2011年3月29日

異形の街の22世紀少年。

 
 


 最近のニュースを見ていると、梅干を食べた時のような顔になる。
 被災地の方々(の家族やそのひとり)を取り上げた記事を読んでいると、泣けてくる。
 歳のせいでめっきり涙腺がもろい。その上、特に産経新聞、泣かせる記事を書くのがうまい。

 泣きはらした顔で、悲壮感を漂わせながら、仕事に出向く。馬車馬のように(それは言い過ぎ)働いて、疲れ果てて一日終えると、ジムに行って軽く走る。
 
 せっかく消費したカロリーを奪い返すように、菓子類を食べる。
 空腹ゆえというよりは、ただのストレス。
 気持ちが悪くなるほど食べて、またニュースを見て、梅干を食べたような顔になって、そして、また泣く。疲れ果てて、寝る。

 大震災以来、ずっと我慢していたエアコンをつけ始めた。
 うちの会社も自宅も、なぜか計画停電から除外されている。
 私ごときの小さな節電など何の役にも立たないとしても、みんな耐えているのだ、一人でのうのうとしてどうする、と我慢を続けていたが、最近タガが外れたようだ。
 温度や付ける時間を(最小限にと)考えながら、特に眠りに落ちる前に部屋を暖めている。
 
 喉元過ぎれば熱さを忘れるではないが、震災の時の衝撃も怒りも、TVのニュースと新聞の記事の中の物語のように変化してきた。
 私はショッキングな、またはお涙ちょうだいの物語を漁って、目を皿のようにしている。

 ばかだなぁ。ばかだなぁ。と考えながら走っていたら、また幻想を見る。

 21世紀なのか、22世紀なのか。未来の日本だ。
 生まれ変わった私は廃墟の町に立っている。「異形の日本」と名付けた通りの荒廃した土地にけばけばしいネオン。妙なアジアのかつての近代都市。
 人々はまるで都市伝説のように原子力発電所の噂をする。ひそひそ声で、聞かれぬように。

 「〇〇にはね、原発があるのだって・・」

 風が強い日は日本中の廃炉となった原発から放射能が流れてくる。
 皆おびえながら暮らしている。
 電力会社もメーカーもとうに潰れた。閉鎖されたそこにはKEEP OUT(立ち入り禁止)の看板が立っているだけだ。
 勇士たちは、夜な夜な旅立っていく。
 残された人類を守ろうと、自ら志願して、出向いていく。

 こんなちっちゃなおばさんじゃ無理だけど、その時代の私は男に生まれ変わっていて、体もがっしりと逞しいのだ。
 だから、もちろん、行くだろうとも。
 気分は特攻隊。20世紀の遺産の米国製の防護服に身を包んで。
 暗い発電所の中を走っていく。いつか癌に倒れるまで。もしくは、一度に大量の放射能を浴びて、染色体が壊されるまで走っていく。原子炉まで。決死の作業。
 (何の作業をしてるのやら、そこは知識不足で幻想が追い付かないのだ)
 
 勇士たちが何人死んでも、原発の放射能漏れは果て無く続く。
 異形の街の住人たちは今日もひそひそと噂話。

 「また死んだらしいよ…」

 東海村臨界事故の被爆画像を、先日、見た。
 どうか、私の時は、誰かピストルで撃ち殺してくれ。
 被曝したすぐ後に。皮膚が剥がれ落ちる前に。


 




 
 
 

2011年3月28日

政治から復興の希望を!

     
    
  

『福島第1原発:2号機の水で高い放射線量 排出作業を中断』



 東京電力は27日、福島第1原発2号機のタービン建屋地下で見つかった汚染水の水面から、毎時1000ミリシーベルト(1シーベルト)以上の放射線量が検出されたと発表した。測定限界を超えたため正確な値が分からないという。3号機でも水面の放射線量が毎時750ミリシーベルトと高い値だった。東電は同日、2号機の汚染水を復水器へ排出する作業を始める予定だったが、放射線量が高いため作業員の安全確保が困難と判断し、作業を中断した。再開のめどは立っていない。【酒造唯、足立旬子、山田大輔】

 検出された物質の放射能濃度はヨウ素131(半減期8日)が1300万ベクレル、セシウム134(同2年)とセシウム137(同30年)がそれぞれ230万ベクレルなど(単位は1立方センチあたり)。いずれもウランやプルトニウムが核分裂してできる。

 検出された毎時1シーベルトという放射線量は、人が浴びると吐き気などの症状が表れる高い数値。3~4シーベルトで約50%が死亡、6~7シーベルト以上で99%以上が死亡するとされている。
 2号機では今月15日、原子炉格納容器につながる圧力抑制プールで爆発が起き、同プールの圧力が急激に低下。同プールが損傷して穴が開いている可能性がある。14~15日には約7時間半にわたって原子炉の水位がゼロになる「空だき」の状態になり、核燃料の損傷が他号機よりも進んでいる可能性もある。

 27日会見した東電の武藤栄副社長は高濃度の放射性物質が検出された原因について「原子炉由来だと考えている。原子炉格納容器や圧力容器が破損しているとは考えにくく、弁やポンプが高温高圧で損傷した可能性が高い」と話した。経済産業省原子力安全・保安院の西山英彦審議官も同日、「ヨウ素、セシウムなどは核分裂反応に由来する。原子炉の由来である可能性が高い」と述べた。

 東電によると、1~4号機のタービン建屋地下全てで放射性物質に汚染された水が見つかり、通常運転時の冷却水と比べた放射性物質の濃度は1、3号機が約1000倍、4号機はほぼ同程度。水面での放射線量は1号機が毎時60ミリシーベルト、4号機が毎時0.5ミリシーベルトだった。

 また、東電は27日、福島第1原発1~4号機の放水口南側約330メートルで26日午後に採取した海水から、法令で定める濃度限度の約1850倍もの高濃度の放射性ヨウ素131を検出したと発表した。前日に採取した海水の約1250倍より濃度が高まっており、東電は「経路は不明だが何らかの形で(原発から)放出が続いていると考えられる」と説明した。

 他に、セシウム134が約197倍、セシウム137は約133倍などで、いずれも前日より高かった。

 5~6号機の放水口の北約30メートルで採取した海水でも、ヨウ素131が約314倍、セシウム134が約36倍など、法令限度を超える放射性物質が検出された。

 保安院は「海の生物が放射性物質を吸収した後、人が食べるまでには希釈されることから、健康上の被害を考える必要はない」との見解を示した。


http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110328k0000m040083000c.html

 
 
 
 
 福島原発がますます悲惨な状況になっっている。
 日本の復興を信じて、何度頑張ろうと決意しても、ニュース記事を見るたびに、力が抜ける。
 
 もうだめだ・・
 
 日本はもうだめだ、と悲観的に考える。
 福島、宮城、岩手、茨城。東日本大震災の被災地には農産地が多かった。中小企業の下請け工場も多かった。それらが壊滅し、そして原発の放射で一帯が汚染された。
 もう土がダメなんじゃ復興できない。食料も作れない。海も汚染されている。空気も汚染されている。何も獲れない。何も作れない。自給率は限りなくゼロになる。かろうじて持ちこたえていたモノづくりも終わりだ。工場は潰れて空洞化する。
 日本の未来を憂い、追い打ちをかけるように放射能の危険性が露呈し、原発の廃棄物処理の驚愕の問題が次々と浮き彫りにされる。
 
 
 頑張ろう。と安易に叫べなくなってくる自分が情けないのだが、まったく酷い状況過ぎる。
 どう希望を持てと言うのだ。
 (当分は立ち上がれそうもない)
 
 ところで、なんで民主党政権になってから、異常なことばかり起きるのだろうか。
 たまたまの衝突事故に、たまたま領土問題のあるところを乗っ取られたり、たまたまの大災害に。
 国民の生活は第一どころか散々だ。
 偶然と未曾有の大震災までもを政治の責任にしては申し訳ないのだろうが、私にはなぜか政治の問題が直結しているように感じられて仕方がないのだ。
 政治がしっかりしていれば、起こらないこともあるし、防げたこともある。
 もちろん民主党以前からのツケが今生じている、ということもある。
 原発などは特にそうなのだろう。
 それにしても、私の怒りはあまりにも腑甲斐無い民主党政権へと向かうのだった。
 様々な非常時の腑がない、愚かしい対応。有事の際には、野党・自民党に助けを求める情けない首相。
 そして、そもそも「国民の生活が第一」等と言ったことが大嘘と感じられて腹立たしくて仕方がないのだった。
 復興の希望を持つには、まずこの政治をどうにかしないといけないのではないか。
 とりあえず、民主党は去ってくれ。
 
 
 
 
 
 
   
 
 
 
 
 

2011年3月27日

クリスチャンよ、出てこい!  ~豚が豚をあざ笑う愚かしい世を憤る件について~

  
  


 未曾有大震災の陰謀論が蔓延っているそうだ。
 私はもちろん陰謀論者だが、そんなブームが巻き起こっているとは知らない。
 たまたま検索サイトの足跡から、(私のブログの前後が)陰謀論者を叩くブログが羅列していて、なるほどと思い知った次第である。

 つまり、
 陰謀論者=異常=カルト=不安を煽る愚か者
 自分たち=正常

 と言った図式で批判されているのだ。
 で、その正常な方のあるブログを見て、こんな正常の根拠を見つけて驚いた。

 「陰謀論者は似非クリスチャンである。宗教は人生の安らぎといった本来の役割だけを果たしていればいいのだ」


 似非クリスチャンは置いておいて、(なぜなら私はクリスチャンではないし、そもそも信仰は好きだが特定の宗教団体が嫌いだし、似非クリスチャンであると言われればその通りだからだ)
 宗教が人生の安らぎであり、それが本来の役割とは何だ?

 それはどういった宗教を指しているのだ。
 神道か、仏教か、イスラム教か、キリスト教か。「似非クリスチャン」というくらいだからキリスト教だとして、それはプロテスタントや少数派も含めるのか。ユダヤ教も含まれるのか。 
 
 で、似非クリスチャンと批判する人たちはそもそもクリスチャンなのだろか。
 もしそうならば、いったいどういった気持ちで信仰していたのか、どういう宗教のどんな信者がそんな気持ちで宗教と向かい合っていたのか、まったく謎であるというか、驚くべき話である。

 宗教は人生の安らぎといった本来の役割、がクリスチャンの共通認識ならば、私は似非クリスチャンで良かった。
 本当に、心底そう思う。

 なぜなら、私が思うキリスト教は魂の救済の物語である。
 (注・以前も言ったが新約聖書を経典とするキリスト教のことを言っている。イスラエル神のヤハウェを最高神とする経典は含まない)
 魂を救済するために、滑稽なるキリストが磔にされたように、この世界では、「それ」を成し遂げるためには、自分はおろか自分の子孫や先祖、すべてが汚名を着せられ、末代まで汚辱を被るであろう事実を覚悟しなければならない。
 この世界では、「安らかに生きる」ことこそが良しとされ、そのための価値観がごまんと準備されているのだ。誰が作った基準なのか、誰かの都合よく生きていれば、「私は安らかに生きていられる」というわけだった。
 この世に起こるすべての現象に疑問など持たず、賢く、必然を受け入れて、平和に、食べて、寝て、家畜のように、今日も明日も安らかな一日を過ごすこと。
 それがイエスが求めたことか。
 
 「私が来たのは地上に火を投ずるためである。
 あなた方は私が地上に平和をもたらすために来たと思うのか。
 そうではない。むしろ分裂だ」(ルカ伝12.38-49)

 この世の価値観、基準、すべてのルールに背いても、魂を救済する道を選ぶというとは、もはや闘いである。
 人間の尊厳をかけた戦いであるというのに。
 なぜ、家畜の道を選ぶものが、似非クリスチャンなどというものか。
 人生の安らぎなど、そうであったほうが都合のいい支配者たちから与えられた「宗教の活用法」に過ぎないではないか。
 それは、信仰とは別次元の話である。
 なぜ、それを歯ぎしりもせずに受け入れて、自ら「それが宗教の役割だ」等とほざくのか。
 利口になったつもりで、賢いつもりであろうが、なんと愚かしい話だろう。
 
 本当の宗教は、魂の救済の為にある。
 そのために、人は命を懸けて戦わなければならない。
 そうでなければ、救えないほど、この世は悪や偽善で満ちている。
 魂の救済を遠く、遙か遠くへ追いやる程の、金や娯楽や地位や権力や見栄や偽りの誘惑で満ちている。
 宗教の本来の役割は、「闘い」なのだ。

 豚が何をほざいているのだ。
 「陰謀論者」に「似非クリスチャン」に、異常者の安易な標を、アイコンを貼り付けるならば。
 ならば、本物のクリスチャン出てこい。
 その者とじっくりと話してみたいものではないか。
 
 
 

 

 

 

飛べ!かたくりの花たち。


 



