2015年8月22日

人類史上類を見ない罪深き日本人と「韓国、ごめんよ!」



 こんばんは、安倍談話を繰り返し読んだスギヤマです。

 いや~、物好きですね~

 この平和な時代に、どこにそんなバカがおるんだ、と思ったら、

 なんと親近感! お隣の韓国に、私の何千倍も上手の方がいらっしゃいました。

 さすが現在南北でいざこざ中のあの物騒な半島(※)だけある。

 (※)北朝鮮への心理戦放送続ける=韓国国防部



何度か読み返した。赤線を引きながら繰り返し読んだ。日本の安倍晋三首相の戦後70周年談話(安倍談話)のことだ。最初の印象は、まあまあだった。特別な感興がなかった。(中略) だが、なんと! 繰り返し読んでみると、それは違った。次第に苦心して書いた労作になった。単語ひとつ、表現一行にまで注意深く熟考して琢磨した跡が歴然だった。論理構造もかなりの枠組みを備えていた。見る人によっては評点がはるかに高くなりうるという考えになった。

【コラム】謝罪要求は、もうそれぐらいにして=韓国 より




 安倍談話を繰り返し読んだという中央日報の記者さん、繰り返し読むうちに、安倍談話を評価せざるを得なくなったようです。内容にというよりは、苦心して作った点をですね。

 いや~物好きですね。負けました。さすがに赤ペンは引きませんでした。リスペクトです。

 で、その方が、日本に対してこんな配慮を求めています。



 
安倍談話は不十分なことこの上ない。安倍首相は自身の言葉で直接謝罪しなかった。特に韓国に対しては無視をし、嘲弄した態度が明らかだった。乙巳保護条約の締結と国権侵奪につながった日露戦争について「植民地支配のもとにあった多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけた」と強弁したのが代表的だ。韓国を植民地にしておきながらアジア人に勇気を与えたと主張するのは詭弁だ。少しでも韓国を配慮していたら、とうていできない表現だ。

【コラム】謝罪要求は、もうそれぐらいにして=韓国 より




 はい、確かに。安倍ちゃん日露戦争を自慢なんかして恥ずかしいわ。また、あのあからさまな韓国スルーは確かにちょっとなんだったんじゃないの?? と思ったりするのですが。それでも、コラムを読み進めると・・・

 思わず愕然です。

 朝鮮半島の分断までもが、日本のせいだ、と書いてあります。




400年余り前、日本は朝鮮を侵略した。自ら国を守る力がない朝鮮は、明国に救援を求め、壬辰倭乱(文禄・慶長の役)は日中戦争になった。忠武公が活躍した海で韓日戦争の様相を見せただけだ。延世(ヨンセ)大学のソン・ボク名誉教授が著書(『柳成龍(リュ・ソンリョン)、国を再びつくる時になりました』)で指摘した通り、壬辰倭乱は「朝鮮分割戦争」だった。倭は朝鮮の南側4島を占領しようとし、明は漢江(ハンガン)北側4島を守って防衛の垣根にしようとした。言葉では表せない苦痛と侮辱を受けても朝鮮は「懲ビ(先の過ちを戒めて後難を警戒する)」できなかった。急忘と外勢依存に陥った朝鮮は300年後、国を日本にそっくり譲り渡してしまった。自ら強くなれず植民地となり、ついに南北分割までが現実となった。




 う~ん。マジですか。これ何度も言われているんですが、また持ち出しますか?? 謝罪って、そこまで広がるんですか??

