動を行う」 これは民間保釣連合会の日本政府への公開書簡だが・・・)


 となるのか、不思議である。
 「中華思想」においては、外交問題はすべて、相手の責任。自分には問題を解決する必要性もないのか。
 日本が100%悪くて、日本が100%中国に折れなければならない、そうでなければ許されないようだ。


 ところで冒頭の記事を読んで、私の頭に浮かんだのは「当たり屋」であった。


※当たり屋
 当たり屋(あたりや)とは、わざと自動車などに近付き、交通事故を起こさせ、法外な損害金・賠償金などを要求してくる者。意図的に交通事故を起こし高額な保険金を詐取しようという者は保険金詐欺になる。(ウィキペディアより)


 損害金(賠償金、保険金)を、領土(領有権)にするとぴったりではないか。
 日本にまで領土詐欺の触手が伸びてくるとは、最近の中国の当たり屋業も活動的である。
 やりすぎて、身を傷めないよう気をつけて頂きたい。



  
 

 


 



 
 

2010年9月20日

尖閣問題で誰が儲かる?

 

 愛しいあなたへ。


 ブログの形式を変えてみることにしました。

 ここは、『Bar Lupin』 時間のとまった場所。
 あなたと私の秘密基地。

 ここで私は、あなたが来るのを待っています。
 一緒にカクテルを飲みながら、日々の出来事を語っていきたいと思っています。 
 私のことを忘れないで。
 顔を見せてくださいね。






 日中戦争がはじまるか。
 日本と中国が一戦を交えたとして、得をするのは誰なのか。


 尖閣問題が波紋を呼んでいる。
 沖縄、尖閣諸島近海で起きた日本の巡視艇と中国漁船が衝突した事件で、中国人船長の拘置が延長されたことを受けて、中国は、

 ・ 日本との閣僚級による交流中断
 ・ 航空機の増便に向けた日中航空協議の中断
 ・ 石炭分野の協力協議延期
 
 などの措置をとると表明した。
 日本が今後の拘置を継続するならば、わが国は対抗措置を講じると強気の姿勢を崩さない。


【中国の対抗措置】
 ・ 東シナ海ガス田の共同開発に関する交渉を無期限に延期、もしくは完全に取り消す。
 ・ 「円の買い進めによる円高」、「エネルギー資源の輸出制限」
 ・ 「エネルギー資源の輸出制限」や「日中環境保護協力協定の停止」


 下旬の国連総会に合わせた日中首脳会談も見送られることになった。
 近年の中国の急速な軍拡と、南シナ海での行動に警戒感を示している米国は、全面的に日本を支持する発言をしている。
 クローリー国務次官補(広報担当)の表明(8月16日の記者会見)によれば、尖閣諸島は日本の施政下にあり、日米安保条約5条は、日本の施政下にある領域に適用される。そのうえで「条約が尖閣諸島に適用されるかと問われれば、そうだ」と明言した。
 また米国は、これを偶発的な事件ではなく、「組織的なものだ」と中国政府黙認のもとで起きたとの見方を強めている。(中国漁船衝突 米、尖閣は日米安保の対象 組織的な事件と警戒


 前原外相は19日午前、この件について、「偶発的な事故」との見方を示すとともに、「日本の法律にのっとり粛々と対応する」と重ねて強調した。
 日中外相会談の調整も行っていないことを明らかにした。


 米国の同盟と加担に後押しされて、前原外相も強気の発言である。
 が、偶発的な事故とするあたりが、冷静でいいではないか。
 この前原氏、米国と韓国ではとても評判がいい。
 
 米国務省のスタインバーグ副長官談
『自分もよく存じており、ワシントンに知己も多い。日米関係へのコミットメント(関与)も強いので歓迎している』(菅首相の再選、米国務副長官「喜んでいる」)

 韓国主要紙談
『新しく外相に就任した前原誠司氏について「40代の若手で、次期首相候補」(中央日報)と注目し、在日韓国人ら永住外国人への地方参政権付与問題に「賛成の立場」として期待を示した』
韓国紙が前原外相を「次期首相候補」

 
 いいように担ぎあげられて、ふと気が付いたら貧乏くじを引いていたなどということのないよう、これからも冷静な視点を忘れずに頑張って頂きたい。
 中国の対抗措置が続けば、少なくとも円高に関しては、喜ぶのは米国だ。
 日本は同盟に依存せざるを得なくなるし、日本叩きは、米中の利害が一致する部分も多い。
 ましてや、政治的な代理戦争に巻き込まれて、『米国の経済回復を助けるためにただ消耗しただけだった』、などというお間抜けにはならないよう、甘い言葉には良く良くの注意が必要だろう。







    

2010年9月18日

掟破りの物語。 ~コスモスとハブと昭和記念公園で~

 

 

 

「掟破りのサムライバーガー」

 いや、サムライサンドだったかもしれない。私の眼はその看板に釘付けになった。隣には英文字でSAMURAIと書いてある。

 ふらふらと歩いて行った。ちょうど切りよくコスモスの写真も撮り終えたところだ。空腹を感じていたところだった。
 あの木の下で食べよう。私は買う前から決めていた。みんなの原っぱにぽつりと立っているケヤキの木の下で。木蔭には砂糖に群がる蟻のように、人々が固まっていた。サムライバーガーを食べて、それからあの緑の芝に寝転んで、のんびりしてから帰ろうではないか。

 

P1020280のコピー

 

 コスモスを撮りたいと思ったのだ。
 私は近場のコスモス畑を探して、結局いつものように昭和記念公園に行くことにした。困った時の昭和記念公園。ここは年間を通して、いろんなものが撮れる。地理的に嫌いな方角なので、出来れば行きたくない場所のひとつなのだが、私の思いと裏腹に、良い素材をたくさん抱えては常に提供してくれる便利なスポットなのだった。
 現在はみんなの原っぱの東花畑が見頃だと言う。三脚も使える。私はカメラと替えのレンズを用意して、三脚を抱えて電車に乗る。八王子から立川までのJR中央線、立川から西立川までのJR青梅線が特に嫌いである。ほんの若いころの、ほんの1年ほどの記憶が、こうも私の後々の人生に対して影響力を振るうものなのか。私は舌打ちしたい想いで本を読んでいる。
 記憶が息苦しくなるほど鮮明になるのは、この自宅を出てからずっと読んでいる本のせいでもあるのだった。
 (先週図書館で借りた本がやけにつまらなくて、飢えた私は出掛けに売店で買ったのだ)
 重松清の「ナイフ」。短編集で、「ワニとハブとひょうたん池で」という物語。この作家の本は初めてだったが、少年少女のいじめに関する物語を得意とするのか、―後で気付いたことだが短編集はいじめの話が多いようだった― やけに「リアル」なのだった。
 かといって、私が自身のいじめの記憶を思い起こしたわけでもなく、私には彼らのルールが、というよりルールを固持する気持ちがさっぱりと理解できなかったのだった。なのに、だから、リアルだと感じている。私はいつだってルールを知らずに、遊びに入れてもらえなかった。子供たちの遊びから、初めから放り出されているような子供だった・・・