 あれは恋ではなかったと思う。
 ずいぶん長い間、私は不器用な人間だった。人に対して、心を許したり、心を閉ざしたり、うまい具合に調節できなくて、どちらか極端に走る傾向があった。
 その当時私は随分虐げられて、打ちのめされて、傷を負っていたので、ふと、ある異性の笑顔に救われた思いがしたものだ。そして、気が付いたら、「なついていた」。
 まるで犬のように、彼になついて、尻尾を振ってまとわりついた。嬉しかったのだ。
 かまってくれたことが嬉しかった。
 人に対しておびえていた私が、また人に親しみを持てたことが嬉しかった。
 あまり嬉しくてきゃんきゃん吠えていたら、ある日突然、しつけが始まったのだ。
 180度の変わりように、私は愕然として、そして今度は必要以上に委縮してしまった。
 その彼は、私にとって随分複雑な存在となった。
 俗に言えば、本性を見たということで、初めの笑顔は欺きだったのかもしれないという可能性を見つけたことであった。それでも即嫌悪感を持ったり、幻滅したりすることがなかったのは、あまりにもその異性に誰にも敵わない美点があり、それをずいぶん早い時期に目の当たりにしていたからであろうか。
 彼は、あまりにも優雅に「飛ぶ」のだった。
 それで、私は畏れながらも、しぶしぶなついていた。
 おびえながら物陰に隠れていた野良犬が、おびえながら飼い主の後ろをついていく、以前とはたったそれだけの違いしかなかったのだが、それでもこの複雑な気持ちと、この時期の記憶は、何年経っても、本物の恋愛(の経験)以上に忘れがたい記憶となった。


 カタクリを見たくて、「城山・かたくりの里」に出かけた。
 相模原まで電車とバスを乗り継いで1時間と少し。ただし、バスの待ち時間は含んでいない。震災の影響で、本数を減らしていたせいなのか、行きも帰りも随分と待たされた。
 北風の強い一日だったので、吹き曝しのバス停で何度も足踏みした。あまりに冷えたので、そのうち、腰から温かい熱が込み上げてくるような感覚の幻想を味わった。(冬の日の撮影に、時々腰にホッカイロを張り付けているのである)
 おまけに城山・かたくりの里は公衆トイレもない。小高い丘に、ただかたくりと春の花が咲いているだけだ。入り口付近に、特設のテーブル(売店)があり、割ぽう着を着た夫人や、年配の男性数人が、地元の物産品を並べて売っている。これが暖かい春の日ならば、もしくは満開ならば、もう少し華やかな印象だったのだろうが、残念なことに入り口の女性が言うのだった。
 
「あんまり咲いていませんけど…」

 申し訳なさそうだった。入場料はいつもより安くなっていた。帰りのバス停では隣の夫人が言う。

「これじゃあ、来週また見に来なくちゃって感じですね」

 私のカメラを見ながら、残念そうに笑いかけて来るのだった。
 ところが、そんな寒さや開花状況を差し引いても、私は随分と満足をしたものだ。
 ミツマタ、マンサク、コヒガンザクラ、ユキワリソウ、フクジュソウ、ブンゴウメ、ショウジョウバカマ、アセビ、ゲンカイツツジ。たくさんの春の花を見た。
 そして、カタクリ。

 カタクリの花は、私にとって長い間の憧れだった。
 いつも誰かが撮った写真を目にするだけだった。
 カタクリの開花の時期は短く、梅や桜に気を取られているうちにいつの間にか終わっている。今年も撮り逃した、毎年そう思っては悔しい思いをした。
 また、小さい花で下向きに咲くので、マクロレンズの方が適う。地べたに寝転がらなくてはならない。(私のカメラは液晶画面の角度が変えられない)どうも微妙に敷居が高いのだった。
 なにより、カタクリの花が咲く姿は、人が飛ぶ姿を連想させられるのだった。
 鳥が飛ぶ、ではなくて、人が飛ぶ。
 あの下向きに咲く姿は、まるで身をかがめて、空に向かってダイブする人のようだ。両手を大きく広げて。いざ、テイクオフ。そんな今にも飛び立ちそうな優雅さである。
 私はカタクリの花の写真を見るたびにスカイダイビングや、パラグライダーや、それから(水泳の)飛び込み競技の選手のような、空に向かって地を蹴る者たちに思いを馳せた。
 いつか自分も撮ってみたいとずっと思っていた。
 桜の開花も遅れていることだし、今週こそはと思った金曜の夜、しかし突然の腹痛が襲い、私はダウンした。
 原因は、恐らく、ストレスだった。




アセビ

ミツマタ
 
コヒガンザクラ

ショウジョウバカマ

豊後梅
雪割草
マンサク



 思えば、仕事もプライベートもハードな一週間だった。
 会社は多すぎる従業員を数名切ろうと経営者が画策していた。年度替わりの「査定」とやらの、「自己評価表」を書かされて、あまりに無慈悲な「経営者評価」を暴露される「面談」の翌日に会社を休む女子もいた。
 プライベートではblogが散々だった。日本が散々だった。生活が散々だった。まるで戦後の焼け野原のような北関東のことを思えば、耐え忍ばなければならないという義務感と、どうにかしなくてはならないという焦りとが私を追い詰めていた。
 大好きな夜のジョギングも諦めて残業をして、記事を書いたが、そういうときほど上手くはいかないものだ。追い打ちをかけるように、私は「鍵」を失くしてしまった。
 車はあるけど、「鍵」がない。せっかく贈ってもらった車を抱えて、どこにも辿りつけない日々が続いた。
 金曜の夜、帰宅早々寝込んで、翌朝、私は「城山・かたくりの里」のHPを見たものだ。
 開花情報には、優雅に咲く、飛ぶように咲くかたくりの姿。薄紫の可憐な花。そして、隣りには背の高くなった黄色の福寿草。
 ぱっと熱が込み上げた。私は小さく叫んで、胸をときめかせた。
 虚ろな思いが飛んで行って、久しぶりだ。写真を撮りたいと心底思った。
 この花を今日撮りたい。
 早朝は随分過ぎていたが、私はカメラを抱えて、電車とバスに乗ったのだ。
 バスは長く、長く、待ったけれど、私を連れて行ってくれた。




福寿草とかたくり
かたくり。仲良く並んで。
テイクオフする瞬間のかたくりたち
白いかたくり
  


 かたくりの花はファインダーの中で吹き荒れていた。
 風に飛ばされ、何度も反りかえり、大きく体を揺らしていた。
 待って、待って、やっとのことで静まって、本来の優雅な姿勢に戻る。さぁ、今度こそ飛び立つぞ、と思うと、また風に煽られ、空に飛び立つのではなく、どこか当てのないところに吹き飛ばされてしまいそうな様相となる。
 小さなかたくりが必死で耐えている様が哀れで、健気に思えた。
 風が彼の体を吹き飛ばすたびに、私はああと小さく叫んで、それから声をかけた。

 「がんばれ。がんばれ。がんばれ。がんばれ」

 かたくりが風を耐えいる間、私は励ましながらレリーズを握りしめていた。
 何度も風をやり過ごして、そうして一瞬静まった、彼のその時を狙って、シャッターを切らせてもらうのだった。
 パシャ、というシャッター音の刹那、かたくりが空を飛び立つような思いがした。
 がんばれ。がんばれ。がんばれ。
 かたくりたちは何度も吹き飛ばされて、そして、私の中で何度も何度も飛び立っていく。
 私はファインダーの中で、彼が一瞬、煌めく瞬間を、ただ待った。

 小高い山を登りながらかたくりを撮っていくと、短い旅路だ。すぐに山頂に着いた。
 それでも町が見下ろせる。ベンチが並んで、ミツマタが咲き乱れている。
 私は一本の木、黄色の花を一身に纏ったマンサクの元に座って、休憩を取る。青空と黄色の花が爽やかに感じられた。
 風も、ファインダーの中で見るより、そう強くは感じられない。放心しながら、ミツマタの花は、夜来香 (イエライシャン)に似ていると、過去の記憶から思い起こして、そうだ、あれは確か恋の花だった、などとぼんやり考えている。
 マンサクに、ミツマタに、黄色の小花に溢れる小さな丘の頂に、青い、青い空に。
 風は今や心地良くて、私はあの日の笑顔を思い出しているのだ。

 あれは恋なんかではなかった。
 私はほんの少し、人になついただけで、それもすぐに終わって、以前と同じようにただ人におびえて過ごすだけであった。

 それでも、随分大人になったものだ。

 この年になっておかしなものだ。おかしなことを言っている。私は自分を笑いながら、今でもかたくりたちは飛んでいるだろうかと考えている。
 風に耐えて、すべてのかたくりたちは飛んでいるだろうか。

 小さな頂で空を見ながら、私は彼らに向かって声をかけるのだ。
 がんばれ。がんばれ。がんばれ。
 煌めく姿が浮かんで来ては、一瞬で、消えていった。
 
 



   
 
  
 
 

2011年3月24日

最悪の状態を脱しつつあるのか本当に。

 

 

『原発電源回復 日本の技術の信頼かかる


 (msn産経ニュース 2011.3.24 02:56)


 東日本大震災の大津波で被災した東京電力福島第1原子力発電所に、外部からの電気が届く状態になった。
 不眠不休の現場の働きで実現した待望の電源回復だ。巨大な原発システムをコントロールする中央制御室内にも明るい照明が戻り始めた。
 作業効率が上がるだけでなく、計器類も回復すれば原子炉内の圧力や温度などが把握できるようになる。原子炉を安全な「冷温停止」に向かわせるための前準備が整い始めた。進展を注意深く見守りたい。

 第1発電所では6基中、4基の原発が停止後の冷却失敗などで、危機的な状況に陥った。最悪の状態を脱しつつある感はあるが、まだまだ楽観は許されない。

 今回の原子力多重事故は、世界にもまれだ。完全終息への全作業を、そびえ立つ連山に登る道程に見立てると、今は、登山口にさしかかった段階にすぎない。

 高温の原子炉圧力容器は、やむを得ず注入した海水で、内部が“塩釜”状態になっている。
 この容器内と燃料貯蔵プールのウラン燃料を水の循環で冷やすことが焦眉の急である。注水ポンプだけでなく、燃料が出し続ける余熱(崩壊熱)を海水の冷却力で取り去る系統の復活が不可欠だ。
 そうした上で燃料の損傷程度を確認し、本格的な炉心溶融への進行を食い止め、放射性物質の外部飛散を阻止したい。

 事故の推移を全世界が固唾をのんで見守っている。爆発は起きているが、稼働中の爆発だったチェルノブイリ事故とは本質的に異なる。正確な安心情報を発信していく努力が、放射能汚染へと段階が進んだ今こそ必要だ。

 欧米諸国では、原子力発電を危惧する声が起き始めている。安全技術の高い日本で事故が発生したがための皮肉な現象だ。

 東京電力と国には、大災害に発展した事態の克服を通じて、日本の原子力技術の信頼性を世界に示してほしい。事故を理由に原子力発電に背を向けてはなるまい。
 米国でも炉心溶融が起きた1979年のスリーマイル島事故後、原発の建設が止まってしまった。エネルギー小国・日本での、そうした事態は避けたい。それには、まずは国民の理解が必要だ。

 これからの長い取り組みに、日本と世界のエネルギー利用の将来がかかっている。




 
 
   


 産経新聞のニュースを読んでおやっと思った。


 
 
 野菜や水からは暫定規制値を超える放射性物質が検出され、 

 作業員は被曝し、


 『最悪の状態を脱しつつある感はある』


 って、ホントなのか?