 (ここに至って、これは黙っておれないなぁ、と記事にした次第です)


 ちなみに、南北分断は、先の大戦後の、戦勝国同士のいざこざが原因です。中国ロシアとアメリカとの覇権争いでの代理戦争の結果だったと記憶しています。敗戦国の日本は蚊帳の外。国連自体に入れておりませんので、参戦国16国には含まれておりません。それを愉快犯よろしく南北戦争を起こそうと裏で糸を引いたとか。アメリカの次の大きな参戦国だったとか。ありえませんね~ 敗戦後の日本がどれだけぼろぼろだったのか、戦勝国への影響力がどれだけあったのかは、現在の国際秩序と照らし合わせれば一目瞭然のはず。
 日本は朝鮮戦争に関与していませんし、朝鮮戦争は大戦前の日本の朝鮮半島全体の統治とは全く無関係です。


 怪しいですね~ こんなことを平気で言い出すようだと、現在のいざこざ(※)も、日本のせいだと言い兼ねません。70年後あたりにね。

(※)北朝鮮への心理戦放送続ける=韓国国防部 (しつこいですが、繰り返し)

 いや、もう言っているのかもしれない、既に。(分断させた元凶なんだから)


 ところで、日本がなんで韓国に配慮しまくって、未来永劫謝り続けなければならないのか、というと、原因はこんな罪のおかげだそうです。
 人類史上類を見ない残酷な植民地支配の罪です。

 ↓  ↓  ↓  ↓  ↓






 う~ん。残虐ですね。重ね重ね、罪深い。日本人。

 「優しさは罪」。


 誰かに安全な生活を与えるということは罪。秩序を作り上げるということは罪。

 日本国憲法の理念はつくづく罪深いと思います。一旦それが破壊されたら、(失敗したら)未来永劫恨まれるからね。

 その十字架を背負いながら、それでも理念を貫く勇気がるのか、自身にも問い直したいと思います。





☆おまけ☆
 







2015年8月18日

安倍談話って結局どうだったの? ~安倍談話翻訳版を読んでみた~



 どちらにもいい顔をし過ぎて何が言いたいのかわからないと話題の「安倍談話」、その日本語訳というものを読んでみました。

 下の映像バージョンもあるのですが、どうも動画で見ていると何を喋ってるのかピンと来ません。安倍さんの声はするりと頭に入ってこない、というか来づらい。なので、翻訳版の活字をじっくり読んでみました。(動画の下に翻訳があります)



  




・原文(Statement by Prime Minister Shinzo Abe Friday, August 14, 2015)はこちらです。

 
 感想はラストにあります。いや~意外と・・・



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


安倍晋三総理大臣による声明
2015年8月14日
閣議決定

終戦70周年にあたり、私たちは冷静に戦争への道、その終結以来私たちが採ってきた道と20世紀という時代をふり返らなくてはいけません。歴史の教訓から未来への叡智を学ばねばならないのです。

百年以上前、主に西洋列強が保有していた広大な植民地が世界中に広がっていました。その圧倒的な技術優位により、19世紀には植民地支配の波がアジアへと押し寄せてきました。そこから生じた危機感が日本を近代化実現に向けて推し進めたのはまちがいありません。日本はアジアのどの国よりも先に立憲政府を樹立しました。この国は一貫して独立を保ちました。日露戦争は、アジアからアフリカまで植民地支配の下にいる多くの人々を力づけました。

世界中を巻き込んだ第一次世界大戦後、(民族)自決運動が勢いを増し、進行中の植民地化を足止めするようになりました。第一次大戦はひどい戦争で、一千万人もの犠牲を出しました。平和への強い欲望をかきたてられた人々は、国際連盟を創設し、戦争の放棄に関する条約(不戦条約)を掲げました。国際社会の中に、戦争自体を違法とする新しい潮流が生じたのです。

当初、日本もまた他の国々と歩みを一つにしていました。でも大恐慌が訪れ西洋諸国が植民地経済を巻き込んだ経済ブロック構築に走る中、日本経済は大打撃を受けました。こうした状況で日本の孤立感は深まり、外交的、経済的な膠着状態を武力行使で克服しようとしたのです。日本の国内政治体制は、こうした試みを止めるブレーキ役を果たせませんでした。こうして日本は世界の全体的な傾向を見失ったのです。

満州事件と、それに続く国際連盟脱退で、国際コミュニティがすさまじい犠牲を払って確立しようとした新しい国際秩序に挑戦する存在へと日本はだんだん自らを変えていきました。日本はまちがった道を採り、戦争への道を進んで行きました。