 『(あんたは)悪くなんかない。道徳の教科書を読めば、そう書いてある。でも、あんたは、ゲームのルール違反をやっちゃったんだ。反則なんだ、それは。ルールを破ったものは、ペナルティを受けなきゃいけない』

 最近政治や歴史の本ばかり読んでいた。頭ではなく、心を使う本を読むことがしんどかった。そして、とても懐かしかった。
あっという間に、電車は禍々しい青梅線の線路を伝い西立川のホームにするりとたどり着く。
「西立川~」
 アナウンスの声は掠れるほど小さく聞こえた。

 

P1020251のコピー

 

 ただの国営の公園のくせに、入園料400円は高いのではないか。
 西立川口の入口で私は毒づいた。あまりにも多くのファミリーが溢れていた。撮影旅行で見慣れている外国人―中国人―が見当たらない。これだけ日本中のファミリーを集めておきながら、一人400円取ったら、どれだけもうけると言うのだ。100円だろうが。
 まるで中国人がたくさん来るなら、1000円でもいいと言わんばかりに腹立たしく思っている。ところが一歩園内にはいると、とたんに懺悔したい気持ちになってくるから不思議だ。いつもこうなのだった。禍々しい(私にとって)立地も、公園にしては高く感じる入園料も、一瞬にして吹き飛ばすこの広大なる土地の世界観はどうだろう。

 水鳥の池沿いを歩き、もみじ橋を渡ってしばらく行くと、パンパスグラスがこぶのように固まって茂っていた。青空に白い雲が浮かぶ様と、大地にぽつぽつ固まるその姿が対称的で面白かった。カメラを取り出し、ふと一枚撮ろうと、すると。液晶画面が真っ黒だった。
 電池を忘れたのだ。私は重い荷物とここまでの経路―あの中央線や青梅線や―を思い出して、力が抜けた。あらら~・・と妙な言葉を漏らして、ベンチに座り込んだ。
 目の前では初老の男性と、年配の女性が一眼レフを抱えて、パンパスグラスと格闘していた。
 私は同じ空の下で、どこかで格闘している趣味の仲間たちのことを思った。
 ルールどころか、最低限の道具もなきゃ遊べないなぁ。
 子供のころから私は唯我独尊の世界で一人漫画ばかり描いていて、いじめがたとえ起こっていても気が付かないようなぼんやりした子供だった。周囲に目を向け始めたのは、ずいぶん遅い高校生ぐらいからで、本当に苦しみ始めたのはこの土地、今いる東京の外れに一時期住んでいた頃からではないか。
 今日はしかし、お休みをしなさいときっと神様が言っているのだ。こんな時、以前の私ならずいぶんとへこんだものだが、最近では思考のトレーニングが効いてきて、なんでも肯定的に受け止められるようになってきている。で、国立公園をお散歩して帰ろうかと一瞬考えたが、ふと携帯カメラがあることを思い出して、撮れるならばこれで格闘して行こうと即座に思い直す。やぁ、これもルール違反なのか。またしても同じ空の下の写真仲間の様子が目に浮かんだがすぐに振り払った。物語の山場、最後の最後で、中学生の主人公は、あれだけ固持していたルールを選ばなかった。選べなかったのだ。

『自分でも不思議なくらい冷静だった。後悔もない。ついさっきまでは、本気でホナミに仕返しするつもりだったのに、いまは、こうなってしまうことは最初から決められていたんだろうな、なんて思い、かえってすっきりした気分になっている』

 主人公も、「ホナミ」も、ふたりしてハブられる道を選ぶのだ。
 あれだけバカにしていた、道徳を選ぶのだった。それは、道徳の教科書に出てくるものと同じでは決してなかたっと思う。友情なんて言葉で片づけることもできない。
 私は彼女たちがルールを捨てて、遊びを拒んだことが嬉しくて、やぁ、ここからは全くリアルじゃないぞ、物語だぞ、と思いながらわくわくしたものだ。

 

コスモス咲いた。 P1020258のコピー P1020273のコピー P1020275のコピー P1020281のコピー お花畑で一生懸命。

 

 

 私は携帯カメラでコスモスと格闘した。機能は全然一眼レフには及ばないが、基本は同じはずだった。ホワイトバランスを変えて、光の向きを、望遠と広角とを使い分けて、私は行く前に撮りたいと願っていた写真を撮り続けた。
「いいですかねここ」と一眼と立派なレンズを持って割って入ってくるおやじは叱りつけた。
「すみません、いま撮っているんです」
 わたしの物語の真っ最中だった。道具神話を持ちだす、いやルールを持ちだすおやじはどこかへ消えてしまえ。コスモスなら、ごまんと咲いている。

 

 掟破りのサムライサンドを持って、私はケヤキの木蔭に向かった。昨日の雨のせいか、芝は思ったより濡れていて、寝転がるには敷物が必要だった。私は洋服を汚さないように、小さなハンカチを引いて腰を下ろし、そうして、目の先で遊ぶ原っぱの兄弟を見つめている。
 小さな少年と、18歳くらいのお兄ちゃん。
 芝を歩いてケヤキに向かう際には空を飛ぶ白い鳥も見た。実際には鳥ではない、それは鳥の形をした凧だった。白い鳥型のカイトを年配の男性が操っていた。
 青い青い近くの空を、白い鳥が右へ、左へ、舞っていた。鳩のようにも、カモメのようにも、見えるのだった。
 兄弟は凧ではなくて、何かボールで遊んでいるようだ。それとも追いかけっこなのか。私は相変わらずぼんやりとして、ただ「遊んであげている」お兄ちゃんを、まるで誰かに似ているなぁとデジャブのように思い返しているのだった。
 

 広い大地の、緑の芝地を見ると、もう禍々しい記憶なんて吹き飛んで、私はいつだって幸福感に満たされる。それは家族の象徴で、私はいつかの空の下の、幸福な瞬間を懐かしく思い起こして、考えるのは。

 今だったらどうしていただろうと。
 あの時、今だったらどうしていただろ、ああしていた、こうしていた。そうしたらもっと違っていた。
 なぜ、あのときはそうできなかったのだろうと。
 ルールを知らない自分を責めるように、物語を貫けなかった自分を悔いるように、いまの視点で過去の自分を裁いては、幸福な気持ちに水を差していた。

