2011年10月25日

家庭生活トリプルパンチか?!農林水産業再生の基本方針行動計画が確定しました。




 つい来ました、悪魔のカウントダウン。



  『農業再生、基本方針を決定…TPP交渉参加視野』
  (読売新10月25日)



  25日、政府はTPP参加を視野に、農林漁業の再生推進計画を決めました。

  どんな計画かはこちら。↓  ※リンクあり

我が国の食と農林漁業の再生のための基本方針・行動計画
  (国家戦略HPより)


 なぜかどうしても、TPPに参加することと農業再生計画はワンセットらしい。


  TPPに参加しないで、農業再生計画を推進してもらっても全然かまわないんだけどね。



  で、この二つがセットでやって来るとどうなるのか。

  まずはTPPに参加するとこうなる、というビジョンでわかりやすかったのが、 ブロガー木走正水(きばしりまさみず)さんの、

  『経団連にだまされるな!~TPPは大企業のみが肥え太るだけだ』 の記事。

 (下はその一部を抜粋しました)


このタイミングでのTPP参加は一部大企業だけが甘い汁をすい、国民の利益にはまったく繋がりません。
 輸出産業が牽引してGDP成長に少し成功したとしてもデフレが続く限り国民の生活はジリ貧ますます苦しくなるだけなのです。
 米倉経団連会長の「TPP参加は日本のため」発言は、ただの大嘘つきです。




  詳しくは記事にあるが、国民生活がますますジリ貧、というのは間違いない。デフレに、安い労働力が他国から流入するので、ますます失業者が増えることでしょう。



  で、次にセットの農業再生。
  10月21日、毎日新聞の社説『農業再生計画 具体化の道筋を早急』から抜粋です。
 

 
 今回の基本方針は、割安な輸入品に高率関税をかけて国内の農産物価格を維持する政策から、輸入品の増加による農産物の値下がり分を補助金として農家に直接支払う政策を中心に改める方向を打ち出した。関税引き下げを迫られる貿易自由化の流れに沿った方針として評価できる。
 補助金の財源は自由化の恩恵を受ける企業や家計が負担する。
 

  TPPの関税撤廃により農家が損失した分のお金(補助金)は企業や家計が負担する、とあります。

  TPPでジリ貧の家庭生活に、追い打ちをかけるように農家の損失分も圧し掛かるわけですね。

 

  おまけに基本方針には再生可能エネルギーの供給を促進も盛り込まれています。再生エネルギーの買い取り費用が高くなれば、こちらも家庭生活に負担が圧し掛かってくる。


  家庭生活トリプルパンチですね。恐ろしいです。

  日本の企業もヤバいですが、まぁ大企業については、何とも言えない。

  基本方針のPDFの最後の方に、食と農林漁業の再生実現会議の構成員リストがあります。
  世界58ヶ国に支店網を持つ巨大穀物メジャー、カーギル社系が業務提携している伊藤忠商事の会長が構成員となっているところも要注目です。





2011年10月22日

モンスターペアレント韓国の救済に思う。




  ちょっと驚いたニュースを抜粋。


  日本政府が韓国への資金支援枠を拡大したそうだ。

  日韓EPAの、たかだか「交渉」をしてもらうために、

  そこまでするのか。



 以下、【マスコミ隠蔽の掲示板】より。(※リンク先にニュースの元記事あり)


韓国、EPAに及び腰 日本政府は不満「もっと本気になって」

投稿者 : 愛信 【リンク先】  10月21日_11時41分46秒
 財務省と韓国銀行(中央銀行)間で自国通貨と引き換えにドルを融通し合う限度額300億ド ルの通貨交換(スワップ)協定を新たに創設。 このほか日銀と韓国銀行が締結している円とウォンの通貨交換協定も現行の30億ドル相当か ら300億ドル相当に限度額を拡充。 これらを含めた資金支援枠は総額で700億ドルとな る。
 詳細は【リンク先】をカッチとね
 朝鮮人は嘘も100回言えば本当になると信じていて、その為に世界各国の信頼を得る ことが出来ない。  韓国は民主化してまだ18年しかたっていないが、政治経済産業の各面で疲弊する ばかりで主だった会社は外国企業に買収されている。
 支那や日本からの借金が膨大でIMFからの借り入れも踏み倒しているので追加の借り 入れもできない、通貨ウオンが暴落して買い支える資金の余裕も無い。
 100年前に財政破綻した朝鮮がロシアの配下に入る事を防止するために日本が植民地 にして産業振興や教育の普及など資金投入を行ったが、今日再びの財政破綻した朝鮮が支 那の配下に入るのを防ぐためにアメリカが朝鮮を植民地化した。
 その条約が韓米FTA の過酷な内容として示されている。
 朝鮮はかつてのアメリカの植民地フィリピンのよう になるだろう。



  そもそも、米国と韓国がFTA交渉に入った時に、嫌な予感がしたものだ。

  どう見ても、不平等条約。かつて華夷秩序で散々中国親分の一番の子分面して、日本に威張りくさってくれたと思ったら、今度は米国親分の元で同じことをしてやがる。


 ちなみに、威張りくさった韓国の言い分はこちら。


 

  ↓


◆[社説] 韓国・日本通貨スワップ拡大は歓迎するが 


 大統領府で昨日なされたイ・ミョンバク大統領と野田佳彦・日本総理の首脳会談で
目につく大きな課題は両国の間の通貨スワップ(対等交換)を700億ドルに拡大することに
合意した点だ。
 両国は通貨スワップ規模を2008年米国発世界金融危機の時30億ドルから200億ドルに
増やしたことがある。
 これをまた大幅拡大したことはグローバル財政危機にともなう先制的対応のための
措置だ。
 ウォン・円通貨スワップはマイナス通帳のように外国為替が不足する場合、

いつでも必要なだけ利用できることで私たちの場合、危機対応能力を高めることが
できるようになった。

 両首脳はまた、両国間自由貿易協定(FTA)交渉のための実務的作業を
本格化することにしたし、部品・素材産業の企業間協力をより一層強化することにした。
 こういう一連の合意が両国間経済協力を実質的に進展させる契機になると期待する。

 韓国・日本通話スワップ拡大は韓・米間通話スワップ再推進にも肯定的影響を及ぼす
可能性がある。
 イ大統領は先週バラク・オバマ米国大統領とのワシントン首脳会談で韓・米通貨スワップ
締結を再推進する可能性があることを示唆したことがある。
 米国との通貨スワップが締結されたわけではないが再推進の可能性を見せただけでも
市場を安定させる効果を上げた。
 日本に続き、米国との通貨スワップが実際に締結されるならば外貨流動性不足状況と
市場の不安心理を同時に沈静化させるはずだ。

 惜しい点は慰安婦問題をはじめとする過去の歴史に対する日本の消極的態度だ。
 イ大統領は“歴史を忘れないで未来に進むことが韓国・日本関係の根幹”としながら

過去の歴史解決のため日本の積極的な努力を注文した。
 だが、野田総理は“大局的次元で両国関係を進展させよう”として避けた。

 野田総理が右翼指向なので予想はしたが、こういう姿勢は隣の我が国に対する
礼儀ではない。

日本が我が国と本当に近づくことを願うならば独島(ドクト)を自らの領土と言いはる
悪いクセも捨てるべきだろう。


国民日報(韓国語) 2011年10月19日18:08
  

  


  日本通貨スワップ拡大、資金支援枠拡大は大歓迎だが、

  もっと近付きたいなら(日韓EPAの交渉をしたいなら)、

  竹島をよこせ。

  ということだろうか。


  お隣の似た者同士の国にこんなことを言って申し訳ないが、

  なんとまぁ~

  身勝手な話でしょ。




  それならこちらも歴史を言わせてもらうが、

  日韓併合が終戦によって終わりを告げた時、1945年8月5日当時の日本の在外資産は3794億9900万円(S20現在の数字、外務省調査)。そのうち朝鮮分が702億5600万円。当時の1万円は184万(H18年日銀企業物価指数で計算)だから、現在価格において12兆円9271億に上ると言われている。

  また、終結の際、韓国には巨額の経済協力金を支払った。当時の韓国予算3.5億ドルの約3倍に当たる11億ドルである。

  それだけの資産を与え、経済支援を行ったというのに、今の韓国の反日ぶりはどうだ。
  いまだ返還や補償を求めて、その上、日本古来の文化まで奪おうとしている。


 日本って、すげぇ文化の国だったのねぇ 

   ↑ 韓国の日本の文化強奪ぶりはこちらの映像をご参考ください。


  そんな歴史は繰り返すみたいな真似をして支援をしても、

  やっぱり歴史は繰り返して、



  「日本のせいで、韓国は経済破綻した!」

  「補償してくれ!」


  なんて、訴訟社会の高額の訴訟トラブル並みに訴えられそうで恐ろしい。





  ※ちなみに高額訴訟トラブルの定義はこちらを参照。

 



 

大阪知事ダブル選挙へ ~思想体系の構築モトム!~







  橋下知事、大阪市長選出馬を表明 辞職願提出、ダブル選確定

大阪府の橋下徹知事(42)は22日未明、大阪市長選(11月13日告示、27日投開票)へのくら替え出馬を正式表明した。府庁で記者団に「(市長選に)出ます。大阪市役所の体制で『大阪都』構想を進められるのは僕しかいない」と強調した。
表明に先立ち橋下氏は府議会議長に任期途中での知事辞職願を提出。議会の同意を得て10月31日付での辞職が決まった。府選挙管理委員会は臨時会合で11月27日の知事選実施を決定、市長選とのダブル選が確定。
これを受け各党ともダブル選に向けた準備を加速。大阪市長選には再選を目指す平松邦夫市長(62)らが既に出馬を表明している。