そして70年前、日本は負けました。

終戦70周年にあたり、私は故国と外国で命を落とした人々すべての魂の前に深く頭を垂れるものです。きわめて深い悲しみと、永遠の心底からの哀悼の意を述べるものです。
戦争で、同朋300万人以上が命を失いました。戦場で、故国の未来と家族の幸せを祈りながら。戦後に遠い異国の地で、すさまじい寒さや暑さの中で、飢餓と病気に苦しみながら。広島と長崎の原子爆弾、東京などの都市への空襲、沖縄などでの地上戦、無慈悲にも一般市民に大きな犠牲を出しました。

また日本に敵対して戦った諸国でも、将来有望な若者たちの無数の命が失われました。中国、東南アジア、太平洋諸島など戦場となった各地で、無数の罪もない市民たちが苦しみ、戦闘の犠牲となり極度の食料不足などの苦しみの被害者となりました。戦場の背後では、名誉と尊厳が極度に傷つけられた女性がいたことを決して忘れてはなりません。

無実の人々の上に、私たちの国は計り知れない被害と苦しみを引き起こしました。歴史は厳しいものです。行われたことを取り消すわけにはいきません。かれらの一人残らず、命、夢、愛する家族を持っていました。この当然の事実を厳粛に考えると、今ですら私は言葉を失い、心は最大級の悲嘆に引き裂かれます。

私たちが今日享受する平和は、こうした尊い犠牲の上に成立するものでしかありません。そしてそこにこそ戦後日本の起源があります。

私たちは二度と戦争の荒廃を繰り返してはなりません。

紛争、侵略、戦争——私たちは二度と国際紛争解決手段としていかなる脅しや武力行使にも頼りません。私たちは永遠に植民地支配を廃し、世界中の人々の自決権を尊重します。

第二次大戦についての深い悔悟とともに、日本はこの誓いを行いました。これに基づき私たちは自由で民主的な国を作り、法治に従い、二度と戦争を起こさないというあの誓いを一貫して守り続けてきました。70年という長きにわたり平和を愛する国として私たちが歩んできた道を静かに誇りつつ、私たちは二度とこの確固たる道から外れないという決意をいまでも抱き続けています。

日本は戦時中の行いについて深い後悔と心からのお詫びを繰り返し述べてきました。こうした気持ちを具体的行動で表すべく、私たちはインドネシアやフィリピンなど東南アジア諸国の人々、台湾、韓国と中国をはじめ、隣人たるアジアの人々の苦しみを心に刻んできました。そして終戦以来、地域の平和と繁栄のために一貫して献身してきました。これまでの内閣が述べてきたこうした立場は、未来にわたっても揺るぎないものです。

でも、どんな努力をしようとも、家族を亡くした人々の悲しみや戦争の破壊により多大な苦しみを味わった人々の痛々しい記憶は決して癒されません。

だから私たちは以下のことを肝に銘じねばなりません。

アジア太平洋地域の各地から六〇〇万人以上の日本人帰還兵が安全に帰国し、日本の戦後復興の原動力となれたという事実。中国に取り残された日本人の子供三千人近くが、彼の地で育ち、故国の土を再び踏めたという事実。アメリカ、イギリス、オランダ、オーストラリアなど各国の元戦争捕虜たちが長年にわたり日本を訪れ、双方の戦死者の魂のために祈り続けてくれたという事実。

戦争のありとあらゆる苦しみをくぐりぬけた中国の人々や、日本軍による耐えがたい苦しみを体験した元捕虜たちにとって、それでもこれほど寛容であるためには、どれほどの感情的な葛藤があり、どれほど大きな努力が必要だったことでしょうか。

私たちは、この点を振り返り考えを向けねばなりません。

こうした寛容さのあらわれのおかげで、日本は戦後に国際社会に復帰できました。終戦70周年のこの機会を利用して、日本は和解のあらゆる努力を行ってきた国々や人々に対し、心からの感謝を述べたいと思います。