 

 

僕も撮ります。 P1020287のコピー 秋雲。

 

 
『けっきょく、中学時代は卒業するまでハブのままだった。「死ね死ねコール」をぶつけられるハブじゃなくて、無視は無視でも目をそらすほうが一瞬怯えたようになる、カッコよく言っちゃえば、孤高のハブだ。でも、あたし自身の名誉のために付け加えておくけど、別にハブが嫌で都立に移ったわけじゃない。あんな連中と高等部や下手すれば大学までいっしょにお付き合いするのは、セイシュンのむだづかいだと考えたからだ』

 

 陽はとっくに陰っていて、木蔭に座っていてもいなくても同じことだった。私は薄暗い空の下、ぼんやりと哀しい気持ちになりながら、いつまでもそうしていた。
 掟破りのサムライバーガーはもう食べ終わってしまった。勇んだ気持ちもとっくにしぼんでいた。さっき見かけた「コスモスソフト」を食べて帰ろうか。
 少年とお兄ちゃんも消えていた。私はセイシュンをむだづかいした土地で、その後のことを、たとえむだづかいでもいいからずっと一緒にいたかった連中のことを思い出して、哀しんでいる。
 幸福な思い出があればあるほど、禍々しいものと切り捨てることは難しかった。
 いじめの記憶しか持たない少女とホナミを羨みながら、それでもまだまだ物語の途中だと。
 立ちあがって、ケヤキの木を後にする。
  
 

 

 

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頑張れ、有言実行仲良しグループ! ~菅改造内閣に注目!~

 

 菅改造内閣の顔ぶれが発表された。

                                                                            
 菅改造内閣の顔ぶれ(略歴付き)



 民主党の派閥は「グループ」と称される。
 新しい内閣の顔ぶれを見て、ふとこの「グループ」が面白おかしく感じた。学生時代の仲良しグループのようではないか。
 で、見渡す限り、小沢グループは一人もいらっしゃらない。
 挙党一致(体制)を強調していた割には、山田正彦農水相に樽床伸二国会対策委員長、原口総務大臣まで粛清されたようだ。

 で、改造(仲良しグループ)内閣は「有言実行内閣」と命名された。
 言ったことは、実現する、という決意の表れなのだろう。
 ならば、菅首相の言ったことは実現されるものだとして、こちらも書き留めておくことにしよう。

 『菅直人首相は16日午前、「円の急激な変動は決して許さない覚悟だ。今後も必要な時には断固たる措置を取る」と述べ、必要ならば今後も介入を続ける姿勢を明らかにした。 (afp bb news)


 居心地の良いドル安を調整しようとする単独介入を「憂慮すべき事態」と米議会に評され、「宣戦布告に等しい」(金融筋)という意見もあるそうだ。
 中国漁船衝突問題にしろ、普天間基地移設問題にしろ、今後ますます米国(日米同盟)頼みの日本にどこまで断固たる措置がとれるのか、良く良く有言実行ぶりを見極めたいと思う。


 『また、首相は、消費税を含む税制の抜本改革に関し「社会保障と財源を一体的に議論する場を超党派でつくることが可能なら、他党と話し合いたい」と表明。自民党など野党との連立の可能性については「あり得ない、考えないということではなく、まずは政策的な協議を進めることから努力する」と語った。 (the wall street journal)


 こちらの有言実行ぶりも興味深いところだ。
 自分の党の中で、仲良しグループで固まり、ほぼ半数のグループを排除する彼らが、半数よりも立場に相違があるはずの他党とどれだけ協力できると言うのか。
 政策的な協議なら、まずは民主党でまとめてみたらどうだ。この日本の非常事態に、それこそ全員内閣で当たって欲しいが。
 代表選の時に言っていなかったか。確か。全員内閣。
 すでに、有言実行どころか、さっくり反故しているのに、いったい本当にできるのか?
 菅首相の発言にますます注目である。


 
 
 
 


 


 

2010年9月16日

「無策・無能菅首相」、決断の時。


  

 

 

 15日午前、政府・日銀が東京市場で約6年半ぶりとなる円売り、ドル買い介入を実施した。
 菅首相の再選が決まって、円は一気に上昇。為替介入してでも円高を阻止すると公言していた小沢氏が破れたことで、当分は有効な対策が打てないだろうと市場に推し量られてのことだった。
 円は一時82円88銭と1995年5月以来の円高値を付け、15年3か月ぶりの記録を更新した。
 82円台がリミットだったのだろう。財務省は緊急会見を行い、
「為替相場の過度な変動を抑制するため、為替介入を実施した」
 と述べて、単独での為替介入を行ったことを公表した。
 意外性も乗じて、円安が進み、現在85円台を推移しているようだ。

 冒頭の画像の「82」という数字を見た時、思わず、小さく悲鳴を上げた。
 さすがに、82円台はインパクトがある。あの無策な菅首相に、「これ以上は放置できない」と言わせるだけのことはあるようだ。
 今日は『一気に円安に!』と躍るようなニュースを耳にしたものだが、円安円安って、で、円は今いくらなの? とよくよく聞くと、85円73銭とか。
 輸出企業からしたら、1円の差が大きいのだろうが、無関係の庶民(私)から見ると、たったそれだけ? という感は否めないのだった。

 85円台ってどう考えても、円高のようだが、そりゃ82円台と比べれば、円安になるよね・・

 これからも介入を続け、最終的には何十兆円分のドルを買い続けるのか知らないが、それに見合う効果は得られないような思いがする。一時的に円安になっても、すぐにまた戻りそうだ。

 円を2円上げるために兆のお金を使って、それが数週間後(数日後?)にまた戻る。

 何だか空恐ろしい話ではある。
 政府・日銀がなかなか踏み切れなかった思いも良くわかるようだ。


 
 ところでこの為替介入(円高阻止対策)がいつまで続くか。円安の寿命と、菅新政権の求心力の低下は比例しているように思われる。
 私の金銭感覚はそう世間とずれていないと思う。
 何十兆円のお金が、たとえ税金からではないと言っても浪費されて、またもしもその市場操作のおかげで円高を阻止できなかったばかりか、インフレになったとか、外交がこじれるとか、更なる悪影響が出たとして。
 その時は、「無策・無能」の菅首相の呼称は決定的なものになるのではないか。
 国民がついに見限る瞬間だろう。

 小沢一郎がにやつきながら、市場の動向をうかがっている様子が目に浮かぶ。
 「最期の将軍」が大往生する機会を待ちわびているようだ。




    
 