  橋下府知事が大阪市長選に出馬するそうだ。
  わざわざ知事を辞職して、同じ府の市長になる。不思議なことのようだが、そうしないと大阪府をより良くすることが出来ない。なんとしてでも『大阪都』構想を成し遂げるのが目的だという。

  正直、私はこの方、タレント(弁護士)時代からそう大した好印象は抱いていなかった。
  どちらかというと、アナーキーだなぁ・・ と嫌いな方か?
  業界の秩序をまるで無視したような彼が、大阪の秩序を創り上げようとしている。


『大阪都』構想を進められるのは僕しかいない」と強調した。 (冒頭記事より抜粋)


  何だかやっぱり不思議というか、強烈な個を持つ者の理想、その使命感の力というものに感心せざるを得ない。

  (彼が戦っている組織側では、こうはいかないだろうから)

  目的のために手段を択ばない、というえげつささえ、志の高さに思えて来る。



  だから、もしも、


  橋下知事がこの目的を無事成し遂げたとしよう。

  現大阪市長と役人たちが、目を丸くして、歯ぎしり姿を想ってみよう。

  私は、その想像をそのまま国政へと映し変えてみる。

  もしも彼が理想を、彼の使命をなすことが出来たならば、

  そんな彼なら、きっとこの国をも良くしてくれるだろうと。

  そう期待してしまう自分がいる。

  (その時は、タレント時代の悪印象を撤回しよう・・)




  ところで、彼の経済学者、吉川元忠氏がこんなことを言っている。


「私はもうアメリカにはソフトパワーがないと思っています。では日本のソフトパワーはいったい何かというと、それはも半導体やデジタル技術などではなく、最後は思想だと思うのです」

「だけどこの思想というのが、日本人は苦手ですね」

「この混迷の世界の中に、日本の伝統と歴史に立脚しながら、しかも国際的な普遍性を要求できるような、日本初の思想とはいったいどういうものなのか。そういう巨大な思想体系を構築するのは、ものすごく大変な仕事です」

「到底、私にはそんなことはできません。四十代、五十代の若い人に取り組んでもらいたいと思っています」




  氏は、この言葉を残した後に亡くなられた。

  私はこれが彼の唯一の願いであり、遺言だと思っている。

  若い世代に託していかれたのだと。


  混迷の世界の中において、その世界の秩序と対抗しうる思想を早急に構築しないと、日本は危ない。


  吉川氏は「巨大な思想体系を構築」する者を四十代から五十代と言われたが、個人的には二十代でも、三十代でも、年齢は関係ないのではないかと思う。

  思想を持つ者は、いや、理想を持つ者は、強い。
 


  大阪知事のような人々が使命感を持って、

  僕しかいない、と考えていただきたいものだ。









2011年10月21日

泣いて、笑って、元気に立ち上がろう!




  えー

  かっこいい映像を見つけたので、


  2本連続で行ってみましょう。




  何だ、またとyoutubeの貼り付けかよ。んな時間ねぇよ、

  と思ったあなた。



  かっこいいだけじゃないんですよー



  タイタニックより、ニューシネマパラダイスより、


  泣けます。



 



 

  まず、Soichiro Koriyama さんの、「wave」






 


  それから、この映像の後は、


 

  こちらです。


  (念のため、私は党員ではありませんが、)


 
  じんときますよ!







 





     


  おまけ。



http://www.tachiagare.jp/

 

  まるでギャグとしか思えない、平沼さんの「たちあがれ」拳です!



 





TPPの正体見たり枯れ尾花?! ~もしくは死ね死ね前原政調会長~




  「TPPお化け」の恐怖感をかきたてている!

  と民主党の前原誠司政調会長に怒られそうですが、TPPです。




  幽霊の正体見たり枯れ尾花
(ゆうれいのしょうたいみたりかれおばな)



  ということになればいいんですが、

  実際詳しい説明もなく、国民はよくわかっていないと思います。


  ちなみに私は、農業が壊滅する可能性があるだけで、

  私は国の滅亡を促す愚策だと思っていますが、

  私の考えは置いておいて、


  では、幽霊(TPPお化け)の

  正体を少し探してみましょう。



  以下の赤文字は、衆議院議員斎藤やすのりさんのブログからの抜粋です。

  TPPが国にとっていいか悪いかを判断するには、

  先に米国とFTA交渉に入り、間もなく批准する韓国と比べるといい、

  というお話です。

  (TPPは米国の二国間のFTAと殆ど変わりがありません)


  で、韓国のFTAの内容について、

  斎藤さんは驚いたとおっしゃっています。



 (斎藤さんブログ抜粋のFTAの内容)



  米韓FTAの驚くべき内容


(6)Non-Violation Complaint:
米国企業が期待した利益を得られなかった場合、韓国がFTAに違反していな
くても、米国政府が米国企業の代わりに、国際機関に対して韓国を提訴で
きる。例えば米の民間医療保険会社が「韓国の公共制度である国民医療保険
のせいで営業がうまくいかない」として、米国政府に対し韓国を提訴するよ
う求める可能性がある。韓米FTAに反対する人たちはこれが乱用されるので
はないかと恐れている。



  斎藤さんの驚きと、私の驚きが一番合致する部分です。

  これは前回紹介した「サルでもわかるTPP」の3章にもあるのですが、

  つまり、

  それぞれの国の法律以上に、外国企業の利益の方が優先される

 
  ということとです。


  主権者国民を守るために存在する法律も、

  政治家(内閣)も、国会も、司法も、

  ぜ~んぶ飛び越えて、

  超越的な支配権が「外国企業」に与えられるということです。


  だって、仮に訴えられたら、判決を下すのは、

  世界銀行の中に事務局がある「国際投資紛争解決裁判所」

で、判断の基準は、

  自由貿易のルールに則っているかどうか、

  ですから。


  たとえ国益を守ろうとしても、私たちが、勝つと思いますか?

  米国の利益に反したものがどうなるのか、

  今日のニュースを見てもわかります。




カダフィ氏、銃撃戦で死亡?兵士が射殺?


 

  TPPお化けは、国の主権を奪う、最も恐ろしい政策です。

  正体を見たら、恐怖感をかきたてられるのが、まともな人間です。


韓米FTAに反対する人たちはこれが乱用されるので
はないかと恐れている。


  韓国でも、恐れられているようですよ。



  というわけで、


  TPP大賛成の前原誠司政調会長、↓









  死ね。




  (続く)











2011年10月17日

頑張って踏みとどまりましょう。~今ここに在る幸福を胸に~




  東日本震災に、一連の台風が一段落したと思ったら、今度はタイだ。
  日本は未曾有の自然災害で、踏んだり蹴ったりである。

  なぜ、こう未曾有の災害ばかりに襲われるのか。


  地球環境が破壊されているから、異常気象が多発している?

  傲慢な日本人に自然の神々が怒っている?

  いや、 太陽の黒点が少ない時期だからです、なんて分析もあるようだけれど、

  ワニやトラやヘビが逃げ出すタイで踏みとどまってる日本企業の戦士たち、






   





   

  哀れ過ぎるだろ。





   ↓   ↓   ↓   ↓  





タイ記録的洪水 アユタヤ県で100匹余りのワニ逃げ出す トラやヘビも逃げ出した可能性


  

  記録的な洪水が続くタイで、大潮のピークを迎えた16日も、断続的に強い雨が降った。バンコク中心部への被害拡大を防ぐため、当局は、厳戒態勢を続けている。

  16日、大潮のピークを迎えた首都バンコクでは、街を流れるチャオプラヤ川の水位が、例年の増水時よりおよそ1メートル高い、2メートルに達した。

  中心部での大きな被害の報告は入っていないが、郊外では各地で水の流入が続き、浸水の危機にさらされるところが相次いでいる。

  バンコク郊外の工業団地では、すぐ近くにまで迫った水が、さらに上昇を続けており、堤防の上に、さらに土のうを積み上げる作業が続けられていた。

  日系企業関係者は

「何としてもね、踏みとどまって。何億っていう設備だからね」

  と話した。

  タイでは、16日までに5つの工業団地で冠水や浸水の被害が出ていて、日系企業も、およそ300社が被災した。

  大潮のピークは越えたものの、月末にかけて、雨期明け前の大雨の時期を迎えていて、タイ政府は、引き続き警戒を呼びかけている。

  また、現地からの報告によると、バンコクに近いアユタヤ県で、100匹余りのワニが逃げ出し、保健当局が生け捕りを条件に1匹あたり1,000バーツ、日本円でおよそ2,500円の賞金をかけて、捕獲を呼びかけているという。

  このワニは、観光向けやワニ皮用に飼育されていたもので、養殖農家が洪水で避難している間に逃げ出したのではないかとみられている。

  また、トラやヘビも逃げ出している可能性もあるということで、保健当局は注意を呼びかけている。
(FNNニュース 10/17 10:32)