 
 『日本の原子力技術の信頼性を世界に示してほしい。』


 上の映像を見る限り、発電所の爆発事故というよりは核爆発。
 日本の原子力技術の信頼性は、今地に落ちていると思うが。


 『欧米諸国では、原子力発電を危惧する声が起き始めている。安全技術の高い日本で事故が発生したがための皮肉な現象だ。』



 皮肉というよりは、だから効果絶大の日本を狙ったのではないか。



 『事故を理由に原子力発電に背を向けてはなるまい。』

 『米国でも炉心溶融が起きた1979年のスリーマイル島事故後、原発の建設が止まってしまった。エネルギー小国・日本での、そうした事態は避けたい。』

 『まずは国民の理解が必要だ。』





 『これからの長い取り組みに、日本と世界のエネルギー利用の将来がかかっている。』


 
 
 まずは国民の理解(が必要)、というところを見ると、国民が理解した暁には米国から全世界にも理解してもらおうということだろう。
 米国のように原発の建設を止めるような事態は避けたいと名指しで挙げている。
 産経新聞は民主党政権を敵のごとく叩きまくるが、その政策にアメリカ様のご進言があると思われる時に限って、手のひらを返したように追従する節がある。
 またかと苦笑いするほどわかりやすい。叩くのは中間管理職のような日本政府だけだ。
 ところが今回の記事。あれだけ全世界で有罪判決を受けている福島原発(事故)を、米国の意向に反してまで、擁護するのも妙である。
 米国内の原発見直しというのは、ただのポーズなのか。
 それとも本当に産経新聞が、(まるで主人の)意向に背いて、熱血しているのか。
 

 『これからの長い取り組みに、日本と世界のエネルギー利用の将来がかかっている。』




 その通りだと思っていたのだけれど、そんな偉業を成し遂げられる底力と技術を持ち合わせているのは日本くらいだろうと。
 が、何だか胡散臭く思えてきたから不思議である。
 他紙の社説も覗いてみる。



 朝日新聞  ヨウ素検出―あかちゃんを守ろう
 『ここで共有したいのは、放射線の影響を一番受けやすいのは乳幼児や妊婦だという事実だ。大人は、こうした放射線から守るべき人たちを最優先に守って、落ち着いて行動したい。
 放射性物質の拡散を断つには、福島第一原発の状態を安定させ、放射性物質を原発内に封じ込めるしかない。』



 日本経済新聞  水・食品への不安鎮める丁寧な説明を
 『米国が福島県産ホウレンソウなどの輸入規制を発表し、ほかの農産物も含めて禁輸を検討する国も出ている。このままでは風評被害が国境を越えて広がり、日本の農産物全体への信頼を失墜させかねない。政府は海外にも情報を的確に発信し、不安の連鎖を早く断ち切るべきだ。




 毎日新聞 放射能汚染  健康影響を丁寧に示せ

 『たとえ放射能汚染が続いても、人々の生活が維持されるように対処していかなくてはならない。汚染されていない水や食料を求め、人々を右往左往させてはならない。』




 政府や私たちに冷静で適切な対応を促し、事態の収拾を図ろうと努めているようだ。
 (ちなみに読売新聞の社説には原発事故関係のものはなし)
 パニックが治まりそうな兆しでも見えてきたのだろうか。
 散々自分たちで広げておいて、随分調子がいいではないか。
 毎日新聞の「たとえ放射能汚染が続いても、・・汚染されていない水や食料を求め、人々を右往左往させてはならない。」等というくだりも、あからさまで腹立たしい。
 国民の為なのだか何だか。
 (TPPに参加しようと率直に書けばいいのに)
 そんなところに都合よく私たち(の為)を持ち出さないでほしいとさえ思う。
 
 
 
 『これからの長い取り組みに、日本と世界のエネルギー利用の将来がかかっている。』



  
 単純で申し訳ないが、つい昨日まで、本当に、心の底から、原発を擁護をしていたのだが、ふと、やはりこれはかなりヤバイのではないか、というような思いがしてきた。
 ただの産経新聞の記事である。ただのそれを見た直観だけである。
 時々、私の直観はとても当たる。それと私は誰かの陰謀や策略にはまって、不利益を被るのが大嫌いである。
 日本と世界のエネルギー利用の将来が、日本の犠牲の上に成り立っているならば、それを使命と感じて喜ぶことは私には難しい。
 原子力発電以外で、日本の技術を生かした、安全なエネルギーは生まれないのか。
 あまり一方向にのみ思い込みすぎず、マスコミの安易な「事態収拾」路線にも踊らされず、もう少し自分の中でもがきながらに複雑かつ柔軟に考えて行こうと思う。
 
 
 
 
 
 
 

日本、楽園の真実。

福島県で震度5強 同じ日で3度目



 気象庁によると、23日午後6時55分ごろ、福島県浜通りを震源とする震度5強の地震があった。震源の深さは約10キロ、地震の規模(マグニチュード)は4・7と推定される。

 震度5強を観測したのは福島県いわき市三和町、震度4は同県楢葉町北田。
 福島県で震度5強が起きたのはこの日、午前7時台の2度に続き3度目。

 msn産経ニュース3月23日



---------------------------------------------------------------------------


 また震源の深さ10キロである。
 東日本大震災の前後から、関東東北地方に関わらず、岐阜、和歌山、宮崎等、全国各地で、震源の深さ10キロの地震が発生し続けている。


 もちろんこの日も・・
 
 
http://sankei.jp.msn.com/pdf/2011/03/20110311miyagi_jishin.pdf

 ※http://hatajinan.blog61.fc2.com/blog-entry-213.html



 「陰謀説」と一蹴されがちな話だが、ならばこんなに都合のいい偶然があるというのか。
 下のニュースを二つ見ていただきたい。
 
 

『放射性物質:「国産」農産物に痛手…出荷停止拡大』


 返品するために小売店から集められ、山積みにされたカキナとホウレンソウ=東京都中央区の築地市場で2011年3月23日、津村豊和撮影 放射性物質による農産物汚染の問題は23日、新たに福島県産のキャベツやブロッコリー、茨城県産の原乳など幅広い品目が出荷停止と摂取制限(食べることを控えること)の対象に加わり、更に深刻化した。政府は他県にも農産物に含まれる放射性物質を検査するよう促しているが、今後の影響の広がりは予測できず、国産農産物全体への信頼感が損なわれる恐れも高まっている。【行友弥、井出晋平、小倉祥徳、太田圭介】

 ◇農水省、供給不測は否定

 新たに出荷停止・摂取制限の対象となったのは福島県産の野菜が中心だが、全国の出荷量に占める比率はブロッコリーで4.6%、キャベツで0.4%などと低い。このため、農林水産省は「直ちに供給不安は生じない」(生産局)としている。また、茨城県産パセリのシェアは19.4%と高いが、料理の付け合わせ用が主のため、他の食材で代替できる面もある。ただ、対象品目の拡大が今後も続けば、「国産野菜全体のイメージが低下する」(同)との懸念もある。
 
 日本の野菜は信頼性が高く、コメや果物、牛肉などと並び輸出品目として有望視されており、09年度の野菜自給率も80%と高水準を維持している。だが、国内の生産減や安全性への信頼低下が続くことになれば、中国産など輸入が増えて、国内農業の衰退に拍車をかけかねない。

 ◇調達先の変更、乳業大手検討
 一方、新たに出荷が停止された茨城県産の原乳は10年の生産量が16万8680トンで全国8位、関東地方では14%のシェアを占める。明治乳業、森永乳業、雪印メグミルクの乳業大手3社は震災後、茨城・福島県産とも入荷していない。
 ただ、出荷停止が続けば「原乳確保が予断を許さない状況になる」(雪印メグミルク)として、国内最大の産地ながら従来はバターやチーズ用の原料乳を主に生産する北海道からの調達を検討し始めた。
 生産者側も苦悩の色を深めている。関東と山梨・静岡両県の酪農家で作る関東生乳販売農業協同組合連合会は「茨城以外で急に生産量を増やすこともできない。やっと震災の影響を脱して生産が回復しつつあったのに、出はなをくじかれた」と話している。
http://mainichi.jp/select/biz/news/20110324k0000m020132000c.html




『石油元売り株が大幅高、被災した製油所など相次ぎ再稼働-原油高も』
  3月22日(ブルームバーグ):石油元売りの株価が大幅高。東日本大震災で被災し、稼働を停止していた製油所などの施設が相次ぎ再稼働を始め、収益への影響懸念が後退した。


 傘下のJX日鉱日石エネルギーの根岸製油所が21日に再稼働したJXホールディングスの株価は前週末比11%高の574円まで上昇。保有する塩釜油槽所に21日、震災後初めて石油タンカーが入港、荷揚げを行った後、宮城県などに出荷した出光興産は同5.5%高の9420円、震災後から燃え続けていた千葉製油所の火災が鎮火したコスモ石油は同4.1%高の255円まで買われた。午前の取引終了時点で、石油・石炭製品指数は東証1部33業種の中で上昇率1位。

 三菱UFJモルガン・スタンレー証券の荻野零児アナリストは、根岸製油所の稼働再開が「象徴的な意味で大きかった」と述べ、供給面での安心感が出たことが株高につながったとの認識を示した。また、週末に悪化したリビア情勢などの影響で、21日のニューヨーク商業取引所(NYMEX)の原油先物4月限が1バレル=102ドル台に上昇したことも買い材料になった、と荻野氏は指摘した。
 
 JX日鉱日石エネルギーの広報部によると、根岸製油所を含めた現時点での精製能力は最大で日量約111万バレル。根岸製油所は様子を見ながらフル生産に向けて順次稼働率を上げていく、としている。一方、出光興産広報室の飯沼牧子氏によると、石油タンカーが震災後に太平洋岸に入港するのは、21日の塩釜油槽所への入港が初めてだったという。

http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90920000&sid=arIh3Hu12udg

 
 
 
 大震災の影響で日本向けの中国野菜が急増しているそうだ。
 私は中国野菜が安全ではないと思って避けていたが、日本の野菜を食べて内部被ばくをするよりは数段安全かもしれないと思い始めた。
 農林省は供給不足を否定しているが、日本の野菜を輸入制限している国もある程だ。
 風評が広まって、売れ残るのはほうれん草だけというわけにはいかないように思われる。
 生産者は随分情けないことだろう。せっかく作った野菜が売れない。せっかく作った野菜を廃棄処分して、蒔いた種も無駄にしなくてはならない。
 スーパーから野菜が消えるならば、食べるものがなくなるよりは(もしくは高い野菜ばかりになるよりは)、安い中国産や米国産の野菜が並んでいたら安心だろう。
 供給側にとっても、需要側にとっても、今の状況を、問題を簡単に解決してくれるのが、TPP参加であるのではないか。
 もう「本物の国際的な競争力を付ける」なんて大義名分は通用しなくなるが、関税なしで大量の食糧が確保できれば願ったりかなったりの状況であるのではないか。
 競争力がなくなった今こそ、関税で守るべきなのだろうけれど本当は。
 もう農産業界も以前のように元気よく反対出来ないだろう。
 生産者が国に権利を主張するときは、自信の作る生産物に確固たる自信がある時だと想像する。なにせ、野菜の絶対量が足りない。食べる人のことを思えば、反対しづらくなるだろう。
 なし崩しに、それしかない、というような罪のない選択によって、政府は日本の農産業壊滅の選択を下すのである。
 



 また、製油所だが、国内最大級の根岸製油所を始め、閉鎖が決まっていた各地の製油所が今回の震災で計画が延期となり、それどころか「収益の影響懸念が後退した」からと、稼働率を上げるという。
(なみに、原油先物1バレル102ドルで、一日111万バレル精製したら、一日当たりいくら(日本円で)になるのかと電卓を叩こうとしたらエラーになった。携帯だから10ケタまでしか出ないのだった)
 原子力発電所には、全国民が不安と憤りを感じているだろうから、どんどんドル建てで原油を買って精製すればいいだろう。これからは原油の天下だ。
 



 地震兵器や、米国の自作自演を笑う人は、これらの日本の、いや、世界の状況を一体どう思っているのか聞いてみたいものだ。
 誰にとって都合が良く物事が流れているのか。
 政治が流れているのか。
 お金が流れているのか。
 ジャマイカを舞台にした「ジャマイカ 楽園の真実」という物語を見た。
 終いまで見れなかったが、途中までは下記で見れるので、是非日本に置き換えてこの問題を考えてみていただきたい。
 私もどこかで探してラストを見たいと思っている。
 日本にとっての解決方法も見つけれれないかと期待しているのだが、楽園の真実が楽園だったというオチにはならないだろうとも予感している。



http://video.google.com/videoplay?docid=1223675722957637311&hl=en

http://video.google.com/videoplay?docid=9195284102259393843&hl=en
http://video.google.com/videoplay?docid=-1870655292788577888&hl=en
http://video.google.com/videoplay?docid=-3813114732225334643&hl=en
http://video.google.com/videoplay?docid=-1309354769959838566&hl=en




 







 

 









2011.3.9 11:56

早朝の宮城県で震度4、神奈川、埼玉などで震度3 津波注意報も

2011.3.10 09:00

和歌山で震度2

2011.3.5 09:06


岐阜また地震、震度1「なお警戒を」

2011.3.2 08:12




 もちろん、激震の日も震源の深さは10キロ。

 ↓   ↓   ↓   ↓   ↓   ↓   ↓   ↓   ↓   ↓   ↓   ↓     
















http://sankei.jp.msn.com/pdf/2011/03/20110311miyagi_jishin.pdf
  
 震度1だろうが、震度7だろうが、すべて震源は10キロ。
 
 静岡東部 3/15深夜以降だけでも↓

 

3/15 22:31 35.3 138.7 M6.0 10km
3/16 02:14 35.3 138.7 M2.8 10km
3/16 16:30 35.3 138.7 M2.3 10km
3/16 17:02 35.3 138.7 M2.3 10km
3/17 16:28 35.3 138.8 M2.2 10km
3/17 19:18 35.3 138.7 M2.8 10km
(2ちゃんねる 地震兵器の攻撃か?7より)


 また、ボーリングによる地殻調査では、地上で10km程度が掘削可能な深さだと言う。
 


 ※「10キロの深さの震源にどうやって核兵器を植え込むんだよ?バカじゃないの?