 
 

2010年9月15日

「私には夢がある」 ~小沢一郎VS菅直人、表明文の夢合戦を想う~


  

 民主党代表選で菅首相が、小沢元幹事長を打ち負かして圧勝した。
 注目の外国人でも投票できる「党員・サポーター票」で大差をつけたようだ。

 サポーター票に強いのは外国人参政権を掲げる小沢氏の方かと思っていたら、意外と内心を見透かされていたようだ。
 「中国との友好関係は表面上の主張で、心の奥底では、日本をどの国にも頼る必要のない、世界の大国にしようと考えている」(サーチナ『民主党代表選:中国専門家「菅直人は親中的、小沢一郎は方針変動」』より)

 臨時党大会のもようをTVのニュースで見たのだが、投票前の小沢氏の表情が印象的だった。
 切実に見えたのだ。まるで今にも泣き出しそうな子供のようにも見えた。
 ああ、この人は本当に総理大臣になりたいのだなぁ、とふと感じてしまったら、結果を知っているだけに、可哀想になった。
 「これが俺の運命だ」
 と、いつかきっぱり言い捨てて、自分は首相にはなれない政治家だと。天命を受け入れている覚悟も見せていたものだが、やはり最期の最期に夢を捨て切れなかったか。
 政治家を志したからには、誰しもそこに辿り着きたい。そこからではないと見えない景色も、出来ない使命もあるだろう。

 キング牧師の有名なスピーチで知られる「私には夢がある」。そのキャッチフレーズを使って、小沢氏は決意表明を行った。
 私は全文を読んだ。そして、再選を果たした菅氏のものとじっくりと見比べてみたのだ。

 前に演説した小沢氏にならって、菅しもこの「私には夢がある」を決意表明に取り入れている。
 で、私は、「夢」という言葉の使い方を見比べて、菅氏の方がそれが上手いなぁと感心したわけだ。
 これは、小沢氏の言葉を受けて即興で取り入れたのか、パクったのか、
『私には夢があります。20年に及ぶ閉塞(へいそく)状況を打ち破り、日本の国の形を指し示し、元気な日本を復活させる。そして、その元気な日本を次の世代に引き継いでいきたい。私自身は、ボロボロになって倒れようとも、その先頭に立って戦い抜き、志をともにする次の世代にしっかりとバトンを渡していきたい。それが、35年前に描いた夢に続く、私の新しい、そして最後の夢です』

 結びがいい。首相としての夢が、自分の新しい、最後の夢、として締めるあたりが綺麗ではないか。
 私は上手い文章を考える人が好きなのだ。

 小沢氏の方は無骨である。

『同志の皆さんとともに、日本を官僚の国から国民の国へ立て直し、次の世代にたいまつを引き継ぎたいと思います。そのために私は政治生命はおろか、自らの一命をかけて全力で頑張る決意であります』

 結びには「夢」という言葉は出てこない。「夢がある」が彼の表明文の最大のポイントなのだから、最後にはこの言葉を入れて締めくくって欲しかった。一命をかけて頑張るだなんて、それから「たいまつ」だなんて、なんだかありきたりだし、古臭い。
 完全に後から乗っかって来た菅首相に、持って行かれている。パクられたうえに、より良くアピールされちゃってるではないか。

 小沢氏の表明文の「私には夢がある」のあとに続く演説はなかなか良いと思っていたので、(TVを見てぐっときた)だから全文を読もうと思った私は、何だか歯がゆい思いがした。小沢さんの言葉の戦略が下手くそなように思えたのだ。

 ところが、もう一度、両者を読み比べると、不思議なことに、菅氏の結びは上手いのだが、前にさかのぼればさかのぼるほど、内容がお粗末だということに気が付いた。

 まず、初めに議会制民主主義の原点を説明し始める。
 次に民主党の原点の話になる。ここでなぜか、民主党は世の不条理に立ち向かう政党だ、とアピール。たぶん、不条理は官僚制度のことを例えているのだろうが、唐突な原点の発表である。(不条理に立ち向かうなんて今まで言っていたかな?)
 次に、今度は自分の30年間の政治活動をアピール。自身の原点と言うよりは自慢話が延々と始まる。
 それからまた民主党の原点に戻って、参加型民主主義だと訴える。全員参加内閣を作るのだと夢を語る。(それが政治主導に欠かせないと言うわけだが、どうもいちいち唐突に聞こえる)
 次は、経済を立て直すと息巻く。政策よりも、国民の信頼が大切なのだと強調。(ここにはさすがにびっくりする。政策は大事ではないのか?)
 そして、最後に「小沢さんもおっしゃっていたが、私にも夢があります」が出てくるのだ。
 今までの繋がりから、彼の夢は何だったのかと言うと。
 「自民党に代わる、政権担当可能な政党を作ること」だったそうだ。 

『35年前、私の政治人生は自民党に代わりうる政権担当可能な政党を作りたい。そのような夢をもってスタートしました。政権交代といっても、岩盤のような政官業のトライアングルの中で本当に実現できるんだろうかと、ことあるごとに自問自答し、何度、絶望的な気持ちになったことでしょう。しかし、昨年、私たちは多くの皆さんの力で政権交代を実現することができました。だからこそ、マニフェストで国民にお約束したことを最大限に実現し、目の前の経済や雇用問題に積極的に立ち向かう。未来の設計図を示し、実現への道筋をつける、成長戦略をはじめ、メニューはできあがっています』

 良く読むと結局菅氏の夢は「政権交代」だけである。
 不条理も、参加型民主主義も、国民の信頼も、後付けで言いだしたことであって、彼のそもそもの「夢」ではないのだった。

 おまけに、結びの、
『元気な日本を復活させる。そして、その元気な日本を次の世代に引き継いでいきたい。私自身は、ボロボロになって倒れようとも、その先頭に立って戦い抜き、』
 だが、元気な日本を復活させる政策は、コンテストで募集して官僚に丸投げだったようだが、どうボロボロになるまで頑張るのか、さっぱりわからないではないか。
 政策よりも、国民の信頼が大事だ、と言うだけのことはある。信頼で党員・サポーター票を見事に集めて、圧勝した菅氏らしい表明文だった。
 