  タイの人々の無事を祈ります。
  また、災害でお亡くなりになられた方々のご冥福を心よりお祈りいたします。







  ところで、一連の災害が、太平洋戦争末期の日本と重なって見えて仕方がない。

  ああ大きな戦いではないかもしれないが、踏みとどまる、という点で似ている。

  日本はマリアナ~パラオ戦役の戦いで次々と破れ、アメリカ軍に島々を制圧されて、ついに最後の砦となる硫黄島にやって来た。

  本土決戦をさせてなるものか、とばかりに国民を守り、
  再度の、決定的な敗北を、現在踏みとどめているのが、心ある政治家、思想家、著名人、有志の、保守派の皆様ではないかと思われる。

  その状況でのTPPは、私には核爆弾としか映らない。


  亀井氏ではないが、このままでは日本は滅びると思う。


  国富を奪われる。経済が破たんする。
  焦土化した後に、それらはすべて乗り越えられる問題だとしても、だから金銭的な損失なんてどうでもいいじゃないかと思えたとしても、日本という国の形が消滅すること、それを奪われるという想像だけは耐えられない。


  田んぼのあぜ道はずっとあり続けてほしいし、蛙が鳴いて、稲穂が揺れていてほしい。
  内陸線のコスモス揺れる鉄道はずっと走っていてほしい。線路際の花を育てる婦人に畑を耕す老夫婦、駅舎を掃除する住民、彼らはいつまでも線路をゆく汽車を見ていてほしい。
  桜はずっと咲いていてほしい。里に、野山に、公園や学校で、ずっと私たちと一緒に生きて、毎年花を咲かせてほしい。
  日本という形が消滅したときに、文化とまでは呼べない、そういう当たり前の今ここに在る景色がいくつ残されるのか、私には疑問である。







2011年10月13日

福島の稲を持って天孫降臨するニニギノミコトの夢を見た。





  『サルでもわかるTPP

  (※リンクフリーだそうなので、是非拡散お願いします!)


  なるものを見た。


 
TPPは農業問題じゃないヨ!

放射能のように、日本人すべての上に降りかかってくる大問題!

原発よりも危険かも!!



   から始まる通りに、TPPの危険性をわかりやすく説明してくれて、製作者、ぐっじょぶ!という感じですが、ひとことだけ言わせてもらえば、


  「農業問題にすり替えているけれど、本当はもっと悪質」


  という主張はいただけない。


  農業問題が悪質のすべてなんです。


  私が思うに。


  (いや、最近なんですけど、そう思い出したんですの)




  すべてがそれにかかっていて、それがすべての象徴です。


  (他の問題は付随したものに過ぎない、と思い始めたんですの)




  なぜならこの国は、瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)が天高原の稲穂を持って降臨されたところから始まったのだ。

 
  天照大御神(アマテラスオオミカミ)が授けた稲が私たちの食べ物となり、豊かな国と、豊かな心を作ったのである。


  それは神話だ、と言われるかもしれないが、事実か物語かは置いておいて。


  私はそれが私たちの思想とこの国の原点だと思っている。


  日本人の精神構造の核であり、失ってはならない国としての根幹だと思う。


 ( だから、たかが農業とは思えないんですの。)



  農業をないがしろにすることは、私たち自身の思想も、国の歴史もあり方も、日本という国を形成していたすべてをないがしろにすることに等しいと思う。


  TPPは日本の農業を破壊しかねないから、悪質だ。


  (原発よりも危険ですの)





  ところで、福島のお米が解禁されたそうだ。

  無事放射能セシウムの基準値を下回り、避難区域を除く県内48市町村でコメの出荷が可能になった。

  ありがたいことです。

  web上では、危険だから食わない、という意見もあるようですが、そういう意見を聞くと、反骨精神が強いせいか、なにっ!と思う。せっかく実ったお米に失礼ではないかと思う。

  それなら食ってやろうでないかと思い始めた。

  まぁ、自己責任だそうだから、自己責任のもと、美味しい米をたらふく食べてやろう。
 

  で、それ以前(8月末)に解禁になった「瑞穂黄金」を買ってみることにした。


  瑞穂の国に靡く黄金の稲穂を思い浮かべるネーミングが気に入った。

  (私は山にしても、何にしても、名前にインスピレーションを感じてこだわるタチである)

 
  楽天市場で5キロ入り×2袋、送料込みで¥5,390なり。安い。



  届いて、無事炊いたら、またレポートしますの。


  (続く)


瑞穂黄金。これは広告の写真です。美味しそう!

23年の新米です!ブレンド米でもないのに安いですねぇ。


2011年10月12日

消費者の為のTPPまで待ったなしの野田首相かわら版について ~または、死ね死ね野田総理第2弾~






   死ね死ね野田総理、第二弾である。




 ちなみに、一応建前的には「地域の農業を引っ張っていく立派な経営者が、全国各地で一人でも多く生まれるようになれば、日本の農業には大きな可能性が拓けていくはずだと」謳っているのですが、野田内閣がどちらを向いているのかは、訪米中に発表した復興特区の法人税ゼロ政策で、既に周知の事実。(※復興対策と銘打ってハゲタカを誘う日本政府の怪
  農業だけは特別とは言わせない。
 (言うなら、農業系の新規外資参入企業からは法人税を取ってくれ)





  とりあえず、農家は自分の原点などという嘘八百を恥ずかしげもなく言いながら、さっさとTPPに参加して消費者に安い外国野菜を届けることしか考えていない野田首相 ↓ は。











  死ね。



 (続く)






 ↓ ↓ (以下、野田首相のかわら版より)



消費者との絆でつくる農業再生



昨日(10日)、農業再生のヒントを得るべく、ブランド米づくりや直売店の運営などで先進的な取り組みを行っている群馬県の農業現場を視察しました。突き抜けるような秋晴れの空のもと、実りの秋を身体全体で感じることができました。


民主党の代表選挙の際にも申し上げましたが、私の両親は農家の生まれです。父は富山の農家の6人兄弟の末っ子で、母は千葉の11人兄弟の末っ子。母は実家の農作業の手伝いにたびたび駆り出されました。乳飲み子の私は作業の傍らで竹籠に揺られ、眠っていたそうです。田んぼの土のにおいに、そんな幼少時の記憶が呼び起こされた気がしました。そうした意味で、農業は、自分の原点とも言えるものだと自負しています。


コンバインを運転して、稲刈りにも挑戦しました。米は、その字が示すとおり、「八十八」の苦労が必要だと言います。収穫に機械を使う時代になっても、丹精込めて作られるお米は、農家の方々の一年を通じた苦労の結晶であることに変わりはありません。


川場村にある田園プラザは、取れたてのお米や野菜、乳製品、お菓子などの直売所を設け、「農業+観光」を実践して、年間100万人以上を集め、大成功を収めている場所です。晴天の連休だった昨日も、小さなお子さん連れが数多く集まり、駐車場は県外からの車で埋まり、大きな賑わいを見せていました。世田谷区との姉妹都市関係を結んだことがきっかけとなったそうですが、「都会の消費者」と「やる気溢れる生産者」が直接触れ合い、それらが結びつくことで、こんなにも大きなエネルギーが生まれるのかと感動した次第です。


さっそく私も、村が誇るブランド米の「雪ほたか」、りんご、ぶどう、茄子などを買い求め、公邸の妻に持ち帰り、大好評でした。


今回の視察では、米のブランド化や地場ビールの米国への売り込みなどを通じて次々と新たな価値を作り出していく勇ましい話から、先行きの不透明感や後継者不足などの深い悩みに至るまで、農業の現状に関するお話しを伺いました。

とりわけ印象に残ったのは、「わが村を日本一にしたい!」と力強く語ってくれた、コメやこんにゃくを作っている37才の若き農業者の凛とした姿です。こういうセリフを真顔で語ってくれる若者は、日本全体を見渡してどれだけいるでしょうか。仕事に対する自信と誇りをもち、地域の農業を引っ張っていく立派な経営者が、全国各地で一人でも多く生まれるようになれば、日本の農業には大きな可能性が拓けていくはずだと確信した瞬間でした。


8月にまとめた「食と農業の再生」に向けた中間提言をもとに、今月中に具体的な行動計画をまとめたいと考えています。農業の再生と成長産業化のために、国としてどのようなお手伝いができるのか。将来の担い手が大きな希望をもって安心して農業に取り組むことができるよう、国としての確かなビジョンを示していきます





かっちょいい韓国の正しい歴史モトム!!




  日本の歴史を知るうえで欠かせない、「ねずきちのひとりごと」。

  いつも楽しく読んでいます。


  今回は、朝鮮半島のお話だったのですが、最近無料でもらった反日本のせいか(※過去記事参照)朝鮮の歴史に興味がありました。

  で、読んでみると、驚きました。ここにも日本の歴史が深く絡んでいたとは!


  朝鮮戦争が起こったのは、日本のせいだ、という、とんちんかんな非難をよく聞きます。

  日本は何の関係もないのに、何言ってんだ、と憤りを感じていましたが、それくらいで、大半は聞き流していました。朝鮮の内戦などどうでもいい。とにかく、「日本には関係がない」のですから。



  ところが、南北朝鮮の間に引かれた38度線には、元日本軍兵士であった朝鮮人の命がけの攻防があった。

  これは目から鱗のお話でした。

  朝鮮人、韓国人の精神構造はとにかくかっちょ悪くて、美学がなくて、理解できない、というのが持論ですが、お話に出てくる韓国軍の「金錫源」(キム・ソクウォン)の、なんとかっこいいことか!