日本では、いまや戦後世代が人口の八割以上となっています。あの戦争とは何の関係もない子供たち、孫たち、さらにはその先に来るはずの世代に、あらかじめ謝るよう運命づけてはなりません。でもそれであっても、私たち日本人は世代を超えて、過去の歴史に正面から向き合わねばなりません。わたしたちはあらゆる謙虚さをもって過去を引き継ぎ、未来へと伝える責任を負っているのです。

私たちの親の世代と祖父母の世代は、戦後の貧窮の中、荒廃した国土で生き延びおおせました。かれらがもたらした未来は、現在の私たちの世代が受け継ぎ、そして次の世代へと手渡すものです。私たちの先人たちのたゆまぬ努力とともに、これが可能になったのはひとえに、日本が敵として熾烈な戦いを繰り広げたアメリカ、オーストラリア、ヨーロッパ諸国などの実に多くの国々が、憎しみを乗り越えて私たちにさしのべてくれた善意と支援によるものです。

私たちはこれを、世代から世代へ、未来へと向けて伝えねばなりません。私たちは歴史の教訓を心に深く刻み、もっとよい未来を創り出し、アジアと世界の平和と繁栄のためにできる限りの努力をするという大きな責任があります。

私たちは日本が膠着状態を武力で突破しようと試みた過去を心に刻みます。この反省のもと、日本はあらゆる紛争は武力行使によってではなく、平和的かつ外交的に、法治に対する敬意をもって解決しなければならないという原理を堅持し、世界の他の諸国にも同じようにするよう呼びかけ続けます。戦争中の原子爆弾攻撃の惨状に苦しんだ唯一の国として、日本は国際社会での責任を果たし、核兵器の非拡散と最終的な廃止を目指します。

私たちは20世紀の戦争中多くの女性の名誉と尊厳が極度に傷つけられた過去を心に刻みます。この反省のもと、日本はそうした女性の傷ついた心の側に常にたつ国でありたいと願います。日本は21世紀を、女性の人権が侵害されない時代にするよう世界を主導します。

私たちは経済ブロック形成が紛争の種を育んだ過去を心に刻みます。この反省のもと、日本はどんな国の恣意的な意図であれ影響されないような、自由、公正、開放的な国際経済システムを構築し続けます。私たちは発展途上国への援助を強化し、さらなる発展に向けて世界を主導します。繁栄こそが平和の基盤に他なりません。日本は暴力の温床でもある貧困との闘いにこれまで以上の努力を行い、医療、教育、自立の機会を世界中の人々に提供するようにします。

私たちは日本が国際秩序への挑戦者に成りはてた過去を心に刻みます。この反省のもと、日本は自由、民主主義、人権といった基本的な価値を不動の価値として堅持し、そうした価値観を共有する国々と手を携えて「平和への積極的な貢献」の旗を掲げ、未だかつて以上に世界の平和と繁栄に貢献します。

終戦80周年、90周年、百周年に向けて、私たちはこうした日本を、日本国民とともに造りあげる決意です。

2015年8月14日
日本国総理大臣 安倍晋三


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 読みました。読み終わったあと、安倍首相の言葉と翻訳を比べてみましたが、翻訳の方が言葉が綺麗で、しっくりしました。

 安倍談話、確かに、主体性がないようですが、それも意図的なのでは・・また、歴史の教訓から未来への叡智を学ばねばならない、という志はよく伝わったように思います。


 安倍談話から叡智を学んで欲しいポイント三つ。「言い訳編」。


 ポイント1:日本が軍国主義に走った時代背景は・・

 「西洋列強が保有していた広大な植民地が世界中に広がって」いた。


 ポイント2:日本は戦争したくなかったがせざるを得なかった。なぜなら・・

 「当初、日本もまた他の国々と歩みを一つにしていました。でも大恐慌が訪れ西洋諸国が植民地経済を巻き込んだ経済ブロック構築に走る中、日本経済は大打撃を受けました。こうした状況で・・・」


 ポイント3:日本は世界秩序に挑戦した。だが、日本だけが悪かったのか?