 菅氏の方が、「夢」という言葉遣いが巧みだなどと思った私はどうかしていた。
 小沢氏の「私の夢」は締めくくりこそ味もそっけもなかったが、ぶれがない。一貫して、表明文全体から、彼が今までずっと、何を思い描いてやってきたのか、長年の想いが伝わってくるのだった。
 そして、首相なった後に何をやりたいのか、政策に対する夢もわかりやすくて良かった。
 政策の善し悪しについては私は疎い。だが、感動するに十分だったと思う。
 あんなに、陳腐だと思っていた「官僚=悪人」説が、「官僚を叩いて悪者にすることで国民の共感を得る」、というただの手法ではなくて、本当に成立するのだと。
 とある片田舎から、一人の政治家が生まれる原点として、ありえたなどと。
 もしかしたら、騙されているのかもしれない。小沢氏は口が上手いと聞く。
 だけど、これは彼の最後の賭けだ。
 私はこの表明文に彼がすべてを託したと思うのだった。

 一人の男の夢を真摯に語り聞かせてくれた、小沢氏の無骨な表明文に拍手を送りたい。

 「百術は一誠に如ず」。

 小沢氏の座右の銘だそうだ。

 彼の誠意は伝わった。
 小沢氏のことはやはり好きではないが、3年のうちに機会があれば、一度くらいは、首相の椅子にどっかりと腰を下ろさせてあげたいなぁ、などとしみじみ思ってみたりもするのだった。


 長いですが、以下に全文掲載します。お時間のある方、ぜひ読んでみてください。 



【民主党代表選】小沢一郎前幹事長の決意表明全文(投票前)


 お集まりの皆様、そして国民の皆様、小沢一郎でございます。皆様には今回の代表選の期間中、菅(直人)総理と私の主張をお聞きいただき、また、激励していただきました。ここに、まずもって心からお礼を申しあげます。
 また、昨年来、私自身にかかわることで、同志の皆様を始め、国民の皆様に大変、ご心配とご迷惑をおかけしたことを、この機会に心からおわび申しあげます。

 さて、今回の立候補にあたっては、今日の危機的な政治経済事情の中で、果たして自分にその資質があるだろうか、政治の最高責任者として国民の生活を守るというその責任を果たすことができるだろうか、と本当に悩み、自問自答いたしました。それにもかかわらず立候補を決意をしたのは、今、政治を変えなければもう間に合わないという、私の切実な思いを正々堂々、世に問いかけたかったからであります。

 思い起こせば、私は27歳で衆議院議員に初めて立候補した際、選挙公報にこうつづりました。「このままでは日本の行く末は暗澹(あんたん)たるものになる。こうした弊害をなくすため、まず官僚政治を打破し、政策決定を政治家の手に取り戻さなければならない」と。意志なき政治の行き着く先には国の滅亡しかありません。日本は敗戦を経て本質は変わっていないのではないか。若かりしころの、感じたその思いは初当選以来、いまなお変わっておりません。

 今日、わが国はデフレによる経済の収縮、少子高齢化の既存の社会制度のギャップによる不安など、経済も社会も危機的な状況に陥っております。
 世界で最も層が厚かった中間所得層が解体され、ごく少数の富裕層と数多くの低所得層への分化が急速に進んでおります。日本が誇った社会保障制度も崩れつつある中、2年後には団塊の世代が年金受給者となる日を迎えます。

 今、日本は、最も大事にされなければならないお年寄りがいなくなっても誰も気づかず、また、就職できない多くの若者が絶望感にさいなまされ、若い親が育児を放棄しわが子を虐待する。もはや高度成長がいろいろな問題を覆い隠してくれた時期はとうに過ぎ去って、社会の仕組みそのものが壊れています。そしてまた、日本人の精神風土も興廃し始めていると思います。

 今、ここで政治を見直し、行政を見直し、国のあり方を見直さなければ、もう日本を立て直すことができないのではないかと思います。多くの国民の皆さんも同じように感じていたのだと思います。昨年、われわれ民主党に一(いち)縷(る)の思いを託し、政権交代を実現させていただきました。しかしもう1年が過ぎ、残された任期はあと3年であります。


 私たちは今、直ちにこの3年間を国の集中治療期間と位置づけ、徹底した改革を断行し、実行していかなければなりません。しかしその改革は明治維新以来140年続く官僚主導の政治を、根っこから国民主導、政治主導に変えなければとても成し遂げられるものではありません。私の頭の中を占めているのはその思いなのであります。

 しかし、私は官僚無用論を言っているわけではありません。日本の官僚機構は世界に冠たる人材の集まっているところであると考えております。問題は政治家がその官僚をスタッフとして使いこなし、政治家が自分の責任で政策の決定と執行の責任を負えるかどうかということであります。

 私は40(歳)代でたまたま国務大臣、自民党幹事長に就任するという機会があり、国家はどう運営されているのか、その実態を権力の中枢でつぶさに見続けて参りました。そこで見た官僚主導の、例えば予算作りでは、各省のシェアが十年一日のごとくほとんど変わることがありませんでした。官僚組織というのはそういうものであります。

 その中で私は、自民党の中にいながらこの改革は無理であることを骨身に染みて分かりました。だからこそ、政権与党である自民党を飛び出して、真にしがらみのない政党を作り、政権を変えるしかないという決意をもってこの17年間、政治活動を続けて参りました。

 改めて申しあげます。昨年、政権交代が実現したのは、こんな日本を何とか変えてくれ、という国民の悲痛なまでの叫びからだったはずであります。この声に応えようと、菅総理大臣始め閣僚の皆さんが一生懸命に取り組んでおられることを否定をするものではありません。
 しかし、政治と行政の無駄を徹底的に省き、そこから絞り出した財源を国民の生活に返すという、去年の衆院選挙マニフェストの理念はだんだん隅においやられつつあるのではないでしょうか。実際に来年度の予算編成は、概算要求で一律10%カット。これではこれまでの自民党中心の政権と変わりません。財政規律を重視するという、そういうことは大事なことではありますけれども、要は官僚の抵抗で無駄を削減できず、結局マニフェストを転換して国民に負担をお願いするだけではないでしょうか。これでは本当の意味で国民の生活は変わりません。


 私には夢があります。役所が企画した、まるで金太郎あめのような町ではなく、地域の特色にあった町作りの中で、お年寄りも小さな子供たちも近所の人も、お互いがきずなで結ばれて助け合う社会。青空や広い海、野山に囲まれた田園と大勢の人たちが集う都市が調和を保ち、どこでも一家だんらんの姿が見られる日本。その一方で個人個人が自らの意見を持ち、諸外国とも堂々と渡り合う自立した国家日本。そのような日本に作り直したいというのが、私の夢であります。

 日本人は千年以上前から共生の知恵として、和の文化を築きました。われわれには共生の理念と政策を世界に発信できる能力と資格が十分にあります。誰にもチャンスとぬくもりがある、豊かな日本を作るために、自立した国民から選ばれた自立した政治家が自らの見識と自らの責任で政策を決定し実行に移さなければなりません。