  彼が連合軍の前で日本刀の柄をたたいり、元日本軍兵士たちによる一個師団の前で薫陶を行った様を想像すると、わくわくして、胸が高鳴る思いでした。


  これぞ、日本男児。男の気概と誇りと美学があるではないですか。

 

  とても面白いお話なので、是非読んでみてください。



 李承晩と朝鮮半島の歴史 (ねずきちのひとりごとより)

 


  出来れば、反日の朝鮮人、韓国人の方々にも見ていただきたいが、あまりに可哀想でお勧めできないかもしれませんね。

  日本人を憎む彼らが、これを事実と認めるくらいなら、いっそ人格崩壊する方を選びそうです。

  それくらい、傷つく話ではないかという想像です。

 
  

  だけど、お話に出てくる韓国兵士たちのような、日本の良さを知ってくれた朝鮮人、韓国の方々であるならば、面白くはなくても、こういう歴史の見方もあったのか、というくらいには感じ入ってくれるかもしれません。

  もしそういう方がいらっしゃったら、私もこのお話で初めて聞いたくらいです、

  真実の歴史を、共に学んでいきたいと思います。






 


 

2011年10月11日

農業再生計画とTPPは何の関係もない。 ~または、死ね死ね野田総理~





  TPPについて考えてみる。

  今の私の考えは、こう。 ↓ 


小沢氏を裁判&メディアによる総攻撃で釘付けにする一方で、売国者の群れどもがTPP参加へ邁進 (属国離脱への道より)



  まさにこれ。

 『 対日年次改革要望書の代替物としてさらに悪質なTPPは関税自主権を返上する愚策にしか過ぎず、昭和初期の金解禁にも等しい売国政策だと考える。取り返しのつかない致命傷があるとすれば、TPPがまさにそれだ。』


  そのまんまですね。国富を献上する愚策としか思えない。



  が、作者と一つ違うのは、この愚策を止める手立てがもうないのではないかと感じていること。

  政権交代前に自由貿易を掲げ初めてから、それだけは食い止めたくて、民主党政権をずっと叩いていた私からしたら、情けない敗北宣言に等しいのだが、現実を学んだということなのか。

  この1990年の日米構造協議から始まった日本改造計画=米国への国富献上という流れは、もう止められないところまで来ている。


  対米協調以外に選択肢を持たない日本は、アメリカ型(グローバル型)に構造改革を進めてきた。改革派がもてはやされ、「美しき日本」に回顧しようとするならば排除されてきた政治家たちにもはや逆らう手だてがあるとは思えない。

  濁流に飲み込まれて、流されて、あとは滝壺へ真っ逆さまというその一歩手前、今はかろうじて小さな岩か木の根か何かに掴まって堪えているけど、もう彼らの意志などどうしようもなく、落ちるしかない、という有様ではないか。


  なので、仮定してみた。
  TPPは反対、賛成如何にかかわらず、参加が決定したものとして、参加した後どうするか?

  私この方の日本起死回生の政策、というものがやたらと対米隷従っぽいので嫌いなのだが、個人的好き嫌いは置いておいて、「日本中枢の崩壊」を書かれた経済産業省の古賀茂明氏が、TPP参加後の日本の姿を記してくれているので抜粋してみよう。


  ①まず、平成の「逆農地解放」を行う。
     土地を開放して、小規模農家から大規模農家へを標語にしよう!

  ②先進的な品質、ブランド管理を行う。
     資金力と、先進的な経営能力を持つ民間企業(株式会社)が完全に自由に農業経営を行えるような規制緩和をすると同時に、私権制限も含めた農地集約を進める。

  ③その際、外資も受け入れる。
     強い企業を支援するという政策に思い切って転換する。

  ④農家はTPPをプラスと考え、価格競争だけでなく、品質で勝負する。


  ⑤付加価値を付ける。
    アジアの富裕層向けに高付加価値の高級品として海外に輸出する。

  ⑥安全レベルを見直す。
     今すぐ日本の安全衛生及び、表示規制・基準のあり方を国際的観点で総点検する。



  規制緩和して、市場原理を取り入れて、企業が技術やノウハウを持った農民の力を利用する形で農業経営を行えば、国際競争力を有する農業が成立する、と言うわけだ。


  うんうん、いいじゃないか。
  もう、やるとなったら、それしかないよね。
  流れに逆らう手段がないのだから、それしかないでしょう。


  と、言いたいところなのだが、やはりどうしても、それは滝壺に堕ちる政策だと思ってしまう自分がいる。もう構造改革という名のもとに、日本の形を変えていくのはうんざりだ。

  儲かる、儲からない、という市場の観点から政策を考えるのはもう飽き飽きした。

  外資が参入して、日本の付加価値の高い質の良い農産物(技術)のノウハウをタダで持って行かれるのも飽き飽きした。

  が、逆農地解放はいいかもしれない。農家に金をばら撒かないで、強い農家を作っていく、という選択は欠かせないようにも思う。

  著名人に評させると、どうしてもハゲタカ手招き政策がワンセットで付いてくるから不思議だ。

  そもそも、TPPがハゲタカ手招き政策なのだから、きっちり拒否してから、強い農家を作ろう!と提案するなら、ずいぶん納得するものだが、前提が賛成ではどうしようもない。


  農業再生と、TPPとは何の関係もない。

  (なぜ、ワンセットで語ろうとする?)


 

  おっと、滝壺に落ちた後の事を考えるつもりだったが振出しに戻ってしまった。

  無駄な努力とたとえ知っていても、最後の最後まで、小さな岩や木の根に掴まって踏ん張るとしようか。

  幸い、この国には、立派な国会議員がまだまだいる。


  野党に、民主党議員だって、大勢が反対を表明してくれている。

  野党、民主党で180人いるという「TPPを慎重に考える会」。
  自民党議員118人の「TPP参加の即時撤回を求める会」。
  その他、国民新党6名、新党日本1名、社民10名、共産15名、たちあがれ日本5名に、無所属の反対派、民主自民で立場不明の反対派もいると言う。


  頼もしいではないか。


  彼らと共に、小さな岩を大きな岩に、僅かな木の根を大地に張り巡らして、少しでも愚策を食い止める努力を続けていきたい。



  そんなわけで。


  TPP賛成派の野田首相。 ↓







  その汚い足で農地を踏むな。


  死ね。





  (続く)






2011年10月10日

日本って、すげぇ文化の国だったのねぇ。




  これはすごい。


  観終わった後、大拍手をしてしまった。


  音楽も良い。


  久しぶりの大感動なので、貼り付けます。


  製作者に感謝! 世界中の方に見ていただきたいものだ・・・



  それにしても、見終わった後の素直な感想。






  韓国って、可哀想なくらい、 かっちょわるい・・・・







フクシマと呼ばないで!と思う地域の方もいるのでは、とふと思った土壌汚染の件。





文部省が発表した




広域の土壌汚染についての調査結果





のまとめを見ていて思ったんですが



↓ これ。















  福島って大きいんですね。


  面積東京の6倍以上もある。日本でも北海道、岩手の次の、堂々の第3位。


 ※参考ha
  福島1万3782.75
  東京2187.42


  当たり前だろう、小学校の社会で習ったよ、と言われそうだけど、汚染地図を見ていると、まるでその下の、群馬、栃木、茨城、をくっつけた程にも値するように見えてくる。
  (実際の面積も近いんだけど)



  で、つくづく思ったわけです。

  ずいぶん大きいところがやられちまったんだなぁ、と。



  実際ヤバいのが半径50~60キロ圏内だとしても、

  全部「福島産」になってしまうわけで、


  いや、実際、他県なんかよりよほど汚染されていない

  福島の地域も数多くあるわけですが、



  やっぱりひとくくりに「フクシマ」とされてしまうわけで。




  風評被害のことを言っているのか、と言われても困るけど、

 まぁ、それもそうなんですが、


  つまりね。




  もう少し小さい県の原発事故なら良かったのにな~




  って、いうのが素直な感想。

  (他の県の方、ごめんなさい)


 



  ただでさえ小さな日本の、大きな部分が壊れちまった。

  大きな自然がやられちまった。ちくしょう。と。




 

  何言ってんだボケ。

  小さい県だろうと何だろうと、土壌汚染の面積は同じなんですからね!


  とおしかりを受けそうなので、この辺で撤退。





  もう一言だけ言わせてもらえば。


  福島よ、お前のすべてがセシウム汚染されているわけではないことを、皆知っているぞ。

 

  がんばろう、福島。がんばろう東北。がんばろう日本。



  (その前に、がんばろう私)














2011年10月9日

平和を愛する世界人に配布させていただきます。




  先日会社帰りのことだ。
  駅構内の階段下に何やら冊子を配布する女性が立っていた。

  ここは、いつもの、と言っても過言ではなく、大抵一人か二人、居酒屋や美容院、政治家の信条を記したチラシを配布する女性が佇んでいる定番スポットなのである。


  で、またかと思った私はおとなしく手を差し出した。
  もらえるものは何でももらうタチである。


  いつもと違ったのは、チラシではなく、それが文庫本だったということだ!