2011年3月21日

多国籍軍、「人道目的」でリビアに軍事介入。

 


『ベネズエラ大統領、リビア攻撃の米欧を批判「目的は石油」 』


 (日本経済新聞web刊 3月20日

 【ブラジリア=檀上誠】ベネズエラのチャベス大統領は19日、米英仏などによるリビアへの空爆について「米国は人民の命など気にしていない。リビアの石油を我が物にしようとしている」と非難した。また国連に対しても「戦争に保証を与えた」として批判した。チャベス大統領は、第三国の仲介によるリビア政府と反政府側の対話を提案していた。


---------------------------------------------------



 昨夜、3月20日、多国籍軍(米、英、仏、伊、加)がリビアを攻撃したという驚くべきニュースを目にした。
 19日に米国、欧州連合加盟国、アラブ連盟の代表者による緊急首脳会議がパリのエリゼ宮で行われ、終了後、即軍事介入に踏み切ったのだと言う。
 作戦名は、「オデッセイ(冒険)の夜明け」。
 国連安保理決議が認めた民間人保護目的の「人道的介入」である。

 ①カダフィは民主化を要求する国民の声を無視した
 ②傭兵を前面に出し、戦闘機まで動員し、自国民のデモ隊を虐殺した

 上記が大義名分だが、実際は、冒頭のベネズエラ大統領の意見が真実なのではないかと思われる。
 リビアの中央銀行はカダフィーが支配している。ロスチャイルド家が中央銀行の所有権を持っていない国の最後の5カ国である。が、昨年2月に(カダフィ大佐が1969年にクーデターを起こして以来初めて)外国の金融機関にリビア国内での開設を許可した。その途端の民主化デモに資産凍結に軍事介入である。
 また、リビアの暴動は、エジプトやチュニジアの反体制派による暴動とは明らかに違うという指摘もある。略奪や破壊工作をした一派は外国籍のもだった。リビア政府は「イスラエルとの関連を排除できない」と語っている。
 リビアを征服しようと機会をうかがっていた者たちが、機が熟したとばかりに攻め込んだのではないか。
 カダフィは反米を合言葉にアフリカ大陸を統一しようといていた。「穏健汎アラブ社会主義革命家」の時代の最後の現役指導者だ。原油の争奪戦も絡んでいる。
 http://www.infowars.com/world-cheers-as-the-cia-plunges-libya-into-chaos/

 こうなってくるとエジプトやチュニジアの暴動も怪しくなってくる。
 木を隠すなら森の中ではないが、初めからこのあまりにも決断が早すぎるリビアへの多国籍軍の軍事介入が目的だったのではないだろうか。
 

 ところで、冒頭のベネズエラのチャベス大統領だが、随分と正直な方のようである。
 以前、米国が地震兵器がハイチの地震を起こしたと発言している。
 http://www.youtube.com/watch?v=Q9QtZkT8OBQ&feature=player_embedded

 
 地震兵器が、あるか、ないか。
 私の懸案事項はすでに解かれていたようだ。




 
 地震兵器はある。
 HAARPについてはまだオカルトやSFと混同されることも多いようだが、しかし、先人が学習し、科学的に証明してくれているなら、下の記事にあるように改めて学び直さなければならない意味もないように思われる。
 地震兵器はある、という前提。それを、私の中で、決定事項とする。
 
 Kazumoto Iguchi's blog 2011年3月13日

 
 
 ちなみに、HAARPはロナルド・レーガン政権時代の戦略防衛構想の一環の研究プロジェクトとして始まったそうである。
 で、チェルノブイリの原発事故の際、大統領だったのは、ロナルド・レーガン。
 今回の福島原発で、真っ先にやって来た原子力空母の名は、やはり、ロナルド・レーガン。
 何かの偶然だろうか。それとも必然だろうか。
 
 話がずれたが、地震兵器はある、と言う前提で話を進めるとして、では、それを米国防総省が今回の東日本大地震に使用したのかどうか、という問題が次に出てくる。
 もしも、そうならば、次に、なぜ使わなければならなかったのかという疑問が生じる。
 
 
 結論から言えば、私の想像では、TPP参加表明を日本がしなかったから。
 というものだったが、ここにきて、リビアの話とも絡んで、もしかしたら、もっと最悪の事態かもしれないと思い始めている。
 あまりにも恐ろしい想像で不安を煽るわけではないが、やはり福島原発から「核爆発」を起こすことだ。
 次回からの記事では、東日本大地震に地震兵器が使われたと思う理由と、その目的についての理由も記していきたいと思う。
 
 
 

2011年3月20日

偽善の節電と地獄絵と。

 
 


 「多くの方に知って貰いたい福島県の今」



 被災地に電力を送ろうと節電に努めていたら、それはまったく東北人のために使われていないと聞いた。
 40年間も、福島県は都心のために電力を送り続けて、そうして震災にあって、今、原発被害を被っているのだそうだ。
 「そしてどうか、どうか、
 助けてください」
 と文章は締めくくっている。
 私は節電をするのをやめてしまおうかと思ったほどだ。
 (実際テレビをつけっぱなしにしても心が痛まなかった)
 都心の為の電力ならば、少しばかり節電したって、パチンコ屋が煌々と電飾を灯して、使うだけであろう。ほぼ非合法で、日本人の為には害でしかない彼らに使われるだけだ。馬鹿馬鹿しいではないか。

 それならば物資を送ったほうがいい。
 いつか「計画停電が出来るのは最高級の配電技術があるということ」と言う記事を読んでいて、私が節電した電力も被災地に行くものだと信じていたのだ。
 そうじゃなかった。あれは東北ではなく都心部をぐるぐる廻っているだけだった。

 今や東日本大震災の被害は、起きたばかりの津波や火災の地獄絵とは別次元の、まったく新しい地獄絵の様相を呈している。
 原発が漏れて、一か月以上の自宅待機になった時に備えて、人々は食料や日用品を大量に買い漁り始めた。スーパーやコンビニの陳列棚から物が消えた。
 被災地には物資が届かない。援助の物資はあるというのに、輸送車の手配が出来なくて輸送できない。ガソリンが足りない。なぜ、被災地にガソリンを届けないのか、政府の対応の拙さ。(アメリカからあれだけの艦隊が援助に来たのに、なぜ彼らから貰えないのだ?)
 それらから発する怒り。罵り合う人々。混乱する街。混乱する人々。

 自身の生活の確保と、自分の(身に降りかかるであろう)悲劇だけを考えているようにも映る。
 私にとって、「節電」は蜘蛛の糸でいう犍陀多(カンダタ)の「虫を踏まなかったたった一つの善行」であったはずだ。
 ところが、それもどうでもよくなって、地獄絵の中に自分も落ちそうだった。
 節電は、それは被災地に届かないかもしれない。
 その無知は確かに罪かもしれない。
 しかし、人々の祈りを形にした、唯一のものだったのではないのか。
 その気持ちさえも破壊されてしまう。
 津波による地獄絵の方がまだましだった。
 この二次的な地獄絵は、当分続きそうで恐ろしい。




地獄の窯で焼かれる様子。地獄絵の一つ。
 
 

 ところで、地獄と言うと、先日からずっと考えているのは、イエスのことだ。
 イエスキリストは、汝の敵を愛せと言ったが、こうも言っている。

 「私は分裂を起こすために来たのだ」

 地上に平和をもたらすために来たのではない、父や子、母と娘、人々の対立と分裂をもたらすためにやって来たのだと。
 なぜ、敵を愛する者たちが対立するのか。
 イエスは「魂が救われる可能性がない者」を冷酷にも切り捨てている。
 人々の魂の贖罪のために、自ら十字架にかけられたイエスだが、そんなイエスでもそのもの達だけは「愛せ」ないそうだ。そのものの魂だけは贖えないのだそうだ。
 なぜならば、彼らは悪魔の子なのだと。
 (この地上界のおけるすべての争い事や、災害は悪魔の誘いによるものであると考えられている)


 で、私は人々に地獄絵をもたらす悪魔のことをずっと考えているのだった。
 そもそも悪魔は、天上にいたはずだ。堕天使となって追放されるまでは、神の側にいたはずだった。もともとは神の子だ。なのに随分な仕打ちのようにも思われる。
 神がルシファーを追放しなかったら、敵を愛してあげていたら、地上界にもこんな地獄絵は現れなかったんじゃないか、とか。
 どうしてそもそも神の子が、救済される可能性が万に一つもないんだろうとか。
 聖書の物語は突っ込みどころが結構あるように思われる。
 ルシファーの(魂が救済される可能性のない)罪は以下の通り。
 5つの「しよう」と言うことなのだそうだ。


 『ああ お前は天から落ちた 夜明けの明星 曙の子よ
  お前は地に投げ落とされた もろもろの国を倒した者よ
  かつてお前は心に思った

 「わたしは天に上り 王座を神の星よりも高く据え
  神々の集う北の果ての山に坐し
  雲の頂に上って
  いと高き者のようになろう」

 と しかし お前は黄泉に落とされた 墓穴の底に』



 ルシファーは誰よりも高い処に昇ろうとした。
 今風に言えば、世界征服しようと思ったということか。
 それで地に落とされた。「神」から「悪魔」のシンボルとなってしまった。
 彼らがキリストを誘惑した時の文言がまた面白い。
 十日間断食してして空腹を感じたイエスの元に何者かがやって来た。
 彼らは言う。
 「神の子ならば石がパンになるように命じたらどうだ?」
 「人はパンのみで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」
 そう退けられると、今度は神殿の屋根の端に立たせて、「神の子なら飛び降りたらどうだ?」
 「あなたの神である主を試してはならない」
 また退けられると、最後にこう言うのだった。
 「もし、ひれ伏して私を拝むならば、これをみんな与えよう」
 イエスを高い山に連れて行って、世のすべての国々とその繁栄ぶりを見せてそう言った。
 まるでルシファーが地に落とされた理由と重なっている。
 イエスはこの後に、こう叫ぶのだ。
 「退け、サタン!」
 なんともかっこいいではないか。
 彼にはひれ伏す意志などなかった。
 高い処から得られる地位も名誉も権力も、要らないと言ったのだ。
 それらがあるからこそ免れることが出来る苦痛も、受け入れる覚悟があったということだ。
 
 
 
 

地獄へ落ちていく人々。ルシファーもこんなだったか?





 「人はパンのみで生きるものではない」
 実際、スーパーやコンビニのパン売り場の陳列ケースはガラガラで、耳の痛い話だが、私たちも少しでも誘惑を退けて、「魂の救済の可能性」があると言うことを、肝に念じていきたいところだ。
 もしも誰かと対立する時は。地獄絵の様相を呈したその時は。
 果たして自分は(彼らは)どちらの側だろうかと考えて見るのも一興である。







 
 
 
 

必然に導かれて枝垂れ梅を見損なう、坊主の経を聞く、七つの神々に出会う旅のこと。

   

 枝垂れ桜が見たくなって、東京都、芝大門にある増上寺を目指した。毎年、3月の3週目から4週目にかけて、それは見事に花開くのであった。
 
 その前に、大門駅傍の芝大神宮をお参りする。


錦絵で見る芝神明  
http://www.shibadaijingu.com/fla3/contents.html



 下、増上寺三門(正式名称は三解脱門、三門の中門に当たる)。
 東京都最古の建築物で、東日本最大の門と言うのがうりだが、今回の大震災の影響で、瓦が崩れたらしい。「瓦の下落の危険があるので、通過はお控えください」との立て看板があった。



増上寺の中門。東京最古の建築物。
 
徳川の葵紋が入った文化財、「鋳抜門」。

こちらも文化財の西向観音像。熱心にお参りする方がいらっしゃった。
 
幕末の絵師の五百羅漢展も開幕が延期に。


まだ蕾の枝垂れ桜、来週また来たいものだ。


 
 増上寺をぐるり周ったが、まだ時期が早かったようだ。枝垂れ桜は花開いていなかった。
 あれほど見たいと思っていたのに、その事実を知ってもそう落胆するでもない。初めから、まるで分っていたようだった。
 そもそも、咲いているかどうか、事前に調べようともしていない。例年この時期は咲いている、だから咲いているのではないかという予測だけである。
 たとえ見れなくても仕方ない。もしも縁があれば、見れるだろう。私が枝垂れ桜を見られる時ならば、巡り合えるだろう。
 そうでなかったら、たとえ願っても見ることは叶わないだろう、と。
 どこか冷めた思いでいたようだ。


 案の定、桜は咲いていない。
 
 しかし、それならば、別の理由があるはずだと感じている。
 私がここに今ここに立っている理由、ここに導かれた理由。それが必ずあるのだろう。私は大殿へと向かっていった。


 そもそも、増上寺で、今回の震災のお祈りをしようと思っていたはずだった。
 久しぶりに七福神巡りをしたいものだと、前夜に考えていたはずだった。


 