 そして、霞ヶ関で集中している権限と財源を地方に解き放ち、国民の手に取り戻さなければなりません。そのため、国のひも付き補助金を順次すべて地方への一括交付金に改めます。これにより、地方では自主的な町作りやインフラ整備が可能になります。国、地方を通じた大きな節約効果と、そして地域経済の活性化が期待できます。また、地域での雇用が生み出され、若者がふるさとに帰り、仕事に就くこともできるようになります。

 また私は、国民健康保険、介護、生活保護などに対する補助金、15兆円を社会保障関係費として、一括地方に交付します。これにより各地方の実情に合わせて、また地方の知恵を生かして、より効率的な福祉行政が行える仕組みに改めます。われわれに期待されているのは、いびつになってしまったこの国の形と日本人の生活をもう一度蘇らせる大改革なのであります。
 国民の皆さんにご負担をお願いするのは、ここにいる皆さんがありとあらゆる知恵を絞って、できることすべてに取り組んでからでいいはずであります。そしてそれが、昨年の総選挙で民主党と国民との約束でなかったでしょうか。


 政府・与党の政策の一元化のもと、改革を実行するのが民主党です。政府が作成した法案に、後から与党議員が意見をいう、自民党と同じような事前審査の仕組みではありません。私は政府と与党の議員、誰もが対等に話し合って、政策を一から作り上げる、全員野球の態勢を積極的に進めたいと考えております。

 また外交政策においては、日米関係は、わが国にとり最も重要な二国間関係と考えております。日中、日韓関係は、日米関係に次いで重要な二国間関係であり、長い歴史を踏まえ、今後、政治、経済、文化とあらゆる分野で協力関係を深めていかなければなりません。

 特に拉致問題については、みずから対策本部長として全力で取り組みます。国際関係はまず市民の心の交流こそが必要であるとの認識のもと、実際私は長年にわたり、草の根交流を続けております。さらには日中韓3カ国の協力のもとで、環太平洋諸国も含む東アジア共同体を推進したいと考えております。

 また農業、漁業の戸別所得補償制度の充実を前提として、EPA(経済連携協定)、FTA(自由貿易協定)を始め、広域的な経済連携も積極的に推進いたします。

 景気対策とデフレ克服にも最優先で取り組まなければなりません。日銀法改正などの制度改革や、インフレターゲット政策も視野に入れるなど、金融政策と財政政策の両面からあらゆる手段を講じます。

 また、人と人との新たなきずな作りにも取り組みます。民主党として新しい公共の考えを積極的に届け出、NGO(非政府組織)やNPO(民間非営利団体)をはじめ、ボランティアや企業の社会貢献活動を積極支援するとともに、政府の持つ情報もできる限り開示いたします。

 衆議院の解散総選挙はこうした改革に与えられた任期を費やして、その結果を出してからのことであります。官僚支配の140年のうち、40年間、私は衆院議員として戦い抜いてきました。そしてようやく官僚機構と対立できる政権の誕生にかかわることができました。われわれは国民の生活が第一の政治の幕開けにやっとこぎつけたのであります。


 官僚依存の政治に逆戻りさせるわけにはいきません。それはとりもなおさず、政治の歴史を20世紀に後戻りさせることになるからであります。私は代表になってもできないことはできないと正直に言うつもりであります。しかし、約束したことは必ず守ります。

 こう断言できるのは官僚の壁を突破して、国民の生活が第一の政治を実行するのは、最後は政治家の志であり、改革のきずなで結ばれている皆さんとなら、長い時代の壁を突破できると信じるからであります。そして私自身は、民主党の代表すなわち国の最終責任者として、すべての責任を取る覚悟があります。

 今回の選挙の結果は私にはわかりません。皆さんにこうして訴えるのも、私にとっては最後の機会になるかもしれません。従って最後にもう一つだけ付け加えさせてください。

 明治維新の偉業を達成するまでに多くの志を持った人たちの命が失われました。また、わが民主党においても、昨年の政権交代をみることなく、志半ばで亡くなった同志もおります。このことに思いをはせるとき、私は自らの政治生命の総決算として最後のご奉公をする決意であります。そして同志の皆さんとともに、日本を官僚の国から国民の国へ立て直し、次の世代にたいまつを引き継ぎたいと思います。

 そのために私は政治生命はおろか、自らの一命をかけて全力で頑張る決意であります。皆さんのご指示、ご理解をお願いいたしまして、私のごあいさつといたします。ありがとうございました。

2010年9月12日

行者と鈴と鐘ヶ嶽 ~熊鈴を付けて里山を行く~

 

 

 「熊鈴騒音」というものがあるそうだ。
 年配の女性のグループがみな熊鈴を身につけて山を登る。多くの鈴の音が響きわたり、周りの登山者たちの迷惑になると言う。静かな山の雰囲気が台無しだ。あきらかに熊のほうが遠慮すると思われる登山者の多い山でもこれをやる。熊はそもそも嗅覚が発達しているので、鈴など鳴らさなくても人の匂いを嗅ぎ取ることができる。無用(かつ無効果)なことを、熊対策に有用だと思いこみ、もしくは思い込んでいなくても、グループのみんなが付けているからという理由だけで付ける。なぜ付けるのか、他の登山者の迷惑になるのではないかなどとは一切考えない、「安全と言う大義名分に隠れた傍若無人な振る舞い」という意見もあった。

 熊にナイフ、と思い込んでいた無知な私には、目からうろこの話だった。
 そうか、鈴を付ければ、熊が避けてくれるのか。思い出したのは富士登山の金剛杖である。鈴の音を山で聞くときは、いつもあの夜明け前の、霧の中の、行者の列(行進)のような景色が目に浮かぶのだ。
 鈴の音は私にとっては、神と自分とを繋ぐものの象徴である。
 今回鈴の音のことをあれこれ考え、自分の中の概念を裏付けたくて、いろいろ調べているうちに、鈴の音は神聖なものであると同時に魔除けになるということ、また、お遍路に使う金剛杖(やはり鈴が付いている)が「杖より先に自分を休めるな」「汚い所に置いてはいけない」といったふうに杖を神の化身のように扱っていること、実際、お遍路ではその昔「遍路の途中で倒れた時に卒塔婆の代わりになるものだった」などということを知った。

 そこで私は反論したかったわけだ。
 熊鈴派のおばちゃんたちだって、騒音はわかっている。だけど、ファッションではなく、彼女たちは、神に近付く思いで鈴の音を鳴らしているのだ!と。
 熊よけだけの想いではきっとない。 なぜ若者にはわからないかなぁ。