  本好きの私がそれをどれだけ嬉しく思ったことか。
  たとえいつか派遣先で配られたような企業の歴史を記した自費出版的な退屈な本だろうが、「本」という形のものをタダでもらえるのが嬉しいのである。

  「200万部突破の記念に無料で配布しています」

  と女の人は笑顔で言った。感じのいい微笑に、私の胸はいっそう高鳴った。
  もらった文庫本を大切に胸に抱え、(夜道であったので)明るいコンビニの前まで急いで歩いて、中をぱらぱらとめくったほどである。

  タイトルは、「平和を愛する世界人として」

  一ページ目のカラーページにこうある。
  「私は生涯一つのことだけを考えて生きてきました。戦争と争いがなく世界中の人たちが愛を分かち合う世界、一言で言えば、平和な世界をつくることが、私の幼い頃からの夢でした」

  無料配布にふさわしい、宗教本か、と私は苦笑いした。

  中味を確認せずに、タイトルとカラーページの言葉だけで判断して、そのまま鞄にしまわれた。

  後日、思い出して取り出したのは、役所に行った際の待ち時間に退屈した時であった。

  そう言えば、そんな本あったなぁ、ともらった本を読み始めた。

  そこで初めて、ぎょっとしたのである。


  私は(社長の策略による)会社の従業員同士の憎しみ合いに疲れていただけなのである。
  そんな私を慰めてくれる言葉を求めていただけなのである。
  が、なんと言うことか。
  本には、こんな言葉が続いている。

「私が生まれた1920年は、日本がわが国を強制的に占領していた時代でした」

「家も土地も日本人に奪われて、生きる手立てを求めて満州に向かった避難民が、わが家の前を通り過ぎて行きました」

「日本の警察の迫害が激しくて(略)警察の拷問を受けた大叔父の体には、竹槍で刺されて、ぼこぼこにへこんだ大きな傷跡がありました。(略)『今目の前に見えるのは暗黒であるが、必ず光明の朝が来る』とも話していました。拷問の後遺症から体はいつも不自由でしたが、声だけは朗々としていました」




  ・・・平和どころか、著者は朝鮮半島出身の思想家で、反日的な文章があちこちに見受けられるのであった。



  平和をこよなく愛す著者が事実として、大日本帝国時代の日本の悪行を記す、という形式がまた恐ろしい。



  続く思想は、個人主義はいかん、世界は一つの大きな家族である、と言うようなものな壮大なものなのだが、それもそれこそが国家や共同体を否定する個人主義的なものと思えて気色が悪い。



※まさに平和を騙ったこんな思想です→【正論】拓殖大学学長・渡辺利夫 鳩山政権を蝕む「反国家」の思想(拡散します)


  出合った時、愛しく胸に抱いて、温めていた本であっただけに、私の失望は計り知れないものがあった。 


  が、読み進めるとこれがそうでもない部分も多々あるのであった。
  つまり失望だけがすべてではない、という部分。
  先の大戦前、大戦後の当時の朝鮮人、韓国人の生活や心情がとても鮮明に記されていて、興味深い一面があるのである。

  思いもかけぬ失業期間を与えられ、時間が余っている私である。
  秋の夜長に、読んでみようか、などと考えている。
  (反日と愛による国家溶解思想が出てきたら、ごめんなさいです、ダッシュで飛ばさせていただきます)
 




よろしかったら、あなたもお一つどうぞ。





復興対策と銘打ってハゲタカを誘う日本政府の怪





  朝起きて、空を見るのが日課となりつつある。
  鳥を探しているのだ。
  震災の後めっきり減ったと言う。スズメ何ぞはほとんど見かけない。

  が、今朝は珍しく鳥の鳴き声が騒がしかった。
  群れをなして空を舞う姿を見かけた。

  それが嬉しくて、いい日になると予感した。



  そんな今日の気になるニュース。


復興特区の新設企業、法人税5年間実質ゼロに



 
  政府は8日、東日本大震災の復興対策として、規制や税制などを優遇する復興特別区域(復興特区)で、法人税を5年間にわたり実質ゼロにする新たな措置を導入する方針を固めた。
11日に開く政府税制調査会で決定する方向だ。
新たな優遇措置は、特区内に新設された企業を対象とする。所得を5年の間「再投資等準備金(仮称)」として積み立てる形をとることで、所得をゼロとみて法人税がかからないようにする。6年目以降は、積み立てた準備金で工場を建てるなど特区内に投資すれば、全額を一括償却できるようにする。当初5年間と6年目以降で二重の節税効果を持たせ、特区への投資を強く促す。
一方、制度の悪用を防ぐため、被災者を5人以上雇用することや、人件費を総額1000万円以上払う、などの条件を付ける。政府は、大企業が新規子会社を作って工場進出する活用法などを想定している。
訪米中の古川国家戦略相は7日、ニューヨークで講演し、復興特区に関して「企業が新規に立地したら5年間は法人税を免除するなど、前例のない、他国にも引けを取らない措置を考えている」と述べた。(2011年10月8日12時03分 読売新聞




  東日本大震災の被災地周辺の復興特区に新規参入した企業に対して、法人税を5年間免除するというもの。
  しかも、被災者雇用が条件とある。

  時を同じくして、見ていたTVでは、「社会貢献ビジネスで被災地を救え!」という日本企業家たちの被災救済ビジネスプロジェクトの番組が放送される。(サキどり10月9日放送「社会貢献ビジネス"で被災地を救え」


  私の中では、このニュースと感動的な番組が合致した。
  特にコットンプロジェクトのタンデムさんがたまらない。メイドイン東北のタグを付けたジーンズをぜひ買いたいと思ったものだ。


オンラインで購入できます。
http://www.tandem-web.com/index.html


  私の頭の中で合致したように、こういう日本の企業と政府の政策が上手く結びついてくれれば、東北や日本の復興に対して申し分のない政策のように思われた。


  が、気になるのは、財務省の発表である。

  私はニュースを見た後すぐに財務省のHPを観に行ったが、10月7日の報道発表には同ニュースがない。どうやら日本での発表に先駆けて、訪米中に発表したらしい。

日本の企業家支援というよりは、記事にあるようにあくまでも外資の参入を促すための特例であり、それが第一前提の政策であるようだ。

  (下、日本経済新聞はもっと露骨↓

『古川経財相は「特区内で規制緩和を実現し、成功したら日本全体に広げる。復興を新しい日本の構造改革を進めるきっかけにしたい」と述べた。法人税の実質5年間免除については「外国企業も対象になる」と明言。この措置が海外から日本への投資を促すことに期待感を示した。』)


  一瞬、目くるめく東北復興の図が浮かんだ私だが、それもすぐに萎んだ。

  外資に法人税タダで儲けさせても仕方がない。日本の企業の支援が目的じゃなかったのか、勘違いさせるような番組を報道と同日に国営放送で放送するのも作為的なものを感じさせられる。

  で、新規参入の海外の企業には『前例のない、他国にも引けを取らない』などという至れり尽くせりの措置を約束して、実際の特区はどうかと言えば、住民に多額の負担を背負わせて(特区内の内陸に)追い出しての復興支援(事業)がやっとの有様である。
  それさえも、未だ道のりは遠いと言う。



『東日本大震災:特区法案了承 集団移転、住民同意が壁 補助拡充でも道のり遠く』毎日jp10月8日より

『ただ、残された課題は多い。被災市町村が集団移転事業を実施するには、対象となる住民の同意が必要となる。しかし、仙台市の試算では、沿岸部の住民が内陸に移転する場合、移転元の土地評価額が下がるため、移転に伴う被災者の自己負担は約3000万円に達するという。多額の負担を背負いつつ、住み慣れた土地を離れる決断は難しく、「何度も話し合って住民に納得、決断してもらうしかない」(平野達男復興担当相)のが実情だ。』


  海外の企業を誘致する以前に、まずはTV番組のように日本の企業家を前提とした政策は作れないものなのだろうか。
  もちろんあの番組のように日本の企業家でも当然該当する措置となります、等と平然と言うならば、まずはこの国に向けて発信してほしいものだ。三連休直前の報道発表が休みとなる時に、しかも訪米中の講演で発表なんてどっちを向いた政策だか記事を読む以前にわかりそうだ。


  それから、対象となる特区の土地はどうやって選ぶのだろうか。

特区法案で復興特区の対象とされた、岩手、宮城、福島3県と、青森、茨城県など7県の一部計221市町村の自治体が、「被災自治体は特区計画を盛り込んだ復興計画を作り、国に提出する」場所と同じと言うならば、完全に自治体に任せ、復興事業と集団移転事業に丸投げ、と言う状態である。
   住民に多額の負債を抱えて、住み慣れた土地を離れるという難しい決断をさせた上での特区誘致計画ということだ。

  思うに、毎日JPの記事で、 『政府は7日の復興対策本部で、国庫補助と地方交付税の加算により、復興事業の地方負担をゼロとすることを了承。』とあるように、地方自治体の復興事業負担費をゼロとすることと引き換えに、この新規企業への措置計画を飲ませたのではないかと想像する。


  日本の企業家の方を向いていなければ、既存の事業者に対しての支援政策でもない。彼らは優遇措置から除外されている。しかも新規参入企業一企業に付き、被災地雇用者はたったの5人である。(これで被災地雇用対策になるのだろうか?)
  地方自治体に住民(既存事業者の住民も含む)を追い出させての誘致計画だと思わざるを得ないのだ。

 『この措置が海外から日本への投資を促すことに期待感を示した(日本経済新聞)』と言えば聞こえがいいが、要するに「投資」とは「奪略」と同じ意味ではないか。

 

  「アメリカ経済は、本質的な意味で、もう富を創造できなくなってきています。文明批評的にいえば、そういう病的な段階だと私は思います。だから、いろいろなところに行って、獲物を探しているのです。
  今のアメリカ経済は、特定の人だけのマネー経済です。その特定の金融エリートや金持ちだけがメリットを受けるために、その種をよこせというのが、アメリカの言う『投資』なのです」

  とは、『国富消尽』の第五章、「アメリカの対日圧力を考える」に出てくる故・吉川元忠氏が表現した米国の「投資」と言う言葉であるが、私はこれを聞いてずいぶんと納得したものである。


  なのに、現政権の財務大臣はみすみす米国を訪れて、「投資してください」とアピールする。
  日本の為の復興など何一つ考えていないだろう、と、私が想像するのはあながち間違っているとは言い難いのではないか。
  「強奪してください。」
  「今がチャンスです。邪魔な特区の住民はこちらで追い出しますから、どうぞどうぞ」
  と、禿鷹に向かって手招きしているとしか思えないのだ。







 

2011年10月8日

ジョブズに捧ぐ。困った、「今日が最後」の一件。




  やばい。


  過去記事修正しようと思ったら、あまりのレベルの低さにどこから手を付けていいかわからない。


  これは・・・


  ジョブズ氏。




  なかなか死ねそうもないです!