芝東照宮。家康が祀るよう遺言した等身大の寿像がある。
 
社殿。明治初期の神仏分離で増上寺安国殿から別れて東照宮と称された。

神木のオオイチョウ。家光が植えたとされる。



 七福神とは七柱の福徳の神々で、大黒天に布袋に蛭子様、私たちに馴染み深い神様だ。私は、それらの神々を巡る旅をよくしたものだった。なぜ、七福神なのかと問われると、それが一番手っ取り早かったからで、私はブームの「七福神巡り」を言い訳にして、純粋に、巡礼の旅をしているつもりだったのだ。
 見知らぬ街をよく歩いた。道に迷いやすい私は、なかなか目的の神々を見つけられなくて、最期の寺社に辿りつく頃には日が暮れてしまいそうな時もあった。
 増上寺に行く前夜、私はふとその時の熱い願いの思いが消え失せている(ように感じられた)と共に、なぜ、そんなに一心不乱に神々を探し求めていたのかと疑問にさえ思ったものだ。
 これは悪い傾向なのかもしれない。熱意、目的意識の低下や怠惰や、そんな褒められたものではないのかもしれない。
 しかし、ふと思ってしまったから仕方ない。
 神々は、探さずともあるものではないか。
 もしも巡り合えるならば、枝垂れ桜と同じように、私の元へ訪れてくれるのではないか。
 私を導いて、そこへと連れて行ってくれるものではないか。
 人々やこの地のためにと思っていた、以前の私こそが、実は「言い訳」であって、自分のために奔走していたような、私のところへ訪れたくもない神々を無理やり追いかけては求めていたような思いがしてきたのだった。
 
 「門をたたきなさい、そうすれば、開かれる」
 
 イエスは確かそう言った。
 しかしこの「門」と言うのはずいぶんと気まぐれで、開く以前に探していても見つかる時と、見つからない時があるようだ。「羅生門」、「狭き門」、「門」。あらゆる人々が門を書いている。
 入り口は、見つからない。入り口は閉じられている。
 で、私は一心不乱に探しているのが人々の為なのか自分の為か、というずいぶん以前に解決したはずの疑問から発して、もしも、私にその資格があり、本当に求めているならば、門は自然と、まるで導かれるように自然と、私の前に現れるはずだという、運命論者のような、冷めた思いがしたものだった。
 確かに悪い兆候かも知れない。が、裏を返せば、運命による必然を強く意識し始めたということだ。以前よりも、それは私にとってはいいことのようにも感じられる。
 わからない。こちらが「言い訳」かもしれない。
 答えを求めるように、私は増上寺に立っていて、そうして、枝垂れ桜の代わりに大殿で、「南無阿弥陀仏」の念仏の合唱を聞くことになるのだった。
 
 

円山稲荷大明神。増上寺の裏鬼門の、丸山古墳の上にある。
鎮守の大明神、お稲荷様。
芝丸山古墳の上には伊能忠敬の偉業を称える石碑がある。

徳川将軍家歴代の尊牌を護る妙定院。

災除地蔵尊。戦災に遭うまで江戸南方四十八所地蔵尊参の一つとして親しまれていた。

京都伏見稲荷より分祠した伏見三寳稲荷神社。


 経と言うのは、歌に似ている。九人の僧侶が唱える念仏はハーモニーだし、読経の際の打楽器の音色も美しい。何より、どちらも腹に響く。
 大殿でお祈りをしていたら、ちょうどこの読経が始まったのであった。誰もいないステージに太鼓の音が響き渡り、端から十人の僧侶が登場する。左右に分かれて、四人ずつ座り、中央に法師(端の8人とは違う高僧のいでたちの者)と小姓のような青年との二人が鎮座する。
 震災の為に祈りを続けていた私はこの太鼓の音にぎょっとしたものだ。
 説法を聞いたらお金を取られるのだろうか、この座ってステージを待っている方々は檀家の皆様だろうか、自分は場違いだから去らなければ、と感じながら、私はふらふらと椅子に座ってしまうのだった。
 うまい具合にちょうど読経や説法が始まるのも必然で、私は枝垂れ桜ではなく、これを聞くためにここに導かれたのかもしれない、などと都合よく考えている。
 それでも、美しい読経と打楽器の音色によって、私は霊的な体験をした、とでも書けば感動的なのだが、そうもいかなかった。腹に響く音は確かに素晴らしかった。暫くは鳥肌が立って、震えが走ったものだった。経も素晴らしいが、増上寺の大殿の金箔の装飾品に溢れたあの眩い空間も、神秘的な思いを満たすには十分だった。
 しかし、私の思いを崩したのは小坊主が経の途中で立ち上がり、
 「皆さん、これからお焼香のお時間になります。どうぞ右側の方から順番になさってください」
 と穏やかならぬ緊張した趣きで宣告した時からだった。
 私の霊的体験は、すぐに退屈な儀式に取って代わった。荷物を置いてきたが、盗まれないだろうか、とか、順番を間違えたようだ、まだ左の前列の方が終わっていないのに、並んでしまったとか、私は神秘とは程遠い、俗的なことばかり考えていたのだった。
 私の前列の方はなかなか立ち上がる気配がないので、焼香をする気がないのかと思っていたら、最後の最後、左右の皆が祈り終えた頃に立ち上がって、焼香に行った。それで、また意気消沈している。自分はここにふさわしくないならず者だと感じている。
 法師は美しい読経の後で、東日本大震災について話を始めた。震災から一週間たったこと。心を痛めていること。耳を傍立てても、マイクの音が小さくて、肝心の話が聞き取れない。
 最期に、・・のために唱えます、全員で祈りましょう、と聞こえた。
 「皆様手を合わせてください」
 急いで両手を合わせた。目を瞑り、そうして暗闇の中から、法師と人々の祈りの歌が響いてくるのだ。
 私も経を唱える。まるでぶつぶつと、人々の声に合わせて、歌っている。
 この祈りが、届きますようにと願っていた。

 


 霊的体験もない、ただ、枝垂れ桜を見に行って、坊主の経を聞いた、自分も経を唱えた(生まれて初めて!)と言うだけのことであった。
 不思議に感じたのは、七福神ならぬ、七つの神々に出会えたことくらいか。
 芝大神宮、増上寺から始まって、さぁ、帰ろうと思うと、ふと先に寺社が見えるのだ。
 繋がるようにそれらに導かれて、私はちょうど七つの神々をお祈りすることが出来たのだった。

 偶然だと笑うだろうか。
 さすがに最後の、赤羽橋の駅前のど真ん中に「伏見三寳稲荷」を見つけた時は驚いたものだ。こんな街中にあるはずがないと、その頃にはこの偶然を意識して七つ目の神々がいないものかと目を凝らしていた私もさすがに見逃しそうになったものだ。
 交差点の隅に小さな稲荷を見つけた私は、青信号の交差点を駆けていく。
 小さな鳥居が導かれた門のように思われて、無心にも嬉しく思えたものだった。
 

 この戦争を、日本が乗り越えることが出来ますように。
 震災地の方々の命が一人でも多く救われますように。
 一日でも早く陽気が暖かくなりますように。
 早く復興しますように。
 どうかお守りください。

 向こうから現れた神様だ。
 私を導いてくれた神様だ。
 少しくらい不躾に願いを込めても、文句は言わないだろうと思っている。
 私は図々しい「言い訳」を、念入りに頼み込むのだった。
 念入りに。七つの神々に。すべての神々に。
 思いを込めて。

 どうか私たちをお救いになってください。






 

 
 
 

2011年3月17日

どうなる日本! 起きるか核爆発。 ~東日本の被災者を人質に、核爆発を脅される日本の現状を思う~

    
   
  

 福島福島第一4号機がまた爆発したそうだ。

 
 福島第一原子力発電所で15日朝、新たに4号機の建屋で火災が発生した。その後、鎮火したが、火災の原因はわかっていない。
 「東京電力」などによると、15日午前6時頃、爆発音があり、4号機の建屋の4階と5階の屋根部分に損傷が見つかった。15日午前9時半過ぎには、建屋の4階から火が出ているのが確認された。その後、15日午前11時頃、自然に鎮火したという。火災の原因についてはわかっていない。
 4号機は、地震発生当時は定期点検中で運転していなかったが、建屋の4階と5階の間にある使用済み燃料プールには783体の使用済みの燃料が貯蔵されていたという。
 (『福島第一4号機は自然鎮火 火災原因不明』3月15日



  東京電力は16日、福島県の災害対策本部で、福島第1原発4号機の写真を報道各社に公開した。15日撮影の写真には、4号機の建屋が崩壊し、外壁素材や鉄骨ががれきの山のようになった様子が写っていた。白い煙も立ち上り、深刻な事態が発生したことがうかがえる。格納容器部分は不鮮明で、どのような状態かは分からない。

 東電の担当者は写真を指さし、こわばった表情で状況を説明。「あとで焼き増しし(報道各社に)配ります」と話した。(共同)
 (『福島4号機、外壁崩壊、がれきの山…東電が写真公開』 3月16日





 昨日と今日の記事を掲載した。上の写真は現在の4号機の様子。
 初め、原因不明の火災(しかも自然鎮火する程度のもの)とされていたが、爆発音の後に火災が発生した(=爆発した)と過激に書かれていたり、その割に何が燃えているかわからない、だったり、とにかく状況がはっきりしない。
 16日の5時45分になって、鎮火したはずの同じ場所から再び炎が上がっているのを東電職員が発見したと言う。
 不思議なのは、状況がはっきりしないまま、爆発後のような無残な写真が一枚(東電から)公開されて、高濃度放射能漏れで極めて危険な状況だ、という不安を煽るメッセージだけが大音響で流れてくることだった。
 次第に、専門家や博士たちが、この状況を丁寧に解説し始める。
 ジルコニウム・ファイア(火災)』などという大仰な名前の、米国原子力規制委員会の文献で顕れる事象を引っ張り出して来ては、まさにこれだ! と結論付ける。

 何だか、罪状だけは出来上がっているが、証拠がなくて四苦八苦しているようにも映る。
 何とか有罪にしなくては、と無理やり論理的に説明して、世論を煽っているようにも見える。

 恐らく危険な状態なのは報道通りで、東電社員や消防隊員、周辺の住民たちの安否が気遣われるところではあるが、私が言いたいのは、まるで東京裁判を彷彿とさせられるような、

 「福島原発、ギルティ!」

 という日本、いや今や世界中の大仰な判決だ。
 各国のエネルギー問題や経済問題にまで発展している、「第2のチェルノブイリ、福島原発騒動」が異常に感じられるということだった。

 特にこの4号機は震災当時定期点検中で運転していなかったと言う。
 『ジルコニウム・ファイア(火災)』というわけのわからない単語でつい煙に巻かれてしまったが、なぜ災害時稼働もしていない原発が震災の影響で爆発するのか。
  震災の後、原発騒動が起きる直前の、「直下型地震」というのも気になっている。
 後になって、まるでチェルノブイリの時と同じように、(直下型地震は)爆発によって引き起こされたものであったかのような報道に修正されたが、それも怪しいところだ。

 M9.0の地震でも、津波でも、崩れなかった。核爆発も起こさなかった。日本の原子力発電所は思ったよりも頑丈だった。
 終いには直下型地震でも持ちこたえた。
 シナリオが台無しになって、頭に来た誰かが、ついに紳士的な仮面をかなぐり捨てて、強行手段に転じた。
 第4号機に爆弾でも仕掛けたか、と思わず想像したほどであった。
 9.11のテロを連想した。
 それほど胡散臭い話の流れだと言いたいのだ。


 
 ところで、同志のブログ(アマがえる)を紹介した記事が、ここ最近のアクセス数のトップになった。
 今回も、福島4号機の爆発は人為的なものではないかという仮定が論理的に書かれていて、(私の東京裁判とは大違いだ)納得させられる。
 ぜひ前回のリンク先から、読んで頂ければ幸いである。


  
 

2011年3月15日

アメリカ様のご神託で日本崩壊寸前か?!