 と嘆いた後に、私は「熊鈴」を販売するたくさんのサイトを見つけてしまう。で、肩を持ったとたんがっかりしてしまうわけだ。お洒落だったり便利だったりより良い鈴の音だったり。鈴自体が商売としてこれだけ成り立っているという事実が、やはり若者のいう通りなのかなぁと。神と繋ぐものなどという想いなどさらさらなくて、傍若無人な振る舞いなのかもしれないと思えてしまう。
 おばちゃんが集団だと言うところも、その可能性を否定できない面である。
 人でも国でも、数が増えれば厚かましくなる。大きくなるほど、その圧力で少数派の口を封じ込めてしまうのだった。

 とりあえずは熊に自分の存在を知らしめるために、鈴が必要だということを知った。
 静かにしていてはやられる時がある。自分の存在をアピールすれば身を守れるわけである。
 私はこの問題から、ここ数日考えていた尖閣諸島の問題を思い出さずにはいられなかった。中国側が漁船の船長逮捕に抗議したこと。そして、11日には、沖縄本島の西北西約280キロの日本の排他的経済水域(EEZ)内で海洋調査中の海上保安庁の測量船が、中国政府の船舶から中止要求を受けたことなどを。
 どうやら中国の鈴の音はとまりそうもない。

 

 

 アマゾンに注文したナイフはまだ届いていない。
 今週も山に行きたいのである。まさか今回は熊の出る山ではないだろうと思いながら、私は知人からアドバイスを受けた鈴を身につけて出かけることにした。
 鈴で良かったなんて意外だった。アマゾンに返品を申し込みたい気分だ。鈴の音を響かせながら、私は厚木の町を歩いている。目の前にはこんもりとした鐘ヶ嶽が見えている。山頂には七沢浅間神社があるそうだ。(天台宗の寺跡の石碑も残っていた)大山もそうだったが、山と修行というのは切り離せない。山のあるところには神がいて、行者がいる。
 私は神聖な気持ちになっているのだ。鈴の音というのは、今回たまたま熊よけで身につけたものだったが、私にとってはそれは「神とを繋ぐ音」だった。まるで自分を行者のように感じながら、鐘ヶ嶽登山道の入口に立って、鳥居を見上げている。

 
 

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 ここで初めて、「行者の自分」を楽しむような浮ついた気持ちが飛んで行った。
 鐘ヶ嶽の登山道入り口はのっけから石段に鳥居で始まるのである。大山だって参道が始まるのは登山道終盤だが、これではまるで山自体が御神体ではないか。私は「山神」というものをここで初めて意識して、身を引き締めたのであった。日頃の神社の神々をお参りするのとはわけが違うようだと。
 すると、先ほど見かけた山の姿が脳裏に浮かんでくる。あの山が鐘ヶ嶽だ。あの大きな存在の中に私の小さな身一つが入り込むわけであった。
 鳥居を抜けて、日照りのせいで赤く枯渇したような杉林の中を歩きながらその想いを強めている。たぶん登山者は私一人だ。丸太も石も岩もなく自然のままの登山道。ガイドブックにはシカ避けの柵を必ず閉じましょうと書いてあったが、それも開けられたままで、締めようにも反対側の(閉じる側の)枠すら存在していない。あとで、帰りによく見て知った話だが、参道の前には市からお願いの立て札があり「この付近は銃器による有害鳥獣駆除を行っておりますので、ご協力お願いいたします」。すでに柵などしなくても、鹿はいないのだ。彼らは銃器で駆除されているのであった。

 鹿柵は必要なく、解放されている。
 熊に注意の張り紙は風化していた。
 熊鈴などいらなかったというのに、私は誰もいない山に一人入りこんで、鈴の音が高くなるように鈴を突きながら歩いている。
 先日の大山よりもよほど熊が出そうだなぁ、などとのんきなことを考えて、護身用の鈴に救われた思いでいたのだった。

 

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 登山道の雑木林には1丁目から28丁目までの石碑が建っていた。穏やかな顔の大日如来像や中には修羅のような険しい顔の石像もあった。
 私はほぼ百数十メートル間隔であらわれるそれら石像に手を合わせた。
 「いつもありがとうございます」
 石碑には建立された年、文久44年など―(また私は見つけられなかったが天保2年の山神の祠もあるようだ)が書かれていて、石像の顔も彫が風化のため潰れたものも多かった。随分古いものだと思われた。きっと昔から、この山は地元の守り神として在ったのだろう。地域に根付く小さな里山はしかし、今は私の他には誰もいなかった。
 守り神のことを思い出す老人たちはすでに山に登れなくなったか、この世にないのではないか。若いファミリー向けの山でもなく、平坦な登山道だというのに険しく、いや厳かな雰囲気なのだった。ガイドブックを見てやってくるもの好きな旅行者しか、今は登らないのではないだろうか。
 それでも私はずいぶん自然を楽しんでいた。フィンチドットは血圧を下げます、森林セラピーでリラックス、などという厚木市産業振興部の立て札を見つけて、微笑ましく思っていた。
 確かにこれは体に良さそうだ。1時間10分で登れる山で、これだけ自然を満喫できれば大したものである。先週の大山と違い、人の匂いがまるでしなかった。柵に囲まれた若木もなく、青いドングリは見えても、ドングリのなる木が見えない。はるか上のほうに葉が見えて、私はその高い木がコナラかミズナラか、それとも手前のシラカシが落としているのか、どうしても確認できないのだった。
 熊の怖さも石像を撮るのに夢中で忘れてしまった。石像も、古い石碑も、美しかった。もう私にとって鈴の音は神との交信のただそれだけのために響く音のようなものに化していた。
 魔除け(熊よけ)などとんでもない。

 

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 18丁目で展望が開け、厚木市街を見下ろした後、振り向くとふいに木々のトンネルが始まるのである。くぐるように進む。今までよりも急な登山道が始まる。
 不思議なことに、ここから音が止むのだ。先ほどまでうるさかったセミ(クマゼミのような騒音だった)の声も、鳥のさえずりも。ドングリが落ちる音。木々を揺らす風の音。
 空気がさっと変わった。霊感には鈍い私も、この変化にははっとさせられたのだった。
 明らかに異形の者の匂いがする。
 