Stay hungry, stay foolish. 死の頂を目指すにあたって。



  


  ジョブズ氏の、毎日を今日が最後の日のように生きなさい、という教えの中で、感銘したことがある。

  彼は死を「人生の到達地点」だと言った。

  常々私が人生という山の頂を死と考えていたことと重なる。
  意外だった。偉大な氏と私ごときの思想が重なるとは思わなかった。
  それが嬉しく思われたのであった。


  (聞き間違いかと思って、何度も映像を見てしまったほどである。※前記事に貼り付けあり)


  それで、もっと共通項が見つかるかと思い、彼の言うとおりに、今日が最後の日だとしたら・・・と考えてみることにした。

  氏は、毎日鏡を見て自分に問いかけたという。
  時間が限られていると思うことで、しなくてはならないことが見えて来る、それらの優先順位もわかってくる、日々精一杯生きよう、という話なのだが、哀しいかな、考えてみたけれど、その中では、氏の思想とは重ならず、私は「それを続ければいつか必ず一角の人物になれる」と思われるような前向きな目標は浮かんでこないのであった。


  私がもしも今日が最後の日だったら、したいと思ったことはこんなことだ。


  一日を静謐に包まれて過ごしたい。


  朝起きて、掃除をして、食事を済ませて、それから、穏やかに、今までの人生を振り返る。

  今まで書いたブログの記事を読み返して、人生の中で特に、ここ6年間に起こったことをすべて振り返って、その時々の感情や出来事を思い出したい。できる限り。


  そして、愛しい人への愛を確認したら、静かに消えたい。


  もしも、時間が1日ではなくて、1ヶ月ならば、私は、それはもっと叶うだろう。
  もしも、1年ならば、思い出すだけでは余る。
  私は全部の記事を書き直して、愛を(過去の想いを)な形に仕上げるだろう。


 
  未来ではなく、過去を繰り返す「最後の一日」を続けたとして、一角の人物になれるとはとても思えないのだが、それでも、がっかりしただけではなかった。
  それが、私が最後にしたいことだと理解できたのだから。
  私はこれから、積極的に過去を振り返って生きて行こうと、思うことが出来たのだから。


  いつか、到達地点を迎えるまで、私はひとつひとつの記憶と想いをなぞって生きて行こうと心に決めた。


  そう言われれば、ずっとそうだったのだ。


  私には未来はなく、思い出しかなく、いつかの為に、一つでも多くのそれを集める為に、ここを始めたのだということを、最近の不調ですっかり忘れていただけであった。


  ジョブス氏に感謝したい。


  願うは静謐な心情と。
  そして愛の記憶の再確認。


  ハートと直感に従って。

  Stay hungry, stay foolish.

  最後の日々を精いっぱい生きていきたい思う。




  (今日から、後ろ向きな記事の執筆と合わせて、過去記事の加筆修正を始めていきたいと思います)





 
 



 

2011年10月2日

滅びの道と信仰の山 ~大山を登る。 その5~







   


  「ドコモと山にでかけよう」

  大山ケーブル駅でバスを降りて、観光案内所に向かう途中で、NTTドコモのガイドブックを見つけた。
  思わず手に取ると、今やケータイは「登山の必需品」だそうで、「ドコモがつながるところ増えています」とのうたい文句の後に、GPSや天気の確認、山頂コールに写真を即ブログにアップできる等と様々な機能を紹介している。
  「山ガールのための厳選スマホアプリ」というリストもあり、それらアプリの機能は更に充実している。近々スマートフォンの購入を決めていた私は思わず一冊もらって帰ってきたのだが、登山口でのこの一件で、出ばなをくじかれた思いがしたことは否めない。
  丹沢登山用の分厚いガイドブックを置いてきて、せめて良かった。
  地図とコンパスを取り出して、儀式的に方角のセットを行うが、直ぐに仕舞い込み、見るでもない。どうせ、わかっていたことだ。本格的な登山をしたかったわけではない。体がなまっていたから、山登りがしたかった。新しい広角のレンズも試してみたかった。だから昼近い時刻に、観光地化した大山を選んでわざわざ来たのである。今の私にこそ、地図やコンパスよりも、ケータイの方が似つかわしいというのに、そう現実を受け入れて合理的に納得しても、どこかで腑に落ちない違和感を感じている。


  自分が化石のようである。


  かつての私ならば、なぜケータイよりも地図とコンパスの方がいいのか、明確に答えられた。


  今はスマートフォンが欲しいと思っている。 

  化石だからうまくいかないのか、それともそう感じて、機能性重視の時代に似つかわしい自分になっていくからうまくいかないのか。

  ここ最近の不調がどちらに起因しているのか、(不調は確かにその迷いのせいだと思われるのだが)まるで脱原発と原発推進の、どちらが今現在の日本の為に正しい選択なのか、とでもいうような、究極の答えを問われているような思いがする。

  今すぐ脱原発に偏れば日本の体力を奪う。だからと言って原発推進はありえない。が、脱原発を叫んで日本の方向性を限定することには正直疑問を覚える。だからと言って原発推進は・・と堂々巡り。コロコロ変わる日本の首相の主張のように、答えは定まらない。
  勉強が足りないせいもあるが、理論ではなく直感的に、どちらを選んでも怪しい、危ない橋だと感じている。どちらかに偏ろうとしている今の風潮に疑問がある。第三の選択肢がある筈なのに、未だ見えてこない。



  ところで、ブログを書き始めてから、初めてだ。
  書きたいことがなくなった。

  書くこと(ネタ)がないことは多々あったが、書きたいことがないことなど今まであった試しがない。
  これは末期症状だな、と自分で自分に戦慄してしまう。
  ずいぶんと変わり果てたものだ。



  大山は信仰の山である。
  観光地と化した、と先ほど揶揄するような書き方をしたが、私はこの山で何度か霊的な・・とまではいかなくても啓示を授かるような、体験をしている。
  もしかしたら、今の行き詰った、白黒付けられない問いを突き付けられているような状態の私にも、何かしらの啓示や暗示を与えてくれるのではないかと少なからず期待していた。

  もしくは、今の状態の自分が、どう感じるのか。

  今日の山登り自体をどう感じるのか、肉体的に厳しいのか、楽なのか、気持ち的にはどうなのか。そのことによって、答えも見えてくるのではないか。
  なまった体と新しい広角のレンズを抱えて、先を急ぐ。
  とりあえず、山の中腹の阿夫利神社下社までケーブルカーで行こうと考えている。今まで私は大山でのケーブルカーを「ずる」だと考えていて、利用することを拒んでいた。(夜道だとか、体力のない同行者がいるとか仕方ない時だけだった)なのに、抵抗なく今回利用できたのは、時間がないこと、体力が落ちていることへの配慮と、そして、ある種の諦めがあったようだ。
  私の裡では下社までを「山を楽しむ」過程とし、下社から山頂の本社までを、「啓示」を受ける山岳修行の過程のように捉えていた。もはや山道を楽しむことを諦めて、即、審判を仰ぐとでもいうような焦りの気持ちを抱いていたようだ。
  その割に私は、短縮した時間で、登山の帰りに温泉に入ったり、名物の湯葉入りのうどんを食べたりと、ずいぶん大山観光を楽しませていただいたのだが、それは後の話。
  今は余裕がない。新たなラウンドに突入した自分の行程で、いまだ伏せられたトランプをもどかしく捲るような思いで、先を急ぎ、結果を求めているのである。


昼間ケーブルカーに乗るのは初めてである。わくわくした。

終点から見下ろすと意外と標高がある。

地平線ではなく水平線。相模湾が見渡せる。



  即座に白黒はっきりできない答えを持つものに、脱原発か原発推進かと言う、現在の日本の方向性を含む問題があるとしたら、よく似たものに、官僚制という問題がある。
  政治主導を唱え、官僚叩きを訴えた民主党が政権を得たように、官僚を悪だとする偏った風潮も存在する。日本の官僚が善か悪かという答えこそが大問題で、そこが日本の衰退に起因するものであるかのようにいつも問われるのだが、私は答えを持たない。

  「日本中枢の崩壊」(古賀茂明著)
  「国富消尽」(吉川元忠、関岡英之・共著)