 
  


 未曾有の大震災そっちのけで、原発騒動一色である。


 『米紙ニューヨーク・タイムズ(New York Times)は13日、米政府関係者からの情報として、東北地方太平洋沖地震の救援活動を行っている米空母ロナルド・レーガン(USS Ronald Reagan)のヘリコプターや乗組員が被ばくしたと報じた。1時間で1か月分の量にあたる放射線を受けたという。


 この出来事で、原発から放射性物質が風に乗って飛散している事実が示されたと、ニューヨーク・タイムズは報じている。』 AFPBB News 3月14日



 昨日証拠を押さえたアメリカ様が、ご親切に言いふらしてくれた甲斐があった。
 シンガポール、マレーシア、タイでは、早速、日本からの輸入食品に放射能検査をすると発表した。


 『タイでは日本食が人気だが、ネット上ではすでに、刺身、寿司は危険といったうわさが流れている。』 (newsclip.be 3月15日



 で、更には、日経いわく「日本売り」(日経平均株価の急落)と「リスク回避的な円買い」(円相場の続伸)に拍車がかかった。





『「日本売り」は止まるのか=川路洋助』

日本経済新聞web刊 3月15日
 15日の東京株式市場で日経平均株価は急落し、前日比1015円34銭(10.55%)安の8605円15銭で引けた。ほぼ全面安の展開となり、前日比での下げ幅は一時1392円とリーマン・ショック後の2008年10月16日(1089円)を上回る場面もあった。福島第1原子力発電所事故の影響拡大に対する懸念が、投資家の日本株全体に対するろうばい売りを招いた形だ。この「日本売り」は止まるのか。







『為替概況外為12時 円、続伸し81円台半ば 一時急落、介入との見方なし』
日本経済新聞web刊 3月15日

 15日午前の東京外国為替市場で、円相場は続伸した。12時時点は前日17時時点に比べ54銭の円高・ドル安の1ドル=81円55~59銭近辺で推移している。原発事故を背景に日経平均株価が連日で急落したことを受けて、リスク回避的な円買いが膨らんだ。円は一時81円22銭前後まで上げ幅を広げた。東日本巨大地震の影響で、国内勢が手元の円を調達するために外貨資産を売却して円に戻すとの観測も円相場を下支えした。

 東京電力の福島第1原発では爆発や出火といった事故が相次いだ。菅直人首相は「放射能濃度がかなり高くなっており、さらなる漏洩の危険性が高まっている」と指摘。原発事故への懸念が増したため、日経平均株価先物は1000円超急落した。香港株などアジア株が軒並み下落するなかで、投資家がリスク回避姿勢を強めるとの見方が広がった。低金利の円は相対的に金利の高い通貨に対して上昇し、対ドルでも円買いを誘った。


 
 株価は下がるし、円高だし、スシは売れなくなるし、日本経済は踏んだり蹴ったりである。
 (おかげで誰が儲けているやら・・)

 ところでブログを書いている最中に、また地震が起きた。

 今度は静岡の富士宮市、震度6強だそうだ。


 『この地震による津波の心配はないという。』 YOMIURIONLINE 3月15日


 
 それを聞いて、少しほっとした。
 津波はこりごりである。もうあの地獄絵は見たくない。


 
 テレビでは被災地の避難所から老夫婦が語りかける。
 孫の写真を抱いて、嗚咽しながら言う。
 「ランドセルもね、買ってあるんだよ・・」
 春から小学生だったのだろう。少年の行方は未だ知れていない。
 ふと哀しみが感染して、熱いものが込み上げた。
 泣き始めたらすぐに、しかし私はまったく別のことを思い出しているのだった。

 かつて尊敬して、信じていた者から、まるで禍いを呼ぶ者のように扱われた時のことを。
 情に、希望が、一瞬で潰えた日のことを。



 可哀想に。可哀想に。と嘆く心は、いつか醜い自己愛に変わっている。








 

空母ロナルドレーガン、救助活動の際に被曝か?!

 
 

 『東日本大震災:救援の米兵放射能汚染 福島原発が放出』


 【ワシントン古本陽荘、岩佐淳士】米海軍第7艦隊は14日、原子力空母ロナルド・レーガンに帰還したヘリコプター3機の乗組員17人から微量の放射性物質が検出されたことを明らかにした。水素爆発を起こした福島第1原発から放出されたものとみられる。米兵らは仙台周辺で救援活動に携わっていた。洗浄後の再検査では検出されなかったという。

 大気中で微量の放射性物質が検出されたため、の海域にいた空母ロナルド・レーガンなど救難活動に携わっている米海軍の艦船が、同原発の風下にならないよう部隊配置を一時的に変更。乗組員が受けた汚染は、自然界に存在する放射線を1カ月浴びた程度のレベルという。

 同日、記者会見したルース駐日米大使は原発事故について、「現段階で言えるのは日本側の当局と話し合っているということだけ」と述べるにとどめた。

 (毎日jp 3月14日)




------------------------------------------------------------------




 昨日の、被災時につけこんだ傍若無人な「原子力空母ロナルドレーガン」が、今度は被曝したと騒ぎ始めた。

 政府は福島第1原発の半径20キロ圏内に避難指示を出している。
 が、米海軍が言うには福島第1原発の北東沖約160キロで、なんと自然界に存在する放射線を1カ月も浴びてしまったそうだ。
 
 風下のせいもあったのだろうと報道では告げていたが、米軍側は、

「現段階で言えるのは日本側の当局と話し合っているということだけ」

 などと思わせぶりな言い様である。

 
 日本の公式発表がでっち上げだと言いたいのだろうか。
 安全ではないことを隠蔽していると言いたいのか。
 米軍は、親切にも日本国民のために暴いてくれていると言うことなのか。

 救済に来たのか、放射能汚染をばらしに来たのか、こうなってくると怪しいものだ。
 やはり米国は頼りになる、一番の友達だ、などと、素直にロナルドレーガンの到着を喜んでいる国民の発言も多かったので、尚更罪深い。









 その放射能は本当に福島原発のせいなのか。
 そもそも原子力空母なのだから、自分の船で浴びたのではないか。
 それとも、米韓の合同軍事演習の直前に日本支援に駆け付けることになったので、
(※直前のNHKニュースによると「今回の演習の責任者は『米韓両軍は、北朝鮮の大量破壊兵器を含むあらゆる脅威に備えることができる』と述べ、万全の態勢であることを強調し」ていた、とある)
 やはり万全の武器でも搭載していて、そこから汚染されたなんてことはないのか。
 このあたり、素人なのでわからないが、東日本地震の起きたタイミングに加えて、空母がやってくるタイミングまでもが、絶妙でありすぎて、疑問を抱かざるを得ないのだった。


 地震兵器が本当に存在するのかしないのか、それさえ突き止められれば。
 私の歯ぎしりするような悔しさが、間違った感情ではないということが証明される。
 この怒りは解放される。

 もしも、都市伝説などではなくて、本当に米軍には地震兵器があったとしたら。

 日本の国民をあれだけ大量に殺して、その後でぬけぬけと善人面して、核ミサイル搭載も怪しい原子力空母で救助に押しかけて、そして今度は、被曝しました。

 だと。


 もしも、本当に地震兵器があったら、そんな戯けは絶対に許さない。
 それは、テロ行為だ。
 それは、大量殺人犯だ。
 もはや戦争が始まっているとしか思えないのだった。


 しかしもしも、地震兵器などないとしたならば、私の怒りはかなりとんちんかんである。
 米軍は優しい。米国だけが同盟国だ。これからも米国の御旗本でおとなしく生きていこうではないか。

 だから絶対突き止めてやる。
 確固たる証拠がないなら、証言を100も200も集めてやろうではないか。

 悔しさと共に誓った今日。
 このままには絶対に、させない。






 

2011年3月13日

アメリカの原子力空母が被災者支援を名目に黒船のごとくやってくる日。

  


 『空母、三陸沖に派遣へ=被災者救出・医療支援-米国防総省』


 【ワシントン時事】米国防総省は11日、日本の大地震の救援支援活動に備え、空母「ロナルド・レーガン」や強襲揚陸艦「エセックス」など5隻が待機態勢に入ったと発表した。日本政府によると、空母は三陸沖に向かっているという。


 空母に日本の消防ヘリを発着させ、医療支援の拠点にすることが検討されている。また、米軍ヘリや航空機で沿岸部に取り残された被災者を救出することも協議されている。

 シンガポールに展開中の日本を拠点にする米海軍第7艦隊旗艦ブルーリッジも被災者支援準備を進めている。

jiji .com 2011/03/12-02:10



--------------------------------------------------------------------------------

  



 なにを!と頭に血が上ったニュース。
 同志のブログで発見した。
 詳しくは、彼の文章を引用させていただく。
 見やすいように改行させていただいた。(形を変えて申し訳ない)
 ちなみに、彼のブログで良く出てくる「イルミー」は造語だそうだが、個人的には「イルミナティー」を連想させられている。




 『ウィ・ドーント・ウェルカム・ユー』
 
今日NHKは災害関連特番で持ち切りだが、世界各国が東日本大震災の救援活動を申し出ており、アメリカは原子力空母を三陸沖に派遣することを決めたと言う。
 それを聞いて僕は一瞬耳を疑った。京都新聞の朝夕刊を読んでみても一行もそれに関する記述はない。
 そこでインターネットを調べてみると、複数の信頼できるソースが、今米韓演習中の空母ロナルド・レーガンを三陸沖に派遣すると米駐日大使が日本側に伝えたと報じている。それだけである。日本側がそれを受け入れるとも考慮しているとも言わず、あたかもそれが既成事実であるかのように伝えられている。
 つい最近ニュージーランドでも大地震が起きたが、ニュージーランド政府は例えば韓国の救援部隊の派遣申し出を断ったという。それが国というものである。不必要に他国の救援部隊など受け入れない姿勢は、自国民は自分の力で守るという気概の表れである。
 もちろん日本の救援部隊が受け入れられたように、自国の規律に服する信頼できる国の好意まで断る理由はない。
 だが、ニュージーランド政府は救援の名目で他国がその軍隊を自国内に派遣することを認めるであろうか?
 言うも愚かであろう。
 しかし日本はアメリカの原子力空母派遣を受け入れる気配が濃厚である。
 その空母たるや北朝鮮を牽制する軍事演習にまさに参加している艦で、北朝鮮は煮え湯を飲まされる思いがしているに違いない。
 そのようなきな臭い艦の活動を、非核三原則を有するので原則として核搭載艦船の寄港を認めたくない日本が、軍事演習直後で核搭載がグレーというより限りなく黒に近い時に、認めるなど全く国民感情を無視した論外の行為と言う他はない。
 アメリカも日本の災害を衷心から哀れんでいるというのであれば、日本側を刺激しないように海兵隊ではなく救助専門のスワットチームでも政府に派遣要請したらよかったのである。
 それを一方的な通知のみで軍隊を寄こすなど、傲慢を通り越した自国領土扱いであり、窮状に付け込んだ既成事実作りと見做されて当然である。
 これを日本政府が受け入れるというのであれば、様々な傍証が示すように現在の菅民主党政権はイルミー主導の政権であることを白状することになる。
 前原前国土交通大臣も、菅直人現首相も、在日朝鮮人の大物から法が禁じる政治資金を受けていたことが判明しているが、これは僕の目から見て己がイルミーであると自白しているのと何ら変わりなく、このような政権は国家の非常時であればこそ、一刻も早く権力から放逐しなければならない。
 アメリカは日米安保条約に基づいて行動していると言うのであれば、何故沖縄米軍基地の騒音被害訴訟で、国の賠償責任が法廷で認められた際に、安保条約に基づいて50%の資金分担に応じなかったのであろうか?
 この件一つを取り上げてもアメリカは日本を国として認めておらず、資金負担を押し付けているように日本人の苦痛を知覚する神経を欠いていることが明白である。
 そのような国が日本人の困難を見かねて助けてくれるだと?ご冗談はほどほどにして、さっさとお引取り願いたい。
 
 (アマがえる「ウィ・ドーント・ウェルカム・ユー」より
 
 
 
 
 
 

 同感だ。
 災害に付け込んで。善意を装ったとんでもない詐欺行為だ。
 詐欺・・は可笑しいか。とんでもない冒涜行為だ。
 上手い言葉が見当たらないが、日頃非核三原則を護れとあれほど騒いでいる野党はどこに消えたのだか。
 国会も予算関連法案もうやむやにしないで、「休会」を通してほしいものである。







 

幸いなる人々へ

 
 

 被災地の方々や、衝撃を受けているこの国のすべての人に向けて、
 聖書の言葉を書き連ねようと思ったのである。

 で、マタイによる福音書から、「山上の説教」を引用して、
 「悲しむ人々は幸いである・・・」
 と書こうとして、ふと可笑しくなった。


 キリストの言葉の、なんと滑稽に思えることよ。
 彼の言葉は、まるで負け惜しみか、いじめを受けた少年が、
 「ぼくは神なんだ、お前ら、今に見てろよ」
 というが如く、まるで負け惜しみか、イカレた誇大妄想狂みたいに思えて来るではないか。

 で、私は、小学校5年生の時の連絡帳を思い出したのだった。


 5年生の時、私は真面目な少女であって、少年らしからぬ、体格のいい少年たちは、まるで不良グループのようにつるんでは格好をつけていた。
 掃除当番であろうと、彼らは掃除などしやしない。
 雑巾を持つだけ持って、けだるそうに、なおざりに壁をなぞって、それからお喋りばかりしていた。
 別に掃除をしたくないわけではなかったと思う。ただ、みっともなかったのだろう。真面目に、掃除をすると言うことが。リーダーの少年は、誰かが真面目に掃除をしようものなら、笑い飛ばしたものだった。
 私は、そのことに頭に来ていたわけではないが、明らかに「掃除をする人=バカ(もしくは先生の犬)」のような雰囲気がクラス中に出来上がっていることが不愉快だった。
 綺麗な教室を、クラスのみんなで作ること。
 教えをうけるその場所に感謝の意を込めること。
 そんな難しいことを思ったか知らないが、そちらの方が正論だと思ったか。
 連絡帳に書いたのだった。
 「掃除をするのは、みっともないことですか?」