 神なのか、怨霊なのか、そこまで感じることは出来なかった。ただ、私は大事なカメラを二度も落とし、変形したのかピントリングを動かしづらくしただけだった。
尾根伝いの稜線のような左右がくぼんだ道を渡る。山桜の木が迎えるように現れる。ポツリ、ポツリと。身をくねらせて佇んでいるのだった。
 大きな石の上に立つ榊の木を見た。天台宗寺跡の石碑に仏像。
 圧巻だったのは、石段だ。登山道入り口の石段と同じような、それよりもっと長い石段が、その先ずっと続いてくのだ。私はこの行者の山道のクライマックスだととっさに悟った。自然の景色は石段によって、やっと人の気配を取り戻し、だけど、まるで石が崩れ落ちそうに風化して、落葉で階段が隠れるほどのその様子は、あまりにもこの地に人が消えて久しいことを感じさせられるのだった。
 これも帰りに工事完成の記念の石碑によって見知ったことだが、この石段は地元の石工に作らせたものだそうだ。古くからの参道の階段が破損して昇降困難となった。そこで千葉のある信者の一族の協賛を仰いで、補修工事を行った。当時にしてはずいぶん立派な、石段だったのではないか。石碑から誇らしげな様子が見て取れるのだった。
 だからなのか、延々と続いた石段の果てに現れたまたしても鳥居の、くぐるとすぐのところには、協賛を仰いだという信者一族の名前の入った小さな石像がもたれかかるように置いていある。一族の名字と、下の名前は男性の、一族のある一人のものであった。軍服を着て、白目をむいている。何度も見ても、黒目はないのだ。目の形のくりぬかれたそれは、どこを見つめているのか。一族が戦死した息子を祀りたかったのか。もしかしたら学生服だったかもしれない。ただし、私には軍服に見えたし、明らかに異様に映ったのだった。

 

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 ばく大な個人のお金と、祈りをかけて、この煩悩の数さえ超えた浅間神社まで続く石段は完成させられた。登りはどうということはなかった。しかし下る段になって、手すりもなく、石が年月と共に下りに向かって傾斜して、さらに現代の階段よりも幅の狭い(私の小さな足さえも縦には置けなかった)石段は、とてもじゃないが危なくて降りられたものではなかった。
 しかも、去年の落葉樹が、いや、もしかしたら一昨年や一昨昨年のものかもしれない、落葉樹の葉が積み重なっている狭く傾斜した石段は風情も歴史も何もなく、ただもう滑りやすく、危険であって、いったいどんなもの好きがこの段を登って、神々を祀ると言うのか、地元の人はもはや危険性を知り尽くしているだろうと思われるばかりであった。
 かといって、直せるものか。一族のあるご子孫の石像をどうするというのだ。あの鳥居の真下にもたれかかる白目をむいた彼の。
 

 私は正直、石段を登って、鳥居の姿を見た瞬間に呟いた。
「これはこれは・・・」
 なんと間抜けな感嘆詞! 神聖なるものに対する敬虔な気持ちなどこのときには残されていなかったのかもしれない。鳥居の奥に赤い本殿が見え、それが私と対峙して迫ってくるときに、私は思わず石段を登る足をとめたほどだ。
全身に鳥肌が立っていた。それほど、畏ろしかったのだ。

 

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 山頂で食事をするはずだったが、ここも1分といられるところではなかった。
 戦国時代にこの近くに七沢城を築いて、この山に鐘を収めたとされる上杉定正の像なのか、ついに近寄ることができなかったが、まるで落武者のような石像が二体立っていて、片方の者には腕もないのだ。展望もない。わずかな丸太(ベンチのつもりらしい)と帰り道の登山道が先に見えているだけ。先ほど身を震わせた七沢浅間神社のほうがまだましだった。
 私は浅間神社の境内の切り株に座り、厚木市街の展望のほうを向きながら、弁当をかきこんだ。食べた気もしないほど、大急ぎで半分食べて、すぐに荷をたたむ。逃げるように、先ほど記述したあのまるで転げ落ちそうな風化した石段を下って行ったのだった。

 駆けるように下っていく。また山の全体像が脳裏に浮かび、今度こそはあの山に存在する「人間」が私一人だと確信している。
 知人に言われて、鈴を持ってきたことを幸運に感じていた。
 行者の鈴でありながら、これは今魔除けの鈴であった。もちろん熊などいない。熊鈴など馬鹿げていた。だけど、わざわざ突かなくても、急ぐ私の腰のあたりで、鈴は大きな音を鳴らしているのだった。

 18丁目のあの異形の匂いを感じ取った木々のトンネルを抜けると、またしても森の音が戻ってきた。セミに、ツクツクボウシの鳴き声。のどかな夏の山でしかなかった。
 私は息をつきながら、何度も、何度も、あの浅間神社の鳥居の下で、本殿のまえで、東西南北に頭を下げたことを思い出している。
 ここに神はいると言うのに、私は彼の安らかな眠りを妨害して、叩き起こしたような気持ちになっていた。
 「いまさら何をしに来たのだ」と。
 それを怒られそうで、畏ろしくて、申し訳ない思いでいっぱいだったのだ。

 ここに神はいると言うのに、週末の日に祀りに来る者はいない。(こんな小さな私だけなのだった!)
 彼へと続く参道の石段はとうの昔に風化している。
 彼のしもべの者たちは銃器によって消されていた。
 
 私は本殿の鈴を小さく鳴らした。それでも私の来たことを知ってほしくて、しかし彼の眠りの妨げにならないように。
 あれだけ高鳴らした音も、そのときだけは神妙なものであった。

 

IMG_8017のコピー

 

 登山道入り口の鳥居まで来たときに、私は行きの登山コースをそのまま戻ってきてしまったことに初めて気が付いた。本当は、山頂から続く登山道に入って、鐘ヶ嶽をぐるりまわる形で戻らなければならなかったのだった。
  よほど、怖かったのか、動転していたのかもしれない。帰りのコースで七沢温泉に入ろうと思っていた計画もおしゃかであった。

 今回の小さな撮影旅行で、私が思ったことは、土地と共に生きていくことの、その難しさだった。
 守り神はどこの地にもいるだろう。
 ただし、あれほどに放置され、忘れ去られたものがまだ私たちと共にいて、神として守り続けてくれるものか、私には正直疑問に思えたのだった。
 
 もしも鈴を持っていなかったら― そう考える自分がいた。
 もしも誰か人がいたとして、私は獣と間違われていたかもしれない。いや、でもしかし、銃器を持った人などいなかった。あそこにはあの時、私だけしかいなかったのだ。
 もしも鈴を持っていなかったら、のこのこと行者のつもりでやってきた能天気な私を山神は赦してくれただろうか。
 ふとその姿を変えて、まるで異形の者の匂いを感じたように、山神ではないものとなって、怒りを露わにしたのではないか。


 ファンタジー過ぎるだろうか。
 ならばあなたも、鐘ヶ嶽に行くとよい。
 鳥肌を立てずに、あのものと対峙できるかどうか、自分で試してみるとよいのだ。

 

 

 
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