  上記の本を読んで(国富・・・はまだ途中)、ますます混乱した。
  「日本中枢の崩壊」では、官僚を悪として叩いている。「ここ」が改革を拒み、時代にそぐわない古い考え(体制)のまま腐っていくから、日本が崩壊しているのだと説いている。が、国富消尽では、「ここ」が腐る原因は別(構造改革)にあり、官僚はその渦に巻き込まれた被害者、と言うより共犯者であり、もはや改革を食い止めることは出来ず、(日本の為の)安全装置の役割が出来なくなった死に体のような書かれ方である。
  両者の構造改革の内容が違えば、救いようがあるのだが、読んだ限り、私には同じと思われた。
  (政策のアイディアは違うが方向性は全く同じである)

  ・・・白黒違いすぎる。
  ・・官僚制が今のままではいけない、と言う主張は同じなのかもしれない。

   個人的な意見だが、日本の中枢が官僚であるならば、長い間、この国をよく持ち堪えさせてくれたものだという感謝の気持ちが湧き起こる。
  誰の比喩だったか、操縦士のいない飛行機のようなものだ。日本はもう長いこと、操縦士(リーダー)なしで、戦闘中の空を飛行している。
  彼らが古賀氏に叩かれている古い体質を受け継いでくれていたからこそ、乱気流の中を飛び続けることが可能だったのではないかと思われた。OBのしたことやったことが絶対で、政治によって容易に変えられないとしたら、それは表向きは省庁の既得権を守ろうとしていた悪であろうとも、日本人の無意識の意志を護ろうとしていたと考えても同義ではないか。(なにせ政治は状況によって変わりすぎる・・)まるでそうと言えない事例もあるだろうが、外交に関して特にそう思うことがある。国益は省庁の利益に適っていると思うこともある。彼らが利他的でなくて良かったと胸をなでおろす半面、彼らが依るところは歴史の前例とDNAに組み込まれた集合体の無意識でしかないので、操縦桿を奪い、握るものが例えば他国の指導者となると、もう吉川・関岡両氏が言うような、操縦どころか全く安全装置としての役割さえ効かない、従順で、なすがまま、敵の攻撃に晒され、機体が崩れ落ちていくことを許した存在となってしまう。

  日本古来の無意識の集合体を日本人は高い税金を払って護っている。(護っていた)
  そう感じながら、それにも関わらず、官僚の時代にそぐわない伝統の継承とその健闘に感謝と称賛はするけれど、彼らの意志(無意識を含めた意志)が善だと確信するには足りず、その構造が悪だと断罪するには及ばなかった。
  不思議だったのは、あの利己的な官僚たちがこれだけ譲歩して、他国の意志に沿い、利他的な構造に日本を作り替えなければならなかったのはなぜかと言うことで、そうまでしなければ自分たちを(日本を)護れなかったということは、官僚の善悪を問う答えには意味がなく、リーダー不在と核兵器の不保持こそが日本中枢の崩壊の最大の原因だったのではないかと思われて来る。
  (ただし、「日本中枢の崩壊」ではあくまでも構造改革、「国富消沈」では「集団民主主義的価値観」に回帰することを解決策として挙げている) 
 
 

  ケーブルカーで自然を楽しまずに「修行のスタート地点」に着いた私は、頭がとち狂ったのか、核兵器保持をしなければ、日本の崩壊を止められないと言うならば、当然、脱原発ではなくて、核推進派に転向しなければならないだろうし、戦争による解決の手段も、エネルギー政策による自然破壊も免れないわけである。


  それはあり得ない。

  こう見えて、私は、あの宮崎駿にだって負けないくらいに、自然を愛しているのだ・・


  (またしても堂々巡りが始まる・・)

  下社からの登山道は、前回、前々回と登排門から本坂を通らずに、見晴台を通っての傾斜が緩いコースを選んでいる。
  今回は、本坂の、まるで地獄の1丁目から28丁目を通っての道を行こうと初めから決めていた。
  70歳は越えていると思われる老婦と、孫の少女二人が小さなリュックサックを背負って、途方に暮れていた。下社の茶屋で、見晴台までのふれあいの道(東道)が台風12号の影響で崩落したと聞かされたのだ。
 
「残念だねぇ・・」
「お昼どこで食べようか」

  老婦の溜息に、孫が答える。多分「おばあちゃん」は、孫たちに見晴台の景色を見せて、自前の握り飯や卵焼きを食べさせてあげたかったのだろう。「見晴台には行けませんよ。こちらでお昼をお召し上がりになりませんか」と声をかける茶屋の夫人たちに頭を下げて通り過ぎる。

  残念だねぇ、と繰り返して、肩を落としているのであった。(だからと言って、山頂までは行けまい!老婆と小さな孫娘二人とでは・・)

  目的地が崩落し、意にそぐわないところで旅が終わりとなり、引き返さなければならないことの無念さを想う。自分の人生もいつそうならないとは限らなかった。トイレに行って戻ってみると、老婦人と孫たちは、見晴台へ向かう東道の入り口で、崩落を記した張り紙をしげしげと眺めていた。まだ諦めきれないようだ。同情を覚えながら、自分としては、道が限定されたこと、選択肢の可能性が消滅したことをほっとしたような思いで受け止めてもいるのだった。(残酷なことに!)

  下社の横の登排門をくぐると、どうも厳粛な気持ちになるものだ。
  鳥居を過ぎるとすぐに傾斜の急な石段が続いている。この石段を見て、初めからこれでは「心が折れそうだ」と称する者がいる。
  観光地化しているので、もっと楽な登山道を想定してくるものも多いのだろう。
  この石段を帰りに降りた時に、私は一定のリズムで軽々と降りたものだった。最後に門を超えて、深々と一礼をした。
  そのすぐ後に通り過ぎた男女二人連れは、これから登るのか(その時は午後の3時を廻っていたので)、それともただの冷やかしなのか、男は思い出したように女に言ったものだ・・

「たぶん、山岳信仰と言うこともあるのだと思う・・・」

 
  気障な言いぐさにも聞こえた。
  石段を登り、しばらく歩くと、最初の見どころは夫婦杉である。
  根から二つに枝が別れた立派な杉が立っている。
  大山には杉が多いが、(特にこのコースは山頂までのほとんどが杉と衰退したモミ林で、美しい樹木の見どころが少ない)台風の影響なのか、この日は何本も倒れていた。少なくとも5か所は遭遇したと思う。(初め、私は登山に夢中で気が付かなかったのである)所々に、まるで雷が落ちたかのように、杉(もしくはモミ)の木が途中で裂け折れて、登山道や山の谷間に向けて倒れている。
  まるで愛想がない登山道はいっそう無味乾燥して見えるのだが、それでも、観光地なのだ。母親と小さな子供の親子連れは平和だった。ドングリを拾いながら歩いている。若い二人連れはジーンズと少女はミニスカート、裾を抑えながら睦まじく登っている。
  彼らは明らかに観光目的であり、平和そうで、登山の心得も装備も準備不足と思われるのに、不思議なものだ、先を行かれるのが悔しそうである。自分もそういうものだっただろうか。無意識なのだろう、道を閉ざすような歩き方をふとする。思わず言葉を漏らす。

「俺たち、ずいぶん抜かされているよね・・」

  ミニスカートの少女は泣きそうな声で答えている。少年に手を伸ばしながら。「いいよ、いいよ、のんびり行こうよ・・」
  そもそも、大山が観光地化していること自体がおかしいのではないか。この信仰の山は美景でもなければ、そう歩きやすくもない。(老婆と子供は諦めざるを得ない山道だ)本格的な装備をしたものと、普段着の観光目的の者たちとが混在し、丹沢の山にしては独特な趣きを醸している。
  お陰でどうも調子が狂う。

  普段着の彼らを登山者でないと見下しているわけではないが、彼らの裡の僅かな反発心が私には疑問だった。得意げに抜かすわけでもない。ペースが合わないのだ。もしも私ならば、脇に退いて、余裕があればこんにちはと声をかけたいところだが、余裕のあるなしに関わらず、その意思はないようである。

  私は黙々と登った。
  せっかく所持した広角レンズだが美林も見事な樹木も見つけられず、出番が少ない。また、丹沢の登山者と若干の相違がある、この大山の半分観光、半分本気な登山者たちの前で、どうカメラを使えばいいのか(写真と向き合えばいいのか)困ったこともある。
  抜かしたら最後、先に行かねば納得してくれないだろうと思われた。のんびりと写真を撮って、また道を譲るというのは、彼らの僅かな反発心をますます増長させるように思われた。
  いや、どう思われてもいいが、ここでは、それはルール違反のように思われたのだ。
  それで、私は山登りに専念した。道を楽しみながら行く、ことよりも、登ること自体を楽しんで行く、と言うような登り方。登山者たちと挨拶を交わし、息を切らさずに、黙々と一定のリズムを以て登る。呼吸の乱れもなく、足取りの乱れもなく、流れるように登ることは、続けば続くほどに快感ですらあった。
  そのうちに私は、中途半端な覚悟を持った観光地の登山者たちの不遜さを忘れてしまった。木々を見ることも忘れてしまった。
  時折、林が開けて、眼下の町の景色が見渡せる。その美しさにも感動を覚えなかった。
  「ここ」を「きちんと」登れている自分を、ただ楽しんでいた・・


  意外と私はまだ駄目じゃないんじゃないか。
  末期症状どころか、全然以前よりいいじゃないか?・・・


  (不遜なのはどちらなのだか!)