 「広島と長崎の原子爆弾、東京などの都市への空襲、沖縄などでの地上戦、無慈悲にも一般市民に大きな犠牲を出しました」



 次に、安倍談話から叡智を学んで欲しい最大のポイント二つ。「安倍ちゃんの主張編」。


 ポイント1:もう謝罪は懲り懲りだ!

 「日本では、いまや戦後世代が人口の八割以上となっています。あの戦争とは何の関係もない子供たち、孫たち、さらにはその先に来るはずの世代に、あらかじめ謝るよう運命づけてはなりません。でもそれであっても、私たち日本人は世代を超えて、過去の歴史に正面から向き合わねばなりません。わたしたちはあらゆる謙虚さをもって過去を引き継ぎ、未来へと伝える責任を負っているのです。」


 ポイント2:経済ブロック形成は悪だ!

 「私たちは経済ブロック形成が紛争の種を育んだ過去を心に刻みます。この反省のもと、日本はどんな国の恣意的な意図であれ影響されないような、自由、公正、開放的な国際経済システムを構築し続けます。」


 経済ブロック構築にかなり憤りを感じられている様子。日本が戦争をしたのはそのせいだとはっきり訴え、今後は少しでも恣意的な意図のものは、中国だろうが、アメリカだろうがお断りだとおっしゃっています。

 「私たちは発展途上国への援助を強化し、さらなる発展に向けて世界を主導します。繁栄こそが平和の基盤に他なりません。」

 最後のここがいいですね。「日本はどんな国の恣意的な意図であれ影響されないような、自由、公正、開放的な国際経済システムを構築し続けます」という一文の後だけに、安倍首相の「歴史の教訓から未来への叡智」をちらりと垣間見るような気がいたします。あの時失敗した自由、公正、開放的な、悪の経済ブロックに変わる共栄圏をぜひ志していただきたいと思います。


 最後に、まとめると、安倍談話は、「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」という広島の碑文に似ていますね。
 
 広島の碑文の趣旨は、「原子爆弾の犠牲者は、単に一国一民族の犠牲者ではなく、人類全体の平和のいしずえとなって祀られており、その原爆の犠牲者に対して反核の平和を誓うのは、全世界の人々でなくてはならないというもの」だそうですが、安倍談話もそれに似て主語が誰に当てたものだかわからない。

 お詫びをするのも、歴史の教訓から未来への叡智を学ばねばならないのも、日本だけじゃないよ、全世界の人々でなくてはならないんだよ、という・・・(そう言いたげな気がしてしまいます)主体性が、本当にありません。

 
 「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」。





☆安倍談話、世界の反応は?☆

【台湾の反応】安倍晋三首相が発表した戦後70周年の「安倍談話」に台湾人歓喜!台湾人「日本マジで最高」

安倍首相の戦後70周年談話、アメリカ人の感想は?  

韓国を侮辱する安倍談話の“謝罪”




2015年8月11日

戦争法案と芸能人。~安全保障関連法案の評判を調べてみた~



 こんにちは、スギヤマです。

 あなたは平和ボケですか? 命や資産はこれから無事でいられますか?

 前回戦争法案について書きましたが、今日は、「戦争法案と芸能人」。一般人の意見をまとめる前に、まず広告塔の芸能人がどのように戦争法案を受け止め、語っているのか調べてみました。

 あなたの生活の何かの参考になれば幸いです。

 (戦争法案について考えることは、私たちの生活にとって有益だと思います)


 あ、その前に、戦争法案ってなんだろう? って方のために簡単に説明。

 戦争法案とは、2015年に閣議決定された安全保障関連法案のことです。7月に衆議院で採決され、自民公明の賛成多数で可決されました。詳細はこちらのまとめに書いてありますが、要するに、自衛隊が、自国の自衛以外のために、武力行使ができるようになる、というものです。ちまたで騒がれている「集団的自衛権の行使容認」ですね。たとえ(日本が)攻撃を受けていなくても、(アメリカなどの)親密な関係の国への(敵国からの)武力行使を、実力で阻止することができる、という関連法案です。