 まるで論文のような長い、疑問を訴えた連絡文だった。
 班の全員で回し合うそのノート、もちろん私の班には彼のリーダーがいたから書いたのであって、そして数日後、その内容に食らいついたのは彼ではなくて先生だった。

 「〇〇さんがとても良いことを書いています。皆さん、見習いましょう!」

 リーダーは不愉快そうにうめいて、侮蔑の視線を投げたものの、私には何一つ手出し出来ない。なぜかわからないが、私は少女の時そう言った少年たちからいじめを受けたことがない。そういう存在ではあり得なかった。(今思うと不思議だが距離感のせいか)
 彼は、忌々しそうにこう呟いただけであった。
 「まったく・・真面目なんだからな・・」
 
 もしくは、「カタブツ」だったか、それとも「先公の犬・・」だったか、覚えているのはあからさまな誹謗中傷や非難の言葉ではなくて、「仕方ねぇなぁ・・」という諦めの調子であったということ。
 そして、そのあと数日間は、なおざりに撫でるだけの掃除から、ちょっとだけ真面目に雑巾を動かしていたということくらいか。
 その時、私は初めて、文章の力を思い知った。
 体の小さな、まともに少年と口もきけない私が、彼らの行動を変えた。
 もちろん先生の後押しがあったからで、そのこと自体は未だ腑甲斐ない思いだが、しかし、逆にあの時先生が取り上げなかった方がむしろ、彼らには届いたのではないかと思えたりする時もある。実際にはどうだったか。

 数日後、ほとぼりが冷めたリーダーはまた掃除をしなくなった。時々は張り切って、廊下を拭いていた。やったり、やらなかったり、掃除を笑い飛ばしながら、そういう風潮をクラスに作り上げながら、自分の気分で行動し、意のままに、楽しんでいた。
 彼が交通事故で亡くなったと聞いたのは、高校生の時だったか。
 中学生の時に、彼と付き合っていた幼馴染が泣きながら電話をかけてきた。
 「バイクで、車と接触して・・」
 即死だったという。



 
 キリストの言葉は滑稽である。
 まるで負け惜しみか、誇大妄想狂に聞こえてくる。
 私がそう思うのは、彼の言葉を笑い飛ばす、あの時のリーダーのような風潮が、この世界にあるからだろう。
 神の国だと説いて、祭りの場になると奇抜な色のプラカードを掲げては現れる奇妙な団体や。
 愛国心だと訴えて、妙な宣伝カーで騒音をばら撒きながら夜中に走り続ける右翼や。
 風潮を利用する者たち、「滑稽」を通り越して「異常者」にさえ、正論を格下げしてくれる者たちも多い。
 
 おかげで私たちは、間違ったことをするのが当然のようになってしまった。
 まるでそれがカッコ良くて、「先生の犬」ではなくて、仲間と繋がり合えて。
 本当に物の価値をわかっている、イケた自分であるかのように思うようになってしまった。
 誰かを笑い飛ばすことで。

 
 私は小学生の時と全く変わっていない。
 なんでそんな風潮なんだ?

 「掃除をするのは、みっともないことですか?」

 誰が、真面目に掃除をしたくても出来ない、そんな雰囲気を作り上げたのだ?
 なぜ、みんなそれに従うのか?
 
 そんなことばかり考えて、未だ文章に書き続けている。





 この世界では、正しいことを言うものは笑い飛ばされる。
 この世界では、正しいことをすると異常者とされる。
 この世界では、正しいことを言うと磔にされる。
 

 皆、それを避けるように、「風潮」を探して、「雰囲気」を壊さずに、イケてる自分を創り上げる。
 

 ところで、キリストに話を戻せば。
 彼の物語が、魂の救済の物語と知っている人はどれだけいるだろうか。
 
 キリスト。キリスト教の神。油を注がれた者。人類の罪を贖う(あがなう)ために、神が遣わした者。
 経典は新約聖書。旧約聖書もその一つだが、こちらはユダヤ教の聖典。百科事典を引くと、「旧約聖書(この呼称はキリスト教徒によるものであることに注意)」と、意味深く書かれている。
 個人的には、キリストの贖罪の物語である新約聖書と、イスラエル神の「ヤハウェ(エホバ)」の物語である旧約聖書は別物だと考えたい。
 当blogではキリスト教といえば、新約聖書を経典とする神の教えであると考えて、キリストの言葉だけを取り上げたいと思う。

 笑い飛ばさずに、彼の言葉を、誰か聞いてくれるものはあるか。
 滑稽であるという背景に、誰がどれだけの金を使ったのか。その風潮を創り上げたのか、そんなことに思いを馳せながら、引用したいと思う。

 ところで、汝の敵を愛せと訴えたキリストが、絶対に赦さなかった存在がある。
 私はそのせいで、未だ「彼が滑稽である」という風潮が、「普通の人々」にあるのではないかと思っているがどうだろう。
 どうして、キリストは、その敵だけは決して赦さなかったのか。
 私の興味と、疑問は、ずいぶん以前からその一点に絞られている。



 
 幸い

 心の貧しい人々は、幸いである、
 天の国はその人たちのものである。

 悲しむ人々は、幸いである、
 その人たちは慰められる。

 柔和な人々は幸いである、
 その人たちは地を受け継ぐ。

 義に飢え渇く人々は幸いである、
 その人たちは満たされる。

 憐れみ深い人々は、幸いである、
 その人たちはみな憐れみを受ける。

 心の清い人々は幸いである、
 その人たちは神を見る。
 
 平和を実現する人々は幸いである、
 その人たちは神の子と呼ばれる。

 義のために迫害される人々は、幸いである
 天の国はその人たちののものである。

 私のためにののしられ、迫害され、
 身に覚えのないことであらゆる悪口をあびせられるとき、
 あなたがたは幸いである。

 喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある。
 



 今この災害で辛い思いをされている方も、だからこそ希望は残されている、幸いであるのだ、と言いたくて引用したが、そぐわなかったか。彼の言葉には、「思い悩むな」、「求めなさい」、「人を裁くな」等々・・素晴らしいものが多いので、迷わされる。
 被災地に聖書を数ダース送りたいくらいだ。
 笑い飛ばさずに、皆で読み上げてくれたらば、どんなに嬉しいことだろう。


    
 

 

豚はリスクを背負うな、ただ餌を食べていろ!

 
  
 

 日本、売り込み困難に 崩れた耐震の信頼

東京新聞2011年3月13日 朝刊



 東京電力福島第一原発で、原発事故としては最悪の事態である「炉心溶融」が起きたとの見方が強まり、日本の原発の“耐震安全神話”が崩れた。日本が「インフラ輸出」として、官民一体で取り組んでいる海外への原発売り込みにも少なからぬ悪影響を与えそうだ。


 原発は放射性物質の漏れを伴う大事故のリスクと隣り合わせだが、世界的な地球温暖化問題への取り組みの中で、二酸化炭素(CO2)を排出せず石油代替エネルギーとして存在感を増している。

 東電など日本の電力会社の運転技術や日立製作所など原発メーカーの技術力は世界のトップレベルにある。地震大国でありながら、深刻な事故を起こしていなかったことがその評価の背景にある。

 政府や電力会社、メーカーは、この高い技術をウリに、積極的に原発の輸出を行っている。建設とその後の保守・点検までを組み合わせた「パッケージ型インフラ輸出」は、政府の新成長戦略の柱の一つ。昨年十月にはベトナムでの受注が決まり、トルコとも他の国より優位に交渉を進めている。

 今回、未曽有の大震災がきっかけとはいえ、高濃度の放射性物質が外部に漏れ、日本の原発の耐震性に疑問符が付いた。国内でも「原発は危険」という声が再び高まり、新規建設がますます困難になる可能性もある。



----------------------------------------



 昨日の繰り返しになるが、もう一度書かせていただきたい。
 今朝になって、政府の対応よりも、東京電力の体質を叩く記事を多く目にするようになって、どうも妙な方向へ動いているように思われるからだ。
 そっちじゃない、と私なりに警告したい。


 上の記事をまとめると、日本の原発は、

 「二酸化炭素(CO2)を排出せず石油代替エネルギーとして存在感を増してい」た。



 その背景には、日本の技術と安全性があった。
 
 日本の「原発メーカーの技術力は世界のトップレベルにある。地震大国でありながら、深刻な事故を起こしていなかったことがその評価の背景にある」


 だが、今回の地震で、その信頼が揺らいだ。  

 「今回、未曽有の大震災がきっかけとはいえ「原発は危険」という声が再び高まり、(新規売り込み先でも国内でも)新規建設がますます困難になる可能性もある。
 
 
 
 
 
 代替えエネルギーの開発に成功しているのは、どこの国か。
 
 石油エネルギー(支配)による秩序を護りたいのはどこの国か。
 
 誰かが原発の発展によって生じる新たな秩序を快く思っていない。
 
 
 都市伝説と言われても仕方ないが、私は、チェルノブイリと同様に、誰かが今回の事故を誘発させた可能性を否定できないと思っている。
 
 それは、完全には否定できない。
 
 資源の不足と地球温暖化、二つの問題を同時にクリアできるのは原子力エネルギーだったはずだ。
 地球の為に、人類の未来のために、それは必要なはずであった。
 
 安全性というリスクを問うには、最大級の効果のある今回の「あまりに都合のいい」出来事に、私は疑問を抱く。
 
 政府は災害の緊急対応だとして、(災害対応の補正予算を組む為に)早急に、2011年度の予算案と予算関連法案を成立させるべきだと迫っている。
 
 予算関連法案成立に、(首相辞任を問われるはずの)外国人献金問題の立ち消えに。ずいぶん、災害の恩恵に授かっているようにも映るがどうだろう。
 
 
 
 それは、完全には否定できない。


 今回の未曾有の大災害。
 もしも、新秩序を快く思わないものが存在する可能性が残されていたとして、そのものが授かる恩恵はいったいどれほどのものだろう。
 
 
 発想が飛躍しすぎだと、あなたは呆れるだろうか。
 
 
 しかし、テレビの中でしか見ることが出来ない被災地のあの惨状を、私がどんな思いで見つめているか少しでも伝わればいいものを。
 
 東京電力を叩いてる場合ではないだろうと。
 
 
 この歯ぎしりするような悔しさを国民全員に伝えたい。
 それが無理ならば少しでも、伝染して頂けたらありがたいものを。
 
 
 
 
  

2011年3月12日

未曾有の大震災で、原子力発電所が爆発!

 
 

東日本大震災:「日本最悪の日」…国際社会に衝撃


 東日本大震災から一夜明けた12日、大津波による惨状が次第に明らかになり、さらに被災した福島では原発の放射能漏れを伴う事故が発生、各国メディアは「日本最悪の日」などと、驚きを持って大々的に報じた。各国政府は日本への震災支援に動く一方、旧ソ連の「チェルノブイリ原発」を想起させるような事故に、重大な関心を持って成り行きを注視している。


毎日jp 3月12日





 大地震から一夜明けて、被災地の惨状が明らかになった。
 水没した町。壊滅的な被害を受けた福島県や岩手県の映像が次々に映し出される。
 亡くなった人々、避難したした屋上に未だ取り残された人々。孤立した人々。
 正直、これほどの規模だとは思わなかった。想像を遙かに超えた事態に、恐怖と、そして憤りを覚えた。


 50カ国の国々が支援を申し出てくれたと聞いた。
 米国と韓国の軍隊が救援に来てくれると聞いた。
 いつの映像なのか、白人の兵隊が物資を運ぶために投げ込んでいる。食糧入った荷を荷車に放り投げる。
 体格の良い、小奇麗な彼らの、鷹揚で、無関心なその様が、まるで農夫のように見えたものだ。
 あれは救援と言うよりも、農場の家畜に与える餌を運んでいると言った方が似つかわしい。
 その表情からは正義も救いも同情も、何も読み取ることはできなかった。
 機械的に、まるで薄ら笑いを浮かべる様に。ぽん。ぽん。と、荷が積まれる様子に。浮かんで来た単語は「優越性」くらいだろうか。
 思ったものだ。こんな人たちから、救助されるのは、嫌だ。支援されるのはごめんだ。
 なぜ、救助されなければいけない事態に陥ったのだ。
 



 今の被害だけで十分だというのに。
 この大災害には、しかし、意外なおまけがあったのだった。


 12日午後、3時36分、東京電力福島第1原子力発電所1号機で爆発が起きた。

 直下型地震を受けた後、すぐの爆発。
 まるでチェルノブイリ原発事故を彷彿させるとして、日本中を、国際社会を震撼させた。


 踏んだり蹴ったりではないか。


 こんなニュースも。

 『日立が東証1部出来高4位、海外原発受注新会社の概要明らかに』


 こんなニュースも、おじゃんだろうか。

 『三菱重工、シティは、来期には大型案件の受注も可能となると』





 
 もしかしたら、これは大災害のおまけではなくて、これこそが大災害の目的だったのではないかと思われてくる。

 だから、三陸沖が震源か。
 だから、福島だったのか。


 
 
 
http://promotion.yahoo.co.jp/charger/200705/contents07/theme07.php


http://www.enecho.meti.go.jp/topics/hakusho/2010energyhtml/1-1-4.html
 


『最近、原油が高騰しましたよね。以前、2回あったオイルショックのときには電力をどうするかが大問題になりました。でも、今回の原油高騰ではそれほどの騒ぎになっていません。1973年には日本の発電は約73%が石油に依存していました。それが、2004年は原子力が28%になり、石油は10%だけ。ほかに、石炭やLNG(液化石油ガス)、再生可能エネルギーや新エネルギーなどをバランスよくミックスして電力を作り出していたことが、原油高騰による電力供給の混乱を回避する要因になっているんです。』


 (※「原子力発電のこと、もっとちゃんと教えて」より)


 
  
 日本の最新技術の力で、各国の石油依存を減少させるはずであった。
 残り少ない資源の問題を解消し、より良いインフラを必要な国に提供し。地球にとっても、日本経済にとっても、現状の限り最善の選択であるはずだった。

 だが、今回の災害で、原子力発電の安全性が改めて取り上げられることになった。
 日本の技術や、科学の力そのものまでもが、疑いを持って語られることとなった。



 私は、原子力発電所の爆発による周辺の住民への被害を思う気持ちがないわけではないが、その情に駆られて、日本の技術や科学までもを疑問視したり、非難することについてはどうかと思う。
 あの荷を放り投げる白人兵のような者たちの、まるで思うツボのようで、悔しくてたまらない。


 むしろ、あのM8.8の大災害で、何の被害も出さなかった福島の発電所は素晴らしいと思う。
 「それでも無事だった」
 日本の技術の結晶ではないのか?
 