阿夫利神社下社

夫婦杉

時折眺望が見渡せる。


  山頂にはあっという間についた。タイムを測りたかったが、お気に入りの時計が止まっていた。
  今思うと、偶然にしては良く出来ていると驚かされるが、使い続けていた時計がその日のスタート前に突然止って、おまけにスタート前に時計を見忘れ、時計を見た時間から大体の時間を逆算してスタートタイムを測っていたので、時計が止っていたことに気が付いた時は遅かったのだ。気が付いた時から山頂までが35分なので、まぁ、1時間以上はかかっただろう、そんな大雑把な時間しか把握できなかった。

「予定より10分短縮して、登ったぞ」
「あと5分だ」

  そんな会話を、時間を見失った後になって何度も聞かされた。
  登山というと、私の基準では、「標高」か「距離」なのだが、「時間」を指針とする者のなんと多いことよ。
  以前、父親と大山に登った時に、「あと何分」、「あと何分」ばかりを聞かされていたことを思い出した。
  努力してもしなくても、何をしてもしなくてもい、時間さえかければ、「そこ」に辿りつけるならば、私の旅はどんなに楽なことだろう!
  時間になど何の意味もないのに、どうして皆、時間を基準とするのか。
  等と、時を見失った私が、もがくように考えている・・・


 
『現在、日本は危急存亡の面しているといっても過言ではない。大震災でますます追い詰められた』(「日本中枢の崩壊」より)

 


  時間がない。「滅びの道が避けられなくなる」。


 

  大山山頂の茶屋の主人をここ数回見ていない。倒れたかと思って心配していたが、今日は元気に働いていた。ほっとした。
  が、以前と顔が違うのだ。それにあんなに大男だったか。
  山頂のブナは、まだ立ち枯れには遠いようだ。元気に葉を纏っているが、相変わらず瑞々しさは感じられない。枯れたような葉を枯れたように染めている。



  自己満足に浸りきった不遜な私に衝撃を与えたのは、帰り道で出会ったある主婦だった。

  彼女は、夫と子供をおいて、一人で下っているのであった。

「こっちの道じゃないかな」
  登山道の分岐点で、父親と子供が立ち止まっている。
「おかあさんはこっちへ行ったよ」
  小さな少年は左の道を示すのだった。得意げな響きを以て。

  「おかあさん」が誰を差すのか、私はすぐに理解した。父親と少年を追い越して、若い女性が一人で山を下っている、しかも荷は何一つ身に付けていない。(私は父親の大きなリュックを思い出した・・)
  彼女は時折、後ろを振り返るのだ。道の途中で、何度も、何度も。誰かを待っているように。が、実際、足を止めて待つでもない。彼女は、必死で、先を行くのであった・・



 
枯れた登山道。台風の影響もあるが。

参道の鳥居が見えた。本社のある山頂が近い。

山頂からの展望。左端が私の好きなブナの木。

ブナの枯れたように染まっている葉。

山頂からの展望。




  荷は持たない。格好はジーンズにパーカーである。父親と子供は置き去りだ。そのくせ、道を譲らない。何とも中途半端な、観光地の登山者だった。

  ところが、後ろを行くことを私は受け入れざるを得なくなったのだ。

  まるで彼女は、肘とひざを曲げずに、カニ歩きのような格好で、大きな石がごろごろした傾斜の急な登山道を必死になって降りていく。明日は筋肉痛で、いや、あの格好ではもう筋肉が限界を超えている、明日から三日はまともに動けないだろうと思われた。それほどぶざまな降り方であった。
  反して、私は余裕がある。駆け下りることも厭わないほど、まだまだ十分な体力も筋力も残っていた。
  しかし、どうしても彼女を抜けなかったのだ。
  その必死さに心を打たれた。一歩降りるたびに、彼女は苦しそうな息を漏らす。「はっ」、「はっ」、「ふっ」。それでも歩みを止めない。時折、心配そうに振り返るが、歩き続けるだけである。彼女の後ろに、私と年配の夫婦連れが続いている。余裕綽々の私に、気ままな会話を続けるこちらも余裕の夫婦連れ、それもプレッシャーであったろうと思われるが、それでも、決して道を譲らない、必死で道を急ぎ、カニ歩きを続けるのである。「はっ」、「はっ」、「ふっ」。

  次第に私は応援したくなってきた。
  彼女は挨拶する余裕も消えたのか、登山者に声をかけない。(かけなくなっていった)すぐ後ろの私が初めて人とすれ違うかのように挨拶をしている。
  そんな必死の彼女を抜かすほどに私は急いでいるわけでも、自分のペースに拘っているわけでもない。このまま後ろを付いていきたくなった。
  もしも私が道を譲れば、後ろの夫婦連れは私を抜かざるを得ず、続いて彼女のことも抜いていっただろう。が、私がそれをさせなかった。このまま、彼女をリーダーとして、道を下りたくなったのだ。
 
  想えば夫婦連れも同じ気持ちだったのではないか。私を抜こうとはしなかった。「また杉が倒れているよ・・」「この木の苔がすごいよねぇ」などとのんきに山道を見回して、その度に私ははっとさせられて写真を撮りたく思ったものだ。が、彼らの言う木々を見るにとどめた。
  そうして降りて行くうちに、次第に先頭の彼女は生き生きとしてきたのである。登山者とすれ違うと、明るい声で挨拶を始めた。

「こんにちはぁ」
「こんにちはぁ」

  という掛け声は、まるでウグイス嬢のアナウンスのような、歌うような声である。
  通り過ぎる登山者、道の途中のベンチで休む人々に、彼女は一人漏れなく、歌うような声をかける。ちらりと横顔が見えた。

  その顔は晴れ晴れとした、良い笑顔で、額には美しい汗が輝いているのであった。


  彼女は休憩ポイントを何度通り過ぎても、決して休まず、すべての人々に明るい声をかけ続けて、必死に降りた。
  強い心を持って。気持ちだけは負けないで。
  私は彼女の美しい笑みと汗が嬉しかった。歌うような声が嬉しかった。
  あまりプレッシャーをかけないよう、一定の距離を保って続いていたが、その距離が次第に詰まるようになった。
  肘とひざを突っ張らかした横歩きの降り方も、ペースが落ちて、ああ、限界なのかな・・と思った時。
  次の瞬間、彼女は歩みを止めて、ふと杉の木の脇に身を避けた。


  それが最後だ。
  私と夫婦連れは何事もなかったように横を通り過ぎていく。挨拶は交わさなかった。
  一瞬、彼女が私の横顔を見たような視線を感じたが、私は顔を向けなかった。
  彼女を抜かしたこと自体が存在しないかのように、黙々と降りていくだけだった。


  あの後、あの若い主婦はウグイスのような挨拶を続けただろうか。
  荷を持った夫と、子供を待っただろうか。

  もちろんそうであるほうが良い。失望したわけでもない。
  それでも、彼女が道を避けた時の、来るべき時が来ただけである一瞬、私がどれだけ哀しく、残念に思ったか、この感情を伝えることは難しい。

  思い出すのは、あの生き生きと、晴れ晴れとした彼女の笑顔である。
  額の美しい汗であった。



  リーダー不在のこの国を憂うことも、究極の問いを堂々巡りで考えることも終わったわけではない。
  が、多様なものが存在するこの山のような場所を導くものが、彼女のような存在でもいいとふと思っただけであった。
 
  荷を持たなくても、そもそもが中途半端な覚悟でも、心を強く持って、気持ちだけは負けないで。歌うように全員に声をかけて、遙か後方の子供にまるで身勝手に道を示す存在でもいいのではないかと、その必死さに心を打たれて、後ろを付いていくものがいることを知っただけの話であった。




 

  余談であるが、この日、初っ端からドコモのケータイのガイドブックで自信を失い、出ばなをくじかれた感のあった私だが、終わりはそう悪くはなかったということを伝えておきたい。
  中途半端な観光登山者として、ケーブルカーを利用した登りと下りの道でのことだ。
  思いがけない出来事があった。
  ケーブルカーの運転手が、不意に乗客を促すような声でアナウンスを始めたのだ。

「岩の上に鹿がいます」

  車内がどよめいた。

  登りの道では若い子じかを見た。
  鹿など珍しくはない。が、帰りはしかし、運転手さえも興奮しているような口ぶりなのだった。

「親子連れですかね。4、5匹います」
「もうすぐです。あの右の岩です。あそこです!」

  岩場に横たわる牡鹿の雌鹿、そして小鹿たち。乗客たちの目は釘付けになり、姿が見えなくなるまで、首を回して追っている。

「こんなことはめったにない。皆さん、運がいいですよ」

  運転手は嬉しそうに笑って、言った。「写真、撮れましたか?」



  よほど、ピンボケで全滅だったことを伝えようかと思ったが、あまりの彼の良い笑顔と、そして鹿たちを目の当たりにした直後のことだったので、私は浮き立つ気持ちを抑えきれず、笑いながら、答えた。「ええ、撮れました」


  牡鹿の角は立派で、その角も毛の色も、雌鹿や子鹿とは違う、深い茶色であった。
  姿が見えなくなるまで追ったのは、彼の澄んだ、まるで健気な瞳であった。



  

ケーブルカー登り。

下りのケーブル。下りと登りは一本のケーブルでつながっているので同時に来る。

岩の上の鹿たち。立派な牡鹿と、雌鹿、子供が二頭いた。