 これが、戦後日本が守ってきた憲法9条に反する、と批判されているのです。9条では、戦争を放棄しています。戦力は持たず、交戦権はありません。日本には自衛権はあってもそれを行使する軍隊がない、との解釈です。その後、幾度かの裁判を経て、その都度、解釈は検討されてきました。個別的自衛権の行使は認めても、集団的自衛権の行使は容認できない、という政府解釈が定着していました。戦争法案は、その歴史が積み重ねてきた、英知の結晶である政府解釈を、根底から覆す閣議決定だったのです。


 えーちょっと、前置きが難しくなりましたが、ここから芸能人の意見です。

 まず、賛成派ですね。

 つるの剛士さん。


(´3`)oO(「反対反対」ばかりで「賛成」の意見や声も聞きたいなぁって報道やニュース観ていていつも思う。 賛成派だって反対派だって平和への想い、戦争反対の想いは同じ。 大切なコトたからこそ若い子達だって感情的、短絡的な意見にならないために色んなこと公平に一緒に考えたいよね。☆)



 中立を装いつつ、戦争法案推しと大批判が高まりました。
 詳細はこちらへ。




 次に松本人志さん。



「このままでいいと思っているのであれば、完全に平和ボケですよね」




「戦争反対とか、平和がいいということは、安倍さんもそう思っていると思う。地球上全員が思っていると思う」

とし、安保関連法案の必要性を自動車事故に例えて次のように語った。

「例えば車に乗っていて、シートベルトもしていて、酒も飲んでいない、脇見運転もしていない、法定速度を守っている。それでも横から、後ろからぶつかってこられることってあるわけですよね」

「そういう時に『交通事故やめて』といわれても『あれっ?』っていう話じゃないですか。今の日本ってそういう状況かなって。このままだと、当て逃げされますよ。このままでいいわけは絶対ないから『ぶつけたら厄介やぞ』くらい思わせないと」




 「当て逃げ」って表現が、わかりやすいですね。現在の日本は、既に完全に中国に当て逃げをされている状態だと思います。まったく、ぶつけたら厄介だぞ、とは思われていません。自衛権の放棄を交通事故に例えるあたり、やはりただものではないな、と思わされました。
 天才と言われているうちに裸の王様になってしまった、と批判される松本さんですが、私はこう言うキレのある発言を見る限り、やはり裸の王様というのはあまりにも心無い、お馬鹿な批判だと思ってしまいます。

 ・詳細はこちらこちら




 次は反対派です。


 まずは、松本人志に反論した中居正広さん。




「でもね、やっぱり松本さん、この70年間やっぱり、日本人って戦地で死んでいないんですよ。これやっぱり、すごいことだと思うんですよ」



 記者も同調して中居をヨイショ。詳細はこちらへ。




 笑福亭鶴瓶さん。




「戦争放棄というのは(憲法の)うたい文句。憲法9条はいごいたら(動かしたら)あかんと思うんです」

「だいぶアメリカに乗せられて、後方支援、後方支援と言っているけれど、せんでええねん。なんもせんでええ。したらあかん。したら、したという事実が残りますよ。絶対ダメなんです」



 戦争が嫌なのは皆同じ思いですが、どうして動かしたらダメなのか、もう少し詳しく掘り下げて欲しかったですが・・ 

 

 次は芸能人というより文化人ですが、漫画家の小林よしのりさん。




「立憲主義と中国の脅威、この二つを天秤にかけたときに、今現在、この憲法の解釈を変えて立憲主義を崩壊させなければいけないほど、中国の脅威は迫っているのでしょうか?」とし、正面から憲法を改正し自衛隊を軍隊として位置づけ、対米従属から自主独立へ移行することの必要性を訴えた。