 日本の技術は優秀である。日本はしぶといことでも有名だ。




 が、その後だ。
 チェルノブイリと良く似た、直下型地震が発生したのが運の尽きだった。





 今回の未曾有の大地震の被害によって、田畑は水没してしまった。
 また野菜は値上がりするだろうか。
 原子力発電所は爆発してしまった。
 また石油は値上がりするだろうか。

 歯ぎしりするようなこの悔しさをうまく伝えることが出来ない。






 被災地の皆様のご無事を心よりお祈りいたします。



 

 
  

M8.8 巨大地震発生! 良く出来た偶然のタイミングについて思う。

 


 2011年3月11日、東北・太平洋沿岸でM8.8の、(明治以降)過去最大級の地震が発生した。

 


ルース駐日米大使と仲井真沖縄県知事(右)





 『ルース駐日米大使、沖縄訪問し知事に謝罪 ゆすり発言』(asahi.com 3月10日


 『米軍協力の用意ある ルース大使が申し入れ』(msn産経ニュース 3月11日



 一日違いで、頭を下げたり、上から見下ろしたりと、ルース大使も忙しそうだ。
 昨日、さっさと沖縄から出て行ってくれ、と強気に出た私も、今日になったら、やはり米軍の協力が必要か・・ と情けない気持ちに陥った。

 なんというタイミングで、自然災害は起こるものか。

 この突発的なニュースがなければ、今日は衝撃的なニュースが国中を駆け巡るはずであった。




 ↓   ↓   ↓   ↓   ↓











菅首相に外国人献金。
「日本人と思っていた」



外国人からの違法献金問題で答弁する菅首相(11日午前、国会で)





 菅首相は11日午前の参院決算委員会で、自らの資金管理団体が在日韓国人系金融機関の元理事から献金を受けていたことを明らかにした。

 政治資金収支報告書によると、献金額は2006年と09年に計104万円となっている。
 政治資金規正法は外国人からの寄付を禁じているが、首相は「外国人とは知らなかった」と述べ、辞任の可能性を否定した。

 外国人からの政治献金をめぐっては、前原誠司前外相が在日韓国人女性から献金を受け取っていたとして外相を辞任している。

 野党側は首相の責任問題を厳しく追及する構えで、首相の政権運営はさらに厳しさを増しそうだ。


 YOMIURI ONLINE 3月11日

 

------------------------------------------------------------------------



 
 外務大臣の次は、国の首相が外国人献金か。
 今日の朝、同志のメルマガで知って、心底ぎょっとしたものだ。
 あれだけ繋がっているのだからあるのだろうな、と想像してはいたものの、実際にニュース記事になるかならないかでは全く意味が違う。
  
 また、数日前、同じく外国人の献金問題で前原外相があっさりと辞任しているだけに、今回だけは菅首相も終わりかと思われた。
 外相同様に、野党からも国民からも責任を問われることだろう。



 ところが、地震である。


 津波で沿岸町が呑み込まれる映像は凄まじいものがあった。
 200人から300人の遺体が見つかったという。

 東北の過疎地の町の被害も酷いものだった。
 村起こしや復興にどれだけ力を注いでいたとしても、あれでは一瞬で終わりだ。努力は水の泡に帰し、町の未来の希望はまた奪われたことだろう。
 
 そうはいっても、逞しい人間のことだ。また一からやり直すさ、と楽観的に捉える私と。
 いや、このまま、これをきっかけにこのまま、日本からはますます人が消えていくのではないか。廃墟の町が増えていき、田畑は荒れ果てて、そして、そこには外国人が溢れていくのではないか。
 そう悲観的に捉える私とが同様に存在する。

 
 菅首相さえ消えてくれれば、もう少し過疎の町もいい方向へ行ってくれるはずであった。
 無策無能の、売国TPP法案を進める、あの妙に明るい指導者がいなくなれば。
 経済は今よりも持ち直し、地方分権も進んで、町は活性化されていたかもしれない。


 彼を追い落とす絶好のチャンスを、突然の災害が奪った。
 まるで、人々の命だけでなく、国の未来まで奪っていった。
 なんといいタイミングであることか。


 本当のこれは自然災害なのか。
 ルース大使の件と言い、タイミングが良すぎるだろう。




 不審を抱いた私は都市伝説を調べている。
 
 



 以前目にした、地震兵器が使われて発生したのではないかという疑惑がある地震についての記事である。

 地震兵器が使われた(疑いがある)地震にはある法則があるという。
 起こった日付を割ると、皆悪魔の数字になるという。



 (以下抜粋)



 ↓   ↓   ↓





サンフランシスコ大地震(1989年10月17日)

ロサンゼルス大地震(1994年1月17日)

阪神淡路大震災(1995年1月17日)

パキスタン大地震(2005年10月8日)



で、これらの地震には、ある特有のサインが隠されています。

それぞれの地震の月と日を足してみると、「18」という数字になりますね。


1+17=18

10+8=18

サンフランシスコ大地震も、

1+0+17=18



この「18」という数字を3で割ると出てくるのは、



悪魔の数字666





※『日本が地震兵器によって脅されている可能性について考えてみる - 国際情勢の分析と予測 2006年08月29日』より



 (余談ですが、上のサイト。リンク先等にも地震兵器説の検証記事があって大変興味深く読ませていただきました)


-------------------------------------------
 
 
 
 
 
 今日は、3月11日。
 足しても、14にしかならない。そりゃそうだろう。そんなことはあるはずがない。地震が兵器だなどと・・
 しかし、なぜか頭に引っかかる。怪しいと、それが必ず18であるかのような予感がしてくるのだった。
 ためしに西暦を足してみる。

 2+0+1+1+3+11=18

 「18」という数字を弾き出した時、思わず鳥肌が立ってしまった。
 
 もしかしたら。
 100%信じられるわけではない、でも、もしかしたら。
 偶然にしては良く出来た話だ。
 何重にも、本当に、よくできた話ではある。





 

 
 
  

2011年3月11日

菅グループの重鎮、土肥氏の辞任劇と十字架的精神について。

 


 『民主・土肥氏 「竹島領有権、日本は主張中止を」 韓国議員と共同宣言』




土肥隆一衆院議員


 わが国固有の領土にもかかわらず韓国が不法占拠を続けている竹島について、衆院政治倫理審査会会長で菅直人首相が主宰する政策グループ顧問の土肥隆一衆院議員(兵庫3区)が「日韓キリスト教議員連盟」の日本側会長として、日本政府に竹島の領有権主張中止などを求める同議連の日韓共同宣言に名を連ね、韓国の国会で共同記者会見していたことが9日、分かった。土肥氏は産経新聞の取材に「個人的には、竹島は日本の領土とは一概にはいえないのではと思っている」と話している。

 (msn産経ニュース 2011年3月9日




 また民主党と韓国繋がりのニュースだ。

 問題の土肥隆一氏、菅グループの代表(菅首相が主宰する政策グループ、国のかたち研究会の顧問)であっただけに、波紋が広がっている。

 「日韓キリスト教議員連盟」の日本側代表として、日本政府に突き付けた「共同宣言」に名を連ねたという。
 共同宣言とやらがわからなかったので、骨子を読んでみた。





 ☆竹島領有権主張問題 共同宣言文の骨子☆


 一、日本は恥ずかしい過去に対し、歴史の真相を糾明し、日本軍慰安婦、サハリン強制徴用被害者など、歴史の被害者に対する妥当な賠償措置を履行しなければならない。両国の善隣関係は、真実の謝罪と賠償が出発点となる。


 一、日本は、平和憲法改正と軍国主義復活の試みを直ちに中断しなければならない。

 一、日本政府は歴史教科書歪曲と独島(注、竹島の韓国名)の領有権主張により、後世に誤った歴史を教え、平和を損なおうとする試みを直ちに中断しなければならない

 

 
 「竹島の日本の領有権を放棄しろ」と日本人が韓国と共同で声明を出した、と言うくだりが騒がれているが、骨子を読んでみると、それよりも尚更酷い。
 日本の歴史が「恥かしい過去」とは何だ。
 日本の歴史が恥ずかしい過去だと日本人が認めたのか。
 戦争犯罪による謝罪と賠償と言えばまだ(韓国の言い分を正当化する限り)聞こえはいい(かもしれない)が、要するに強請り、たかりの類ではないか。
 キリスト精神に基づく解決を試みた声明文で、「解決したければ金を出せ」、とはどういう料簡か。
 おまけに、韓国は下の経緯を無視して、実効支配をし、そのために日本人の監禁や、殺戮を繰り返した。
 どこがキリスト教的精神なのだ。
 
 
 
 ↓  ↓  ↓
 

 日本は17世紀より竹島を利用している。
 明治38年に島根県に編入した。
 昭和26年、サンフランシスコ条約草案起草過程において、竹島を放棄すべき地域と明記するよう求めた韓国の主張を米国は拒否。

 竹島は「朝鮮の一部として取り扱われたことがなく」、「かつて朝鮮によって領有権の主張がなされたとは見られない」 (米国国務次官補ディーン・ラスクによるラスク書簡より)


 昭和26年、韓国は竹島周辺で日本漁船を攻撃、乗組員を殺戮して、実効支配を始める。

 昭和40年、日韓漁業協定が成立。
 ※それまでの死傷者は44人、拉致された日本漁民は3929人、強奪された船舶は328隻に上っている。






 
 キリスト教精神や平和を損なう試みをしているのは、明らかに韓国側である。

 その上、憲法改正をしてなはらない、などと内政干渉までしている。(日本は韓国ではなく、れっきとした独立国であることを忘れているのか)

 まるで、韓国に償いをするためにだけ存在せよ、その為には国の形を変えろ(言葉的には変えるなだが)と言っているようである。

 おまけに、歴史を歪曲してるのは本当に日本なのか。
 その点では韓国にはかなわないと思っているがどうなのか。
 (これは今資料を提示できないが、以前からの自説であり、明確な事実だと思っている。今度ブログの記事にしたい)


 「許しは被害者が加害者に与えられる最高の贈り物。祖先が受けた苦痛の記憶を忘れてはならないが、 われわれがキリストの十字架精神をみせるとき、韓国と日本は本当に近い国になれるだろう」
 (韓日キリスト教議員連盟の代表を務める金泳鎮(キム・ヨンジン)元農林部長官)
 

 自分で言っているではないか。
 「両国の善隣関係は、真実の謝罪と賠償が出発点」ではない。
 キリストの十字架精神を、「互いが」みせる時だ。
 (注・韓国の執拗な誹謗中傷と内政干渉に対しては日本も被害者である) 


 
 
 それにしても、このような、日本を侮辱した宣言文に、日本の首相の政策グループのリーダーが名を連ねているとは信じがたい。
 と言うことは、菅首相の政策も、この宣言と変わらない趣旨で作られているということか。


 つい先ほど、党と国会の全役職を辞任して、頭を下げたようだが、それで事が済むと思われてはずいぶん情けない。
 日本の歴史も、国益も、何重にも損ねていると思われる。
 国会議員も辞めていただきたいものだ。

 ついでに、政策グループの張本人、菅首相も一緒に連れて行っていただきたいが。
 それこそ共同宣言で。
 キリストの十字架精神に基づいて、平和的に解決していただけないものだろうか。