安倍首相、自民党、これらはアメリカがまた次の戦争を始めたとき"ついていかなければいけない"と言うでしょう。日本人が独自の判断ができるのならば、"この戦争は防衛戦争としてとやらなけばならない、だがこの戦争は侵略戦争だからこれはダメだ"と、はっきり言えなければいけません。




 小林さんがいうには、日本はアメリカにはっきり意見を言えない、だから必ずアメリカの言いなりになって、侵略戦争にも手を染めてしまう。だからアメリカから自立するまでは、憲法の解釈を変えるべきではない。まずは憲法改正です。という感じですかね。ごもっともです。日本がのびたならば、アメリカはジャイアン。今のまま戦争法案を受け入れたら、都合よく集団的自衛権を使われまくりそうです。


 ・詳細はこちらへ。



 皆さんはどう思いますか? すでに「当て逃げ」をされている日本です。立憲主義と中国の脅威を天秤にかけて、どのように国が進んでいけば、生活の安全が保たれると思いますか?

 (反対派が多いようで、デモが盛んですが・・)



 最後に私の意見で恐縮ですが、こちらも参考のため、記しておきます。

 私はどちらかというと、1959年の砂川事件の最高裁判決に同調しています。(ラストに判決全文を記しています)

 憲法改正というのは、案外戦後の自虐史観に通じるのではないですかね。アメリカは、あの日本国憲法を日本に与えてしまったことに、戦後何度歯ぎしりをしたことか! 私はそう思うんですよね。戦後のこの国の形と憲法の理念は満更でもない、いえ、それどころか、中居さんの言うようにすごいことだ、と思っています。だから、私たちは誇りを持って、あの平和憲法を貫いたらいいのではないでしょうか。貫くからには責任が伴いますが。日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。前文にはこう書いてあります。デモをしている方、読んでいるかしら??




日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。




 「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」。日本国憲法の理念から言えば、集団的自衛権を行使することは理にかなっています。時代は変わりました。アメリカ一国では、世界の平和は守れないのです。平和憲法、とりわけ9条をこよなく愛する国民が、いごかずに(動かさずに=改憲せずに)に平和を貫く道は、憲法解釈の変更しかないと私は思います。それが自立の道に繋がると私は思います。憲法の誇りを持って、アメリカと協力して、平和を希求するのです。そうすれば、そのうちはっきり意見を言えるようになると思いますよ? 「当て逃げ」ももちろんされなくなると思います。逆に、血が流れることはなくなるだろう、と思うのです。小林よしのりさん、改憲は逆に誇りを手放してしまうのでは・・


 安倍さん、でもちょっと、強引だったようですね。
 これからは、もっと丁寧に、国民が納得するように、説明していっていただければ、と思います。







1959年3月30日、在日米軍の駐留は、憲法違反でないという見解を示した砂川事件の最高裁判決

「憲法9条は、主権国として持つ固有の自衛権は、何ら否定されたものでなく、わが憲法の平和主義は、決して無防備、無抵抗を定めたものではない。我が国が、自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛のための措置を取りうることは、国家固有の権能の行使として当然である。・・・一国が侵略に対して自国を守ることは、同時に他国を守ることになり、他国の防衛に協力することは自国を守る所以でもある。換言すれば、今日は、もはや厳格な意味での自衛の観念は存在せず、自衛はすなわち他衛、他衛はすなわち自衛という関係があるのみで、自国の防衛にしろ、他国の防衛への協力にしろ、各国はこれについて義務を負担しているものと認められる。国家の保有する自衛に必要な力は、その形式的な法的ステータスは格別として、実質的には、自国の防衛とともに、諸国家を包容する国際協同体内の平和と安全の維持の手段たる性格を獲得するにいたる。我々は「国際平和を誠実に希求」するが、その平和は「正義と秩序を基調」とするものでなければならぬこと憲法9条が冒頭に宣明するごとくである。平和は正義と秩序の実現すなわち「法の支配」と不可分である。真の自衛のための努力は正義の要請であるとともに、国際平和に対する義務として各国民に課せられているのである。」